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うん。取り敢えず、降ろしてください

 僕は夕食を食べ終わると呼び出し用の魔石でエレナさんを呼ぶことにした。そして、エレナさんが夕食を片付け終わったところで僕は話を切り出す。


「あの、カ、いや、おじいさんを呼んでもらえますか?」


「おじいちゃん? 別にいいけど、関わりたくないって言ってなかったっけ?」


 僕がカスを呼んで欲しいと頼むとエレナさんは非常に驚いた表情をした。まあ、ほぼ奴のためにこの部屋を出禁にしたのだから、反応は分からないでもない。


「槍を教えてもらう約束をしたんです。僕は昼間働いているので、時間が空いたら呼ぶように言われました。今から庭に行くので伝えておいてもらえますか」


「おじいちゃんが槍を教えてくれる!? どうやって、説得したの!?」


 エレナさんは僕の言葉に異常なほど驚いた反応をしている。あんな奴でも一応、元5つ星冒険者なのだから、そこまで驚かなくてもいいと思うが。


「まあ、詳しくは言えませんが、色々とありまして……」


 僕は事のあらましは教えたくはなかった。普通に考えてカスどころか、僕の評価も落ちてしまうだろう。世の中には知らせない方がみんな幸せになることもあるのだ。


 すると、エレナさんは何故か急にしおらしくなり、とても悲しそうな表情をした。


「……きっと君は才能を認められたんだよ。おじいちゃんって元5つ星冒険者だから弟子にして欲しいって人はたくさんいるの。だけど、今まで1人しか弟子をとっていない。その人は凄い才能だったから特別に面倒を見たって言っていた。私も頼んだけど無理だったんだ」


 実の孫にこんな表情をさせるとはカスはなんて奴だろう。以前、エレナさんは冒険者になるのが夢だと言っていたから、子供の頃にカスに頼んだのではないかと僕は推測する。ただ、断られたのだろう。あのカスは生意気にも弟子の選り好みをしているらしい。稽古にかこつけて何か痛い目を合わせてやろうか。


「いやいや。僕は全く才能がないと言われましたよ」


「そんなの嘘でしょ? 君も……ごめん。おじいちゃん呼んでくるから」


 僕の正直な告白をエレナさんは信じてくれなかったらしい、無理に笑顔を作ると食器を持って部屋から去っていった。あれ? これって、僕の好感度下がった?


 僕は慌ててエレナさんを追ってドアを開けようとした。すると、何故か僕の頭の中にピキーンと効果音が鳴ったような気がした。ドアの前に誰かがいる……僕は慎重を期してドアをゆっくりと開けた。すると……ドアの前には偉そうな態度で胸をそらして仁王立ちをしているカスがいた。


「ふふふ。貴様の行動など筒抜けよ。すぐにでも師匠の指導を受けたいのであろう? ……ちらっ」


 カスは僕に決め顔でそう告げると、ちょうど廊下の角を曲がろうとしているエレナさんの方を横目で見る。何だ? このカスジジイはもしかして師匠アピールするためにここで待ち伏せていたのか?


 エレナさんはこちらを振り向きもせずに廊下を曲がって姿を消す。すると、カスは廊下の曲がり角から隠れるようにそっと顔を出して何かをしていた。そして、数秒経つとこちらに戻ってくる。


「それじゃあ、始めるからとっとと庭に来い。馬鹿弟子」


 カスは肩をぼりぼりとかきながら物凄く適当な態度で僕に向かって言う。どうやら、エレナさんに格好良い姿を見せようとしただけらしい。何か、むかつく。


「行きはしますけど、いいんですか? このままだと、エレナさんの好感度下がりますよ?」


「ふむふむ。今ので、エレナの好感度は爆上……うん、下がる。どうして? 今の儂すごく格好良かったと思うんじゃけど」


「さっき、エレナさんにあんたを呼ぶように頼んだら、何か嫉妬? していましたよ」


「……ええ。何で? 何で、儂が嫉妬されなきゃあかんの?」


「いや、あなたじゃなくて僕に嫉妬しているみたいですね。エレナさんはあなたに槍を教えてもらいたかったみたいです。何か、昔あったんですか?」


 僕はカスが悪くない可能性がほんの僅かに本当に少しだけはあるかもしれないので、一応聞いてみた。


「……ふむ。確かに子供の頃に一時期、槍教えてと毎日せがんできたな。そのうち、諦めたみたいだから他に好きなことでもできたのかと思っておった」


 カスはあっけらかんとした表情で言う。このカスジジイは子供の頃の教えての価値を忘れたらしい。どうせ無駄な人生ばかり送ってきたんだろうから少しは教えてやれよ。


「はあ。エレナさんは子供の頃は冒険者になりたかったって言っていたし、結構本気だったんじゃないですか?」


「……うそーん。それ、初耳なんじゃが」


 カスは唖然とした表情をしている。どうやら、本当に知らなかったらしい。


「確かに聞きましたよ。ただ、魔力が少ないから諦めたって」


「……ふむ。確かにエレナは魔力が少ないの。ただ、魔力が少なくても冒険者で食べていくくらいはできるから、本気で頼めば教えてやったのに」


「じゃあ、エレナさんがあんな悲しそうな顔になったのは全部あなたのせいですね」


「ザクッ!」


 カスは39のダメージを受けた。身体が大きくのけぞる。


「でもでも、エレナがかわいい声で「おじいちゃん。槍、教えて~」って言っていたのは7歳位の時の話ですよ? 7歳に槍って危なくない?」


「理由すら聞かなかった大人の言い訳は聞きたくありませんね」


「グフッ!」


 カスは92のダメージを受けた。鼻から汁を垂らしている。


「ぼ、冒険者は危険じゃ。孫を危ない目に合わせたくなかったんじゃ」


「さっき、魔力なくても食べていけるくらいはいけるって言っていましたよね?」


「ドムッ!」


 カスは106のダメージを受けたようだ。その場で苦しそうにかがみこむと、地面にいじらしく人差し指で円をぐるぐると書き出す。


「全部、儂のせいなんか? でも、あの子いい年になると露骨に儂を避けるようになったし。そもそも……それって、あの子の両親が悪いんじゃ」


「まあ、それはそうですけど。せがんでくる孫をないがしろにしたあなたの性格の悪さは変わりませんよ」


「……君って、儂に対してやけに辛辣ですよね?何か恨みでもあるの?」


「ええ。そうですけど……はあ。エレナさんについては今変なことを言うと感情を逆なでしそうですから、とりあえずは槍の指導を始めましょうか」


 どうやら、カスは散々僕に付きまとったことを忘れているらしい。襲撃までされているんだから恨むにきまっているわ。


「そ、そんな……これも時代というものか」


「行くぞ。カス」


「また、カス呼ばわり!?」


 カス呼ばわりにショックを受けて固まった。


 僕はすぐに部屋に戻って鍵を回収するとドアを閉めた。そして、鍵をポケットに入れ、固まっているカスを引きずりながら靴を回収しに行き、庭へと出る。


「着いたぞ。カス」


 僕はカスを庭に出る廊下に投げる。


「ぐすん。仮にも師匠なのにこの扱いはひどすぎではありませんか?」


 僕のことをリスのようなつぶらな瞳でカスは見てくる。気持ち悪いから止めろ!


「仕方がない……師匠の華麗な槍捌きを見せてください。僕が悪うございましたから……はあ」


 僕はやる気の出なそうなカスをたきつけるためにそう告げると、カスはすぐに立ち上がってこちらに決め顔を向けつつこう言った。


「ふふふ。仕方がない。そうまでいうのならば待っておれ」


 カスはその場から駆け出していくとどこからか練習用の槍2本と靴を持ってきた。そして、僕に練習用の槍を1本渡すと、庭に駆け出して行く。


 僕もこのメンタルだけは真似た方がいいかもしれないと思いつつ、庭へと入る。今はご飯時の時間だからか人は全く見当たらなかった。槍の練習をするので丁度良い。


「さてと、先ずは柔軟体操じゃ」


 カスはそう言うと、何やら見覚えのある体操をし始める。音楽はないが、学校の朝礼でいつもやるあの体操である。日本でしかあの体操はやっていないと思うから、これもゴルサン由来であろう。僕も特に文句はないので彼を真似て体操をする。また、他にもアキレス腱を伸ばしたり、開脚をしたりもした。神様の世界では柔軟体操もしていたから、股が地面につくくらいは身体が柔らかいしこういうのは問題ない。


「次は軽くランニングじゃ」


 昨日はいきなりだったがやはり普通は修行前に準備運動は入念にするらしい。まあ、普通に考えたら準備運動しないと怪我するよね。僕は黙ってカスと共に庭の外周を20周位する。


「まあ、こんなもんか。じゃあ、始めるぞ。先ずはそこで今朝の復習からじゃな。きちんと踏み込んで何回か突いてみろ」


 僕はカスが指差した場所に向かうと、僕は指示された通りにぎこちなさはあるが左足を上げて踏み込んだ勢いを利用して槍を突き出す。そして、それを何回か繰り返した。


「ふむ。さすがに今朝のことは忘れないか。マジで安心したわい」


「次はどうします?」


「とりあえず、お前はぎこちなくても形ができたら儂と模擬戦を繰り返すのが一番いいと思っておる。槍の才能はかけらもないが、身体能力だけは高いからな。フォームを無理にいじるよりも、意識しなくても出来る変則的な動きを生かした方が良いだろう。駄目すぎるところはその都度指摘してやる」


「なるほど、では早速……」


 僕は槍をカスに向けて構える。さて、どう懲らしめてやろうか。


「ちょっと、待て。槍っていうのは相手に近づかれそうなときに横になぎ払って近づかれないようにすることもある。見本を見せるから、儂の突きを避けた後に接近してきなさい……あくまでも見本だから、儂もゆっくりと攻撃する。君もゆっくりと近づいてきなさい」


「分かりました」


 僕に向けてカスはゆっくりと突きを繰り出してきた。僕は当然避けて槍の横からゆっくりとカスに接近しようとする。すると、カスはすぐに槍を横に払ってきた。あまり痛くはなかったが、僕はそのまま槍に押しのけられるように地面に倒れる。


「槍はこのように接近してきた相手を払って倒すことも出来る。模擬戦では儂も接近して攻撃もするから気を付けるように。一応、短剣の使い方もあとで教えてやるから覚悟しろよ」


 カスは僕を見下ろしてにやりと笑う。確かに相手が接近してきたら槍では攻撃しづらいかもしれない。その対処をカスは教えようとしているのだろう。短剣の使い方も確かに覚える必要がある。僕は立ち上がると体についた土と草を払う。そして、槍をカスに向けて構えた。何か、楽しくなってきた。


「ふふふ。いい目だ。行くぞ」


 カスは僕に突きを繰り出してくる。相変わらず憎いほどに綺麗なフォームである。僕はカスが攻撃してくるたびに頭の中でピキーンと効果音のようなものがなるので、フェイントを見極めながら避けつつ、隙があれば突くというどちらかと言うと受け身な戦法を取る。相変わらず、二人の攻撃はお互いに当たることはない。僕はカスがいつ接近してくるかを意識しつつちょこまかと反撃をする。すると、相手が大きく踏み込んで突いた瞬間だった。頭の中でひときわ大きくピキーンと効果音が鳴った。僕は一瞬反撃を止めようとはしたが、さっきのように接近してくるのかなと思い、避ける動作を見たいがためにそのまま反撃をしてみる。


「にやり。ふん」


 すると、カスは身体をほんの僅かだけ横にそらしつつ、僕の槍を脇の下に抱え込んだ。


「ふふふ。上級者ならばこういうこともできる」


 カスは勝ち誇ったかのように僕に決め顔を見せつける。このような防御法もあるのか。僕に接近を意識させたのは、この技をどや顔で決めたかったからかもしれない。やはり、カスはせこい。だが、僕には脅威の身体能力があるのだ。ちょっと、むかついたので懲らしめてやろう。


「えい」


 僕はそのまま槍を垂直に掲げた。槍は一瞬「みしっ」と音が鳴ったが何とかこいのぼりのように持つことに成功する。ちなみにカスが鯉の代わりだ。槍カスのぼりとでも名付けよう。そして、僕は空中から反撃を受けないように左手で槍を持ち、空いた右手で短剣を抜いてカスに向ける。やはり、規格外の筋力は技を超えるな。


「うん。取り敢えず、降ろしてください」


 僕にカスは無表情で言う。これでは修行にならないのでちょっとやりすぎたかもしれない。明らかにカスはやる気をなくした表情をしている。仕方がないので、降ろしたらカスの機嫌をよくしてやろう。


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