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……なるほど、猫が問題だな

 僕はトンネル工事の土砂運びの依頼を終えた後、珍獣、マッソォさんと共に服屋へと来ていた。尚、珍獣は僕がブルーノに絡まれたことを聞いて、警戒した方がいいと思ったのか外で見張りをしてくれている。


 服屋に来た理由としては普通に代えの服がないからだ。僕はまったく汗をかかないから服は臭くはなっていないが、定期的に着替えないと傷んでくるだろうし、何かの拍子で服が汚れて代えの服がないのは困るだろう。マッソォさんに聞いたところ、この町では服屋に採寸してもらって作るのが一般的らしい。また、服は高価なので2、3着位の服を擦り切れるまで着回すのが通常だそうだ。何着も服を持っているのは貴族様か裕福な商人位とのことである。


「はい。終わりでいいわよ」


 恰幅の良いおばさんが印のついた紐で僕の銅や首回り、腰などの採寸をしてくれていたが測り終えたようだ。メモは取っていなかったので、どのように作るのか興味本位で聞いたところ、採寸を測るのは頭の中でどれ位のサイズであるかをシミュレーションするためとのことだ。どうやら、この人は昔ながらの職人みたいなのでこれだけできちんと服を作れるらしい。


「じゃあ、長袖の服を1枚、ズボンを1枚、シャツとパンツを2組で前金として銀貨5枚ね」


「……分かりました。では、これで」


 僕は鞄から前金としての銀貨を5枚出しておばさんに渡す。ちなみに前金と合わせた服の値段は合計で銀貨10枚である。思ったよりもかなり高かった。何でも布というのはいいものだとかなり高いとのことだ。だが、安いものだと肌触りがかなりひどかったので僕はいいものを選んでしまった。今着ている服も一見地味だがこの世界だとかなり高価なんだなと思う。


「ありがとうございます」


 おばさんは上機嫌な笑みを浮かべて僕に会釈をする。きっと、大きな注文をしたからだろう。


「マサムネって結構いいとこのお坊ちゃんなのか?」


 マッソォさんは僕が服にこだわっていたことを不思議に思ったのか、僕に質問をしてくる。


「そういう訳ではないですが……服っていい布を使った方が結果的に長持ちすると聞きまして」


 僕はそれらしいセリフを吐く。本当は安い布の触り心地にこんなのを着て毎日過ごすなんて考えられないと思ったからだが。


「確かにそれはそうなんだろうが。お前位の年の頃は俺、ぼろぼろのおさがりを着ていたから贅沢に見えるよ」


「……まあ、僕もそう感じます。ただ、マッソォさんに服屋の知り合いがいてよかったですよ。今の手持ちだと払いきれませんでしたからね」


 僕は迷った末にいい生地で服を作ってもらうことになったが、肝心のお金が足りなかった。手持ちは銀貨9枚とゴブリンの耳で得た報酬の小銅貨5枚だけである。尚、小銅貨は名前通り小さい銅貨で、小銅貨10枚で銅貨1枚らしい。なので、前金を払ってしまった現在は銀貨4枚とかなり心許ない。きちんと毎日トンネル工事の土砂運びをこなさなければお金はすぐに尽きてしまうだろう。


「マッソォと同じ依頼を受けているって聞けば、支払えそうなことは分かるからね。きちんと払いきってくれるならツケで問題はないよ。いざとなれば、マッソォが払ってくれるだろ?」


 おばさんはニヤニヤしながらそう言うと、マッソォさんの肩を叩く。


「ええ。俺が払うんですか? ……まあ、俺が紹介したわけだし。いざとなれば払いはしますけど、マサムネはそういうやつじゃないだろうから心配はしてないですよ」


 マッソォさんはおばさんに返事をすると、僕に視線を送る。


「そうですね。無駄遣いしなければきちんと支払えます……ただ、ブルーノのことが少し心配ですね」


「……まあ、あいつのことはなあ。でも、そんなに怖がることはないぞ。あいつ、罪にならないように一度反発してきたやつにはあまりしつこく手を出さないからな。お前の話を聞いた限りだとしばらくは手を出してこないだろう」


「……そうだといいんですけどね」


 僕は午前中に起きた出来事を思い出す。


「あんたブルーノに絡まれているのかい?」


 おばさんはブルーノのことを知っているのか、僕に心配そうに声をかけてきた。


「ええ。おばさんもブルーノのこと知っているんですか?」


 僕はおばさんがブルーノのことを知っているのに驚いて聞き返してみる。


「あいつを知らない奴なんてこの町にはいないさ。あいつは冒険者だけでなく金貸しもやっているからね」


「金貸しですか……」


 どうやら、ブルーノは食堂のおっさんにだけではなく、他の人にも金を貸しているようだ。


「もしかして、あいつに借金でもしたんじゃないだろうね?」


「いや、こいつは冒険者になったばかりだから初心者狩りにあっているんだ」


 おばさんの質問にマッソォさんが代わりに返事をしてくれる。


「そっちの方かい。まあ、それならあとは本人次第だけど。モッロさんのところみたいになったら悲惨だからね」


「モッロさん?」


 僕は知らない人の名前が出てきたので聞き返してみる。


「お前が言っていた食堂おっさんのことだよ。お前も事情は聞いたんだろ?」


 すると、おばさんの代わりにマッソォさんが答えてくれた。


「家が近所だから心配でね。毎月銀貨30枚なんて借りていたら、一生ブルーノにこき使われることになっちまうよ。正直言って、娘さんのことは諦めた方がいいじゃないかと思うんだけどね。まあ、亡くした奥さんの忘れ形見だから諦めきれないんだろうけど」


「……みんなでお金を集めてあげるとかできないんですかね?」


 僕は地球で難病の子供のために募金をしている人達を思い出す。そういうのはできないんだろうか?


「治るのならある程度は協力してあげたいけど。いつまで続ければいいだい? それに、金貸しは国からの許可がないとできない商売だから、私達庶民が勝手に銀貨30枚なんて大金を動かしたら犯罪になってしまうだろうね。それに、金を貸すのは卑しい行為だから私はしたくないね」


「……そうですよね」


 僕は甘い考えだったなあと思う。この国ではお金を貸すにはどうやら許可が必要なようだった。日本でも金貸しって許可が必要なのだろうか? ……考えたら、ニュースで闇金がどうとかやって問題になっているのだから、普通は必要なのか。


「まあ、俺達が考えても仕方がないさ。ただ、金以外のことで困っていそうだったら協力してあげればいいと思うぜ」


 マッソォさんが僕とおばさんに言う。確かにおばさんが考えても仕方がないことではあるが、僕は伝説の肉球について載っている本を持っているのだ。事情を知ってしまったのだから、出来れば協力してあげたい。


「……服が出来上がるまでに2日かかる。あんたそれ以外の服がないんだよね? それなら、出来るまではこれでも着ていな。うちの旦那のだ」


 おばさんは僕にパンツとシャツを1枚ずつ貸してくれる。


「……えっと、ありがとうございます」


 僕はおばさんに礼を言う。他人の服はできれば着たくないがこの際、贅沢は言えない。


「じゃあ、行こうか?」


 マッソォさんが僕に店から出ようと促す。


「ええ。では、よろしくお願いします」


「明後日の同じくらいにきちんと取りに来るんだよ」


 僕の会釈におばさんは明るく返事をしてくれた。僕とマッソォさんは外に出る。すると、珍獣が腕を組み、服屋の入り口の横で仁王立ちしていた。


「やっと、終わったか。さあ、ブルーノのこともあるし。さっさと帰るぞ」


 珍獣はかなり真面目モードになっていた。僕がしたブルーノの話で珍獣は警戒を高めているようである。


「分かりました。マッソォさん、ありがとうございました」


 僕は珍獣に同意すると、マッソォさんに付き合ってくれたお礼を言う。


「ああ。気をつけろよ。じゃあ、明日な。師匠もまた」


 マッソォさんは僕等に挨拶をして家路へと帰っていった。そして、僕等もそのまま宿へと帰っていくのであった。


 僕は宿の部屋に戻ると、風呂へと向かい汗を流した。その後、節約のために銅貨2枚の貧相な食事をとる。そして、食事をとりながら伝説の肉球について調べることにした。「調合と錬金」の赤い本を僕は開く。


 えっと、伝説の肉球の作り方(猫編)。これをはめれば君の手もキュートな猫手に変身。猫の手も借りたいと言われたら、これをつけて登場すればみんな大爆笑必須……この本の作者はふざけているのだろうか。


 僕はパンをかじると続きを読み始める。


 ……というのは、地球での話。悲しいことにこの世界:アガラタの猫は凶暴です。小さいうえにすばしっこく、集団で行動して魔法も使う猫なので強いです。さて、本題に入りましょう。伝説の肉球(猫編)は肉球病を治すアイテムです。肉球病にかかった猫は集団行動ではなく単独行動をとるようになり、猫パンチで攻撃するようになります。そして、恐ろしいことに肉球病は人間にも感染するのです……ようやく、確信に入ってきたな。


 感染源は猫の肉球です。肉球病の猫にパンチされると肉球から病原菌が入り込み人間に感染します。肉球以外の場所ならば人間が触っても免疫ですぐに死滅するので問題ありませんが、肉球に付着している菌は何故かとても頑強で人間の免疫を突破してしまいます。実際に魔法で拡大して見たところ、他の部位の菌と比較して筋肉が異常に発達していました……筋肉って……それは本当に菌なのだろうか。


 肉球病にかかると猫パンチが止まらなくなるのは、肉球病の菌が脳に影響を与えているからでしょう。しかし、猫パンチで感染した菌はとても頑強です。どのような薬を使っても治せませんでした……これが治らないと言われている原因か。


 そして、さらに研究を進めたところ、菌は猫の身体でも脳と特に肉球に集中して多く、また、人間に感染した場合は脳だけに菌が住み着くことも判明しました。また、肉球病にかかった猫は猫パンチで攻撃するようになりはしますが、人間のように24時間猫パンチをしないことも分かりました。単独行動をするようになり、猫パンチで攻撃するようにはなりますがそれ以外は異常がないのです。そこで、猫と人間の症状の違いについて研究を進めたところ、猫は肉球があるから症状が軽いことが分かりました……ふむふむ?


 そこで、実験として初めは眠らせた正常な猫の肉球を患者に握らせましたが、効果はありませんでした。次に人間の手に傷をつけて血液と肉球を触れさせたところ、猫パンチを止めさせることに成功しました。おそらくは肉球を感じた菌が脳から血流にのって移動してきたのだと思われます。しかしながら、この方法では1日も持たずに被験者は再び猫パンチを繰り出し始めました。油断していた私はいいパンチを一発喰らってノックダウン……その情報はいいよ。


 しかし、私はダウンを1つとられる位では諦めませんでした。人間の手と同化するが、着脱も出来る猫手袋を作ることにしたのです。そして、猫の肉球、猫の毛皮、寄生草のつるを用いて人間がはめられるサイズの手袋を作り、被験者に装着したところ、手が少しかぶれはしましたが、3日で完全に病気を治すことに成功しました……おお。ということは、猫を捕まえて、寄生草のつるというのを探せばいいんだな。何か寄生草っていうのが怖い名前だけど。


 尚、材料についてですが、先ず猫は適当な森深くに行けば普通に捕まえられます。ただ、集団行動をしており、危険なので大規模パーティを組むか、罠を仕掛けるのがいいでしょう。次に寄生草は生き物の肌に寄生する怖い植物ですが、つるは合成獣(危険だから素人は作ったら駄目ですよ)の血管を作る生体部品としても使われており安全な代物です。ただ、肉球と人間の手をつなげた時に血液が肉球に送られ過ぎると貧血になるので、あまり太めのつるを選ばずになるべく細いつるを選びましょう。寄生草はかなりレアですが、拷問官がよく用いているので譲ってもらうか、取れる場所を聞いてみるといいでしょう……合成獣ってなんか怖いんだが。あと、寄生草……僕はリンダ様が確実に所持していると何故か確信できた。こっちは問題なさそうだ。


 最後に何故このアイテムを伝説の肉球と名付けたかと言うと……伝説ってつければ格好良いと思ったからです。


「……なるほど、猫が問題だな」


 僕は本を閉じた。猫については後でカスにでも話を聞こうかと考える。あれでも元5つ星冒険者なのだから知っているだろう。食事を終えたら、エレナさんにカスを呼んでもらおう。


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