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それは素晴らしい!

「ば、馬鹿な!」


 カスが驚愕の表情をしている。


 僕は1万2000年鍛え上げた身体能力を用いて、一瞬でカスに接近すると槍を持っている手首を捻り上げる。少し力を加えるとカスは手に持つ槍を離した。また、槍を拾われないようにカスを空いている手で突き飛ばす。


「くっ!」


 カスは地面に仰向けに倒れ込む。


 僕が無言で睨みつけると、カスは失禁をし始めた。そして、一瞬で服従の行為を示す土下座をしながら叫ぶ。


「す、すみませんでした! 宿代はこれから一生無料にします! どうか許してください!」


 ……と、なるはずだったのだが。現実はそうはうまくいかない。


 僕は妄想から目覚めて、冷静に現在の状況を分析する。


 まず、背後には高い壁があった。珍獣が「しばし、長老の相手を頼む」と言って、作り上げた魔法の土壁である。壊そうと思えば壊せるだろうが、土壁の向こうにいると思われる珍獣が破片で死ぬ可能性もあるし、何よりも前方で槍を構えるカスに背を向けるなどしたら痛い目に合わせられるに違いない。あまり褒められた脱出方法ではないだろう。それに僕に力があるとはいえ、まだ身体的ダメージは受けたことがないので、外傷を受けるのは避けたかった。


 そんなことを考えていると、カスは槍の先端を揺らしながらフェイントを織り交ぜて突きを繰り出し、突いた後は正面に素早く槍を構え直して接近させないよう慎重に攻撃をしてきた。全く隙がないので、妄想していたように急接近すれば槍で串刺しになる未来が見えてしまう。様になっているのがむかつく。もしかしたら、相当な達人なのかもしれない。


 僕はカスの攻撃を全て避ける。尚、僕は力には自信があるが、動体視力はそこまで鍛えていなかったためにカスの攻撃は完全には見切れてはいなかった。しかし、何故かカスの攻撃は全てどのように攻撃してくるのかが分かるのだ。頭の中でピキーンと効果音が鳴ったような気が何度もして、それに身を委ねれば回避することができる。考えてみれば、この世界にきてから何度か同じような感覚を受けたことがあった気がする。何か、特殊な能力にでも目覚めたのであろうか?


「ははは、これが実際の力関係よ! 許しを得たければ土下座して、「ゴルサンの魔導書」を渡すのだ!」


 カスは一方的に攻撃して悦を得ているのか、何かを言っている。まあ、このような狭い路地裏で槍を使えば誰だって一方的に攻撃ができる。なので、負けるわけはないと思っているのだろう。というか、これではただの強盗ではないであろうか?


「何で、「ゴルサンの魔導書」ことを知っているんですか?」


 僕が問いかけると、カスは一旦攻撃を止めて語り出した。


「ふふふ。知りたいのなら教えてやろう。儂は「ゴルサン探知」という特殊能力を持っておる。この能力はゴルサンに関するものが近づくと、頭の中てピキーンとか鳴ってゴルサンの波動とかを感じることがあるのだ!」


「……は? 何ですか?その無駄能力は」


 僕は呆れ顔になる。


「ちなみに宿のものも儂と同じ能力を持っておる。儂に比べたらランクは低いようだがな。尚、儂ほどになれば何を持っているのかも何となく分かる」


 カスが決め顔になる。


 これで、ゴルサンの話をしていると宿で従業員が群がってくる理由も判明……したのだろうか?まあ、カスの言うのを鵜呑みにすれば理屈は通ってしまうのだが。


「あ、もしかして、石碑の前の出来事も……」


 僕はカスとの出会いを思い出す。


「ふふふ、そうじゃ。能力で貴様が何を持っているか分かったから近づいたのじゃ。初めはゴルサンのことを語ることができればいい位の気持ちだったのじゃ。だが、貴様のようにか弱い老人を池に叩き落し、孫からの好感度を奪い去るような輩に「ゴルサンの魔導書」を持つ資格はないと思い、今回の行動を起こすに至った……貴様には儂のピュアハートをズタズタにした報いを受けてもらう!」


 カスが怒りの波動とともに僕への攻撃を再開する。


「……完全に逆恨みじゃないですか」


 僕は攻撃を避けながら言う。


「ふふふ。逆恨み結構。土下座して、「許してください!僕が悪うございました。あなた様に「ゴルサンの魔導書」を進呈します」と言ったら許してやろう」


 カスは僕の声真似をしながら言う……この人はもう駄目かもしれない。


「今なら、お孫さんに告げ口はしませんよ」


 僕は物理的な反撃の隙が見当たらないので武力では敵わないと思い、精神的な攻撃をすることにした。


「な!? いや、儂の孫もおじいちゃんを優先してくれる……はずじゃ!」


 カスは攻撃のスピードを上げる。また、年のせいか疲労により肩で息をし始めたようだ。


「少なくとも、エレナさんは宿のことを嫌っていましたから、僕の味方をしてくれるでしょうね」


「ぐはっ!?」


 カスは反論できなかったのか、精神的ダメージを受けたようだ。体を勝手にのけぞらす。


「それにソフィアさんの方もあなた方の奇行に頭を悩ませているようですし……」


「ピッツァ!?」


 カスは精神的ダメージを受けたようで謎の叫びとともに吐血をする……一応、自覚はあったんだな。


「はあ、はあ。貴様、なぜ一晩にしてそこまで二人と仲良く……」


 カスは体力と精神力が限界に近付いてきたのか、力を振り絞るように言った。


「ほとんどがあなたのおかげかと」


 僕は正直に答えてカスを指差した。


「ハルマゲドン!?」


 カスは謎の掛け声とともに前に倒れ込みそうになる。だが、踏ん張るために槍を地面に突き刺して何とか倒れ込むのを回避する。


「くそ、初めから勝ち目はなかったというのか! 勝負は始まる前から決まっているとゴルサンも……」


「そういうのはもういいです」


僕はカスのセリフを制した。


「あっ、もう駄目、体力の限界。あの依頼を受けた後だったら、貴様も足がガクガクになっていて完勝できると思っていたのに……」


 カスは槍に力を込めることはもうできなかったらしく、地面にうつぶせに倒れ込んで気絶した。


「……最後まで卑怯すぎる思考だな。やっぱり、地中に埋めた方が……」


 僕はカスの槍をいただこうとする……結構高そうだ、売ろうかな。


「少年よ。勝負は決したのだ。許してほしい」


 珍獣がセリフを吐きながら空から降ってきた。また、いつの間にか背後の土壁も消えている。


「どこから降ってきたんですか!? あなたは!?」


「壁に張り付いていたのだ。そういう魔法がある」


 珍獣が蜘蛛のように壁に張り付いている姿を……やっぱり、想像するのを止めよう。


 そして、珍獣はカスを肩に抱えて、空いた方の手で槍を回収する。


「それにしても、少年は思ったよりできるようだな。年を取ったとはいえ、長老は元5つ星冒険者のだが……」


「これが?」


 僕は珍獣の肩で干している布団のようになっているカスを僕に示す。


「ははは。そう、これがだ」


 珍獣はカスを抱えている方の肩を上げて指し示す。


「うーむ。背後に壁がある状況で、長老の攻撃を無傷で躱し切るのは身体能力高いだけでは片付けられないだろう。私でもできない……何か特殊な能力でも持っているのか?」


「うーん。分からないですけど……何か、この町に来てから、こう頭の中でピキーンとか変な音がなっている気がします」


「それだ。少年。私も能力でゴルサンの波動を感じることがある。おそらくは後天的に何かの能力に目覚めたのであろう」


 珍獣が納得したようにうなずく。


「能力って一体何なんですか?」


 僕は疑問に思ったので、珍獣に質問をする。


「さあな。魔法もみんな使えるから使っているし……私からは能力もそういうものだとしか言えないな。少年だって、魔石を仕組みが分かっていなくても使っているだろう?まあ、物好きがいつか解明するのではないか? はっはっは。では、帰ろうか」


「えっと、生活用品は?」


「それならば、今回のお礼に従業員用のものを無料で差し上げるとしよう。長老の給料減額分から頂けば若女将も文句を言わないだろうからな。はっはっは」


 珍獣はそうセリフを吐いて歩き出した。


「それは素晴らしい!」


 僕はカスが罰を受けることに嬉しくて思わず上ずった声で返事をした。


 珍獣は意外に話の分かる動物のようだ。僕は無料で手に入るのならばそれに越したことはないので、珍獣と共に宿へと帰投するのであった。


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