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……戻ったら、絶対に風呂に入ろう

 馬車の中に数名の力自慢達がひしめき合っていた。ほとんどがゴリラのような体格と体臭の人間ばかりである。皆、土木工事で汚れてもいいようにギルドから配布された薄汚い服を着ている。尚、荷物や元々着ていた服はギルドに預けてある。


 僕は暑苦しくて、臭い野獣空間に必死で耐えていた。車とは比較にならない尻の振動も辛い。


「だから言っただろう。移動時間が一番辛いって、もうすぐ着くだろうから、くれぐれも吐くのだけはやめてくれよ。ちなみに帰りはもっと辛いぞ」


 僕の隣にいるマッソォさんが話しかけてくる。


「……はい」


 僕は元気なくそれに頷く。


 マッソォさんは馬車の前で右往左往している僕に話しかけてくれたいい人だ。何でも、僕と同い年位の息子がいるらしく、心配して声をかけてくれたらしい。


 受付さんに斡旋された土木工事は、詳しく言うとトンネルを掘る過程で出る土砂や岩を運ぶ作業である。町から馬車で1時間程の山でトンネルを掘っており、開通できればこの町は物凄く潤うという話だ。この計画は掘り終わるまで今のペースでは2年かかるという話なので、しばらくは金を稼ぐのに不便はないかもしれない。


「着いたぞ!」


 馬車が止まると同時に御者の声が響く。そして、馬車に乗っていた男どもは次々と馬車から降りて行った。


「……空気が清々しい」


 僕は馬車を降りると清々しい開放感に顔を綻ばせた。


「仕事はこれからだぞ。と言っても、あの馬鹿みたいに重いダンベルを持てるなら心配ないだろうが」


 マッソォさんとは元気なうちに馬車の中で色々と話をさせてもらった。彼が言うには、あの試験は落ちる前提で行われているらしく、かなり重めのダンベルを使用しているそうだ。普通の人にとってはあのダンベルはどれだけ重いのだろうか。


「あっちだ。行こうぜ」


 マッソォさんが示した方向にはかなり大きいトンネルがあった。高速道路のトンネル位の大きさがある。どのように掘っているのだろう?


 僕はマッソォさんについて行く。


 すると、トンネルの横にある広場に汗をかいたむさ苦しい男達が整列をしているのが見えた。皆、ヘルメットや口を覆う大きめの布、皮手袋を装備している。また、大きめの荷車も置いてある。


「では、解散!」


 現場監督のようなちょび髭のおっさんが整列している人に向かって大声で叫んだ。


 すると、整列している男達がこちらに向かってくる。


「よお。お疲れ」


 マッソォさんが男達のうち1人に手を振って挨拶をする。おそらくは顔見知りなのだろう。


「おう。お前も頑張れよ」


 男はにこやかに笑うと去っていく。


 その後を目で追うと男達はヘルメットや布、手袋を外して、僕等が行きに乗った馬車に向かっていった。


 なるほど、帰りの方が辛いとはこの事か。臭いがとんでもないことになりそうだ。


「全員、今から道具を配るから整列しろ!」


 広場の現場監督らしき人が大声で叫ぶ。


 皆が広場に整列して並べられている荷車の横に並んでいく。僕はそれを見て急ぎ同じように整列した。尚、荷車は人力で引っ張るタイプのようだが、普通の人間では引っ張れない位程の大きさだ。おそらくは専用のものなのだろう。


 すると、担当者らしき人が僕等に薄汚れたヘルメットを渡していった。ヘルメットの中には布と皮手袋が入っていた。さっきの人達と同じように装備すればよいのだろう。僕は周囲の真似をして装着する。


「さて、今から仕事を開始する! この中に初めてのものはいるか?」


 僕は素直に手を挙げた。他には初心者は誰もいないようだった。


「君はこちらに来るように! では、他の者は仕事を開始しろ!」


 僕を除いた人達が一斉にトンネルへと入っていった。結構すごい速度で皆は走っていったので、手慣れているのだろう。僕はそれを見届けると現場監督の元へと走っていく。


「君は……本当に大丈夫か?」


 現場監督は疑念を帯びた目で僕を見る。


「ギルドでの試験は通りましたであります」


 僕は何となく敬礼をして軍隊方式の挨拶をした。


「おお。あのダンベルを持ったのか!? なら、心配はなさそうだ」


 現場監督は途端に表情を変えた……あのダンベルの重量はどれだけ凄いのだろう。


「仕事は簡単で荷車に土砂の塊を積むから集積場まで持っていくだけだ。塊は担当者が荷車に積むから、あとは前の人と同じことを繰り返せばいい。さて、荷車を引いてついてきな」


 現場監督がトンネルの中に入っていったので、僕もそれについて行った。


 トンネルはすでに大量の石材が天井から地面まで埋め込まれており、魔石もはめ込まれているので明るかった。どうやって、作っているのだろうか? かなり建築技術が高いような……もしかしたら、魔法を使っているのかもしれない。


 奥に進んでいくとまだ整備されておらず、木材で天井を支えているエリアに辿り着いた。すると、荷車にブロック状に固められた土砂と岩を載せた男とすれ違った。


「あのように集積場まで運んでいくんだ」


 現場監督が僕に視線を送る。


「結構大きな塊ですね」


「ああ。あれ位は一度に運んでもらわないと納期に間に合わないんだ。だから、わざわざ高額の報酬を払っている。本当に力のあるやつは高額の報酬でないと集まらないからな」


 僕の言葉に現場監督が説明をしてくれる。


 奥に行くと、マッソォさんが待っていた。横にある荷車にはすでに土砂と岩のブロックが積んである。


「よっ。俺が集積場まで案内することになったからよろしく」


「よろしくお願いします」


 僕は頭を下げる。


 もしかしたら、マッソォさんが気を使って立候補してくれたのかもしれない。


「では、あとはよろしく頼む」


 現場監督はマッソォさんに目配せをした後に去っていった。


「先ずは彼らに荷車に運ぶブロックを載せてもらう」


 マッソォさんは奥にいる5人に目配せをする。


 奥にはフード付の黒いローブを着た魔法使いのような格好をしている人が5人いた。顔はフードを深くかぶっているので見えない。また、先端に宝石のような飾りのついた杖を持っている。


 彼らはこちらに気がつくと軽く会釈をした。


 僕も会釈を返す。顔を上げると掘っている途中と思われる壁が見えた。壁は不思議といくつもの箇所が立方体の形にえぐられている。


「ここに荷車を置いて離れてくれ」


 リーダーっぽい一番身長の高い男が僕に指示をした。


 僕は言われた通りに指示された場所に荷車を置いて離れる。


「では、始めなさい」


 リーダーっぽい男が指示を送ると、残りの4人が杖を壁に構えて何やらぶつぶつと唱える。すると、壁から立方体の大きなブロックが引き抜かれた。4人はブロックに杖を向けている。そして、宙に浮かんだブロックは誘導されてゆっくりと荷車に載った。


「おお」


 僕は初めて人間の使う魔法らしい魔法を見たので思わず拍手する。これを大規模にすればカスを地中に埋めることができるかもしれない。


「ははは。新鮮な反応だな。でも、あの操作技術は、流石将来の大魔法使いという訳だ」


 マッソォさんが僕を見て笑う。


「では、よろしく頼む」


 リーダーっぽい男の人が僕に指示をする。


 僕は荷車を引いてマッソォさんの元へ向かった。


「……問題なさそうだな。じゃあ、ついてきな」


「はい」


 マッソォさんが荷車を引いていくのに僕もついて行く。


「もっとスピード上げて大丈夫か?」


「大丈夫です」


 しばらく運んでいると、マッソォさんが僕に声をかけてきた。


 全然疲れていないので、僕は同意をする。このブロックは試験の時のダンベルよりも軽い。正直言って、集積場の場所が分かったら投げ込みたい位である。


 トンネルを抜けると左に曲がる。そこは、先程整列した広場だった。広場の先にはさらに道があるのが見える。道は荷車を引きやすいようにきちんと舗装されていた。途中で他の人ともすれ違ったので、きちんとすれ違えるように広い道路となっているようだ。


「あとはここをまっすぐ行ったところにブロックがたくさんあるから、向こうにいる人の指示に従って置いていけばいい。もう少し、スピードを上げるぞ」


「分かりました」


 マッソォさんの言葉に僕は返事をする。


 しばらく、走るとブロックが積み重なっている集積場があった。奥にはトンネルにいた魔法使いと全く同じ格好をしている人が5人いた。また、現場監督もいる。


「お願いします」


 マッソォは集積されたブロックの近くまで寄るとリーダーっぽい人に声をかけて、荷車から離れる。


 リーダーっぽい人が頷くと4人がブロックを荷車から宙に浮かせて、奥の方へと運んでいった。


 マッソォさんは荷車を回収すると、僕に向かって手招きをする。


 僕が先程マッソォさんと行ったのと同じようにすると、荷車からブロックが回収された。そして、僕は荷車を回収してマッソォさんの元へ駆け寄る。


「あとは、これの繰り返しだ。4時間もこれをやるのは結構骨が折れるから慣れるまでには苦労する。まあ、単純作業ではあるから慣れるとかなりいい仕事だ」


「なるほど」


 僕は頷く。


「じゃあ、戻るか。俺は怒られないスピードを掴んでいるから、俺の後ろにきちんとついてくれば怒られはしないさ」


 マッソォさんはそう言うと、荷車を引いてトンネルへと引き返した。


 僕はそれを見てそのまま後ろについて行く。


 ……4時間後。


「では、解散!」


 荷車を広場に置いて整列すると、現場監督のようなちょび髭のおっさんが皆に向かって大声で叫んだ。


 広場には汗をかいてむさ苦しさ全開の男達が集まっていた……これから、地獄の馬車に乗らなければいけないことを想像すると胸やけがする。


「……ふう。お前、凄いな。汗一つかかないとは」


 マッソォさんが僕を呆れ顔で見ている。


 荷車にブロックを魔法で載せて運ぶという方法なので、意外と服は汚れなかった。服を着替えるように言われたのは、普通は汗まみれになるからだろう。また、これだけのことをしても、疲労を感じていないので、体が怠けないように何かしら超絶な運動方法を考える必要があるかもしれないと僕は考える……あのブロックを拝借してヒンズースクワットとかするのもありかもしれない。


 僕等は馬車へと向かう。途中でヘルメットなどを回収している担当者の人がいたので、それらの返却も行った。


 馬車の前には2時間前にも設けられた休憩時間と同じく、タオルが配られており、水の入ったやかんが何個か置いてあった。皆はそれに飛びつく。各々が飲んだり、頭にかけたりして疲労を癒していた。


 何となく、僕も同じように真似をする……そう言えば、昨日は風呂に入るなり、歯磨きとかをしていない。お金のめどはついたので、帰りに生活用品の売っている店がないかを探そう。


 10分程すると馬車の御者がそろそろ出発をすると告げたので、僕等は馬車に乗ってゴルサンの町へと帰った。10分の休憩では男達の汗はあまり引いておらず、馬車の中は眩暈がするほど酸っぱさと男臭さの入り混じった空間だった……絶対に臭いが体にしみ込んだだろうな。


「……戻ったら、絶対に風呂に入ろう」


 僕は馬車の中で心に誓うのであった。


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