やっぱり、土木工事ですよね!
僕が宿から出ると入り口の前を掃除している珍獣がいた。今回は上半身裸ではなく、普通に服を着ている。だが、筋肉質で高身長なのでほうきで掃除している姿がまるで似合っていなかった。
「やあ、おはよう。少年、よく眠れたかな?」
珍獣はこちらに気がついたようで一旦手を止め、満面の笑顔で僕に挨拶をしてきた。
「いいえ……おはようございます」
僕は警戒しつつも一晩腕立て伏せをして冷静になっていたので挨拶を返してあげた。
「はっはっは。それにしては顔色はいいようだ。あ、そんな警戒しなくてもいいぞ。若女将からお叱りはすでに受けているから、こちらからは何もしないさ。だが、何か困ったことがあったなら遠慮なく聞いてくれたまえ」
困ったことね……あ、ギルドへ出る道を詳しく聞くのを忘れていた。宿に戻ってソフィアにもう一度聞くと面倒なことになるかも。
「えっと、すみません。早速、聞きたいことがあるのですが?」
「お、何だ? 早速か。ゴルサンのことから筋肉のことまで何でも聞いてくれたまえ」
珍獣は意味もなく右腕を折り曲げて筋肉を誇張するポーズを決めた……僕の中で珍獣の好感度が3ポイント下がる。
「……ギルドへ行きたいのですが、行き方を教えて欲しくて」
「ギルドへの道なら先ずはこの道をまっすぐ行って、すぐの交差点を左に曲がる。そうしたら、そのまま進み2番目の交差点を左に曲がるのだ。そうすれば、1番通りに出るからあとは道なりに進むといい。大きい建物だからすぐに気がつくはずだ」
僕の質問に珍獣はすぐに答えてくれた。
僕は昨日の案内所の近くにあった地図を思い出す。この町は入り口から奥に3方向へ分かれる道があって、左から1、2、3番通りがあったはずだ。そうすると、奥には1、2、3番通りを横切る道があって、そこから1、2、3番通りに合流できるようになっているのだろう。
「なるほど、ありがとうございます」
僕は会釈する……僕の中で珍獣の好感度が1ポイント上がった。
「はっはっは。何、これも仕事のうちだ。では、良い一日を」
珍獣は掃除を再開する。やっぱり、掃除姿は似合わなかった。
僕は珍獣の言う通り、3番通りの奥に向かって歩き、すぐの交差点を左に曲がった。昔、余計なことを考えながら歩いていたら道に迷ったことがあるので、言われた通り素直にそのまま進み、2番目の交差点を左に曲がる。
1番通りには武器屋、防具屋、道具屋などのファンタジーRPGの世界にあるような道が並んでいた。これならば、心躍る冒険というものに期待ができるかもしれない。歩行者の中には堂々と大剣を背負う者、魔法使いのように格好良い杖を持つ者、弓矢を携帯する者など様々な冒険者らしき人達がいた……剣と魔法の世界そのままだ。
周囲を観察しながら歩いていくと、大きな看板があったので、珍獣の言う通りすぐにギルドの建物は見つかった。
ギルドは3階建ての大きい建物だった。朝早くにも関わらず多くの人々が出入りしている。
僕は胸を躍らせながら、ギルドの中に入る。
「……冒険者が一杯だ」
1階には用途ごとの受付や依頼の貼っている掲示板、酒場などがあった。掲示板の前には特に人が多い。僕は邪魔にならないように周囲を見渡す。すると、入会手続きと記載のある札の受付を見つけた。
僕は受付に向かって歩き出す……と、見知らぬ人が僕にぶつかってきた。
「おい、兄ちゃん。俺様にぶつかってくるとはいい度胸だな」
僕にぶつかってきたのはスキンヘッドで強面のお兄さんだった。剣とナイフを腰に装備している。
「てめえ。兄貴に何晒してくれているんじゃ!」
取り巻きAさんが僕を威圧する。
「賠償金が必要だな。金貨1000枚だ。ヒャッハー!」
取り巻きBさんが僕に賠償金を求める……ヒャッハー!てリアルに叫ぶ人を初めて見た。
「おいおい。また、ブルーノが新人に絡んでいるぞ」
ベテランに見える冒険者が愉快そうにこちらを見る。
「ふふふ。誰か止めてあげなさいよ」
妖艶な魔女のような格好をしたお姉さんが面白そうな表情でこちらを見る。
「初心者狩りか……俺も昔やられたんだよな。俺に力があれば助けてやれるのだが……」
弱そうなお兄さんが俯く……お兄さんもやられたのか。
「ちょっと、面貸せや」
ブルーノとかいう人は僕の胸倉を掴んで顔を入り口側へと向ける。どうやら、頭が悪いわけではないらしい。このままでは職員の人が駆けつけてくるのは目に見えているだろう。外に連れ出して僕に何かをしでかすつもりのようだ。
これが噂の初心者狩り……やばい、テンションが上がってきた。
「おい。そこの木偶の坊。邪魔だからどけ」
急にその場に不愉快そうな声が響いた。
ブルーノの背後には声の持ち主がいた。高身長で体格の良い人物だ。短髪で長い槍を背中に装備している。また、金属の鎧を着こんでおり、鋭い眼光が特徴の男だった。
「てめえは……ちっ。行くぞ、てめえら」
男はおそらくブルーノより格上なのだろう。ブルーノは僕の胸倉から手を離すと悪態をついて、取り巻きA、Bとともにギルドから出ていった。
僕は初心者狩りの登場から格好良い冒険者が助けてくれるというテンプレの出来事にテンションが上がる。
「坊主。大丈夫か?」
男はぶっきらぼうに僕に問いかける、そして、視線が合う。彼は男からも女からも好かれるような野性味のあふれるイケメンだった。
「……格好良い」
僕は男の格好良い行動に胸を躍らせる。
「……はあ?」
僕の羨望の眼差しに男……いや、兄貴は不思議そうな表情を浮かべる。
「あ、すいません。助けてくれてありがとうございました」
僕は慌てて服をただしたあとに頭を下げてお礼をした。
「おいおい。また、レオナルドが新人を虜にしたぞ」
ベテランに見える冒険者の声が聞こえた。
「ああ。レオ様!」
妖艶な魔女のような格好をしたお姉さんの声が聞こえた。
「レオ……やっぱり、かっけえ!俺も助けてもらったんだよな」
弱そうなお兄さんの声が聞こえた……お兄さんも助けられたのか。
「坊主。ギルドが初めてならすぐにあそこの姉ちゃんに色々と聞きな。あの姉ちゃんの言うことをきちんと守っていれば悪いことにはならねえはずだ」
兄貴は僕が頭を上げると面倒見が良いのか入会手続きの受付を指し示した。
「は、はい……あの、握手してもらっていいですか?」
僕はテンションが上がっており、普段はしない頼みごとをする。
「ああ!? ……まあ、減るものじゃないしいいけどよ」
兄貴は拒否せずに右手を差し出してくれた……やはり、格好良い。
僕は兄貴の手を握る。兄貴の手はごつごつしており、男の中の男といった感じだった。
「へえ……って、おい。もういいか?」
兄貴は一瞬、感心したような表情を見せたあとに僕に告げる……危ない。少し長すぎたか。
僕は嫌われたくないのですぐに手を離した。
「はい。ありがとうございました。この恩は忘れません」
僕は再び頭を下げた。そして、頭を上げる。
「お前、すげえもの持っているな。きちんと修練すればいいところまでいけるぜ」
兄貴は僕にウインクするとその場を去った。背中が格好良い。
僕は放心状態で兄貴に手を振る。
「遅い!」
兄貴は同い年位のポニーテールの女魔術師に怒られていた……怒られている姿も格好良い。
「助けるように言ったのはお前だろう?」
兄貴は女魔術師に言い返す。
「でも……」
「はい。はい……」
兄貴と女魔術師は痴話喧嘩をしているかのようにギルドから出て行った。おそらくはパーティーを組んでいるのだろう。いつか、一緒に冒険をしてみたいものだ。
「君、大丈夫?」
僕が放心状態になっていると背後から肩を叩かれた。驚いて振り返ると、入会手続きの受付にいたお姉さんがそこにはいた。
お姉さんはエレナさんに見劣りしない金髪美人だった。やはり、こういう受付は美人さんが担当することが多いのだろう。
「ええ。兄貴に助けてもらいましたから」
「……兄貴ね。彼、確かに格好良いわよね」
「知っているんですか?」
「有名人だもの。レオナルド・デ・サント。魔槍の名手で、今はこの町で唯一の5つ星冒険者ね」
「……5つ星ですか」
僕は冒険者の階級は星の数で区分されているのかと思う。
「ええ。一番上の階級ね。豪勢な家に住んでいるわ。彼女持ちでなければ、イケメンだからものにしたいのだけれど。分別はつけなければね」
受付さんは面食いらしい。まあ、これだけの美人ならば自信を持つのも仕方がないのかもしれない。また、略奪愛はしない主義のようであるので、いい人ではあるのだろう。
「僕、入会手続きをしたいのですが」
僕は気を取り直して受付さんに問いかける。
「ええ。こちらにお願いします」
受付さんは僕に笑顔を向ける。一瞬で口調を切り替えたのを見ると、どうやら仕事モードに入ったようである。
僕は受付さんに先導されて入会手続きに向かう。
「先ずはこの書類をお読みください。ギルドの規約となります」
受付さんが1枚の書類を提示する。そこには以下のことが記載されていた。
1.あなたはギルドと正式に契約を結んだ個人事業主となる。
2.個人事業主はギルドを通して依頼を受けることを基本とする。
3.個人事業主はギルドの依頼を拒否する権利を有す。
4.個人事業主はギルドの不利益になることをすすんで行ってはならない。
※ただし、個人事業主が一方的に不利益を生じる場合は異議申し立てをする権利を有す。
5.犯罪による罰則、その他の事項は基本的にギルド所属国の法律を採用することとする。
6.個人事業主は常にギルドとの契約を解約する権利を有す。
※解約後の再契約に関しては、不当な理由で解約されたとギルドが判断した場合はギルドが拒否する権利を有す。
7. 上記に記載していないことに関してはその都度ギルドと個人事業主が個別で話し合うこととする。
僕は書類を読み終える。
高校を入る前の若者には規約などという堅苦しいものは頭が痛かった。かいつまむと①自由にギルドの仕事は選んで、拒否することも出来る。②国の法律は守ってください。③ギルドはいつでも辞められるが、再契約は拒否されることもある。④その他のことについては個別で話し合いますよと言ったところか……たぶん。
「まあ、大雑把な規約とはなりますけどね。例えば、仕事中に事故が起こった場合とかは7に記載されているようにその都度の話し合いとなります。どういたしますか?」
「……入会します」
他の選択肢はなさそうなので、僕は入会することにする。
「では、登録料は銀貨1枚になります。あと、こちらの書類に名前などをご記入ください。また、住所が不定の場合は滞在許可証の番号をご記入ください」
僕は銀貨一枚を受付さんに渡し、書類を受け取る。書類は名前と住所などの他に魔力量なども記載されていたが、名前と住所以外は任意記載だったので、僕は名前と滞在許可証の番号だけを記載する。
「少々お待ちください。記載内容をギルドカードに登録いたしますので」
受付さんは受付の奥にある部屋に入る。そして、5分程もすると金属のプレートを2枚手にして戻ってきた。
「最後に魔石に魔力登録をしていただくことになります。ギルドカードについている魔石に魔力を流し込んでください。1枚はギルドの保管用となりますので返却をお願いいします」
受付さんは2枚のギルドカードを僕に渡す。ギルドカードにはマサムネという名前と滞在許可証の番号が記載されていた。また、1つの星の形をしたマークがついている。
僕は先ず1枚目に白い魔石に念じるように魔力を通す。すると、白い魔石が金色に変色した。続けざまに2枚目に魔力を通すと同じく金色に変色をした。
受付さんの言う通りに僕は片方を返却する。
「これで登録は完了となります。初心者の心構えなどはお聞きになりますか?」
僕は何となく後ろを見る。特に並んでいる人もいなかった。もしかしたら、今日登録しに来たのは僕だけなのかもしれない。
「ええ。お願いします」
僕の言葉にやる気になった受付さんが説明を始めた。長かったので割愛するが、先ず、冒険者の階級は1~5つ星があり、1つ星が一番下となるそうだ。そして、1つ星までは基本的にギルドから斡旋された仕事しか受けられないらしい。これは達成の難しい依頼に初心者が挑まないための処置とのことだ。ただし、1つ星でも実力があると判断されれば難しい依頼を斡旋されることもあるらしい。あと、初心者狩りに注意することも言われた。出会ったら、ギルド内なら叫べばギルド職員が助けてくれるとのことだ。外の場合は怪しい通りには近づかないように注意された。
「……うん。こんなところかしら」
受付さんは満足そうな表情をする……結構長かった。
「じゃあ、そのまま初心者用の依頼を見てもらうわね」
受付さんは僕に何枚かの依頼書を並べて見せた。
近隣の森での薬草、キノコ、山菜などの採取の荷物持ち、ゴブリン退治の荷物持ち、町の清掃、ギルド職員の手伝い……うん。全て初心者向けだ。しかも、全て銅貨2枚しか儲からない。
「あの……僕、お金ないのでもっと良い依頼はないでしょうか?」
「はあ。君みたいな人多いのよね。だから、初めはギルドの斡旋しか受けられないようにしているの」
受付さんはため息をつく。
「う。生意気言ってすみません」
僕は無理なことを言ったと思い謝る。
「いいのよ。慣れているから」
受付さんはまったく気にしていないようで笑顔を僕に向けた。
「……うーん。そうだ。僕、これでも力持ちなので、何か力仕事ってないですか?」
僕には1万2000年前から鍛えている筋肉がある。それに賭けて思い切って受付さんに聞いてみた。
「全然そうは見えないけど……うーん。それじゃあ、ちょっと待ってね」
受付さんは受付の奥にある部屋に入っていく。10分もすると受付さんと一人の珍獣が現れた。珍獣は服の上に金属の胸当てを着ており、腰に2本の剣を装備している。そして、片手でとても大きなダンベルを持っていた。何故か、マットのようなものも持っている。
「おっ、我がままボーイとは君のことだったか。はっはっは。無茶は若者の特権だ。大いに結構」
珍獣は僕に視線を送る。
「アランさん。笑い事ではないですよ」
受付さんは珍獣を叱る。僕と珍獣が知り合いとは思っていないらしい。
「えーと、こちらはアランさんです。元4つ星冒険者ですが、今は時間が空いた時にギルドの警備をやってもらっています」
「……そうですか」
珍獣が上位の冒険者とは世も末である。おそらくは良い飼い主に恵まれたのだろう。
僕がちらりと珍獣を見ると彼は手を振った……そんな高等な芸をしても餌は出ないぞ。
「で、本題ですが、今の時間から初心者が受けられる依頼で高額なものが1つだけあります。報酬は半日で銀貨3枚です」
「本当ですか!?」
僕は思わず受付に前のめりになる。
「ただし、この依頼は物凄く力作業ですので力のある人以外には斡旋していません」
「うむ。なので、少年のように力のなさそうなものにはこのダンベルを手で持って、簡単に歩き回れるようなら斡旋することにしている」
「なるほど」
僕は頷く。
「ちなみに落とすと床の弁償代が発生するので止めるなら今ですよ?」
受付さんが僕に忠告をする。
「いえ。やらせてください」
僕がそう言うと、珍獣が受付の脇から僕の元へと歩いてきた。
「地面に置くから、先ずは持ち上げてみたまえ」
珍獣はマットを地面に敷くと、その上にとても大きなダンベルを載せる。おそらくは床を傷つけないためだろう。
僕は念のために両手でダンベルを持つ……物凄く軽い。まるで、風船のようだ。やはり、1万2000年前から鍛えているだけあってこれくらい余裕である。
「おっ、なかなかやるな。少年。それは大の大人でも持つのは大変なのに」
お姉さんの方へ視線を向けると驚いた表情を浮かべていた……見返せてとても嬉しい。
「次は私の言う通りに動いてみなさい。まずはマットから下りて、前方へ十歩」
僕はいつ通りに動く。
「次は右を向いて軽く走って柱と柱の間をその場で100往復しなさい」
僕は言う通りに行う……100往復は長いな。まあ狭いから仕方がないのか。尚、珍獣の言った柱の間は大体5m位だ。
「最後はこっちに戻ってきて頭上に掲げて満面の笑顔!!」
僕は珍獣のいつ通りに実行した……何か恥ずかしい。
「うむ。これなら問題ない! 合格!」
珍獣が無駄にでかい声を出す……まあ、合格はしたし、今回は許そう。
「これはどうすればいいですか?」
「マットの上に置きたまえ」
僕は言われた通りにダンベルをマットの上に置く。そして、僕は受付さんの元へ駆け寄った。
「これで、銀貨3枚の依頼受けられますよね!」
僕はテンションが上がり満面の笑顔で受付さんに言う。
「……ええ、まさかあなたがそんなに力持ちとは思わなかったわ。何か魔法を使っているの?」
「ええと、そんな感じです」
僕は曖昧に返事をする。
「……仕事はトンネル工事の岩運びよ」
受付さんは僕に依頼表を渡す。
「やっぱり、土木工事ですよね!」
僕は心躍らない初仕事にかなり落ち込んだ。
落ちが弱くなってきた……




