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……縁起でもないことを言わないで

 僕は「異世界の記録」……「ゴルサンの魔導書」により、あほの娘となった若女将をお姉さんに押さえつけて貰い、その間に本を鞄にしまった。


 若女将は暴れようとはしていたが、しばらくすると我に返ったようで動きを止める。


「……お姉ちゃん、もう大丈夫……離してくれない?」


 お姉さんはその言葉を聞くと、若女将を解放した。心なしか、お姉さんの表情も暗い。


「……申し訳ございません。出直してまいります」


 起き上がった若女将は目が死んでいた。そして、僕に深々と頭を下げるとそのまま退出する。


「……はあ。とりあえず、朝は無理だけど夕食の頃には私、帰宅しているから、夜は私が担当するね」


 お姉さんは精一杯の笑顔を僕に向ける。


「……はい。お世話になります」


「では、ごゆっくり」


 お姉さんも頭を下げて部屋から退出していった。


 念のために鍵を閉めておいたのは言うまでもない。


 僕は気を取り直して、夕食をとろうとする……少し冷めてしまったかな?


 夕食は丸パン、ベーコンと野菜の入ったスープ、ワインで煮込んだ肉料理、チーズとレタスっぽい野菜のサラダ、桃、レモンティーの組み合わせだ。そう言えば、ご飯は大分久しぶりに感じる。僕に言わせれば3週間ぶりだが、おじいさんの話では1万2000年ぶりになる。


 僕は再び鞄から本を取り出すと、頭の中の文章とのすり合わせをしながら料理を堪能した。


 ……1時間後。


「……結構おいしかったな。そういえば、本にも食事は地球と問題ないほどに発達させたと書いていたなあ」


 僕は本を閉じるとぽつりと呟く。


 食事に関しては多かったので食べきれるか少し心配だったが、逆に全然お腹いっぱいにならなかった。おそらくは、あの世界で長時間過ごしたためだろう。食事が必要のない身体になっている可能性も十分に考えられる。だが、食事を抜いて倒れたりなんかしたら身も蓋もない。とりあえずは、毎日きちんと3食は食べようと思う。


 尚、本は食事をしている間に読み切ってしまった。元々、頭の中に刷り込まれている文章とのすり合わせなので、分厚い本ではあったが先に読んだ1時間分と合わせて合計2時間で読了できた。


 僕は鞄に本をしまい、座布団を枕代わりにして仰向けに寝転ぶ。天井にはぼんやりと光る魔石がはめ込まれていた。


 この世界は魔石を使用した文化がかなり進んでいるようだった。夕食中に暗くなってきたなと思うと、勝手に天井の魔石がついたのを確認している。また、本に書いてあった通り、消えろと念じれば明かりは消えた。魔石という思念で操作できる道具はすごく便利だと思う。


「うーん。でも、ゲームやネットがないのは辛いな」


 僕は今日、もうやることがないと考えていた。知らない街を夜に一人で歩く度胸はない。まあ、お金のめどがないのが一番の理由だが……。


「そう言えば、「異世界の記録」には通貨価値は書いていなかったな」


 通貨価値は時代によって変動するから記載されていなかったのかもしれないと、僕は何となく思った。あと、この本が書かれた年代も分からない。そう言えば、この世界にごるさんはまだ生きているのだろうか? ごるさんは転生したと書いてあったが、おそらくはあの時に僕と一緒に死んでしまったのだろう。ただ、広場に像が飾られているということはかなり昔の人物なのではないかと推察される。僕が遅れてこの世界に来たのは……放置されていたかの違いかな……たぶん。


「夕食の皿を下げてもらうついでにさらっと聞いてみるか」


 僕はテーブルに置いてある呼び出し用の魔石に指先を触れて念じた。


 すると、10分位経ってお姉さんがやってきた。


 僕は部屋の中に招き入れる。お姉さんは先程と違い表情が明るくなっていた。


「さっきはごめんね。夕食はおいしかった?」


「ええ、すごくおいしかったです」


 お姉さんの問いに僕は素直に答える。


「あと、少し聞きたいことがあるのですが、大丈夫ですか?」


「何? 私が分かることなら答えるけど」


「えっと、この町での通貨の価値を知りたいのですが」


「ここ最近は銅貨20枚で銀貨1枚かな。あと、銀貨50枚で金貨1枚っていうのはずっと変わっていないね」


 お姉さんは皿をお盆に載せながら答える。


 流石は観光案内所の職員だ。すぐに答えたところを見ると、おそらくはよく聞かれるのだろう。


「あと、変なことを聞くようですが、ゴルサンが魔王を倒したのは何年前でしたっけ?」


 僕は石碑に「その剣は魔王を切り裂き、世界を救った」と書いてあったことから、この質問をしてごるさんの生まれた時代を推測することにした。


「うん? それなら、約400年前ね。今が太陽暦1734年だから、正しく言うと410年前かな」


 400年前となると、ごるさんはこの世にはもういないだろう。ただ、僕が1万2000年も放置されていたにもかかわらず、生まれ変わった時代が400年位しか差がないとは……神様は仕事をさぼりすぎだろう。


 僕がそんなことを考えていると、お姉さんはテーブルの皿を片付け終わったようだった。


「あ、そういえば、「ゴルサンの魔導書」は自慢のつもりだったのかもしれないけれど、あまり他の人に見せびらかすのは感心できないよ」


 すると、お姉さんが僕に忠告気味に告げる。


 僕は「ゴルサンの魔導書」が権力者に寄与されたと記載されていたのを思い出す。やはり、希少なものなのだろう。


「えっと、若女将が目にしたのは偶然です。テーブルに置いておいたらたまたま目撃されて」


「なるほど。それで……どうやって手に入れたの?」


 お姉さんは素直に疑問に思ったらしく、僕に質問をしてくる。


「……言えません」


 僕は少し考えた末、返事をした。


「うーん。普通に考えたらお金に困った貴族から買い取ったってところか……」


 お姉さんは何やら考え込んでいる。


 やはり、あの本は高額なのだろう。


「……まあ、いいか。あと、君の名前聞いてなかったけど、教えてくれないかな? 私はエレナ……あと、妹はソフィアね」


「言われてみれば、名乗っていませんでしたね。僕はマサムネです」


「マサムネ……うん。聞いたことのない名前だから一発で覚えたわ。じゃあ、失礼するわね」


 お姉さん……エレナは笑顔で皿の載ったお盆を手にして部屋を退出していった。


 僕は手持ち無沙汰になり、明日はどうするべきかを考え始める。


 先ずはこの世界でのお金の稼ぎ方を探さなければならない。安定してお金が稼げるようになったら、目的のリンゴを探しに行こう。「異世界の記録」にはゲームのようなギルドという組織があるのが記載されていたから是非訪ねたい……400年前の情報だから不安ではあるが……その場合はこの身体能力を生かした仕事を探せばいいだろう。また、服や生活用品を揃える必要もあるだろう。


「……うーん。今の情報では考えても限界があるし、筋トレでもやるか」


 僕は暇なので筋トレをすることにした。「異世界の記録」では初歩的な魔法の使い方も記載してはいたが、屋内でやるのは危ないと書いてあった。なので、僕は筋トレをすることにする。屋内だから腕立てが飽きたら腹筋、腹筋が飽きたらスクワット、スクワットが飽きたら腕立てを繰り返そう。


僕は黙々と腕立て伏せをする。筋トレをしていると自分は健康的だと実感できるので好きだ。腕立て伏せはゆっくり行った方が鍛えられると聞いているので、大まかに2秒に1回位のペースで行っている。


「……、……、……、……、……、……、……、……、……、……飽きた」


2万回を超えたところで流石に飽きた。やはり汗はかかないし、疲労も感じないようだ。地球なら無人島生活で生きていけたかもしれない。


「今、何時だろう」


 僕は何となく時計を見ると……すでに7時30分になっていた。慌てて外を見ると、外はすでに明るくなっている。


「眠くもならないな……そういえば、時間間隔がマヒしているっておじいさんが言っていたような……気を付けないと」


 僕は朝になったら、朝食をとってギルドへ向かおうと考えていたので、テーブルの上に置いてある呼び出し用の魔石を使用してソフィアを呼ぶ。そして、念のために身体の匂いを嗅いだ……たぶん問題ないだろう。


 ……10分後、ドアを叩く音が聞こえた。


「失礼します。お呼びになられましたか?」


 若女将……ソフィアがやってきた。


「ええ。今、開けますね」


 僕は警戒しながらドアをそっと開ける。


 ソフィアはメニュー表を手に持っていた。おそらく、朝食用のものだろう。


「朝食をいただきたいのだけど」


「はい。そう思いまして持ってきました」


 ソフィアは笑顔で僕にメニュー表を渡す。


 どうやら、昨日の名残はないらしい……よかった。


 僕はメニュー表を受け取って中を開く。


「えーと、クロワッサンと……牛乳でいいや」


 今回は軽食で済ますことにした。お金は節約しなければならない。


「かしこまりました。銅貨2枚になります」


「ちょっと、待って」


 僕は鞄の元へと行き、銅貨2枚を取り出す。そして、ソフィアへと渡した。


「ありがとうございます。すぐにお持ちいたしますね」


 ソフィアは部屋の前から去っていった。やはり、ごるさんのことがなければ、優秀な娘だなと僕は思う。


 すぐにソフィアは僕の元へ朝食を持ってきた。今回は何の問題なく朝食を受け取れた。


「部屋の掃除もしますので、食器はそのままで結構です」


「分かった。ありがとう」


 僕はソフィアに返事をする。そして、彼女を見送った後に鍵を閉め、テーブルにつくと情報を探すためにリンゴのことが記載されている赤いカバーの本を読みながら、朝食をとる。


 ふむ、ふむ。虹色リンゴがここからだと一番近いな……でも、秋に収穫なのか。丘の木々は緑が多かったし、今は春から夏位かな? うん? 3年に1個しか手に入らないと……うーん。だけど、これが第一候補だな。距離はゴルサンの町からでは1週間かかるのか……他のはかなり遠い。うーん。残りはのんびりと探すとしよう。あ、ポーションの作り方とかも記載してあるな……ふむふむ。


 30分程でご飯は食べ終わった。尚、クロワッサンは普通だったが、搾りたてなのか牛乳がやけにおいしかった。明日もこのセットでいいかもしれない。


 旅支度を整える。と言っても、鞄を……そういえば、鞄を下に持って行かなければならないのか。まあ、何とかなるだろう……たぶん。


 部屋は特に汚れてもいなかったので、僕は鍵を手に持って部屋から出た。そして、鍵を閉めると受付へと向かう。朝早くだからか、従業員はあまり見当たらない。何か起きないうちにさっさと、外に出るべきだろう。


 受付につくとソフィアが受付の周りを掃除していた。


「鍵を預かって欲しいのですが」


 僕はソフィアに話しかける。


「あ、はい。お預かりします」


 ソフィアは笑顔で鍵を受け取った。


「あと、聞きたいことがあるのだけどいいかな?」


 僕がそう言うと、ソフィアがひきつった表情を浮かべた。


「ナ……ナンノゴヨウデショウカ」


「えっと、昨日のことではないから大丈夫だよ。ただ、ギルドがどこにあるのか知りたくて」


 僕はなるべくフレンドリーに話しかける。


「……よかった。あ、えっと、1番通りにあります。何のご用ですか?」


「ちょっと、お金が稼ぎたくて。手持ちではちょっと少ないからね」


「なる……ま、まさか、「ゴルサンの魔導書」を売る気では……」


 再び、表情が切り替わる……忙しい娘だ。


「それはないから大丈夫」


 僕は今のところ、「ゴルサンの魔導書」を売る気はなかった。もしかしたら、この先転生者や転移者に出会う可能性もあるからキープしておきたいと考えていた。


「はあ、良かった……と、ところで、その本、いくらなら譲ってもらえるでしょうか?」


 だが、ソフィアは諦めていないようだ。いいタイミングだと思って切り込んでくる。


「今は誰にも売る気はないよ。一応、お金に困ったら……ソフィアに一番に買い取ってもらうことにするよ……たぶん」


「ほ、本当ですか!?」


 思わぬ返事だったのか、ソフィアが僕の手を握ってくる。これで、狂信者でなければかわいいのに。


「まあ、期待しないで待っていて」


「はい! マサムネさんが一文無しになるのをお待ちしています!」


 ソフィアは出会ってから一番の笑顔を僕に向けた。


「……縁起でもないことを言わないで」


 僕は呆れつつも下駄箱から靴を回収して、ギルドへと向かった。


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