初めての私
朝からお母さんに美容室へ行くと伝えると喜んでお金をくれた。
「お母さん嬉しい。今まで無理に連れて行ったもの。それが自分から行くなんて!」
「私ね。可愛くなろうかなって…。」
「いいじゃない!頑張れ!」
「うん、じゃあ行ってきます。」
いつも行く美容室ではなくて、夢ちゃんが行っているという美容室に昨日のうちに予約しておいた。美容室の前に着いたがオシャレ過ぎて少し尻込みをしていると、中から美容師さんが出てきてくれた。
「もしかしてお客様ですか?」
「あの予約した片岡です。」
「あー良かったです。では中へどうぞ。」
中に入るとアロマなのか柑橘系の香りがして少し落ち着いた。
「今日はどのようにされますか?」
「あのこんな感じで。」
私は写真の切り抜きを見せる。
「ふむふむ、じゃあ今より少し長さを切っていきましょうか。あの前髪なんですけどもう少し軽めにしましょうか。眉より上で流す感じで。」
まずい、全く想像つかないが、ええい女は度胸だ。
「はい、お任せします。」
「はい、任されました。」
この女性の美容師さんの寺尾さんは優しくて私の性格を察してか、必要以上に話をしてこなかった。
「さあ出来ましたよ。可愛いです。」
鏡の中には、今までに見たことがない自分が存在した。前髪が短く斜めに分けられているだけで表情が明るく見える気がする。
「ありがとうございます。」
その後、ヘアアレンジの仕方を教わり私はルンルンとした気持ちで家に帰った。
「春!可愛いわ。似合ってる!」
家に着くとお母さんは褒めちぎってくれる。
「そうかな?変じゃない?」
「全然、可愛いわ!」
「ありがとう。お金も出してくれてありがとう。」
「いいのよ。行ってよかったわね!」
自分の部屋に戻る。うちの高校は割と自由がきくので髪ゴムも皆オシャレなものを使っている。今日、お昼を食べたら雑貨屋さんに行ってみよう。
お昼を食べて大きなショッピングモールまでバスに乗ってやってきたはいいが、どこに何があるのか全く分からない。こんなに人が居て、館内マップを広げているのは私くらいだ。もう帰りたくなってきた。
「片岡?」
「菅野君?」
「何してるの?」
「いや、あの。」
「うん。」
「髪ゴムってどこで買うの?」
「髪ゴム?アクセサリーってこと?」
「そう!」
「連れて行ってほしいの?」
「できれば…。」
「じゃあその後クレープ一緒に食べてくれない?僕、甘いものが好きなんだけど、あそこ女の子ばっかでさ付き合ってよ。」
なぜ?田中さんは?まあ連れて行ってくれるというなら言うことを聞いておこう。
「うん。分かった。」
「よし、じゃあ行こうか。」
そういって菅野君はずんずん歩いていく。後ろをついて歩いて初めて意外と背が高いことに気が付いた。私、いつも全然見てないや。数分もしないうちにお店の前で菅野君は止まった。
「さあ着いたよ。というかその髪の長さなら髪ゴムじゃなくて髪留めを買った方がいいんじゃない?」
「ああ、そうかも。じゃあ髪留めと髪ゴム2つ買おうかな。」
店内をまわる。あんまり派手じゃなくて小ぶりなものがいいなぁ。これ可愛い。私は半月型の薄ピンク色のワイヤーで作られた髪留めを手に取った。これにしよう、髪ゴムはと。
「これは?」
菅野君が差し出したのは、少し大きなピンクのリボンがついたゴムだった。うっ確かに可愛い。
「ありがとう。それにする。」
私はゴムを受け取りお会計を済ませた。
「じゃあクレープだ。お姉さん僕あのプリンが入ったやつにします。」
菅野君はもう決めていたらしくクレープ屋に着くやいなや注文した。
「じゃあ私はそのイチゴのチョコのクレープをお願いします。」
お客さんが途切れている時間なのかあまり待たずにクレープができあがった。菅野君はフードコートで食べるようだ。私は帰ろうと鞄を持つと。
「いや、付き合ってよ。約束でしょ。」
「えっ!買うだけじゃないの?」
「こんなところで食べるのが恥ずかしいんでしょ!」
菅野君は私の肩をつかんで座らせる。
「私と一緒であれじゃない?」
「あれって?」
「だって、田中さんと付き合ってるんでしょ?」
「えっ!なんで!」
「やっぱり。4月に女子に聞かれて田中さんを見てたもんね。大丈夫。応援してるよ。」
「えっ!違うよ!田中は俺の友達と付き合ってるし。」
「あれ?じゃああの時、誰見てたの?」
「それはもういいだろ。なんでそっちを見たの知ってるんだよ。」
何かをブツブツ言う、赤くなっている菅野君を見ながら、私はクレープを頬張った。なんだか面倒だし早く食べちゃおう。私は急ぎで食べ始める。それに引き換え菅野君は遅い、いつも弁当は早いくせに。
「片岡ってどんなやつが好きなの?」
「えっ急だね?うーん。優しくて賢くて物静かな人かな。」
「そうなんだ。なんかうちのクラスの深田みたいじゃない?」
「えっ?あー、まあそうだね。」
深田って誰だ?あの前の方に座ってる秀才と噂の彼?
「好きなのか?深田が!」
「なんで怒ってるの?ごめんね深田君顔が出てこないの。」
「なーんだ。じゃあ好きなやつはいないんだな。」
「うん。前もそう言ったでしょ?」
「そうだったね。」
菅野君は急に笑顔になりクレープを食べている。もう置いて帰ろうかしら?そう考えていると菅野君が食べ終わった。
「じゃあ、帰るね!今日はありがとう!」
私は帰ろうと椅子から立ち上がった。
「ああ。じゃあな、また学校で。」
歩き出そうとした瞬間、腕を掴まれた。そして耳元で。
「髪切ったんだな、似合ってる。」
とだけ言って菅野君は私を残して行ってしまった。いっ今のはなに?なんだか熱い。顔が、体が。恥ずかしさと驚きと色んな感情で。私は深呼吸をしてゆっくりと家に帰るために歩き始めた。