表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/37

デートという、嘘


「あの、お願いがあるんです。

 その……」

「どうした?

 言いにくいことか?」

「その、明日、私とデートしてもらえませんか?」


 冬休みということもあり、茉莉花がウチに来てから2人はずっと一緒にしている。

 茉莉花も凜々花にくっつかれてたら、これからどうするのか、俺と話がしにくいということだろうか?

「あれれれ、この流れはもしや……

 私、お邪魔ですかね?

 部屋へ――」

「あ、待って!

 ごめんなさい」

 茉莉花は気をきかせて外そうとする凜々花の袖を掴み、慌てて引き止めた。

「凜々ちゃんも一緒でいいの。

 ううん、むしろいて欲しいの。

 今も、明日も。」

「え、でも……

 私、ちょっと、まだ馬に蹴られて死にたくないので……」

「ほんっとにそんなこと気にしないでいいから、ね」

「でも、それってデートじゃあ???」

「あ、うーん、なんと言ったらいいのか説明…しにくいけど……」

「まあ、いいじゃないか、細かいことは。

 ようは、出かけようってことだろ」

「パパにはさ、なんかこうロマンというか、何かが欠けている気がするよ。

 凜々花が思うにさ」

 俺が椅子を指し示して促すと、座りながら凜々花は意見してくる。

「そうか?

 俺はあんまりよくわからんけどなぁ……

 やっぱり出かけようってことだろ。

 違うのか? 茉莉花」

「ええ、出かけられればそれで」

「えー、それでいいの凜々花さん」

「うん、まあね」

「で、どこへ行って何をするんだ?」

「あ、それは私が用意します」

「オイオイ、内緒かぁ?

 いきなり『大雪の北海道です』とか馬鹿なことは、カンベンしてくれよ」

「えー、そういう方が最っ高に面白いのに!

 ドッキリみたいでさ。

 せっかくのイベントなのに、釘刺さないでよ」

「あのなあ、凜々花。

 こんな年末の土壇場にまだ宿泊可能だったら、そりゃあんまりいいとこじゃねーぞ。

 それに凜々花は金を払う心配がないから、そんなことが言えんだよ」

「えー、夢がないの」

「現実はそんなもんなんだよ。

 ネットの写真や動画で、続きを夢見るんだな」

「そんなに心配しなくても、というか、そんなに夢を見られてもかえって困るというか……

 ああ、どうしよう。

 絶対に期待外れよ、きっと。

 ごめんなさい。

 先に謝っておきますから」

「ほーれみろ凜々花。

 オマエのせいで困っちまったじゃねーか」

 俺が茉莉花を指差すと、凜々花は慌てて席を立って期待をあげ過ぎたことを謝った。

「あー、冗談です! 冗談!

 こっちがごめんなさいです。

 茉莉花さん。

 気にしないでください、ホントに!」

「……で、本当にどうするんだ?

 時間とか、用意とか」

「そうでした。

 朝6時に出発できるようにしてもらえればもう、それでいいです。

 格好は少し動きまわっても大丈夫なようにしてください。

 それと北見さんには、車をお願いします」

「わかった。

 じゃ、心配なのは凜々花だけだな。

 もう寝たほうがいいんじゃないか?」

 俺は左手の腕時計を叩いてみせる。

「ちょっとそれ、馬鹿にしすぎです。

 ちゃんと起きられますから!

 まだ7時なんだから、寝られるわけないでしょ」

「学校が休みで、ラクのしすぎで元気いっぱいか?」

「ちょっと!

 失礼しちゃうんだから」

「じゃ、いつも何してんだよ?」

「それは、茉莉花さんとお話しして、社会勉強? をですね……」




 ――何かが変わりはじめている。

 何を考えているのか?

 どうしたいのか?


 茉莉花の気持ちは正確にはわからない。

 けれども、主張してくるのはいい傾向だろう。

 ウチに転がり込んでからは、大量に買い込んだ初日のショッピング以外、あまり自分から主張してくることはない。

 決める、主張する、要求する……

 こういったことは、自分から動かなければできないことだ。

 そういう行動が少ないことが、茉莉花にとっての課題のように俺は思う。


 ――じゃあ、動くためのエネルギーとは、いったいなんだろうか?

 昨日の凜々花の言葉が、『茉莉花の感情を動かした』のだ。

 涙ぐんで部屋へと戻ったのは、その証明にほかならない。


 ――フン、子供や動物には、しょせん男は勝てないのかね?

 茉莉花との別れが近いのではないか?

 そんな考えが頭をよぎり、俺は2人にバレないように深いため息をついた。




          ◇




「なあ、こんな格好で大丈夫か?」

 翌朝、俺は茉莉花にファッションチェックを受ける。

 ニットキャップを被って黒のスタジアムジャンパー。

 インナーに明るめのグレーのパーカー。

 下は黒のジーンズだ。

 靴はパンツに合わせて、黒のワークブーツの予定。


「ええ、動きやすくて、とてもいいです。

 意外とおしゃれですよね、北見さん」

「そうか?

 適当に着ると、凜々花がうるさいんでな。

 みっともないだの、恥ずかしいだのな」

「凜々ちゃんのおかげですか?」

「おかげか、お節介かはなんともな……

 で、その凜々花はまだ準備中なのか?」

 茉莉花はドタバタ音のする部屋をチラッと見てから、「……そのようですね」と答えた。

「おい、凜々!

 時間になるぞ!

 だーから昨日言っただろ。

 もう寝ろって」

「あーもう、うるさいから!

 あと1分、1分だから!」

 ま、こういういときの1分というのは、往々(おうおう)にして5分10分にすぐ化ける。

 その例にもれず、しっかり遅れる凜々花だった。

「時間にルーズな奴は信用されんぞ。

 ったく」

「まあまあ、北見さん。

 遠出ではありませんし、電車の時間がどうだとか、騒ぐようなこともありませんから」

「いや、そういうちょっとのことで損するってのは、本人にとってもったいない――」

「――そうそう、ちょっとのことで怒るのも、もったいないのよ、パパ」

「なんでオマエが偉そうなんだ、オイ」

「さ、もっと遅くなりますから出発しましょう!」

 茉莉花の一言で曖昧に打ち切られて、俺たちは家を出た。

 凜々花と2人だったら、まだまだ勝負審判のいない試合が続行されるところだが、今日はそうならなかった。


 早朝の通りはガラガラだ。

 大晦日の朝に、ウロウロしている奴なんていやしない。

 せいぜいが犬の散歩程度だ。

 そのせいでか、車が暖まりきる前に早くも目的地についてしまう。

 なんのことはない、着いた先はキャンプもできる大きな公園だった。


「いや、ここさ。

 ただの公園だろ?

 こんな早朝に何もないぜ」

「何もないから、いいんですよ」

 そう言って凜々花は意味ありげに笑った。

 

 俺たちの吐く息はいったん白くモワっとかすみ、それからあっという間に流れて消えていく。

 車で15分少々の公園はところどころに霜柱ができていて、歩くとシャクシャクと心地よい音を立てる。

 心地よい音を立てるが、それはそのまま寒さの証明でもあった。

 風はほとんどなく、空には青空が広がり、白い月が見えた。

 凜々花はその若さに似合わず、歯をカタカタ言わせながら「さむいさむいさむいさむい……」と念仏のように唱えていた。


「じゃあ、あったかくなるようにしましょうね!」

 茉莉花はトートバックをゴソゴソとやると、四角く黒い何かを取り出す。

 それは小型のラジオのようだった。

「置いてあったのでお借りしました」

 存在さえ忘れているような、非常用のラジオだった。

 それをイジっているということは、時間的にそういうことなのだろう。

 凜々花のせいで6時を回って出発し、15分程度かかって到着だ。

 はじめから寝坊も、予想通りなのかもしれない。

 時刻はそろそろ、6時30分になろうとしていた。

「えぇ、何がはじまるの?」

 凜々花が震えた声をあげるが、笑うだけで茉莉花はそれに答えない。

 ジジジッと雑音がしたあと、懐かしさを感じる放送がはじまる。

「これですぐ、あったかくなるはずです。

 あったかくならない人は、手抜きですから、もう1回でも2回でも追加しましょう!」

 そして俺の予想通りに、ラジオ体操がはじまった。

 アレは不思議なもんで、ちゃんとやると結構な運動になるようになっている。

 まあ、体操なんだから当たり前ではあるが。

 そして1度でOKをもらえなかった凜々花は、YouTubeで再びラジオ体操を流され、茉莉花の手取り足取りの指導で運動させられていた。

 何もせずに待っていてもひえてしまうので、俺もそれに付き合った。

「準備運動は終わったので、これから公園を走り――」

「――えぇ!

 朝から死んじゃう」

 感心するほどの速さで凜々花からツッコミが入ると、「期待通りの反応どうも」と茉莉花が執事のようにお辞儀して言った。

「走るのは、もちろん冗談ですので御安心を。

 やるのはジャン!

 なんと、サッカーです」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ