デートという、嘘
「あの、お願いがあるんです。
その……」
「どうした?
言いにくいことか?」
「その、明日、私とデートしてもらえませんか?」
冬休みということもあり、茉莉花がウチに来てから2人はずっと一緒にしている。
茉莉花も凜々花にくっつかれてたら、これからどうするのか、俺と話がしにくいということだろうか?
「あれれれ、この流れはもしや……
私、お邪魔ですかね?
部屋へ――」
「あ、待って!
ごめんなさい」
茉莉花は気をきかせて外そうとする凜々花の袖を掴み、慌てて引き止めた。
「凜々ちゃんも一緒でいいの。
ううん、むしろいて欲しいの。
今も、明日も。」
「え、でも……
私、ちょっと、まだ馬に蹴られて死にたくないので……」
「ほんっとにそんなこと気にしないでいいから、ね」
「でも、それってデートじゃあ???」
「あ、うーん、なんと言ったらいいのか説明…しにくいけど……」
「まあ、いいじゃないか、細かいことは。
ようは、出かけようってことだろ」
「パパにはさ、なんかこうロマンというか、何かが欠けている気がするよ。
凜々花が思うにさ」
俺が椅子を指し示して促すと、座りながら凜々花は意見してくる。
「そうか?
俺はあんまりよくわからんけどなぁ……
やっぱり出かけようってことだろ。
違うのか? 茉莉花」
「ええ、出かけられればそれで」
「えー、それでいいの凜々花さん」
「うん、まあね」
「で、どこへ行って何をするんだ?」
「あ、それは私が用意します」
「オイオイ、内緒かぁ?
いきなり『大雪の北海道です』とか馬鹿なことは、カンベンしてくれよ」
「えー、そういう方が最っ高に面白いのに!
ドッキリみたいでさ。
せっかくのイベントなのに、釘刺さないでよ」
「あのなあ、凜々花。
こんな年末の土壇場にまだ宿泊可能だったら、そりゃあんまりいいとこじゃねーぞ。
それに凜々花は金を払う心配がないから、そんなことが言えんだよ」
「えー、夢がないの」
「現実はそんなもんなんだよ。
ネットの写真や動画で、続きを夢見るんだな」
「そんなに心配しなくても、というか、そんなに夢を見られてもかえって困るというか……
ああ、どうしよう。
絶対に期待外れよ、きっと。
ごめんなさい。
先に謝っておきますから」
「ほーれみろ凜々花。
オマエのせいで困っちまったじゃねーか」
俺が茉莉花を指差すと、凜々花は慌てて席を立って期待をあげ過ぎたことを謝った。
「あー、冗談です! 冗談!
こっちがごめんなさいです。
茉莉花さん。
気にしないでください、ホントに!」
「……で、本当にどうするんだ?
時間とか、用意とか」
「そうでした。
朝6時に出発できるようにしてもらえればもう、それでいいです。
格好は少し動きまわっても大丈夫なようにしてください。
それと北見さんには、車をお願いします」
「わかった。
じゃ、心配なのは凜々花だけだな。
もう寝たほうがいいんじゃないか?」
俺は左手の腕時計を叩いてみせる。
「ちょっとそれ、馬鹿にしすぎです。
ちゃんと起きられますから!
まだ7時なんだから、寝られるわけないでしょ」
「学校が休みで、ラクのしすぎで元気いっぱいか?」
「ちょっと!
失礼しちゃうんだから」
「じゃ、いつも何してんだよ?」
「それは、茉莉花さんとお話しして、社会勉強? をですね……」
――何かが変わりはじめている。
何を考えているのか?
どうしたいのか?
茉莉花の気持ちは正確にはわからない。
けれども、主張してくるのはいい傾向だろう。
ウチに転がり込んでからは、大量に買い込んだ初日のショッピング以外、あまり自分から主張してくることはない。
決める、主張する、要求する……
こういったことは、自分から動かなければできないことだ。
そういう行動が少ないことが、茉莉花にとっての課題のように俺は思う。
――じゃあ、動くためのエネルギーとは、いったいなんだろうか?
昨日の凜々花の言葉が、『茉莉花の感情を動かした』のだ。
涙ぐんで部屋へと戻ったのは、その証明にほかならない。
――フン、子供や動物には、しょせん男は勝てないのかね?
茉莉花との別れが近いのではないか?
そんな考えが頭をよぎり、俺は2人にバレないように深いため息をついた。
◇
「なあ、こんな格好で大丈夫か?」
翌朝、俺は茉莉花にファッションチェックを受ける。
ニットキャップを被って黒のスタジアムジャンパー。
インナーに明るめのグレーのパーカー。
下は黒のジーンズだ。
靴はパンツに合わせて、黒のワークブーツの予定。
「ええ、動きやすくて、とてもいいです。
意外とおしゃれですよね、北見さん」
「そうか?
適当に着ると、凜々花がうるさいんでな。
みっともないだの、恥ずかしいだのな」
「凜々ちゃんのおかげですか?」
「おかげか、お節介かはなんともな……
で、その凜々花はまだ準備中なのか?」
茉莉花はドタバタ音のする部屋をチラッと見てから、「……そのようですね」と答えた。
「おい、凜々!
時間になるぞ!
だーから昨日言っただろ。
もう寝ろって」
「あーもう、うるさいから!
あと1分、1分だから!」
ま、こういういときの1分というのは、往々にして5分10分にすぐ化ける。
その例にもれず、しっかり遅れる凜々花だった。
「時間にルーズな奴は信用されんぞ。
ったく」
「まあまあ、北見さん。
遠出ではありませんし、電車の時間がどうだとか、騒ぐようなこともありませんから」
「いや、そういうちょっとのことで損するってのは、本人にとってもったいない――」
「――そうそう、ちょっとのことで怒るのも、もったいないのよ、パパ」
「なんでオマエが偉そうなんだ、オイ」
「さ、もっと遅くなりますから出発しましょう!」
茉莉花の一言で曖昧に打ち切られて、俺たちは家を出た。
凜々花と2人だったら、まだまだ勝負審判のいない試合が続行されるところだが、今日はそうならなかった。
早朝の通りはガラガラだ。
大晦日の朝に、ウロウロしている奴なんていやしない。
せいぜいが犬の散歩程度だ。
そのせいでか、車が暖まりきる前に早くも目的地についてしまう。
なんのことはない、着いた先はキャンプもできる大きな公園だった。
「いや、ここさ。
ただの公園だろ?
こんな早朝に何もないぜ」
「何もないから、いいんですよ」
そう言って凜々花は意味ありげに笑った。
俺たちの吐く息はいったん白くモワっとかすみ、それからあっという間に流れて消えていく。
車で15分少々の公園はところどころに霜柱ができていて、歩くとシャクシャクと心地よい音を立てる。
心地よい音を立てるが、それはそのまま寒さの証明でもあった。
風はほとんどなく、空には青空が広がり、白い月が見えた。
凜々花はその若さに似合わず、歯をカタカタ言わせながら「さむいさむいさむいさむい……」と念仏のように唱えていた。
「じゃあ、あったかくなるようにしましょうね!」
茉莉花はトートバックをゴソゴソとやると、四角く黒い何かを取り出す。
それは小型のラジオのようだった。
「置いてあったのでお借りしました」
存在さえ忘れているような、非常用のラジオだった。
それをイジっているということは、時間的にそういうことなのだろう。
凜々花のせいで6時を回って出発し、15分程度かかって到着だ。
はじめから寝坊も、予想通りなのかもしれない。
時刻はそろそろ、6時30分になろうとしていた。
「えぇ、何がはじまるの?」
凜々花が震えた声をあげるが、笑うだけで茉莉花はそれに答えない。
ジジジッと雑音がしたあと、懐かしさを感じる放送がはじまる。
「これですぐ、あったかくなるはずです。
あったかくならない人は、手抜きですから、もう1回でも2回でも追加しましょう!」
そして俺の予想通りに、ラジオ体操がはじまった。
アレは不思議なもんで、ちゃんとやると結構な運動になるようになっている。
まあ、体操なんだから当たり前ではあるが。
そして1度でOKをもらえなかった凜々花は、YouTubeで再びラジオ体操を流され、茉莉花の手取り足取りの指導で運動させられていた。
何もせずに待っていてもひえてしまうので、俺もそれに付き合った。
「準備運動は終わったので、これから公園を走り――」
「――えぇ!
朝から死んじゃう」
感心するほどの速さで凜々花からツッコミが入ると、「期待通りの反応どうも」と茉莉花が執事のようにお辞儀して言った。
「走るのは、もちろん冗談ですので御安心を。
やるのはジャン!
なんと、サッカーです」




