自白
本来なら重要な話し合いの最中でシカトするところだが、俺は今の気まずさを打ち消すように電話を受ける。
見知らぬ番号のそれは、気まずさを打ち消すには最善の手段……とは、残念なことにならなかった。
「ずいぶんと面白い仕事をしているそうだねえ、北見くん」
「……」
誰だ? コイツは。
どういうことだ?
なぜ、今の状況を知っている?
俺が厄介な状況を抱えていると。
……この声、どこかで…知って……
目をしばたかせながら、俺は無言のまま記憶の中身を検索する。
――アイツか!
思い出すなり、俺はチッと舌打ちをした。
俺と違いスラッと背が高く、生白い顔が思い出される。
夏だろうが冬だろうが、グレーのスリーピースのスーツをビシッと着る男。
俺は奴が暑いとか寒いとか、不満を漏らすのを聞いたことがない。
そもそも暑さや寒さという、そんなありふれた概念がアイツにあるのか不安になるほど、何事にも平然とした男だった。
コイツは細い目を細めて、うっすらと笑うのだ。
女に言わせりゃ、涼しげに笑うイイ男らしい。
けれどもそれが俺にはどうにもイヤらしく感じられ、好きになれなかった。
最後に声を聞いたのは、果たしていつのことだったか?
「舌打ちとは随分だね」
「……悪いが俺は誘拐犯じゃない。
ほかを当たれ」
「フフ、ハッハッハ。
……いや、失礼した。
安心してくれよ。
誘拐されたなんて、誰からも届けは出ていないよ。
ニュースにさえ、なっていないじゃないか。
それより、君と話すのは、本当に久方ぶりだね」
「どこから話を聞いたのかって聞くのも、野暮なんだろうな」
「ああ、もちろん君の御想像の通り、西の奴からに決まっているよ」
「フン、それはそれは……
このクソ寒い時期に、たいそう心温まる交流だな」
「なに、年末の御挨拶だね」
「御歳暮にお年玉の付け届けか?
なおさら懐が温かいようで、めでたいじゃないか」
「……なに、そんなに儲かっちゃいないさ」
「で、今さら俺に何のようだ?」
「たいした用事はない」
「あのなぁ!
そこは嘘でも、あると言えよっ!」
思わず苛立って声を荒げてしまう。
「たいしてなくても、いくつかまとまれば大きく1つになるからね」
「……俺にとっては、非常に不愉快な答えだな」
「珍しくて面白い荷物は、今もいるのかい?」
「そこにいるが?
なんだ? 釘でも刺す、ってか。
忙しくなるから警察沙汰を起こすなって」
「ハハハッ。
いや、単純な興味だよ」
「クソがッ!
その人を食ったような対応、どうにかするんだな」
「あいかわらずだなぁ。
苦労を背負い込むのは、いまだに北見くんの専売特許なんだね」
「東田よ、オマエが言えることかどうか、よーく胸に手を当てて考えてから言うんだな。
そろそろ通話を切っても?」
「……凜々花は元気かい?」
「親はなくても子は育つよ」
「凜々花が母親の毱花に似てくるには、まだ早いかな?」
「東田よ、オマエ何を言っている?
どういう意味だ?」
「似ているそうだねえ?
死んだ毱花に。
その愉快で厄介な荷物は」
「……だったらなんだよ?」
「もう、ヤッたのかい?」
下から血液が逆流し、こめかみから額のあたりが、ミシミシと音を立てているような感覚にとらわれる。
叫びそうなるその瞬間、向かいの茉莉花が目に入り、ギュッと奥歯を噛み込んで堪える。
ガリッと奥歯が削れた音がする。
「毱花と、茉莉花は、別の人間だ。
そして毱花と、凜々花もだ。
まったく、ぜんぜん、関係のないことだ」
「じゃあ、なぜ連れ込んだ?」
「なぜかだと?
俺がアンタのその問いに、答える義務はない。
それから最後に言っておく。
お前は、まず1番に凜々花のことを聞け。
それが義務だ」
「義務?
そんな事は言われたくないけどね……
まあ、北見くんには言う権利があるかな。
育ての親の北見くん。
僕にとっては、どうでも良い話ではあるけどね。
「どうでもいい、だと?」
「僕が凜々花の親としての権利を、いまさら主張したほうがいいのかな?」
「おうよ、その覚悟があるならかまわんさ。
実の父を名乗り出るなら、好きにしろ。
ただし大人が宣言することには、果たすべき大きな責任があるぜ」
「ただの冗談だよ。
イヤだなあ、ムキにならないで欲しいね、僕としては」
「オマエのやることも言うことも、すべてそうだ。
何から何まで、要領を得んことばかりじゃないか」
「北見くんの説教も、今や懐かしいものだねえ。
そうやって毱花にも、説教をしたのかい?
あんな奴と関わるから、不幸になるんだって。
僕のことをさ」
「悪いな。
俺は毱花の思い出話を、貴様とするつもりは一切ない」
「そう言わないでくれよ。
かつての仲間に、つれないじゃないか。
まあ、君が元気そうで良かったよ。
今度会うときは、是非ビジネスの話をしようじゃないか。
北見くんに利益が出れば、凜々花への罪滅ぼしになるんじゃないかな。
どうだろう?」
「俺が東田から、一銭だって受け取ったことがあるか?
そういう中途半端は、俺は好まん。
そんなのは凜々花のためにならんし、貴様の自己満足にすぎん」
「僕には冷たいねえ、相変わらず。
まあ、近々会うこともあるだろうさ。
これで、今日は失礼するとしようじゃないか」
俺は何も返事を返さずに、通話を切った。
「悪かったな、ムカつく警察時代の同僚だ」
「マリカって、私のことじゃないのね」
「ウン、ああ、まあな」
茉莉花は顔をうつむき気味にして、上目遣いでじっと見つめてくる。
その目は明らかに、「続きは?」と語っていた。
けれど俺はそのメッセージを受け取りながら、あえて無視した。
それでもジッと目を逸らさない茉莉花に押され、思わず「なんだよ?」と呟いて目を逸らす。
「凜々ちゃん……
実の子じゃ、ないの?」
「そうだ」
「そう」
「俺と血が繋がっていないのは、凜々花も知っていることだ。
いまさら気にするようなことじゃない」
「凜々ちゃんは知らないけど、北見さんは知っているのね。
誰が父親かって」
「まあな。
誇れるような大人物ならいいが、残念ながらそうじゃない。
俺は奴が大嫌いだからな。
凜々花が望むなら仕方ないが、進んで教える気はサラサラないよ」
「そうなんだ……
で、マリカさんは?」
「チッ、わかった。
降参だ、降参。
死んだ妻が、凜々花の母が、毱花なのさ。
それだけじゃない。
……アンタにソックリときた。
はじめて工場で見たとき、驚いて固まってたのは、アンタがあまりにもソックリだったからだ。
まるっきり、生き写しだ。
そもそも危険を冒してわざわざ助け出したのも、くだらんオッサンのセンチメンタルなんだろうさ、きっとな。
笑いたきゃ、笑え。
言い訳するんじゃないが、名前が同じで容姿もソックリときたら、因果というか、神の采配というか……
何かを勝手に感じちまっても、仕方ないだろ?」
一息に吐き出してしまうと気まずさを感じ、背もたれに身を投げ、足を組んで横を向く。
横を見た先には、電気ポットにジャスミンのティーバッグがあった。
――目を逸らした先まで、ジャスミンかよ。
どうにもこの気まずさからは、逃げられないらしい。
ならばついでと、再び口を開く。
「つまり俺も、ほかの奴と同じって訳だよ。
アンタにどんなタグをつけるのかってな。
死んだ女を繋げて見るのか、死んだ首相を繋げて見るのか?
その違いしか、ないのさ。
悪かったな、偉そうな中身がこんなんでな。
まあ、いまさら幻滅するほどの信頼なんてなかろうがな」
「北見さん。
そのオッサンが来なければ、私はここにいません。
それは疑いのないことよ。
結果的には亡くなった奥様に感謝しても、しきれないと思うの。
それが偶然であったとしても……
なんだかんだと言っても、あのままあそこにずっといたら、どこまで何をされたかわからないもの。
それは北見さんが馬鹿にする私でも、さすがにわかる」
「なあ、どうして出馬しない。
何にこだわっている?
その、なんというか……
俺には本当にわからんのさ。
同じ状況なら、喜んで選挙に出ていく奴だっているだろう。
コイツは大きなチャンスだ。
名誉なことで、力も手に入る。
注目されたい奴もゴマンといるし、何かを成し遂げるのにその立場を使うことだってできるだろう。
『担がれるのが嫌だ』という気持ちもわかるが、かといって茉莉花が、強烈に何か別のことをやりたい、というようにも見えない。
オヤジが死んで、悲しくて動けん訳じゃなかろう?」




