挑発
しばらく互いに黙り込んだのち、「んんっ」と咳払いをして、俺ははじまりの合図に替える。
「まず、俺から話すか。
茉莉花が聞きたいかどうかは知らんが、その方がいいだろう。
俺の自己満足かもしれんがな」
茉莉花は聞きたくなさそうに、横を向いたままだ。
「まずはじめはこれだろう。
なぜ俺があの場にいたか?
それだな。
俺はあのとき、何を探していたか?
俺はアンタが監禁されていたあの組織の、幹部の1人と通じている。
だからはじめにアンタが言った、『あいつらと一緒でしょ! 何が違うのよ』ってのは、半分は当たりだ。
そうでなきゃ、あんなところにいるはずも無いしな。
なんというか、おめでとう、当たりだ」
「おめでとう、ですって?
酷くつまらないギャグね。
もっと勉強した方がいいわ」
感情のこもらない平坦な声で返してくる。
俺が面白くないのは認めるが、それでもあまりいい気はしない。
ひとくちジャスミンティーを啜って区切り、間を取る。
気を取り直すと、何事もなかったように続けた。
「人が集まる組織で、一枚岩ってのは、ほとんど無いもんだ。
そういうのはどこの組織でも、ま、同じだな。
ワルもエリートも政治家も、子供も大人もない。
派閥にグループ、〇〇派ってなふうに、ドンドン枝分かれしていくもんだ。
メンバーが多ければ多いほど、枝どころか葉になって、さらに増えちまう。
だってそうだろう?
人の意見てのは、人の数だけあるもんだ。
そりゃ仕方がない。
なら『まとまりがあるかどうか?』、それを分けるのが何かといえば……それは状況だけだ。
全体が上手くいっているときってのは、結果が出るから、みんな気分もいいし、カネや評価のように目に見える利益も得られる。
それが一体感を生む訳だな。
だからそれぞれの違いが、あっても目立たないほど小さい。
気になるほどに大きくは表面化しないだけだ。
けど、それは絶対、確実にあるものだ
ま、そんなこんなで、幹部が組織内の対立という海を泳いでいくにあたって、外部の俺は雇われで協力してるのさ。
たいていの場合、ほかの敵対組織への働きかけ、工作、調査ってのが多い。
けれどその中には、身内である組織内のライバルに対する仕掛けもある。
蹴落としや自衛のためにな。
今回もその1つらしい。
依頼されたのは、あの部屋にあるはずの1億の金塊を盗み出す仕事だ。
そういう案件のはずだった。
ところがどうだ?
危険を冒してわざわざ侵入してみれば、なんだか理由はわからんが、知らない女が転がってる。
どういうことか、サッパリわからん。
そりゃ、頭にきたぜ。
失敗か、俺が騙されたか、そのどちらかしかないからな。
そこで俺は考えた。
アンタは見るからに、そこの従業員でもなきゃ、管理人でもない。
まともな奴が深夜、この寒い季節、床に毛布で寝てたりはしないもんだからな。
じゃあ、なんで人がこんなところにいるのかってね。
なら、もしかするとコイツに1億の価値があるんじゃないか?
それが1つの推測だ。
ま、正直な話、俺の考えが間違っていたっていいのさ。
ようは、騙されたか、間違っていたのかは知らないが、腹いせができればな。
そっから先は、茉莉花も知っての通りだ」
ここまでの話は、茉莉花にとって興味深い話でもないだろう。
深夜の通販番組のほうが、よっぽど面白いに違いない。
つまらなそうにして聞いていた。
「北見さん、あなたもう私のこと、知ってるんでしょ?」
とっとと核心を話せというような茉莉花の問いに、俺は頷きを返す。
「アンタがテロで死んだ首相の娘で、出馬を期待されている直系の娘だということは、すでに知っている。
そして周囲の期待に対し、決断できないでいる、ということもな。
さらに言うなら、アンタが出馬すると困る奴がいる。
茉莉花には非業の死を遂げた首相の娘という、これ以上なくわかりやすいアピールポイントがある。
一気に国民的なヒロインにまで駆け登る資格が、これ以上にないほど十分備わっていることになるからな。
オマケに若く見た目までいいとなれば、なおさらだ。
俺のようなクズの人生とは、大違いの環境だぜ」
せっかく『若く見た目もいい』と褒めてやったが、反応はない。
それほどの興味はない、そういうことだろうか。
「だから血筋のいい悲劇のヒロインのストーリーは、ライバルにとっては脅威でしかない。
同じ選挙区に茉莉花が出ちまえば、今後20年どころか、もしかすると40年以上だって、席が空かないかもしれん。
40足しても、まだ60代だろう?
すべてが手遅れになる前に、その席をどうにかしたいって思うのは、ある意味で賢明な判断と言えるな。
そいつのやり方がどうかは、俺は知らんがな」
「そう、そこまで知っているのね。
わかったわ。
で、あなたは私に、どうして欲しいの?」
茉莉花はダルそうな様子で指先を気にして弄りながら、興味がなさそうに言った。
「出馬するよう説得しろ、とは言われたな」
「……それ、もの凄くわかりにくい」
手遊びをやめ、俺をジッと見て説明を求めてくる。
「もう1度言うわ。
それで、あなたは私に、いったいどうして欲しいの?」
茉莉花はイラだった様子でいちいち区切りながら、強い調子で再度俺に問う。
「出馬を決断させろと言われたが、俺は働きかけること、もっと言えば強引に説得する、力ずくで言いなりにする……
そうしたことに興味がない」
「はぁ、なにそれ?
興味があるかどうかなんて、私は聞いていないわ。
じゃあ、凜々ちゃんを外して、何がしたかったの?」
「何がしたかった、だと?
それは俺のセリフだよ。
アンタこそ、これからどうしたいんだ?」
茉莉花は何も答えなかった。
「凜々花はすでに、巻き込まれている。
オマエの引き起こす騒動にな。
そもそも注目のアンタを攫って監禁する連中だ。
何をするか、俺にもわからん。
俺にも、考えたくはないが、もしかすると凜々花にもな。
現実的に、なんらかの危険がある可能性は考えられるだろう。
そしてわからんのは、相手の動きだけじゃあない。
俺の前にいるオマエも、自分のことをいまだに理解していない。
可能性も、能力も、やりたいことも、やりたくないことも、自分が何を選ぶかも、そしてその影響力も、自分についてのこと、とにかく何もかもだ。
オマエの様子からして、出るのか出ないのかも、自分で決められないんだろ?
そもそもな、茉莉花がそんなだからなんだ。
いま進行中の事態が、いつどこでどうなるか。
それは影響を受ける立場の俺たちには、サッパリわからんし、決められんのさ。
なんせ主導権は、ヒロインになる権利を持った、オマエの手の中にあるんだからな。
それを行使して、出馬するのかどうか……
茉莉花が立候補すると言えば、その影響で道ができる奴もいるし、その逆に遥か高い壁ができる奴もいる」
「……まるで何が起きても、私のせいみたいに言うのね?
火事に地震や戦争も、すべてが私のせいかしら。
こんな女の子を捕まえて」
「あぁ? 女の子だと?
ハッ、いつの時代の話だ。
笑わせてくれるなよ」
「私だって……」
俺は腕組みして待ったが、続いていかない。
痺れを切らし催促する。
「『私だって……』なんなんだよ?
女の子ってのはなあ、凜々花のように影響を受ける立場の奴のことだ。
影響を与える奴のことじゃないだろう?
ましてや立候補可能な年齢のくせにな」
茉莉花は握った手を口元にやる。
親指の爪を噛んでいるようにも、見えた。
「そうして私をいじめて、楽しいの?」
「フン、いじめてなんかいないつもりだが、まあ、そうでもいいさ。
周りに優しく丁寧に接してもらって、今まで何かを決めてこられたのかよ?
サラブレッドのお嬢様が。
……自分で決めるのが、怖いか?」
「失礼ねっ! 私だって!
ちゃんと決めて生きてますから!」
「ほー、そうかい。
オマエの決めるってのはな! せいぜいが喰いたいメニューを決める程度だろ!
そもそも出るか出ないか意思がはっきりしているなら、相手につけいる隙なんてねーんだよ!
自分が攫われることもなきゃ、俺がアンタを助け出すこともなかった。
凜々花を危険に晒すこともな。
決めないことで相手に期待を抱かせ、結果的に自分で自分を危機に晒したんだよ!」
思わず語気が荒くなり、張り上げてしまう。
「いや、悪かった。
怒鳴りつけるつもりはなかった。
すまん」
しばらくお互いに口を開けずに黙り合ったままでいると、ポケットの携帯が震えた。




