表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/37

事実


「よう、どうだ?

 最高の朝か?

 俺は、そうでもないがな。

 ……今回の件。

 いったいどういうことか、わかるように説明してもらおうか?

 ええ? 西よ」

「挨拶もなしに突っかかってくるとは、穏やかではないな」

「チッ、穏やかもクソもあるかよ!

 肝心のモノなんて、ありゃしなかったじゃねーか。

 何があった? 

 説明してもらおうか」

「フム、金塊は無かったか……

 では、かわりに別のものがあったかな?」

「ああ、あったね。

 金塊はなかったが、代わりに女がいたぜ。

 これはいったい、どういうことだ?

「それが、1億の正体だよ。

 1億円の女さ」

「バカ言え、多少可愛くはあるかもしれないが、とてもそんな価値が――」

「――ニュースぐらいみたらどうだ? 

 次の選挙の重要な候補者だよ、彼女は」

「じゃあ何か? 

 俺に嘘の依頼を出したのか?」

「女の救出が依頼だとして、北見よ、それを受けたか?」

「もちろん、100パーセント、絶対……

 誓ってそんな面倒な依頼は受けない。

 はじめから決まってるぜ」

「だろう?

 俺もお前を理解しているからな、今回は依頼の出し方を考えたよ。

 まあ、嘘も方便という奴だ。

 昔の女に似ていて、楽しい夢を見られたろう?」

「昔の話は必要ない。

 クソが!」

「ほーう、そうか。

 女を生きて連れ出してもらうにあたり、重要な要素だと思ったんだがな。

 とても、とてもね」

「で、これからどうするんだ?

 オマエも知っての通り、俺は依頼としての殺しはしねーぞ。

 結果的にどうこうは、ともかくな」

「まさかまさか。

 かんべんしてくれよ。

 せっかく助けたものを、殺しはしないさ。

 むしろ、それでは困る。

 彼女にはね、生きていてもらいたいのさ。

 まあ、脱走させたことで、敵の決定的な失点になる。

 これで半分は目的が達せられたよ。

 非常に助かった。

 これもすべて、北見のお陰だ。」

「フン、面白くない話だな。

 おまけに半分とは、どういうことだ」

「今回の選挙に絡み、利害がある」

「選挙?

 もともと今回の選挙は、死んだ首相の弔い合戦じゃねえか。

 大将を殺された民自の勝利は揺るがんだろ。

 『民主主義は、暴力に屈しない』ってな。

 あんな小娘が出たところで、多少の上積みにしかならん。

 そんなものは、次の選挙でチャラになっちまうようなゴミだろ」

「ところが、そうじゃない。

 たしかに上積みで当選する奴は、その通りだ。

 あくまでも、頭数の不足を補う間に合わせに過ぎんだろうしな。

 しかし『あんな小娘』とは、言うねえ、君は。

 死んだ首相の娘だぞ。

 欲しいやつには喉から手が出るほど欲しくて、たまらないものを、あの娘は既に持っている」


 ――誰の娘、か……

 その答えがこれなら、そりゃ重いな。

 茉莉花には、これ以上にないほどデカい付属のタグがついてる訳だ。

 コイツは風に靡くどころか、爆発に巻き込まれ、吹っ飛ばされかかって藁を掴んでいる、そんな状況か?

 茉莉花自身の意志もクソもない。


「そんなのはただの操り人形じゃねーか。

 要するにアレだろ。

 悲劇のヒロインというストーリー。

 それが欲しいだけだろ?

「そう、たしかにその通りだ。

 わかりやすいストーリーを持つ人間と言うのは、非常に大きな説得力を持つ。

 それは選ばれた人間しか、持つことができないものだよ。

 ……なあ北見よ、考えてもみろ。

 君や俺が立候補したところで、いったい誰がまともに話を聞いてくれるというのだ?

 どんなに理想に(あふ)れ、魅力的な夢の詰まった政策であったとしても、実現の可能性はない。

 それが現実だ。

 たしかに金で工作し、演出することも、現実には可能ではある。

 どこかの大統領のようにな。

 だがな、でっち上げの安っぽいストーリーは、今の時代、民衆に見抜かれてしまうし、むしろ逆効果でさえある。

 人々が与えられたもので満足していた時代は、すでに終わったよ。

 そういう意味では、彼女は本物のストーリーを持っている人間だ。

 本人が望んだものじゃないとしてもな。

 だが、それこそが運命なんだ。

 決してフェイクではないし、無理に肉付けて盛ったものでもない。

 これは貴重で希少だよ。

 たとえいま利用されようとも、そこから自分の力をつけていけるのか? 

 それとも、ただ利用されるだけで終わるのか?

 それは本人次第だ。

 だから、そこまで娘にとって悪い話ではないはずだ」

「フーン、後継の本命で、それが運命とはね……

 しかしなぁ、本人にはおそらく、その気はないぜ。

 出るとしても、嫌々だ。

 本人の実力以前の問題だよ。

 もし出馬する気が今あるなら、喜び勇んで警察に駆け込むはずだ。

 なにしろピンチはチャンスだぜ。

 マスコミを呼び出して盛大にな。

 そこで演説でも一発()ち上げりゃ、最高だ。

 『私はどんな困難にも、負けません!』てな。

 ニュースもワイドショーも、世間も待望のアイドルだろ?

 アンタの言うストーリーも最高に盛り上がる。

 そこまで自分自身にのめり込んで、計算して演出までできるなら、近い将来の首相は間違いないぜ。

 けどな、茉莉花は俺に身元を明かしてこない。

 さらに、時間がないと焦っている様子もない」


 俺が脱出を持ち掛けたときの様子からして、進んで政治家になることを望んでいないのは確実だろう。

 思考停止のモラトリアム状態。

 そんな感じだったからな。


「そこをどうにか上手くやれば、北見のチャンスだろう?

 クックック。

 将来の首相の秘書にでも、なってみたらどうだ?

 いつまでも世間を斜に見ても、仕方なかろう。

 いずれにせよ、さっさとこの世界を卒業するんだな。

 今は亡き想い人にそっくりなら、オマエにとってもそれほど悪い話ではないはずだ」

「……いつから仲人を商売にするようになった?

 それとも政界のフィクサーにでも、なるってか?

 いまの発言は、聞かなかったことにしよう。

 それより、これからどうなる?

 あんな危険な女を、俺はいつまで面倒みりゃいいんだ?」

「……さあな、俺にはわからんよ」

「……すまねえな。

 本気なのか、冗談なのか……

 冗談とすりゃ、何が面白いのかサッパリわからん。

 もう1度聞くぜ。

 いつまでだ?」

「もう少し丁寧に答えよう。

 南雲茉莉花(なぐもまりか)……彼女次第だ。

 彼女が自分の将来を考え、結論を出す。

 それによる」

「アイツに任せたら、日が暮れちまうな。

 あの中身は悩める思春期だぜ」

「安心しろ。

 大人の世界には、期限があるさ。

 期限が過ぎれば、出たくても選挙には出られんよ」

「そりゃいつだ?

 今日や明日のことじゃ、ないんだろ?

 クソ! 頭が痛いぜ」

「そこでだ。

 残りの仕事が生まれる訳だよ」

「何?

 どういうことだ?」

「出馬するかどうか、決断させろ」

「なあ、1つ言ってもいいか?」

「聞いてもどうにもならんが、聞こう」

「俺はアイツの親でも、親族でも、学校の先生でもない。

 尊敬する恩師か誰か、呼んでやることを勧めるが?」

「却下だな」

「もっと言うなら弁護士や詐欺師でもない。

 ネゴシエーターが専門という看板は、俺の事務所には掲げていないつもりだ」

「それも理解している」

「それなら、なんで俺なんだ」

「そもそもなぜ、彼女は監禁されていたのかな?」

「利害なんだろ?」

「焦るなよ、もっと楽しもうじゃないか」

「チィ、クソッタレめ!

 じゃあ聞くぜ!

 テロにアンタは関わっていないんだな」

「ウチはそんなバカな組織じゃないね。

 そんなことを持ち掛けてくる奴がいるなら、そのネタを持ち込んだ依頼人、引いてはそのバックを脅す方が……

 ククッ、楽しそうじゃないか。

 遥かに安全で、おまけに長く稼げる。

 鴨葱(かもねぎ)って奴だろ?

 伸るか、反るかの大博打(おおばくち)に参加するメリットは、私にはまるでないな。

 我々は原因ではなく、起こっている事象にチャンスを見いだした、というところかな。

 災害、事故、事件、資金難……

 トラブルとは、金を運んでくる。

 そこに喰いつく方が、楽しいじゃないか?

 切羽(せっぱ)詰まった相手ほど、丸め込むのは簡単なんだよ。

 基本に忠実であることは、やはり美しい」

「ハッ、そりゃあ、たいそう吐き気のする美しさだな。

 けどま、俺もそれに乗っかって稼いでる以上、それについて特に言うこともない。

 監禁するメリットは、身内の争いか?」

「どうして、そう思う?」

「アンタが出馬させろと言ったんだ。

 当然アイツが出なけりゃ、別の奴が出る。

 簡単なことだ。

 それにオマエが組織内で、いつもやってることだろ?

 身内の争いはな」

「『出馬させろ』とは言っていない。

 『決断させろ』とは言ったがな。

 彼女が出ると宣言すれば、それで終わりだ。

 相手方も、もう止められんよ。

 それを決めないから、可能性があると思う奴らが騒ぎだすのさ。

 出るか、出ないか。

 宣言すれば、その時点で後継レースは終わり。

 しなければ、期限ギリギリまで、暴力的か平和的かは知らんが脅威は続く。

 南雲茉莉花本人にとっても、北見、君にとってもだ。

 そしてそれが、君を選んだ答えになる訳だ。

 監禁から解放できる恩師や弁護士が、いったい何処にいる?

 奪還して決断するまで、襲いかかるかもしれない脅威(きょうい)から、誰が彼女を守るんだ?

 君にとっては、ここ半日程度の事態だが、彼女にとっては、もう何日も前からはじまっている脅威なんだよ」

「オイオイオイオイ、ちょっと待て、ちょっと待てよ。

 じゃあ、俺のことは誰が守るんだ?」

「弱気だな」

「もう南雲茉莉花と凜々花は、一緒に買い物してんだぜ?

 そりゃつまり、俺の娘も巻き込まれてるってことだ。

 一刻も早く、オタクへ丁重(ていちょう)にお届けしたいんだが?」

「落ち着けよ。

 俺は監禁した組織の人間だ。

 反体制ではあるがな。

 そこへわざわざ届けたなら、いったいどうなる?

 ――こちらで預かり、保護はできない。

 それも君に依頼する大きな理由の1つだ」


 俺はそこから言葉を継げなかった。

 互いに黙ったまま何も言わず、俺から電話を切った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ