事実
「よう、どうだ?
最高の朝か?
俺は、そうでもないがな。
……今回の件。
いったいどういうことか、わかるように説明してもらおうか?
ええ? 西よ」
「挨拶もなしに突っかかってくるとは、穏やかではないな」
「チッ、穏やかもクソもあるかよ!
肝心のモノなんて、ありゃしなかったじゃねーか。
何があった?
説明してもらおうか」
「フム、金塊は無かったか……
では、かわりに別のものがあったかな?」
「ああ、あったね。
金塊はなかったが、代わりに女がいたぜ。
これはいったい、どういうことだ?
「それが、1億の正体だよ。
1億円の女さ」
「バカ言え、多少可愛くはあるかもしれないが、とてもそんな価値が――」
「――ニュースぐらいみたらどうだ?
次の選挙の重要な候補者だよ、彼女は」
「じゃあ何か?
俺に嘘の依頼を出したのか?」
「女の救出が依頼だとして、北見よ、それを受けたか?」
「もちろん、100パーセント、絶対……
誓ってそんな面倒な依頼は受けない。
はじめから決まってるぜ」
「だろう?
俺もお前を理解しているからな、今回は依頼の出し方を考えたよ。
まあ、嘘も方便という奴だ。
昔の女に似ていて、楽しい夢を見られたろう?」
「昔の話は必要ない。
クソが!」
「ほーう、そうか。
女を生きて連れ出してもらうにあたり、重要な要素だと思ったんだがな。
とても、とてもね」
「で、これからどうするんだ?
オマエも知っての通り、俺は依頼としての殺しはしねーぞ。
結果的にどうこうは、ともかくな」
「まさかまさか。
かんべんしてくれよ。
せっかく助けたものを、殺しはしないさ。
むしろ、それでは困る。
彼女にはね、生きていてもらいたいのさ。
まあ、脱走させたことで、敵の決定的な失点になる。
これで半分は目的が達せられたよ。
非常に助かった。
これもすべて、北見のお陰だ。」
「フン、面白くない話だな。
おまけに半分とは、どういうことだ」
「今回の選挙に絡み、利害がある」
「選挙?
もともと今回の選挙は、死んだ首相の弔い合戦じゃねえか。
大将を殺された民自の勝利は揺るがんだろ。
『民主主義は、暴力に屈しない』ってな。
あんな小娘が出たところで、多少の上積みにしかならん。
そんなものは、次の選挙でチャラになっちまうようなゴミだろ」
「ところが、そうじゃない。
たしかに上積みで当選する奴は、その通りだ。
あくまでも、頭数の不足を補う間に合わせに過ぎんだろうしな。
しかし『あんな小娘』とは、言うねえ、君は。
死んだ首相の娘だぞ。
欲しいやつには喉から手が出るほど欲しくて、たまらないものを、あの娘は既に持っている」
――誰の娘、か……
その答えがこれなら、そりゃ重いな。
茉莉花には、これ以上にないほどデカい付属のタグがついてる訳だ。
コイツは風に靡くどころか、爆発に巻き込まれ、吹っ飛ばされかかって藁を掴んでいる、そんな状況か?
茉莉花自身の意志もクソもない。
「そんなのはただの操り人形じゃねーか。
要するにアレだろ。
悲劇のヒロインというストーリー。
それが欲しいだけだろ?
「そう、たしかにその通りだ。
わかりやすいストーリーを持つ人間と言うのは、非常に大きな説得力を持つ。
それは選ばれた人間しか、持つことができないものだよ。
……なあ北見よ、考えてもみろ。
君や俺が立候補したところで、いったい誰がまともに話を聞いてくれるというのだ?
どんなに理想に溢れ、魅力的な夢の詰まった政策であったとしても、実現の可能性はない。
それが現実だ。
たしかに金で工作し、演出することも、現実には可能ではある。
どこかの大統領のようにな。
だがな、でっち上げの安っぽいストーリーは、今の時代、民衆に見抜かれてしまうし、むしろ逆効果でさえある。
人々が与えられたもので満足していた時代は、すでに終わったよ。
そういう意味では、彼女は本物のストーリーを持っている人間だ。
本人が望んだものじゃないとしてもな。
だが、それこそが運命なんだ。
決してフェイクではないし、無理に肉付けて盛ったものでもない。
これは貴重で希少だよ。
たとえいま利用されようとも、そこから自分の力をつけていけるのか?
それとも、ただ利用されるだけで終わるのか?
それは本人次第だ。
だから、そこまで娘にとって悪い話ではないはずだ」
「フーン、後継の本命で、それが運命とはね……
しかしなぁ、本人にはおそらく、その気はないぜ。
出るとしても、嫌々だ。
本人の実力以前の問題だよ。
もし出馬する気が今あるなら、喜び勇んで警察に駆け込むはずだ。
なにしろピンチはチャンスだぜ。
マスコミを呼び出して盛大にな。
そこで演説でも一発打ち上げりゃ、最高だ。
『私はどんな困難にも、負けません!』てな。
ニュースもワイドショーも、世間も待望のアイドルだろ?
アンタの言うストーリーも最高に盛り上がる。
そこまで自分自身にのめり込んで、計算して演出までできるなら、近い将来の首相は間違いないぜ。
けどな、茉莉花は俺に身元を明かしてこない。
さらに、時間がないと焦っている様子もない」
俺が脱出を持ち掛けたときの様子からして、進んで政治家になることを望んでいないのは確実だろう。
思考停止のモラトリアム状態。
そんな感じだったからな。
「そこをどうにか上手くやれば、北見のチャンスだろう?
クックック。
将来の首相の秘書にでも、なってみたらどうだ?
いつまでも世間を斜に見ても、仕方なかろう。
いずれにせよ、さっさとこの世界を卒業するんだな。
今は亡き想い人にそっくりなら、オマエにとってもそれほど悪い話ではないはずだ」
「……いつから仲人を商売にするようになった?
それとも政界のフィクサーにでも、なるってか?
いまの発言は、聞かなかったことにしよう。
それより、これからどうなる?
あんな危険な女を、俺はいつまで面倒みりゃいいんだ?」
「……さあな、俺にはわからんよ」
「……すまねえな。
本気なのか、冗談なのか……
冗談とすりゃ、何が面白いのかサッパリわからん。
もう1度聞くぜ。
いつまでだ?」
「もう少し丁寧に答えよう。
南雲茉莉花……彼女次第だ。
彼女が自分の将来を考え、結論を出す。
それによる」
「アイツに任せたら、日が暮れちまうな。
あの中身は悩める思春期だぜ」
「安心しろ。
大人の世界には、期限があるさ。
期限が過ぎれば、出たくても選挙には出られんよ」
「そりゃいつだ?
今日や明日のことじゃ、ないんだろ?
クソ! 頭が痛いぜ」
「そこでだ。
残りの仕事が生まれる訳だよ」
「何?
どういうことだ?」
「出馬するかどうか、決断させろ」
「なあ、1つ言ってもいいか?」
「聞いてもどうにもならんが、聞こう」
「俺はアイツの親でも、親族でも、学校の先生でもない。
尊敬する恩師か誰か、呼んでやることを勧めるが?」
「却下だな」
「もっと言うなら弁護士や詐欺師でもない。
ネゴシエーターが専門という看板は、俺の事務所には掲げていないつもりだ」
「それも理解している」
「それなら、なんで俺なんだ」
「そもそもなぜ、彼女は監禁されていたのかな?」
「利害なんだろ?」
「焦るなよ、もっと楽しもうじゃないか」
「チィ、クソッタレめ!
じゃあ聞くぜ!
テロにアンタは関わっていないんだな」
「ウチはそんなバカな組織じゃないね。
そんなことを持ち掛けてくる奴がいるなら、そのネタを持ち込んだ依頼人、引いてはそのバックを脅す方が……
ククッ、楽しそうじゃないか。
遥かに安全で、おまけに長く稼げる。
鴨葱って奴だろ?
伸るか、反るかの大博打に参加するメリットは、私にはまるでないな。
我々は原因ではなく、起こっている事象にチャンスを見いだした、というところかな。
災害、事故、事件、資金難……
トラブルとは、金を運んでくる。
そこに喰いつく方が、楽しいじゃないか?
切羽詰まった相手ほど、丸め込むのは簡単なんだよ。
基本に忠実であることは、やはり美しい」
「ハッ、そりゃあ、たいそう吐き気のする美しさだな。
けどま、俺もそれに乗っかって稼いでる以上、それについて特に言うこともない。
監禁するメリットは、身内の争いか?」
「どうして、そう思う?」
「アンタが出馬させろと言ったんだ。
当然アイツが出なけりゃ、別の奴が出る。
簡単なことだ。
それにオマエが組織内で、いつもやってることだろ?
身内の争いはな」
「『出馬させろ』とは言っていない。
『決断させろ』とは言ったがな。
彼女が出ると宣言すれば、それで終わりだ。
相手方も、もう止められんよ。
それを決めないから、可能性があると思う奴らが騒ぎだすのさ。
出るか、出ないか。
宣言すれば、その時点で後継レースは終わり。
しなければ、期限ギリギリまで、暴力的か平和的かは知らんが脅威は続く。
南雲茉莉花本人にとっても、北見、君にとってもだ。
そしてそれが、君を選んだ答えになる訳だ。
監禁から解放できる恩師や弁護士が、いったい何処にいる?
奪還して決断するまで、襲いかかるかもしれない脅威から、誰が彼女を守るんだ?
君にとっては、ここ半日程度の事態だが、彼女にとっては、もう何日も前からはじまっている脅威なんだよ」
「オイオイオイオイ、ちょっと待て、ちょっと待てよ。
じゃあ、俺のことは誰が守るんだ?」
「弱気だな」
「もう南雲茉莉花と凜々花は、一緒に買い物してんだぜ?
そりゃつまり、俺の娘も巻き込まれてるってことだ。
一刻も早く、オタクへ丁重にお届けしたいんだが?」
「落ち着けよ。
俺は監禁した組織の人間だ。
反体制ではあるがな。
そこへわざわざ届けたなら、いったいどうなる?
――こちらで預かり、保護はできない。
それも君に依頼する大きな理由の1つだ」
俺はそこから言葉を継げなかった。
互いに黙ったまま何も言わず、俺から電話を切った。




