099話 病の始まり
5-12.病の始まり
今日はフェイと商店街へ買い物に行く予定なのだが、少しその前に寄りたい場所があった。俺は、〝ある罪悪感〟に苦しんでいる。
その寄りたい場所とは、旧市街にある孤児院の隣。あの、ボロボロな教会だ。
相変わらず天井には大穴が空き、教会内も雑草が生え放題。この場所も、ヴァンさんから貰った土地の権利書に含まれているので立ち入りは禁止にしている。見るからに危ないから。
本当は直したい。孤児院にいる子供達の中には駄目と言われたら入りたくなる子が多いから。ここで遊んで、怪我でもしたら怖い。
でも、何故かフェイが「此処は、もう少しこのままにしてくれ」と俺に頼んだ。理由を聞いてけど教えてもらえなかった。だから今は、教会の修復もせずに放置してある。
「なぁ、フェイ。なんで、この教会を修復したらダメなんだ?」
「まぁ、なんだ、その・・・な。俺にとって此処は、ちょっとした場所なんだよ。俺の気持ちが落ち着くまでは、このままにしておいてくれ。すまねぇがな」
「う~ん、分かったよ。でも崩れると危ないから、柱くらいは直させてな」
「・・・ああ、悪い。あんがとよ、ミネル」
フェイは、この場所に来ると少し悲しそうにする。理由は知らないし、教えてはくれないだろう。でも、泣きそうな顔をするのが少し心配だ。
フェイが辛そうにする顔を、俺は乙女ゲームでも見た覚えがあった。
フェイの会話イベントで、奴隷となってしまった村の仲間達を想った時にあんな顔になっていた。
そんな彼を慰め、助けてあげたいと思うヒロインちゃん。俺だって思っている。でも、今の俺には奴隷を大勢買うお金なんて持って無い。それに、今ドコに居るかも探さないとダメだ。ゲームでは逃亡奴隷となって逃げていた人もいたし。
俺は教会の柱だけを修復して、フェイには外で待ってもらう事にした。
今日、俺がこの教会に来た理由。それは、懺悔だ。理由は・・・言えない。
あぁ、神よ。お許しください、私は無実なのです・・・あ、いえ嘘です、ごめんなさい。でも、許してお願い。
俺はレギオの家で犯した窃と__げふんげふん、罪を懺悔しました。胸の前で手を組み、頭を垂らす祈りのポーズをする事、数十秒。
よし、気分はスッキリです!これで、もう俺は悪くありません!なんて清々しい朝なのでしょう!
そういえば、このゲームの世界には犯罪の時効とかは存在するのだろうか?んー、分からん。でも、懺悔をしたので神様はお許しになるはず。便利だな、神。
俺はルンルン気分で教会を出て行った。
俺とフェイは、商店街をブラブラ歩いている。買いたい物は買えたし、特売品探しや露店を楽しんでいます。護衛兼、荷物持ちはフェイ。さすが前衛、力持ちだ。
え、ひどい?荷物くらい自分で持てよって?うん、俺もそう思ったんだけどさ。でも、フェイの尻尾が・・・
ジーーーーーーーーー
うむ、すっごい勢いで振っている。本当に犬みた・・・じゃなくて、俺にとってフェイは立派な狼騎士です。
「きゃああああ!ラナちゃん!?どうしたの、ラナちゃん!?」
突如、女性の悲鳴が商店街で賑わう人々を驚かせた。
露店で売られていた駄菓子を買い漁っていた俺達にも、その女性の悲鳴が遠くの方で聞こえた。
俺とフェイは急いでその場所へと向う。悲鳴がした周りには人が集まっているから分かりやすい。
野次馬の人達が多いが、なんとか前列まで移動ができて野次馬の1人になる。見えたのは女の子を抱える女性。その女の子はとても苦しそうに「はぁ、はぁ」と息をしていた。その子を抱える母親らしき人が心配して名を呼んでいた。
苦しんでいる女の子を心配して修道服を着た女性が近付いた。そして、その子に初級の回復魔法を行ない、子供の症状を確かめた。
「これは・・・すごい熱。お母さんですね?この子を、すぐにでも治療院へ連れて行って下さい。早く施術しないと危険な状態です」
「は、はい、分かりました。今すぐ向います、ありがとうございました」
その女性は、女の子の母親に助言した。その言葉を聞いて、急いで子供を抱えて走り出す母親。
もしかして、これは____
「た、頼む。誰か・・誰か・・俺と妻も、その治療院へ・・連れて行って・・くれ」
今居る場所から少し遠くの方で、若い男性と女性が苦しそうに助けを求めていた。女性は男性に支えられているが、今にも倒れそうだ。
すると、次々に体調不良を訴える人が現われる。周りの人達も、何か恐ろしい事が起きていると気付き、騒ぎ出した。
・・・きた、イベントだ。とうとうレギオのトラウマイベントが発生したんだ。
俺はフェイに孤児院へ帰ってもらい、子供達の様子を見てくるよう頼んだ。あの場所は聖域、疫病には犯されないと思うが念の為に。
フェイは俺の心配をしていたが、「大丈夫だから信じて」と言ったら孤児院へと走って行きました。
これも日々、修学旅行ごっこで共に寝泊りしている成果だな。確実にフェイの好感度は上がっているようだ。俺の事を信じて孤児院へと向かうフェイの姿を見て、そう思った。
・・・なんか本当に乙女ゲームをプレイしている気分になったが、まぁいい。今はそれどころではない。
フェイを見送った俺は、モンテネムル侯爵家の本邸へと走った。
貴族街へ入り、無事に小夜さんが住んでいるモンテネムル邸へと到着した。しかし、玄関門の場所で問題が発生してしまった。
「ならん!お前のような子供が、お嬢様に会わせろだと?そんな事、認める訳がなかろう!」
小夜さんのトコの門番がうざいッス。今、お前に構ってる暇なんて無いのに、退けよ。
服装が一般人な俺を庶民と見るや、門番が俺を通そうとしない。早くしないとレギオのお母さんが心配なのに。
「〝ミネルが来た〟と伝えて貰えるだけで良いと言っているでしょう?」
「ふんっ、平民が特権階級である貴族と簡単に会える訳があるまい。だから、さっさと帰りな坊主」
・・・結構、簡単に会えましたけど?といかアンタのお嬢様、俺に会いに来てたじゃん。しかも、公爵家のレギオとはお菓子友達だぞ。
「〝ミネル〟について、この家に仕える者達には伝えてあると聞きましたよ。貴方は聞いていないのですか?」
「確かに、執事から『〝ミネル〟という子供が来たら自分を呼ぶように』との指令を受けたのは事実だ。だが、お前がその〝ミネル〟という者なのだと、どうやって証明するのだ?」
「特徴とか聞いて無いんですか?」
「まぁ、ピンク頭のチビだとは聞いたな。確かにお前の容姿はそれと該当するが、ここはランブレスタ国内の王都だ。他にも居るかもしれんだろう?だから、ちゃんと証明が出来る物を持って出直して来い」
門番の男が俺に対してシッシッと手で払い、追い返そうとしている。なんか、この人どんどん口が悪くなってない?それに、あのニヤニヤ顔にカチンとくる。
さすがに俺もムカッとした、チビって言われたし。もし、セバスさんが本当に俺の事をチビと言っていたら小夜さんに泣き付いてやる。
でも、確かに証明は出来ない。俺はランブレスタ王国の住民票を持っていないから。しかし、ミネルが来たとアンジェラに知らせるくらいいじゃん。チビって言わなくてもいいじゃん、チビだけど!
「・・・なんで門番兵の俺が、たかが執事の命令を聞かないといけねぇんだよ」
門番の男が小声でボソっと呟いた。近くに居た俺には当然、丸聞こえ。
・・・ここってさ、貴族階級でも上位な侯爵家だよな?盗賊のアジトとかじゃないよな?何で、こんな人が門番なのん?
「あんの~、今の発言はさすがにヤバいと思いますよ?なんか貴方の事が心配になってきました。大丈夫ですか?特に頭」
「ああ!?んだと、このガキが!!俺をバカにして無事でいられると思うなよ!この_____」
男が怒鳴って持っていた槍を俺に向けた。やはり、この男は盗賊だったのだろう?仕方なく俺の周りに結界を張ろうとすると、門番兵の後ろから・・・
「何をしているのかしら?貴方」
聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。体が凍えそうになる程の、それはそれは冷やかな少女の声が。
や、やばい、門番兵が邪魔で来るのが分からなかった。この声が誰のか分かってしまった俺は、本人を見るのが怖くなった。
背筋が凍りそうな冷たい声。それが自分の後ろから聞こえた門番は、そろ~っと屋敷の方へと振り向く。俺も、怖いが門番兵の体で見えなかった方向を、体をズラして見てみる。
「セバス?これは、どういう事なのかしら?貴方、ちゃんと仕事はしているの?」
「・・・誠に申し訳ありません、アンジェラお嬢様。確かに門番兵には伝え、命じた筈なのですが」
そこには黒い日傘をさした小夜さんと、頭を下げる執事のセバスさんが居た。
小夜さんは笑っている。しかし、その笑顔は可愛いには程遠く、恐ろしい笑顔だった。確実に、目は笑っていない。
「門番の方も、何故か1人のようですし。侯爵家の門を守る者が1人しか居ないというのは問題があるのではなくて?」
「〝門番兵は二人以上に〟という決まりが定められている筈なのですが・・・申し訳ありません」
「守られていない定めなんて、ゴミと一緒よ。何?侯爵家はゴミの掃除も出来ないのかしら?」
「・・・本当に、申し訳なく・・・」
あああああぁぁ、セバスさん。恐怖で助けに行けない俺を恨んでくれ。
俺はこういう時、姉さんが激怒した恐怖を思い出して動けなくなるんだよ。すまない、本当にすいません。自力で乗り越えて下さい。応援だけはします、応援だけ。
「仕事が出来ないセバスに代わって、侯爵令嬢の私がゴミ掃除をしてあげるわ。感謝なさい」
さ、さささ、小夜さん、出てる出てる。体から黒い靄が出ちゃってるよ、小夜さん。
「門番の貴方。ああぁ、名乗らなくても良いのよ?もう必要ないので。ねぇ、貴方?ちゃんと命じられた事も出来ないのかしら?そんな簡単な命令も出来ない人なんて、我がモンテネムル侯爵家には必要ないの」
クルクル日傘を回す小夜さん。ガタガタ震える俺と門番。まるで氷水の海にでも落ちたかのように体が震えた。
「私の言っている意味がお分かりでしょう?たとえ、貴方のような脳無しでも。ああ、そうだわ。今、着用している装備は差し上げます。お好きになさって?貴方の匂いが浸み込んだ物なんて侯爵家には入れたくないもの」
小夜さんに解雇宣告された門番兵は、放心状態のまま遠くへと去って行きました。あれは・・・うん、可哀そうだった。