094話 あの兄弟は
5-7.あの兄弟は
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私は、今日もいつもと変わらない日だと思っていました。人々が笑い合い、助け合う。そんな、愛に溢れた平和な1日だと。
だけど、そうはなりませんでした。この王都で、とても恐ろしい出来事が起きてしまいました。
人を死に至らしめる程の強力な疫病の発生。
最初の感染者が見つかったのは、2回目の巡礼の時間を知らせる鐘が鳴った時だそうです。つまり午前9時ごろ。
今は、もう陽が沈み夜となってしまいました。聞いた話では、すでに死者も出ているとの事です。
まだ何が原因か、何処が原因で疫病が発生したのかは分かりません。それなのに病は広まり、次々と民達が感染してしまい倒れていく。治療院は、もう人が入れない程に感染者やその家族が押し寄せているみたいです。
治療院へ入れなかった苦しむ者達が次に向かう場所、それは教会でした。この大聖堂にも感染し、苦しむ者達が救いを求めにやって来ます。
教会では、『光』属性をもった者達が居るからです。治癒魔法・回復魔法が使える『光』を。
でも、この疫病を完全に治療するのは大司祭様や教祖様でも不可能でした。聖女である・・・私でも。
私は・・・聖女に選ばれた私は、大聖堂にある祈りの場でひたすら神々に祈ります。
「神様、お願いします。どうか、どうか!苦しむ人々を、お助け下さい。どうか、お救い下さい」
私の力では治せない。苦しむ人々を救えない。助けを求めているのに、私には祈る事しか出来ないなんて・・・
でも、もう残されたのは神々に助けを請うだけ。神様、どうかお願いします。どうか、どうか・・・お救い下さい。私の声をお聞き下さい。どうか・・・
___私が聖女である君の代わりに、神々へ声を届けよう
祈る私に声が聞こえました。初めて聞く男性の声で、とても威厳のある声でした。周りを見渡しても誰も居ません。いったい、何処から聞こえたのか分かりませんでした。
「あ、あの・・・どなたかいらっしゃるのですか?」
ここは、聖女専用として大聖堂に用意された祈りの場。私の声だけが響きました。返事はありません。・・・気のせいだったのでしょうか?
もう一度、神々に救いを求める祈りをと、胸の前で手を組みます。そして、また声が聞こえました。しかし、その声は先程の人物では無いと分かりました。誰も居ないはずの祈りの場で聞こえる不思議な声、その声が私に語りかけます。
__聖女ミネルソフィよ ≪___・___≫と唱えよ___
とても綺麗で透き通るような声でした。そして、とても神秘的な安心してしまうような声。
もしかして__いえ、私にはもう選択肢はありません。苦しむ者がいるのに救えない私には、この不思議な声を頼るしかありませんでした。祈りの場で聞こえた、とても安心できる声を信じて従うしか・・・
教えて頂いた言葉で苦しむ人々が癒されますように、救われますように、と心から願い私は唱えました。
「・・・≪___・___≫」
ミネルソフィが〝その言葉〟を口にした瞬間、大聖堂は光りに包まれ、王都の夜空には光り輝く魔法陣が現わた。そして、奇跡が起こりました。
古き書物に記された通り、全ての国民の如何なる傷をも完治させ、病もまた消えたのです。
突如、王都ランブレスタに住む人々を苦しめていた恐ろしい疫病も、また___
その日、ミネルソフィ=ターシアが初めて聖女として覚醒した日となった。
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モンテネムル家で昼食を頂く事になり、小夜さんといろいろ話しをする。
世話役のメイド達には、話を聞かれる訳にもいかないので退出をしてもらった。そのおかげで助かったのが、俺は食事の時の貴族マナーを知らない事。とりあえず、フォークを突き刺すのが俺のマナーだから。
そういえば、アンジェラと攻略キャラであるエルナルドは婚約者だと発表された。それなのに、男の俺と二人っきりで食事とかマズくないか?食事は不味くないが。とても美味しいです。
「ミネルソフィ=ターシアの最強武器?ごめんなさい、分からないわ。私は最後までクリアしていないから」
「あ、そうだったんだ。どこまで行ったか聞いていい?」
「ええ。ラストダンジョンの魔王城の手前くらいね、確か。その魔王城にスザきゅんの最強武器があったらしくって楽しみにしてたのに、残念だったわ」
〝スザきゅん〟。もしかして小夜さんはスザクがお気に入りキャラなのかな?
「あのさ、じゃもう1つ質問。『ルッソ』と『ルード』って名前に聞き覚えある?俺、全然思い出せないんだ。確か、この乙女ゲームの登場人物だったと思うんだけど」
「あら、そんなの悪役令嬢役の私が知っていて当然の人物じゃない」
ん?どうゆう事?
「その『ルッソ』と『ルード』のダークエルフ兄弟によって、悪役令嬢アンジェラ=K=モンテネムルが魔王軍に招待され、案内されるんだから。私にとっては要注意人物ね」
・・・・え”??
今なんて?ダークエルフ?ダークエルフ兄弟って言ったか!?え、何?マジで!?
「えっと・・本当に?ルッソとルードがダークエルフ?それに、その二人が悪役令嬢アンジェラを魔王軍に引き入れたの?」
「ええ、そうよ。学園での断罪後、第2王子であるエルナルドの指示でアンジェラは騎士団に捕まり、王都の牢へと幽閉される。魔力を封印する鎖に繋がれ、自力では逃げるのは不可能。後は裁きを待つだけだった。そこへ現れたのが、その二人よ」
「・・・えーと、その場面は確か黒いローブで身を隠した二人組だったよな。あの二人が?」
「そう、ルッソとルードのダークエルフ兄弟。その後はアンジェラの部下になったという設定だったかしら?」
「そうなんだ・・・えっとさ、小夜さん。実は____」
俺はリナリクトの町でルッソとルードの兄弟に出会い、友達になったと告げる。そして、始まりの町リナリクトで、二人は今も冒険者を目指していると教えた。
「・・・それって人間に〝化けて〟たんじゃない?ダークエルフ族は闇属性が主軸になる種族だから、ありえると思うわよ?私にも出来るし」
「あ~、確かスザクにも似たような技があったな。確か『魔鏡術』だっけ?」
全属性が使える俺にも出来なくはないけど、幻影魔法は苦手。ヒロインちゃんの苦手とする闇属性だから、高密な制御とか設定が難しいんだよ。大抵、中途半端に歪んでしまう。
「ええ、そう。でも、何で孤児になってリナリクトの町に居るかは不明ね。話を聞く限りじゃあ、その兄弟は魔王軍に入ってる訳でもなさそうだし」
「あっ!そういえばさ、その兄弟が誘拐されそうになってたよ。裏奴隷商の関係者達に。偶然、近くに居た俺と、冒険者ギルドから依頼されていた冒険者達とで助けたけど」
「たぶん、それね。本当だったら、そのまま誘拐されてたんじゃないかしら?そして、その結果が魔王軍の組員になったという流れね。秋斗君という不確定要素が居たから、ストーリーの設定が壊れたのかもしれないわ」
という事は、本当だったらタジル達の作戦は失敗していたのかな?タジル達って、あんなに強いのにか?あの誘拐犯達って、そんなに強かったのか?もしかして逃走用に何か持っていたとか。
もしそうなら、あのネミネ草ってマジでチートなアイテムだ。
「秋斗君は・・〝ターシア家〟に帰る気は無いのよね?」
食事を終え、机の上にある食器などを片付けていったメイドさん達。美味しい紅茶を頂いたので、のんびりと飲んでいたら小夜さんに尋ねられた。
「うん、無いよ」
絶対に行かない。だって、つまりは貴族になるって事でしょ?貴族は学園に通わなければならないし、誰が乙女ゲームの物語みたいに学園でキャッキャ☆ウフフなんぞするものか。勉強なんて大嫌いだし。
「そう・・・」
ん?何で小夜さんは、そんなに悲しそうに・・・はっ!
「まさか小夜さん、俺と攻略キャラ達がキャッキャ☆ウフフするBLシーンを見たいから聞いたんじゃないよな?」
「それも、もちろんあるわよ?でも、理由はもう1つあるのよね」
「もう1つ?・・・って、やっぱり期待してたんかいっ!」
「まぁ、いいじゃない。それよりも、秋斗君」
「ん、何?」
「私が気にしているのは、秋斗君__というか、乙女ゲームに登場した主人公ミネルソフィのお爺様とお婆様なの」
「・・え~と、ミネルソフィの祖父母キャラで保護者になる予定だった人だよな?」
「ええ、そのターシア家の老夫婦とは王城で開かれた夜会パーティーで知り合いになってね。自分達の孫を必死に探しているみたいなのよ・・・ずっと昔からね」
「・・・・」
「ほら、乙女ゲームだと父親の関係者が迎えに来る物語だったでしょう?そして、ターシア家に迎えられた時、泣いて喜ぶお爺さんとお婆さんの姿がスチル写真としてあったのを覚えてる?それだけ、あの2人は孫のミネルソフィに会いたがっているのよ」
なんか・・・うん。痛いな、胸が。
俺が〝乙女ゲームに進行するなんて嫌だ〟と思ったから、その2人が傷つき、苦しんでいるのか。