177話 ※とある王座の間※
7-30.※とある王座の間※
※ ※ ※ 王都ランブレスタ 王座の間にて ※ ※ ※
王都ランブレスタの中央に建設された高く巨大な城。ランブレスタの王族が住み、国を寄り良くする為の業務や人権の管理、法律もこの場所で定められる。
その中心部ともいえる王座の間。ランブレスタ王国の頂点として君臨する人物、ユナイセル=C=ランブレスタ陛下が金色に輝く玉座に座っていた。
輝く金の髪、透き通る蒼い瞳。王者としての素質を生まれながらに持ち、全ての者を平伏させるオーラを放つ国王ユナイセルは、今日も王としての仕事に励んでいた。
「失礼いたします、陛下」
毎日、国王への謁見を求める者達が耐える事は無く、午前最後の謁見を溜息交じりに無事終えた。さて休憩をと思った時、入り口の扉からこの国に仕える騎士団長ガイアード=D=ベルセネスが王座の間へと姿を表した。
「ガイアードか、どうした?」
ガイアードが臣下の礼を行なおうとしたが、ユナイセルはそれを止め話を促す。彼とは幼少時代からの盟友、護衛の者以外誰も居なければ少しの礼儀を省いても構わない。
「陛下、北東の町から聖女様御一行が無事に王都へ戻られました」
「そうか……」
ガイアードの言葉を聞き、王座の間で国王陛下を護衛していた者達を玉座の間から退室するように指示を出す。騎士団長が近くに居るのであれば、国王に危険は無いと知る護衛達は一礼をして部屋から去っていく。
「それで、聖女達は今どうしている?」
「王都へ到着し、北門から入門。ですが、集まった民達に馬車が中々進まずにいる様です。馬車が進む方向から貴族街へ向かっていると考えられます。おそらくは、モンテネムル公爵家の本邸を目指しているのではないかと」
「ふむ………」
ユナイセルがガイアードからの報告を聞き、少し楽しそうに考え込んだ。
「陛下、もう一つ報告があります」
「何だ?」
「ロイドからの知らせなのですが……『彼は俺が貰うよ』との事です」
「〝彼〟……あぁ、トロメンフィスの町でミネル君を襲ったという犯人か。報告書では、名は確か〝ザナファルド〟だったか」
「はい。裏世界では有名な者でして、もちろん指名手配もされておりましたが……我が弟弟子ながら何を考えているのか……気に入った者ならば誰彼構わず勧誘するのは困りものです」
「はっはっ、奴らしい」
この国の伯爵位であるラクシャス家。その当主に仕えるロイドはガイアードと同じ師の元で鍛えられた弟子同士。そして、ロイドは陛下とも貴族学園で友となった人物だ。
「それで……なのですが、ロイドが『モンテネムル家からザナファルドの所有権を俺に移しといて』と望んできました。如何致しますか?」
「望む代償として、彼は私に何を報酬としてくれるのだろうな?」
「……『お願いを聞いてくれたら、陛下の無能な監視役がミネル君の危険に察知できなかった事を許してあげる』との事です。…奴の無礼、深く謝罪いたします」
「ふふっ。アイツはヴァンガイド以外の者、それがたとえ国王であろうと無礼だからな、気にするな。……そうだな、確かに危険を察知できなかったのは悪かった。良いぞ許す、手配しておこう」
「はっ、ありがとうございます」
ガイアードがユナイセル陛下へ頭を下げ、礼をする。弟弟子の態度や言葉遣いは師が叩き治そうとしても無理だった。そのせいで学園では貴族と揉め事が多く、兄弟子である騎士団長も苦労した。
騎士団長の用件も終わり、少し休憩をしていた時に入り口の扉から1人の男性が入って来た。
「やぁ、ガイアード。君も来ていたのですね。もしかして邪魔をしてしまったかな?」
「ルドワールか……いや、陛下への用事は済んでいる。邪魔ではない」
深緑の髪に、黄緑色の瞳をしたメガネを掛けている男性。この国の貴族ならば誰でも知る人物。国王陛下からの信望が強く、陛下の補佐役として務めている。
名は、ルドワール=J=ミクシオロン。
ミクシオロン公爵家の当主であり、この国の頭脳とも呼ばれる宰相を勤めている。
「ルドワール、私に用か?」
「はい、陛下へ知らせておくべき事がございます」
笑顔を絶やさずに返事をするルドワール。彼の笑顔はロイドの作られた笑顔とは違い、違和感を感じさせない程の自然さがあった。だが、幼少時から付き合いのあるユナイセル陛下やガイアード騎士団長には彼の笑顔が偽物なのか本物かを区別できるようになっていた。
ちなみに、今は本当に心から楽しそうに笑っている。奥方から第二児が出産され、ルドワールは心からよく笑う様になった。
「ロイドへ依頼しておいた別件についてです。その報告書が今届きました」
「別件?何のことだ?」
「おや、ガイアードはご存じなかったのですね。彼には国掃除(悪党の殲滅)に加え、もう一つ頼んでおいた件があったのです。彼には優秀な人材が集まっていますからね、便利……いえ、頼りになります」
ルドワールはそう言って、持っていた書類を陛下へ渡した。
「3年前、この国で問題をおこし、辺境地へと送られた筈の元教会上層部の男についてです。1年前の聖女暗殺未遂事件に関わりがある恐れありと調査しましたが、その男は辺境へと送られた後、行方不明となっていた事が分かりました」
「ほう……」
陛下へ報告書である書類を渡しながら説明を始める。ユナイセル陛下はルドワールの説明を聞きながらも、報告書を速読していく。
「ロイドの部下による調査ですと、その男は『聖王国』に滞在しているとの事です。どうやら男の親族の誰かが伝手を使い聖王国の教会総本部で彼を大司教の座に就かしたそうです。もちろん別名でしたよ」
「ちっ、あの国は〝教祖の血〟を何よりも大切にしているからな。……まぁ、奴は本当に血だけの無能だろう?そんな小物、放置して良いのではないか?」
「そうは言いますが、少しでも暗殺未遂に関係しているのであれば注意すべきです。それと報告書にも記載されていますが、どうやらその男はミネル君とも問題を起こしていたようですね。彼がミネル君を怨んでいないとも言えません。それでも放置致しますか?」
「…………あぁ、なるほど。『大聖堂消滅事件』の元凶だったかもしれない人物か。……そうだな、聖王国に容疑者の引き渡しを頼んでも無駄だろう。たとえ、そいつが無能でも教祖の血を継いでいたら容疑だけでは足りない。……仕方ない、聖王国に滞在している密偵に調査を頼むか。まぁ、念の為くらいの注意として月に一度の報告で良い」
「分かりました」
陛下の判断にルドワールが頭を下げて了承した。そして「それと、もう一つ」と言いながら持っていた最後の書類を陛下に渡す。
「先日の男爵位の男についてです」
ルドワールの言葉に陛下は「……あぁ」と何かを思い出しながら書類を受け取った。
「陛下の御命令通りに彼の記憶は抹消し、南の辺境にて新しい人生を送って頂いております」
「……この事をミネル殿が知れば、陛下は必ずや嫌われますな」
「ふふっ、そう言うなガイアード。あの彼にとっても再出発できる絶好の機会だったのだ、これで良かろう。私もやっとミネル君と会えたしな」
その言葉にガイアードは呆れ、陛下は面白そうに笑った。
報告書に書かれている男爵位の男とは、数日前の早朝にミネルが住む孤児院へと赴き〝ミネルと呼ばれている者、出てきてもらおうか〟と玄関先で叫んだ人物だ。
「城で働くメイド達に彼の近くでミネル君の噂をさせ、彼がその噂を調査するのを補助し、王家の招待を断っているのが孤児院で暮す一般市民のミネル君だと判明させる。彼が貴族の自尊心が高い事から平民であるミネル君が王家からの招待を断る無礼者として、失礼な態度をとり必ずや問題を起こすと判断。その結果、謝罪としてミネル君と出会う……陛下の計画通りに事は動きましたが、ミネル君が可哀想ですね。利用された男爵家の彼も哀れです」
「私もミネル殿には同情します」
「バレなければそれで良い。それに今回使用した男爵家の男には、父親の悪政で没収していた金銭を渡したのだ。貴族の位は無くとも、その金ならば新しい人生も有意義に暮らせるだろう」
部下である2人の愚痴や呆れ顔を無視して、ユナイセルは満足そうに頷く。そして、陛下は懐から数枚の書類を取り出した。
「さて、この計画を次の段階へ進むとしよう」
「それは……聖女アンジェラ様から考案された物ですね。私も読みましたが中々見事な企画書でした」
「あぁ。目標への達成に必要な手順を何通りにも考え、人の考えや行動を予測し起り得る事態への対処と対策。そして、成功した事への利益と不利益……見事だな」
「ええ、企画書が通るのに不利とも思える不利益を書くのには驚きました。しかし、その不利益より利益が多い事が具体的に書かれております。見事ですが、恐ろしくもありますね」
「利益ばかりが書かれていれば逆に不安となり信頼を無くす……か。それを僅か13という若さで理解し、事態の流れを予測して計画を成す。ルドワールよ、お主の息子が次期宰相の座に就くのが難しくなったのではないか?」
「その時はその時です、そこまでの息子だったという事でしょう。ですが私は嬉しいのですよ、息子に良き好敵手が現われた事が。これで私の息子はミクシオロン公爵家を継ぐ男として、より立派に成長する事でしょうから」
陛下の言葉に、とても楽しそうに笑うルドワール。そんな二人を見て、ガイアードは陛下へ尋ねた。
「それで陛下、次の段階とは?」
「アンジェラ嬢の計画ではミネル君が聖女として表舞台へ出た今、このランブレスタ王国の貴族として迎え入れる」
貴族への加入。簡単に出来る事ではないが、国の頂点でもある国王陛下ならば造作もないだろう。しかし……
「ミネル君を貴族に…ですか。きっと彼は嫌がるでしょうね。王城で開催されるパーティーにも嫌がっていましたから」
まさか、国王様の誕生祭で開催される王城でのパーティー招待状を嘘を付いてまで断られるとは誰も思わなかった。それほどに彼が上流階級と関わる事を拒絶しているのかと残念に思っていた。
「上手くいくでしょうか?」
「その説得については、貴族学園への入学に必須だったとすれば良いそうだ。手土産としてお菓子類を持参する事が重要欄に書かれてあるな。ミネル君は高級菓子を好むそうだが、アンジェラ嬢が言うには彼は『質より量』の方が喜ぶらしい」
陛下は、アンジェラから届いた「ミネルの性格」と書かれた書類を楽しそうに読んだ。
「……可哀想に、ミネル君」
「言うな、ルドワール。陛下に聞こえる」
まさか友に自分の情報が売られていると、何も知らないであろう彼を2人は哀れむ。
「まぁ、今さら本当の聖女は別の人物だったと言えませんからね。陛下と教会上層部がそう判断して、大々的に発表してしまったので」
「……言うな、ルドワール」