173話 いい眺めだなぁ(泣)
7-28.いい眺めだなぁ(泣)
乙女ゲームの過去イベント『魔竜族の襲撃』。
攻略キャラであるアレクシス=D=ベルセネスのトラウマイベントだ。
物語の始まりは、この町トロメンフィスで畑仕事をして働く男性が早朝に遠い空で違和感を感じる。魔族領にある高い山の頂上付近で、いつもは数匹の黒い何かが飛び回っているだけだったのが、今日はいつもと違った。山頂が見えないくらいに黒い何かが集まっていくのだ。
男性は、それを見て急いで騎士団へと知らせに向かう。知らせを聞いた騎士団は冒険者ギルドにも緊急で報告し、町民達の避難を始める。同時に冒険者ギルドと連携し、町の守備を強化。町は一気に緊張と恐怖に包まれた。
それから数時間後、空に飛ぶ黒い何か――つまり魔竜族がトロメンフェイスの町へと向かって来る。冒険者や騎士達は町を囲む外壁の上で戦闘準備を整えていたが、空からの攻撃に完全には防ぐ事が出来なかった。そして魔竜が少しずつ町へと侵入し、破壊を始めてしまい死傷者も出始める。その時、住民達の避難を助けていたアレクシスにトラウマとなるイベントが発生してしまう。
同じ騎士見習いだった友人がアレクシスを狙っていた魔竜の攻撃から彼を庇い、死んでしまうのだ。
その後、聖剣を携えた聖女ミネルソフィ=ターシアが転移魔法で町に到着。聖剣の力によって魔竜族を撃退してイベントが終了。自分のせいで死んでしまった友人に責任を感じ、彼を想い、アレクシスの悔いる日々が続く。もっと強くなろうと修行に励むが、友人の死に苦しむ毎日となる。
それが、彼のトラウマとなるイベントの全容だった。
やぁ、みんな!お元気でしょうか?ミネルです。
晴れ渡る青い空に、輝く太陽。素晴らしい天気日和で清々しい朝ですな。この心地よい朝を伝えるのに丁度良い現場から中継しております。さぁ、みなさん。私が今、何処に居るか分かるでしょうか?ヒントは今近くに鳥さんが居て、一緒に町を見下ろしています。
「良い眺めね~」
俺の隣りで黒い日傘をクルクル回している小夜さんが呟く。
「ひぃぃいい……」 ガクガク(((;´Д`;)))ブルブル
全身がブルブルと振るえ、涙目の俺が下を見て嘆く。
「此処なら町の全体が見渡せて、状況が手に取るように分かるわ。絶好の場所ね」
「いやいやいやいや、小夜さん。下、下、下、下見よう!俺等、今どこに立ってるか分かってる!?」
小夜さんが能天気な事を言っているので現実を教えてあげる。確かに町の全体は見えて、状況を把握するのには絶好の場所だろう。しかし、しかしだ!俺はこの場所から逃げ出したい、今すぐにでも!
「秋斗君は怖がりねー。たかが100mちょっとの高さじゃない」
「無理無理無理、死ぬ!死ぬる!死んじゃう!!」
そうなんです。俺達は今、とても高い建造物の頂上に居るのです。ここは、この町の中央にある『時計塔』。町の観光名所でもあり、町の誇りでもある天高い塔です。
俺は別に高所恐怖症とかでは無い。しかし、しかしだ!立っている場所が問題なんですよ!
「お、おおお、降りよう、小夜さん。ここ、立ったらダメな場所だよぉ」
「良いじゃない、誰も居ないし。注意する人も今は居ないわ」
俺達が今、立っている場所は塔の頂上で転落防止用にある外壁の上。近くに置かれた看板にも〝身を乗り出したり、立ったりしないで下さい〟ときちんと注意事項が書かれてあった。
どうしてこんな事に―――――
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○
俺と小夜さんは準備を終え、馬車で町の中央へと向かった。町は多くの人達の避難、冒険者達の怒号、走り周る騎士達などで騒然としていた。
避難する人々を馬車で撥ねないよう、ゆっくりと進んで行く。町の大通りは十分広く感じていたが、今では避難する人でいっぱいだ。馬車は、人の流れとは逆に進んでいるので御者のセバスさんは大変だろう。
そして町の中央に近付く程、人が少なくなり、時計塔付近で馬車は停まった。その時、馬車に騎士達が近付いてきたが、セバスさんと何やら話した後に礼をしてから離れて行った。そして、セバスさんが扉を開けてマーサさんが馬車から降りる。その次に小夜さんが降りて、最後に俺も降りた。
「では、この時計塔へは誰も通さないで。絶対に」
「「はい、アンジェラお嬢様。お任せください」」
小夜さんの命令に、セバスさんとマーサさんは頭を下げて了承した。
「それだったら騎士の人に任せた方が良くない?」
「大丈夫よ、ミネル。マーサの投げるナイフは百発百中、セバスも武家の出で格闘技は達人並み。この2人に任せれば決して人を通さないわ」
「そ、そうなんだ……」
ふたりとも強かったのねん。もしかして小夜さんが朝食で見せた投げナイフ、教えたのってマーサさんだったりして……ありえる。
「では、ミネル。行きましょうか」
時計塔の入り口をセバスさんとマーサさんに任せ、俺と小夜さんは塔の中へと入り階段を上る。エレベーターは無いらしい、トホホ。
そして展望室へ到着し、関係者以外立ち入り禁止と書かれていた扉から外へと出た。
「結構、風が強いな」
「……町の様子をきちんと目視するには外壁が邪魔ね。ミネル、ここへ乗りましょう」
「はい?……え?ここって………どこに?」
「ここよ。転落防止の為にある、この外壁の上」
「…………へ?」
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○
「死ぬ、死んじゃう。落ちたら死ぬ、絶対に死んでまう」
今、突風が吹けば俺は塔の下へと真っ逆さまに落ちるだろう。そして、ベチャリと地面に叩き付けられハンバーグ。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ。落ちたとしても風魔法で落下速度を遅くすれば良いだけじゃない」
「じゅじゅじゅ、呪文の詠唱を間違えたら?」
「その場合は死ぬわね。気を付けなさい」
あ、オチッコちびった……
「それよりも……見なさい、秋斗君」
そう言って小夜さんは遠くの空を指差した。俺は涙目で、小夜さんが示した方向を見る。
そこには青い空を覆い尽くすほどの黒。まるで蟻が空にウジャウジャいる様で、とても気持ち悪い。あれが全て魔竜なのかと思うと怖い。
「あれだけ集まると、さすがに気持ち悪いわね」
そうだね。そして脅威だ。
あんなのに町を襲われたら、この町なんて数時間で壊滅してしまうだろう。でも、あれ全部を撃退した聖剣はとんでもないな。さすがは魔を祓う最強の武器。ユナイセル陛下が城の宝物庫に隠していなかったら大活躍して、俺と小夜さんも楽できただろうに。
「さぁ、いよいよね。分かってると思うけど、失敗は許されないわよ」
「なんで今、そんなプレッシャーになるような事を言うかな!?」
「…?事実じゃない」
「そこは〝頑張ろうね〟って微笑むくらいが丁度良いと思います」
「そうね、頑張ろうね。人が大勢、死んでしまうのだから」
「…………はい」
一言多い…一言多いよ、小夜さん。この人に主人公を支えるヒロイン要素を求めてはいけないと感じた今日この頃でした。