171話 ※とある用心棒※ Prt.3
7-26.※とある用心棒※ Prt.3
※ ※ ※ ザナファルド 視点 ※ ※ ※
「これで契約は結ばれました。お疲れ様でございます」
「あぁ」
俺は自分の名を書いた紙を聖女に仕える執事に渡し、その男は紙を確認した。
今、俺が渡したのは契約書。定められた約束事を決して破る事が無いように用いられる物だが、普通の契約書では無い。紙には術式が組み込まれていて、おそらくは闇魔法の術式が組み込まれているのだろう。裏取引をする現場で見た憶えがある。この契約を一方的に反故した場合は、相応しい裁きが下されるという。
「では後日、王都にありますモンテネムル公爵家本邸にてお待ちしております」
そう言って、執事の男は深々と頭を下げて屋敷へと戻って行った。
俺を苦しめていた病は……治った……らしい。
まだ信じられずに自分の胸に手をあてる。前までは薬が無ければ呼吸すら違和感を感じたが、今では苦しさも無く自然に呼吸が出来ている。
そして何より、と俺は自分の顔に手で触れた。今まで黒い痣を隠していた包帯は無くなり、素顔を晒している。まだ包帯を解いた事に違和感はあるが、肌に触れる夜風が心地良い。
俺の右半身にあった黒い斑点模様の痣は全て消えていた。聖女アンジェラによる治療後、完全に治ったという言葉が信じられずに右手の包帯を解いた。包帯を解かれたその手には今まであった黒い痣は消え、普通の人間らしい手が存在していた。
呆然としながらも、聖女の部屋にあった鏡を借り顔の包帯も解いた。その鏡に映る自分の顔には黒い痣は消え、瞳からは涙を流していた。
聖女アンジェラが言ったように俺は騎士団に連行される事はなく、ランブレスタ王国の公爵位であるモンテネムル家が預かる事になったらしい。しかし、少しだけ時間を頂いた。表の世界で生きるならば、裏世界との関係を切る必要があったからだ。聖女からは「そんな事をしなくても支障はありませんよ」と言われたのだが、最後の責任としてやらしてほしいと願い、認めてもらった。
その為に一ヶ月の猶予を貰い、その約束事も契約書に追加された。
この町から少し離れた森近くにある建物。そこが今、俺が雇われている裏奴隷商のアジトだ。その仮拠点となった建物までの道中、俺は考え事をしていた。
組織を抜ける、というのは簡単なものでは無い。おそらく口封じに殺される可能性が高いだろう。雇用解除を伝える前に、俺の失敗が既に知られており処分される可能性だってある。しかし、裏世界から去る事は今までの責任として自分自身で伝えたい。今まで生きていた場所だ、最後はきちん節度を守るべきだろう。これからは全うに生きようとしているのだから。
あの組織には俺より強い者は居なかったはずだ。辞めると告げた後、全力で逃走するとしよう。
それと……そうだな、彼の墓参りにも行きたい。もう何年、行っていないだろうか。最後に赴いた記憶さえ思い出せないでいる。
そんな事を考えながらアジトへの夜道を歩き、その場所へと到着した。
―――その場所には、アジトだったであろう建物が崩壊し、無残な瓦礫となって広がっていた。
「なっ…!?」
組織のアジトとして使われていた建造物は無残な破片と化し、面影すら無い。確かに綺麗とは言えない程に汚れてはいたが、ここまで崩壊する程に老朽化はしていなかった。それが、何故___
「やぁ、生き残り君。君を待っていたよ」
アジトだった建物の跡を見て呆然としてた俺に誰かが声を掛けた。咄嗟に警戒度を上げ、マジックバックから剣を取り出す。
「誰だ!?」
気配は感じられないが、声がしたであろう方向に剣を構える。今、睨んでいる先は月光も照らさない暗い森。その森の中から1人の男性が姿を現した。
「はじめまして、双剣の悪魔くん。俺の名前はロイド、よろしく」
「……これは、お前の仕業か?」
「そっ。ここって違法な奴隷を扱っている組織のアジトだろう?俺の任務は、そういう組織を潰すのが目的なんだよね」
「……敵対組織からの手の者か?」
「ぶっぶー、違う違う。俺に命令したのは、この国の王様だよ。いや~、この国ってば今、他国から凄く注目されて観光客が毎日わんさか来るだろう?だから国全体の治安を強化する事が決まったみたい。それで、こっち方面をどうにかしろと命令されたのが俺な訳よ」
「………」
「今頃、王都の貧民街は大騒ぎだろうなぁ。あそこは犯罪者の巣窟になってるからって兄弟子が直接、向かう事になったらしいし。最強として有名になった兄弟子でも何日掛かる事やら、ご愁傷様」
何が面白いのか、はははっと笑う男から俺は少しずつ距離を取る。この男は俺よりも強いと本能が告げている。戦えば一瞬にして殺されるだろうとも……
「あー、逃げられないよ?もう君は包囲されているからさ、俺の仲間に。……ん?〝仲間〟とはちょっと違うか。うん、〝協力者に〟が正解かな」
そう言って男は片手を上げた。すると、俺の後ろにある地面に数本の矢が刺さる。気配を探ると4人の気配が感じられた。全員が手練れだと感じるが、その実力は俺と同等かそれ以下。やはり一番注意すべきは目の前に居るこの男だろう。
「……俺は…殺される訳にはいかない。戻ると約束した」
俺は剣を構え直し、前に居る男を睨む。逃げる隙が少しでもあればと願いながら。
「そう、それ!まったく、厄介な事になったよ。君がモンテネムル家預かりになっちゃったから手が出せなくなったし…………あの子に危害を加えようとした君なんて今すぐにでも処分したいのに…さ」
「……ッ!?」
男の笑顔だった細い目が少し開かれ、その瞳で見られただけで俺の体が震えだした。これは……恐怖か。手が冷えていく感覚になり、震えだす。持っている剣も地面に落としそうになるが、なんとか耐えた。しかし……不可能だ。この相手から逃げられると思えない。
「おっと、ダメだよ~、タジル君!コレを殺したら俺の責任になるんだからさ!」
突然、背後からの殺気が膨れ上がったと思うとロイドと名乗った男がその方向に大声を出した。数秒後、背後から感じた殺気が少しずつ収まっていった。
「まったく、俺の愛弟子くんを説得するのは大変だったんだよ。あの子を弟の様に思っているからさ。そんな大切な子を殺そうとした君を八つ裂きにしてやると、そう言う彼を止めるのは本当に一苦労だったなぁ。感謝してほしいよ」
話の内容から俺は殺されないらしい……この男が言った言葉を信じるならば、だが。
「……俺を殺さないのか?」
「仕方がないからね。君の身柄はモンテネムル家が預かる事になったし」
「……アジトに居た者達はどうした?」
「んー、少しは生きてるんじゃない?ほとんどは抵抗してきたから処分しちゃったけど、何人かは抵抗を止めて投降してきたから。それが何?」
「いや、雇用解除を伝える必要が無くなったのかと思ってな」
「あー、なるほど。そういえば君は裏世界と手を切るんだって?でも、そんな事をわざわざ告げる為に組織まで戻って来るなんて君ってば律儀だねぇ」
「何故……そこまでの情報が……」
ありえない。裏世界との関係を切る事を決めたのは、つい先ほどだ。組織の者達を制圧し、アジトを崩壊させ、生き残りを連行する。それには十分な時間が必要だろう。ずっとこの場所に居たであろう男が知るはずの無い情報を何故……
「別にそこまで驚く事でもないよ?俺の部下に情報収集力が異常に長けた子が居るだけだから。でもさー、俺の部下ってば後衛専門が多くてさぁ。戦闘職が少ないから今回も仕方なく愛弟子くんに手伝ってもらったんだけど…………ん?」
男は何故か話しを止め、俺をじぃと見てきた。
「あー、そっか!そうだよな、俺ってば天才!」
「……?」
突然、ニコニコと笑う男が両手をポンと叩いて、うんうん頷いている。何だ?
「ねぇ、双剣の悪魔くん。君、俺の部下にならない?」
「………は?」