169話 妄想していた夢
7-24.妄想していた夢
【ここよ】
公園内にある森林を歩き、樹の大精霊であるダイアナさんに案内してもらい逃走したザナファルドが居る場所へと到着した。
「……すげー」
「……これは、なんとも……凄いな」
その場所の現状を見て、俺とアレクシスの感想が重なる。
ザナファルドは大量の植物に巻き付かれ、空中で拘束されていた。まるで蜘蛛に捕らわれた虫みたいで、ある意味芸術的。……ただ、周りの植物がウネウネ動いているのが気持ち悪い。あんなモンスターがゲームで登場した憶えがあるけど、あれはモンスターじゃないよな?
【それじゃあね、ミネル君。また詠んでね】
「え、もう帰るの?話すのが大好きなダイアナさんにしては珍しい」
【今、ちょっと忙しいくて。精霊界で、あの頑固者を説得するので大変なのよ。でも私、頑張るから楽しみにしてて、ミネル君】
「…え、何?俺にも関係あるの?」
【ふふっ。じゃ、またね】
そう言って、ダイアナさんは空へと浮かび上がり姿が薄れていった。
……えー。そんな気になる事を言って去るなんて今日の夜、眠れないかもしれないじゃん。いつも気になって眠れないとか言いつつ、眠れなかった事なんて無いけどさ。
「さて……彼をどうしようか?アレクシス」
「……それよりも君に尋ねたい事が数多くあるのだが___」
「ダイアナさんも彼に巻き付いている植物をどうにかしてから帰ってほしかったよなぁ」
「……あの女性について君に尋ねたい事が__」
「さぁ!ボサッとしてないで彼に巻き付いている植物をどうにかしようか、アレクシス君!」
凄い真剣な顔で俺に尋ねてくるアレクシスの言葉を無視し、背中を押して前を歩かせる。
しまったなぁ。俺、なんでアレクシスが一緒に居るのに大精霊の召還なんてしたんだろう。たぶん、ザナファルドとエンカウントしてテンションがハイになっていたんだろうな。なんたって彼は二刀流なのだから。そう、二刀流!俺達、男共が彼を見て何を思うか。そんなのは決まっている。
口に剣を咥えて、三刀流になってほしい!
ぜひ見たい!というか武器を剣では無く、刀にして!……あ、でもそれじゃあ著作権が……うん、やっぱり剣で良いや。三本の剣を武器にして戦う姿が見てみたい!三本目の剣は口で咥えてお願い、そこだけは譲れないぞ。
乙女ゲームをプレイしていた時、密かに抱いていた妄想を考えながら、俺はザナファルドに巻き付いている植物の拘束を樹魔法で解いていった。
「……殺せ」
植物による拘束を解き、アレクシスが持っていた鉄の縄(ワイヤーロープ?)でグルグルにされたザナファルドが呟いた。
それにしても、あの縄には驚いた。アレクシスがあの縄でザナファルドを軽く巻き付けて、何かの言葉を口にした後、その縄の縛る強度が少しずつ強くなっていったから。アレクシスが言うには、あの縄は騎士団全員に配布されている術式が組み込まれた魔法道具で危険人物の捕縛に使用する物らしい。正直、ちょっと欲しい。
おっと、今はそれよりもザナファルドか。
「貴方の命を奪う権利を自分達は所持しておりません。捕縛・拘束された犯罪者は法によって裁かれます。その罪の重さによって処罰が決定され貴方の生死も決まります。ですから拘束され無抵抗となった貴方を今、殺害する権利を自分達にはありません」
……アレクシス。お前ってば本当に13歳?実は30歳過ぎてるとか言わない?
「捕縛された犯罪者の中には自害を行なう者もいますが、無駄です。騎士団に所属する者は全員、応急処置の為に必要な薬品や医療器具が配布されていますから。もちろん治療に必要な知識も、ある程度学んでいます。毒等で死を選んだとしても無駄な行為となるので大人しく連行される事をお勧めします」
……でもさ、暗殺組織の『朧』みたいに爆散したら無理じゃね?
「これより貴方をこの町にある騎士団詰所へと連行し、聴取を行ないます。さぁ、では行きましょうか」
視線を地面に向けたまま座り、動かないザナファルドをアレクシスが立たせようとした。
「……殺せ」
だが、ザナファルドは立つ事なく同じ言葉を口にする。
「………貴方の命を奪う権利を自分達は所持しておりません。捕縛・拘束された犯罪者は法によって___」
「待て待て待て、何でお前も繰り返してんだよ」
アレクシスが先程の長文を、また繰り返そうとしていたので軽く頭にチョップをして止めた。無事に目覚まし時計アレクシスは止まってくれたのでホッとする。エンドレスになりかねない。
「先程の言葉が彼に聞こえなかったのかもしれないと思い再度、伝えようとしたのだが?」
「それは、その事を言われても彼は死を望んでいるって事だよ」
「……?先程も伝えたが、彼の生死は自分達ではなく国の法によって決定されると伝えているのだが?」
「……あー。うん、分かった。アレクシスはちょっと黙ってようか」
乙女ゲームの開発者諸君、何度も言いますが攻略キャラのアレクシスは天然系犬属性では無いと思います。これはキャラ紹介を書き換えないとダメだろう。まぁ、とりあえずアレクシスは放置して俺はザナファルドの方へと向く。
あの顔にある包帯。きっと彼は、あの乙女ゲームにあった設定通り重い病に罹っているのだろう。右半身にだけ浸食する病気、『魔毒病』。ゲームの物語で彼がその病に苦しんでいる事を知るのは、彼との戦闘を終えた後。戦闘イベントが終わるとムービーが流れ、彼の顔にある包帯が解ける。その露わになった顔に攻略キャラが気付く、彼の病気に。確か気付いたのはレギオだっけ?いや、タジルだったかな?
そして、ヒロインのミネルソフィちゃんはザナファルドの病気について攻略キャラから教えられ、彼を聖女の能力で治療しようとした。だが、ザナファルドはヒロインちゃんの治療を拒み……自害する。持っていた双剣を自分の胸に突き刺したんだ。残念ながら蘇生魔法は魔王城へ行く少し手前で覚えるので、その時は使えない。
彼を救えなかった。彼に悪しき行為を改めさせ、正しい生き方を説く事もできなかった。そう悲しむヒロインちゃんを攻略キャラ達が慰め、好感度を上げるミニイベントがあったな。誰を選んでも良いけど、ここはフェイレシルを選んだ方が好感度の上昇率が良いのでお薦めです。
「ねぇ、ザナファルドさん。貴方の病気、治しましょうか?」
俺の言葉を聞いて、俯いていた彼が顔を上げて驚いている。しかし、また瞳に影ができる。
「……お前は何を言っている。そんな事は不可能だ。俺のは……お前が思う程、軽い病ではない」
「知っていますよ。貴方の病気って〝魔毒病〟でしょう?生存率がすんごく低い毒の感染病」
「……それを知っても俺を治すと?ははっ、お前も今まで出会った詐欺師共と同じか。もう、この病を治せるとは思っていない。殺せ」
ふ~ん、なるほど。あの時、ヒロインちゃんの治療を拒んで死を選んだ理由はそれか。治療できるはずが無い、信じる事をしない、それが彼にとって死を望む理由。
「俺がシュッサー先生に頼まれた、と言ってもですか?」
「…な……に………」
俺が口にした言葉を聞き、ザナファルドの顔が驚愕に変わる。
始まりの町、リナリクト。その町にある冒険者ギルドでバイトしていた時に出会ったのが、俺の上司となったシュッサー先生だ。バイト先である冒険者ギルドで、治療師として冒険者達の治療を行なっていた立派な髭のお爺さん。
その治療室に、大切に保管されてある箱があったんだ。俺は「宝箱か!?」と思い許可をもらわずに勝手に開けた。しこたま杖で殴られた。あれは痛かった、グスン。
……話が逸れたな。え~と、箱の中にあったのは枯れた草だった。その草についてシュッサー先生から聞いたんだ。ある冒険者にとって生きる為に必要な物だから絶対に触るなと。詳しく聞くと話に出てくる〝冒険者〟と〝ゲームの登場人物〟が重なった。もちろん、それが目の前に居るザナファルドだ。
その時「それ、ザナファルドじゃね?」とは、もちろん先生に聞いていない。何で知ってんの?と尋ねられてもゲーム情報なので答えられないし。でも、話しの後にシュッサー先生に言われたんだ。
――もし、その死の病に苦しむ者が居ればミネル君も助けてやってくれ
……なんだか、ミネル君だったら絶対に治せるよ、みたいな雰囲気だったな。まぁ気のせいだと思うけど。
「…………あの人を…先生を知っているのか?」
真剣な顔で俺を見るザナファルド。その瞳には、もう影は差していなかった。
「はい。今はリナリクトという町で冒険者ギルドの治療師兼、薬師として元気に働いていますよ。手紙も頂く事がありますし」
「……そうか。あの方は、まだ御健在なのだな……良かった……」
あ、笑った。うっはぁー、イケメン。さすがは乙女ゲームの世界。
「シュッサー先生に頼まれた俺を一度だけでも信じて頂けませんか?」
「………お前は……いや、少年は治療の知識や技術を習得しているのか?」
「あ、いえ。俺が治療するのでは無いです。知っていますか?今、この町にはあの有名な聖女アンジェラ様が来ているのを。その聖女様はあらゆる難病を治し、どんな重症でも癒し、体の欠損も復活させると言われています」
もちろん、本当は俺が治療するんだけどな。でも有名な聖女様の名前を言った方が信憑性があるだろう。
「……そういえば、君も敬語が使えたのだな。驚いた」
……うん、アレクシスは無視で。というか殴るぞ、敬語くらい使えるわ………少し。
俺が敬語を言えた事に驚くアレクシスは、そのまま地面に座るザナファルドを見た。
「確かに、今この町には聖女アンジェラ様と奇跡の少女ソフィ様が御滞在されております。御来訪された理由は時期に伝わるでしょうが、あの方々に会うのは困難ですよ。ましてや犯罪者を聖女様に会わせるのは不可能に近いでしょう。護衛をしている騎士団が許可する筈がありません」
「……と、彼が言っている様だが?少年には何か策があるのか?」
「えっ……お、おう!そんなの、あるに決まってんじゃん!」
俺を訝しい顔で見てくる二人に焦る。そんなの俺が奇跡の少女だからだよ!(血涙)
「えーと、ほら、俺ってばアレだから、アレ。安心しろよ、うん。アレだから大丈夫」
アレって何だ。
「……アレって何だ?」
わーい、ザナファルドと意見が一緒。ちょっと感動。
「アレはアレだよ。えーと、お、俺は聖女様の付き人だから!」
一度、小夜さんにお茶を淹れてあげたら「香りが雑で不味いわね」と一刀両断されたけど、お茶を淹れた経験があるので付き人と言えなくもない……と思う。
「……君が聖女アンジェラ様の付き人?道中、君を見た憶えが無いのだが」
「…………別動隊で先に来ていたのですよ」
これは完璧に嘘。一緒に来ました。奇跡の少女(男!)は俺なんです。
「俺は敗者だ……お前達の好きにしろ」
えっ、好きにして良いの!?剣を口で咥えて三刀流になってくれるのか!?やったぞ、言質を取った。騎士団に所属しているアレクシスも聞いただろうし、これで妄想が叶う。ぜひとも「背中の傷は剣士の恥だ」とか言って欲しい。ぐふふっ。
俺はルンルン気分で裕福層が住む住宅地へと歩きだし、聖女様が滞在する為に用意された屋敷へとザファルドとアレクシスを案内する。
……あり?そいえば大精霊を召還した代償はいつなの?