168話 ※とある用心棒※ Prt.1
7-23.※とある用心棒※ Prt.1
※ ※ ※ ザナファルド 視点 ※ ※ ※
この世界に生を受けた日から、死は俺の傍にあった。
母親から生まれた日、赤子の俺は病気に侵されていた。母は俺を生み、数日後には亡くなったらしい。それを教えてくれたのは、森で死に掛けていた母を発見した冒険者からだった。
雨の降る日、森の中で見付けた母親の腕の中には、泣き続けている生後間もない赤子がいた。
苦しむ母は最後の力をふり絞り、その冒険者に赤子を頼んで息を引き取った。冒険者は母から頼まれた赤子を保護したが、その赤子の姿を見て驚愕する。その赤子の右半身には黒い斑点が浮かんでおり、明らかに病気に侵されていたからだ。その時点で森に捨てられなかった事は本当に運が良く、とても感謝している。
冒険者は急ぎ森を抜け、近くの村に駆け込んで医者に診せた。そして、俺の病気が〝魔毒病〟という奇病であると医者から告げられる。事例が少ない病気で、魔物が持つ何らかの毒が原因であるということ以外は何も分からず、治療法も存在していない。母胎となる人物が毒に侵され、体内に居た赤子にも感染。最悪なのは、その毒が赤子へ移る際に変化するらしく母親の毒とは別になる。それが魔毒病。そして、その変化した毒には治療薬がまだ見つかっていない。
保護した冒険者は、そんな赤子を放置せずに自分が引き取ると言ってくれた。
俺は、それから無事に6年間を生きる事ができた。医者からは数年の命と宣告されていたが、冒険者だった彼は転々と沢山の場所を移動して俺の病気について調べ、治療法を探してくれたのだ。俺はまだ幼かったが、彼が俺の為に苦労していた事を理解していた。
世間では死ぬ可能性が高い魔毒病患者だが、死なずに生きてこれたのは彼が手に入れてくれた薬のおかげだった。3歳の頃、全身に激痛が走り、高熱を出して倒れた。魔毒病の感染者が生命を維持するのに限界がきたのだ。しかし、俺を育ててくれた彼が世界でも名医だと有名な薬師に〝ある薬〟を譲り受け、俺は助かった。
その薬は、世にいう麻薬。流通規制がされる程の薬物だが、人によっては薬となる。
俺は、その薬のおかげで激痛を耐える事ができ、その薬師のおかげで毒を抑える事ができた。だが病気が治療されたのではなく、ただ抑えているだけの状態。そして、その薬や治療も高額なもの。使われた麻薬も流通規制がされている為に入手するのが難しい。
それでも俺が生き続けられたのは、俺を育ててくれた彼が高ランクの冒険者だったからだ。その稼ぎの殆んどを俺が生きる為に必要な薬や治療に浪費してくれた。
彼との別れが来たのは、俺が14歳の時だった。
俺は彼から沢山の事を学び、育った。国の事、文字や計算、森での注意事項、剣術。生きていくのに必要な事は全て彼から教わった。
そんなある日、彼は冒険者ギルドから緊急招集で呼び出された。
どうやら近くの村が危険な魔物の襲撃を受けたらしい。その事で冒険者ギルドは少数精鋭を組み、高ランクの冒険者を現地に向かわせると決断した。臨時に組まれた精鋭を先行させ、救助を求める者が居ないか、可能であれば原因の排除、無理と判断した場合は情報も持って離脱する事。それが彼が受けた依頼だった。
彼が旅立ってから数日が過ぎ、事態が動いた。宿に残された俺に知らされたのは、先行部隊の壊滅だった。
その悲報を知らせたのは、怪我を負いながらも町に戻って来た先行部隊の1人。その彼も、数日後には怪我が原因で死んでしまった。それからの事は、殆んど覚えていない。ただ、ボンヤリと1日が通り過ぎていった。
俺が、それからも生きてこれたのは彼が残してくれた遺産のおかげだった。用意周到だった彼は、あらかじめ自分が死んだ場合は自分の持つ全てを俺に譲る事となっていたらしい。
15歳になった俺は冒険者となり、彼の形見として受け取った特殊な双剣を武器としていた。しかし、新米冒険者の稼ぎでは高額の薬を買えずにいたので、彼の遺産を費やしていく日々が続く。
とうとう彼の残してくれた遺産も少なくなり、生きる為に必死だった俺は冒険者を辞め、裏の仕事に手を出してしまう。裏世界で名のある人物の護衛を最初は受けていたが、報酬が良いからと暗殺も請け負うようになっていった。
邪魔になる貴族、敵対組織の重要人物、逃げ出した裏切り者。その処理を俺は行ない、その報酬で薬を買い続けた。冒険者をしていた時に人を殺した経験はあるが、それは森で襲ってきた盗賊達を殺した経験だけ。アイツ等は悪人で、今の俺が殺しているのは……大切な家族が居るような奴等だった。
俺は生きる為だと自分に言い聞かせ、心を少しずつ闇に沈めていった。
あれから何年が経ったのだろうか。
あれから何人の人を殺してきたのだろうか。
あれから何人の子供達が誘拐され、それを黙認してきたのだろうか。
あれから……どれくらい俺を救ってくれた彼の恩を無駄にしてきたのだろうか。
今では裏世界で〝双剣の悪魔〟として名が知れる程になっていた。無慈悲に標的を殺し、依頼は完全に遂行する殺人鬼。依頼を成功さえる度に依頼も増え、生きる為に必要な薬も大量に保管できていた。そんな俺に今日も雇い主からの依頼がくる。
「ザナファルド、次の依頼だ」
長期、俺を雇っている人物からの依頼書を持って来たのは、その人物の手下。今の雇い主は、この国では禁じられている違法奴隷を収集し、それを売る裏奴隷商の最高責任者。
「今回の依頼は俺等の商売を邪魔した2人の少年を処分しろ、だそうだ。頼んだぞ」
「……少年?商品にするのでは無く、処分なのか?」
「ああ」
依頼書を届けに来た男はそう言うと、さっさと元来た道を戻ろうとした。
「あぁ、そうだそうだ」
男は何かを思い出したようで、俺の方へと向き直る。
「今日の依頼には、お前に魔術師が付けられるらしいぞ。最近、お前の事を上層部の何人かが怪しんでいるのを知ってたか?」
「いや、初耳だな」
……つまりは監視か。
自分の心は封じてきたと思っていた俺だが、標的に子供が居た場合は別だった。組織には秘密で逃がしている。冒険者仲間だった友人に頭を何度も下げ、保護してもらっている。それは当然、裏切り行為なのだと分かっているが子供に剣を向けると、どうしても恩人である彼の顔が頭を過ぎる。
だが、今回は監視付き。この行為がバレる訳にはいかない。子供達を保護してくれている仲間にも迷惑となってしまう。……仕方がない、今回だけは……今回だけは命を奪うしかないだろう。せめて苦しまずに一太刀で済ませたい。
組織の諜報員からの報告で、標的である少年2名の居場所を知らされた。その場所へ、俺の監視として付けられた魔術師と向かう。場所は、この町の公園。その公園を囲める隠蔽魔法を数人の諜報員が張った。広範囲に行なった隠蔽魔法だが、長くは持たないとの事。邪魔にならぬよう魔術師には隠れているように言い、俺は少年達が居る場所へと向かった。
標的が歩いて来る道の中心で立ち、2人の少年達がやって来た。若い……1人は13か14の歳だろう。もう1人は10歳にも満たないくらいに幼かった。
辛いが……今の俺は監視されている。彼等が苦しまぬよう、せめて一太刀で殺すしかない。しかし、彼等に剣を向けると恩人の彼を思い出してしまう。いつもより剣の速度が落ちてしまい、判断も遅れた。そのせいで俺の攻撃は防がれ、盾を持つ少年に後方まで吹き飛ばされてしまう。
「…【踊れ・踊れ・炎の舞を・全ての敵に・赤き灯を ≪フレイム・ロンド≫】」
静かな公園に子供の声が響いた。すると、俺の周囲の地面に赤い魔法陣が描かれていく。どうやら幼い方の少年は魔法が使えるらしい。しかし、何だこの魔法陣の数は。ありえない。
地面から吹き出す炎。それを避けるが無作為なうえに数が多すぎる。避け続けるのは不可能と判断し、俺は持っていた双剣を地面に刺した。
恩人の彼が残した形見。彼の遺体は戻っては来なかったが、精鋭部隊が襲われた現場で見つかった彼の双剣。その剣は特別性で、あらゆる魔法を消し去り、所有者を癒してくれる。俺の毒に侵された体にも、僅かな癒しとなっている。
「裏奴隷商の関係者が俺達に何の用ですか、ザナファルドさん?」
炎を消し去った後、幼い少年が俺の名を呼んだ。表で生きる人間が、それもこんな幼い少年が裏で生きる俺の事を知っていたのには驚いた。裏世界では有名となっていたが、表で生きる者で俺の事を知るのは暗殺を頼む屑な貴族共だけかと思っていた。
その後、地面から突然植物が育ち、俺と少年達の間に茨の壁が築かれてしまった。しかし、これも魔法による物。俺が持つ双剣で斬りつければ容易く消えていく。
茨の壁を消し去り、少年達の姿を確認した俺はすぐに彼等を襲撃した。厄介な魔法を使う前に殺す、できれば一太刀で。
しかし、盾を持つ少年の喉に剣を突き刺そうとした時、また恩人の顔を思い出してしまった。封じ込めた筈の心がズキリと痛み、剣の速度も格段に落ちた。そんな情けない俺の攻撃は少年の剣によって防がれてしまう。
―――バキンッ
金属の音が聞こえ、急に持っていた片方の剣が軽くなった。何かが起きたと感じた時には、俺は後方へと退避している。そして持っていた武器を確認すると、片方の剣の先が無くなっていた。
……折ってしまった、恩人の剣を。まるで少年達を殺すなと彼に止められた気分だ。しかし、少年達を殺さなければ監視に付いている魔術師が依頼主に何を報告するか分からない。
「…【樹の盟約の元・我が呼び声に答えよ ≪ダイアナ=ドリアルド≫】」
恩人の剣を大切にマジックバックへと収め、新しい剣を取り出す。すると幼い方の少年が魔法の詠唱を行ない、その声が辺りに響いた。
突然、空から綺麗な色とりどりの花が舞い落ちる。そして小さな竜巻が発生し、花を巻き込んだかと思うと綺麗な鈴の音と共に竜巻が消え、その中心に空に浮かぶ女性が現れた。
とても美しい女性だが、明らかに人では無いと分かる。目の前に居るというのに気配を全く感じられない、異質な存在。
アレには勝てない、そう判断した俺は撤退を開始した。隠れていた魔術師にも撤退の合図を送り、近くの林へと逃げ込む。出来るだけ遠くへと逃げる足を速めたが、その足が急に動かなくなった。足を見ると、幾つもの植物が足に絡みついている。魔法かと思い、植物を剣で斬るが消えない。これは魔法では無いのかと驚いた。
どうにか足に絡み付く植物を切ろうとしたが、俺の手も植物によって拘束されていく。右足、左足、右手、左手、次々に植物によって封じられていった。そして胴体や首にも巻き付かれ、俺の体は縛られた状態で空中に拘束される。
【ここよ】
澄んだ女性の声が聞こえ、その方向を見れば3人の人物がこちらへと歩いて来ていた。今となって、空中に浮かぶ女性が誰なのか分かってしまった。あの御方は、神話やお伽噺などにも記される存在。この世界の森羅万象を司り、自然の秩序を管理する神の代理人。樹を司る大精霊、ダイアナ様だ。
大精霊の怒りは大災害をもたらすとも伝えられる存在。そんな存在に俺が敵うわけが無いか……
……
………もう良いよな
一緒に居た諜報員や魔術師は助けに来ない。彼等は仲間ではないし、雇い主にとって俺は駒の1つにすぎないから。俺の敗北も直に伝わるだろう。裏世界にとって失敗は死に繋がる事もある。信頼は無くなり、悪ければ口封じとして殺されてしまうからだ。そうなってしまった者を俺は何度も見てきたし、その処分を任された事だってある。そして、次が俺の番になっただけ。
生きる事に疲れ、諦める事を選んだ俺の体から力が失われていく。もう抵抗する気も無い。大切な恩人の剣も折れてしまい喪失感が心を埋める。そんな俺に対し、幼い少年が信じられない言葉を口にした。
―――貴方の病気、治しましょうか?―――
……この少年は本当に何を言っているのだろう。そんな事は不可能だし、お前達を殺そうとした敵に言う言葉でも無い。