166話 不運な一日 Prt.4
7-21.不運な一日 Prt.4
再び剣を鞘から引き抜こうとするアレクシスと、光の防性魔法で自身の安全を確保した俺。俺等が再び戦う流れとなっていたが、それは第三者の声によって止められた。
「まったく、お前等はこんな場所で何をしているんだ」
俺とアレクシスが声のする方向に視線だけを向けると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「これ以上の戦闘は無意味だからさ、二人とも戦闘態勢を解除しろ。茶髪の君も殺気を俺に飛ばすのは止めてくれ」
俺達に話し掛けながら近付いて来る男性に、アレクシスは警戒する。俺には殺気というのは分からないが、その殺気を向けられても男性は足を止めずに近づいて来る。
俺とアレクシスとの戦闘を止めたのは、同じ攻略キャラである冒険者のタジルだった。そして、タジルの隣には大剣を装備したジルさんの姿が見えた。
……そうだったな、タジル達もこの町に来てたんだった。露店の美味しい食べ物を堪能して、すっかり注意するのを忘れていた。…………さてどうしよう、この状況。ちょっとヤヴァい。
第三者の登場にアレクシスはとうとう剣を鞘から引き抜き、剣先をタジルへと向けた。それでも俺への警戒を解いていないのは流石だ。少しずつ距離を取り、俺とタジル達を視界に入るまで後ろに下がる。タジルに剣を向けたアレクシスに、ジルさんも背負っていた大剣を引き抜こうと柄に手をかけたが、それをタジルが片手を挙げて止めた。
「そんなに警戒しなくてもいい。俺達は君と戦うつもりは無いよ」
「あなた方が何者かの説明と、そこの小悪党の仲間では無いという証明を提示できますか?それが可能でない限り、あなた方を信じる事はできません」
ちょっと待てやコラ、結局は小悪党扱いかい。お前ってば、俺の無実発言を全然信じてねぇよな。容疑者でもなく、犯罪者だと決めつけてるだろう。
アレクシスの言葉に、タジルは懐から一枚のカードを取り出す。なんだ?名刺?名刺交換すんの?俺持ってねぇよ?
「俺は冒険者ギルド所属のタジルマース。冒険者パーティー『銀翼』のリーダーだ。これで俺が怪しい奴では無いと分かるだろう?」
あ、ギルドカードか。
「それで少年、君は誰だい?」
「自分はランブレスタ王国騎士団所属の者です。見習いという立場ですので、まだ部隊は決められておりません。今は任務としてこの町に滞在しています。名前はアレクシス=D=ベルセネスです」
「…………と言われても困るな。ドコを見れば君が騎士団の関係者だと分かるんだい?」
「え?ですから…………そうでした。自分は今、私服でしたね。すいません」
そうだね、私服だね。それにアレクシスが使っている剣と盾にも国の紋章が施されていない。それで〝自分は騎士団です〟なんて言っても信じてもらえない。
アレクシスは身分の証明の為にポケットから手帳のような物を取り出した。裏面にはランブレスタ王国の紋章があり、表面には騎士団の紋章が描かれている。その表面をタジルに見せ、手帳の中を開いた。そこにはアレクシスの顔写真が張ってあるので、あれは警察手帳みたいなもんかと納得した。
「自分は誘拐の現場を目撃し、傍に居たその怪しいフードを被った人物が犯人ではないかと職質しました。その結果、そこに居る容疑者が抵抗した為に武力による拘束が必要だと判断しました」
た、確かに犯人扱いされてイラッとしたから拘束魔法を放っちゃったけどさ、だからって刃物を向ける事ないじゃん。もっと平和的に、警棒とか殺傷力がない物にしてよ。
そして今、俺が犯人かどうかよりもヤバい事象がある。俺の隣に居るタジルの存在だ。俺はコヤツと約束事を結んでいたはずだ。そして、今の状況はその約束事を破っているという危険な立場。このままでは確実にO・SHI・O・KIが執行されてしまう。
いや……いやいや待て待て。落ち着け。そうだよ、今の俺は全身を隠したローブ姿だ。そして顔もフードを深く被り、見えるのは少しの鼻と口ぐらい。ならば、タジルに俺だとバレない可能性だって_____
「すまない、ベルセネス君。実はこのローブの子は俺達の協力者なんだ。だから、その物騒な物をこの子に向けるのは止めてくれ。ミネルも、その防御結界を今すぐ解くんだ」
___と、期待した時もありました。
でっすよねー。ばっちりタジルにバレちゃってるみたいです。さすがは攻略キャラ、ヒロイン役の俺を見間違う筈がないってか。なんで分かった、背格好か?もしも匂いとかだったら、さすがにドン引きするぞ。
でも、残念だったなタジル。この正義バカ・アレクシスがそうすんなりと引くはずが――――
「そうでしたか。それは申し訳ありませんでした」
「おまっ!?俺が無実だと訴えていた時は全く信じなかったクセに__もがもがっ!!」
なんて奴だ!俺の無実だと言う訴えは無視したクセに、タジルが出したカード1枚でそこまで信用するのか!!
予想と違い、タジルの言葉をすんなりと受け入れ信じたアレクシスは素直に頭を下げて謝罪した。その姿を見てカチンときた俺は怒鳴ろうとしたけど、後ろに素早く回り込んだタジルによって口を手で塞がれてしまう。
その後、アレクシスとタジルでの話し合いが始まり、俺はジルさんの大きな手で頭を撫でてもらい慰めてもらいました。ジルさんの腰にギューと力一杯に抱き付いてストレスを発散。ジルさんの筋肉良いわぁ、本気で抱き付いても平気みたいだし。
その様子を見たタジルが「さぁ来い」と両手を広げたが無視した。タジルはアレクシスとの相談を進めて下さい。
どうやらタジル達は、この町に来て冒険者ギルドからまた依頼をされたらしい。依頼内容は前と同様、この町で違法な奴隷商人が活動をしていると情報が入ったので、その連中の捕縛だそうだ。タジルとジルさん、クリスさんとトリアさんの2組に分かれて情報収集と調査をしていたらしい。
犯罪が行なわれそうな場所をチェックしていた時、耳が非常に良いタジルが路地裏の奥で戦闘音が聞こえたので急いで向かったらしい。その場所に辿り着いてみれば、見覚えのある曲芸を披露している俺の姿を発見。そして、その俺は誰かと戦っていたので止めに入ったとの事。
あと、アレクシスが素直にタジルの言葉を信じた理由も聞いた。今、この町では騎士団と冒険者ギルドが協力体制に入っているらしい。その冒険者の証拠であるギルドカードを提示されれば信用するほか無いみたい。それでも疑うという事は、冒険者ギルドと騎士団との協力体制に亀裂が入るかもしれないんだと。今のこの町の状況からして、それは避けたいらしい。
と、アレクシスへの不満をグチグチ言いながら抱き付いてくる俺の頭を撫でながらジルさんが教えてくれた。
クリスさんとトリアさんとも合流して「久しぶり~」と和み、アレクシスの要請で騎士団の人も増えた。相談が終わり、襲われた被害者の子供達は一時的に冒険者ギルドで保護する事が決まる。怪我をしていた子供達は既に俺が治療しておいた。誘拐の実行犯である男達は、アレクシスが呼んだ騎士達が連行していった。
「さぁ、ミネル。お兄ちゃんと、ちょ~とお話をしようか」
笑顔のタジルが、露店で買ってきた果実のジュースを俺に手渡しながら言う。
今居る場所は町の大通りに設置されてある長椅子。そこにタジルと一緒に座っています。先程まで居たジルさんとクリスさんとトリアさんの3人は、まだ眠っている被害者の子供達を抱えて冒険者ギルドへと戻って行った。
アレクシスが応援で呼んだ騎士達も誘拐犯である男達を連れて、この町にある騎士団詰所まで帰って行った。子供たち同様、眠り続ける犯人達も声を掛けて揺すろうが叩かれようが全く起きる気配がなくグースカと眠り続けているので荷馬車に乗せて連行していった。本当、このネミネ草ってば強力過ぎ、ありがたい。
あと、アレクシスなんだけど、少し離れた場所で壁にもたれながら此方を見ています。どうやら俺を参考人として詰所まで連れて行き、事業聴取とやらを受けさせないとダメなんだと。でも、その前にタジルが俺に聞きたい事があるからと言われ、少し離れた場所で待機している。
「ミネル、聞いてるのか?」
おっと、いけない。今はアレクシスよりも目の前に居るタジルだ。まぁ、タジルが俺に聞きたい事は分かってるけど。
「はいです、聞いていますですよ」
「なぁ、俺は言ったよな?〝今は北の方には行かない方が良いぞ〟と確かに言った。そして、その時のミネルの返事は〝はい〟と返事をしたよな。そう俺は覚えているのだが……違うか?」
「……え~と、ここは北じゃなくて、ほ、北東ですよね__痛いっ!?」
耳!耳が千切れちゃうよ!苦しい言い訳だと自分でも分かってるから、そんなに引っ張らないでくれ!俺の耳は、そんなに伸びる作りになっていない痛い、痛い、痛い!
「まったく……戦闘音が聞こえたから急いで来てみれば、ミネルが路地裏で空を跳びまくって誰かと戦っているんだもんなぁ。俺は驚いたんだぞ?お前が誰かと戦っていたのにも驚いたが、まさかミネルがこの町に来ているとは思わなかったからな」
「いたた…でもさ、よく分かったな、タジル。俺、フードで顔を隠してたのに」
「はぁ……ミネル、壁と壁との間を跳び続けられる子供がそう居るとでも思っているのか?それにフードで顔を隠したとしても、あんな大技をしていたらその目立つ髪の毛が見えて当然だろう」
なるほど、このピンク髪が見えちゃってたのか。でも、俺よりも年下のスザクにならもっと凄い曲芸が可能だと思うぞ。まるで軽業師の如く。
「まぁ、ミネルに怪我が無くて良かった。俺達も親父さんからの頼まれ事があるからあんま時間は無ぇけど、暇が出来たら一緒に観光でもするか?」
「タジルは冒険者だし、今は忙しいだろうから遠慮するよ。それよりも頼まれ事って?もしかしてヴァンさんもこの町に来てるのか?」
タジルの言う〝親父さん〟はジルさんの父親の事で、伯爵位であるヴァンガイド=S=ラクシャスさんの事。
「いや、親父さんからの依頼だが、今回一緒にこの町へ来てるのはロイドさんだ。なんでもお偉いさんから頼まれ事をされたらしく、それが何かは俺等にも教えてもらえなかった。で、俺達はロイドさんの部下を護衛するよう頼まれたんだ。今、護衛対象はロイドさんと一緒に宿に居るから、冒険者ギルドからの緊急依頼をしてたってトコ」
お偉いさん……なんだろう。なんか、すっごく背中らへんに寒気が……やっぱり薄着すぎたのかな?
「俺達の説明は終わり。さぁ、それで?ミネルは何故、この町に居るんだ?お兄ちゃんとの約束を破ってまでこの町に来た理由は?」
「天気が良かったのでお散歩に___いたいっ!?」
「へぇ、ふ~ん、お散歩かぁ……で?なんでこの町に来たんだ?」
全く信じてもらえなかった悲しい。せめて最後まで言わせてほしかった。それさえ出来ずに、また耳を引っ張られる。それも、さっきより強く。
「……ところで、ミネルは知っているか?今、この町に聖女アンジェラ様と1年前、噂になった奇跡の少女が訪れているんだと。町の住民達は、その事で大騒ぎだったぞ」
ぎくっ!!!!
「俺達がこの町で調査ついでに買い物をしていた時にさぁ、その一行を遠目にだけど見えたんだよなぁ。その聖女様と奇跡の少女が乗っているらしい馬車。そんで、その窓からチラッと人が見えた」
ぎくぎくっ!!!!
やばい、やばいぞ。確かタジルは乙女ゲームで『鷹の目』というスキルを持っていたハズだ。それがあったからこそ先行部隊として優秀だったんだけど、今の俺にとっては最悪のスキル。もし、もしもその時に奇跡の少女(俺)の顔を見られていたとしたら……
「残念ながら見えたのは横顔で、顔は髪に隠れて見えなかったんだよなぁ」
ほっ。
そう安心した俺に、タジルはゆっくりと手をこちらへと向けた。そして、俺の髪の毛をそっと優しく撫でる。
「だけど……その髪がさぁ、ミネルと全く同じ色、だったんだよなぁ」
ニヤニヤしながら俺を見るタジル。ダラダラ汗を流してタジルから目線を外す俺。
小夜さんの〝ヒロインのミネルソフィ役なのだから〟という理由でピンク髪以外を認められなかったのが痛手となった。どうしよう、逃げるか?
いや、無理だ。乙女ゲームのタジルのステータスは敏捷性が高く、忍であるスザクの次に素早かった。逃げられる訳が無い。そもそも逃げた所で何も解決しない、先延ばしにされるだけ。
「確か、その奇跡の少女が初めて登場したのはランブレスタの王都だったよな。そんで今回現れたのは、このトロメンフィス。不思議な事に、どちらにもミネルがその場所に居るだなんて凄い偶然だと思わないか?もしかしたら、その少女とミネルは不思議な縁にでも結ばれているかもしれないくらい凄い偶然だ。そう……まるで同一人物ではないかと思ってしまうくらいに……な」
「あっ、いっけな~い!もうこんな時間だわ☆それじゃあ、タジル。俺、事情聴取とか塾の時間とかピアノのレッスンとかで色々忙しいから、また会いましょう~!」
先延ばしで結構。困った時は敵前逃亡が当然、これ常識。
俺は遠くで腕を組んで待っていたアレクシスの手を引っ張り急いで逃げ出した。なんか少女漫画的な逃亡方法を選んでしまったが大丈夫だ。ここは似たような乙女ゲームの世界だし恥ずかしくなんて無いんだからな!
それから俺は騎士団詰所で長~い事情聴取とやらを受け、カツ丼も出さないような腐れ詰所を後にした。
「……なんでお前ってば俺と一緒に歩いてんの?」
すっかり空は夕暮れとなり、屋敷へと帰る俺の隣には攻略キャラであるアレクシスが一緒に歩いていた。
「まだ暗くは無いが、この時間帯では小さな君に帰り道は危ないだろう。市民を守る騎士団の一員として安全を考え、君を家まで送り届けようと思う」
「あのなぁ、言っておくけど俺はお前と同じ13歳で同年代だかんな。ていうか〝小さい〟いうな、泣くぞ」
「はっはっはっ、嘘はいけない。あ、いや、これが冗談というものなのだな。うむ、素晴らしく面白かった。君は才能があるな」
こいつ、コロス。 (メ`Д´)凸
「ん?そういえば何故、君は自分の年齢を知っている?」
「さっき、他の騎士の人に聞きました」
嘘です、乙女ゲームの情報で知っているんです。
さて、どうしようか。このまま裕福層が住む住宅地へ行くのはダメだよな。このままアレクシスを屋敷まで連れて行ったら、俺が聖女様が住んでいる屋敷に滞在している事がバレる。仕方がないからタジルが借りている宿に…………いや、ダメだな。行ったらタジルからまた聞かれたくない質問をされるだけ。嘘を見抜く事ができるトリアさんも居るだろうし。
そうだ!確か今、その宿にはロイドさんも居るんだよな。挨拶をしに行くという理由で会いに行くのはどうだろうか。そして宿でアレクシスと別れた後に屋敷に戻れば良いんだよ。よし、それでいこう!
……でもさ、問題が1つ。タジルやロイドさんが借りている宿って何処だ?この町って結構な広さだから宿も沢山あると思う。俺は夕焼けで赤くなった空を見ながら溜息をついた。
俺がタジルやロイドさんが居る宿の場所を忘れたと言うと、アレクシスが「ならば、冒険者ギルドで尋ねれば良い」と教えてくれた。冒険者ギルドなら、今この町に滞在している冒険者達の居場所を把握しているとの事。でも、もしもタジル達がまだギルドに居たらヤバいので、「あっ、思い出したぁ。あっちに宿があったかも」と嘘を言って町の中をテクテク歩いています。
行く当てもなく彷徨う事、1時間。隣のアレクシスも怪訝な顔で俺を見てくるようになり、そろそろ嘘も限界かなと思った時だった。俺達が暗くなり始めた公園を歩いていると、前方に1人の人物が道の真ん中で立っていた。
黒いコートを着たその人物の両手には、それぞれ武器が握られている。
隣に居たアレクシスが不穏な空気を感じ取ったのか、俺の前に出てマジックバックから盾を取り出した。
「自分は騎士団に所属する者です。町の内で武器を抜く行為は罪となります、納めなさい」
「…………」
道を立ち塞がる人物に、今度はちゃんと騎士団に所属する証拠としてあの手帳を見せながら声を掛けたが、その人物は何も言わない。黙ったまま、持っていた武器を俺達に向けた。その行為に警戒したアレクシスも腰にある剣を鞘から抜き構える。
……あぁ、きっと今日、俺は厄日なんだ。うん、そうだ、そうに違いない。だから今日は、こんなにも災難なイベントばかり起こってしまうんだ。最近、サボっていたけど教会で真面目にお祈りでもしておかなくては。
だってさ……俺は目の前の人物が誰か分かってしまったから。