160話 ※小夜※ Prt.2
7-15.※小夜※ Prt.2
※ ※ ※ 転生者 品川 小夜 視点 ※ ※ ※
「やぁ!初めまして、品川 小夜さん」
アイツは微笑みながら空から歩いて来て、私に片手を挙げながら話し掛けてきた。状況が分からなかったけど声を掛けられたのだから一応、礼儀として頭を下げて挨拶をする。
「初めまして」
「さっそくで悪いんだけど、君は死んだんだよ。覚えてる?」
少し見上げる程の空中で立ち止まり、その場に座ったアイツは私が死んだ事を告げた。
「……いきなりのご挨拶ね。ええ、死んだのは覚えているわ。それで、貴方はどちら様?」
「うん、良かった。僕は君たち人間が言っている〝神様〟ってやつに近いかな?」
目の前に居る人物が『神』と名乗った事で私の警戒心が急上昇した。生きていた頃にも自分の事を〝神〟と名乗る奴等が居たが、ロクな奴が居なかったから。そういう人は大抵……というか確実に変態・変人・変質者に分類されている。
それに、私自身も〝神〟なんてモノを信じた事が無かった。今まで私の人生は神頼みに頼る事なく、全て自分自身の力で生きてきたから。そんな不確定要素の非現実的な事を信じる気になれなかった。
だけど私は死んだ。なら目の前に居る人物は、死後の世界で存在する〝神〟である可能性は少しだけはある。それを慎重に審査・分析する必要があるわね。
「〝近い〟というのは、どういう事?そのものでは無いという事よね?」
「まぁね。いろいろと複雑なんだよ、死後の世界も」
「………そう」
神では無いけど、それに近い存在……という事なのかしら。まぁ、この人?の言っている言葉を信じるならばの話しだけど。
でも、私が死んだのは事実。私が体験した事、残っている記憶、そのどちらも他界した事になっているから嘘ではないと思う。
でも……そっかぁ、私、死んじゃったんだ。
みんな、怒ってるかな……泣いてくれてた、悲しんでくれてた。
ごめんね、タカヒコさん。もう一緒には居られないみたい。お爺さんお婆さんになっても一緒に居ようなって約束、守れなかったわ。
ごめんね、コウ君。お母さん、死んじゃった。貴方が立派な大人になって、結婚して、孫を見せてくれて、これからあった沢山の幸せを、お母さんは一緒に喜べないみたい。
残してきた家族を思い、1人だけ逝ってしまった不甲斐ない自分が情けなくて、私の頬からまた涙が流れた。
私が泣いた事で、目の前に居る人物は待ってくれた。他人が見ている状況で泣いたのは何十年ぶりかしら。小さな頃、母からは決して他人に涙を見せてはいけないと教わったのにね……あ、人ではないか。
一度、大きく深呼吸してから心を落ち着かせる。頬に流れた涙の痕を手で拭い、目の前に居る人物に「ごめんなさい」と謝り、話の続きを促がした。
「それで、なんだけど。君にはある世界に転生してもらう事が決定しました。君が死ぬ間際までプレイしていた乙女ゲームの世界にね。ちなみに断る事は出来ません。これは決定事項です」
てんせい……転生?つまりは生まれ変わるという事?まるでコミケで売られていた同人誌みたいな展開ね。確か異世界転生モノ……だったかしら?
でも、その場所は私がプレイしていた乙女ゲームの世界……確かに異世界ではあるのでしょうけど腑に落ちないわね。
「転生?つまりもう一度、生まれ変わって生きろという事?でもゲームの世界っていうのが、ちょっとフザケすぎじゃないかしら?」
「僕が決定した事じゃないので、知りませーん。で、君は誰に転生したい?希望とかってあるかな?」
〝僕が決定した事じゃない〟。なら誰が?つまりは目の前に居る人物以外にそれを決定する人物が居るという事。そして、その人物は決定権があり目の前に居る人物よりも格上の存在なのかしら。
「……まぁいいわ。じゃあ主人公で楽しませてもらおうかしら」
乙女ゲームの主人公、ミネルソフィ=ターシア。慈愛に満ち溢れた心優しき少女で、光の女神様から加護を授かり奇跡的な癒しの力で人々を救う聖女様。その力があれば何かと人生が有利に動きそうで、転生するのであれば彼女が良いわ。
「あ、主人公は無理。ごめん。ポイントが足らないんだ」
…………ちっ。
そう、ミネルソフィは無理なの。まぁ、よく考えてみたらヒロインなんて恥ずかしいわね。私は愛する家族以外に慈愛なんてものを欠片も持っていないのだから。
「ポイント?意味不明ね。じゃあ……男キャラは嫌だし、女キャラのモブキャラで楽しもうかしら」
「それだと本当にランダムになっちゃうよ?生まれてすぐ死んじゃう子もいるし、お薦めはしないな」
それは嫌ね。折角、転生が可能なのに生まれ変わっていきなり死ぬのは避けたい。なら………そうね、せっかくの新しい人生だしゲームの設定にある〝貴族〟という家柄を体験してみようかしら。日本には無い階級制度だし、一度は経験してみるのも良いわね。
モブキャラだとランダムになり危険性がある。あの乙女ゲームで男性キャラ以外の女性貴族キャラといえば一番に思いつく人物が1人。
「………はぁ、分かったわ。じゃあ悪役令嬢だったあの子でお願い。その乙女ゲームの世界を壊してあげるわ」
主人公ミネルソフィの宿敵役として登場した侯爵令嬢アンジェラ=K=モンテネムル。ゲームの悪役令嬢としての役割りがあり、ミネルソフィに対して学園でイジメを行ない、攻略キャラ達に断罪される女性キャラクター。
その後、魔王軍にスカウトされ逃亡。闇の力に秀でていた彼女は魔王軍でその力を発揮し、短い期間で魔王軍の最高幹部にまで上りつめた才女。
私はまだクリアしていなかったけど、ネットにあった攻略情報では確か最後は攻略キャラが持つ聖剣によって殺されるという物語だったわね。なら、そうならない様にその物語を、その世界の設定を破壊すれば良いだけ。
「ちなみに、その転生には何か特典とかあるのかしら?」
「何か欲しいのかい?いいよ、1つくらいなら」
言ってみるものね。
同人誌にあった異世界モノには、転生者に神様から贈り物として能力を授かるという話しが多かった。だから言ってみたんだけど結果は大成功。特典………何にしようかしら。結構、重要な選択よね。
そうねぇ……その世界を狂わせる事が一番重要。それが可能な特典。アンジェラが生き続ける事が出来る選択肢。できれば乙女ゲームの設定を初期段階から破壊できる特典……考えてみると割と有るわね。どれが一番良いのかしら。
乙女ゲームでは主人公が居るから悪役令嬢は嫉妬して没落する。なら主人公が、その世界に初めから居なければ良いんじゃない?………そうね、それでいきましょう。
「……じゃあ、乙女ゲームでヒロインだった女の子が、その世界で生まれないようにして。どう?出来るかしら?」
「ヒロインの女の子?………へぇ…うん、良いよ。それが君への特典で良いだね?」
「ええ、お願い」
私が求めた特典は神に近い者に受理された。
結果、その世界で起こるレギオールのトラウマイベントや聖剣の覚醒の事を思い出し、安直な考えだったと思い知る事になる。そんな、危険な特典を要求してしまった。
「はい!じゃあ、品川 小夜さん。そろそろ転生を開始するよ」
神に近い存在が立ち上がり、指を鳴らした。すると私の体が少しずつ光と共に薄れていく。
「頑張ってねぇ~」
アイツが楽しそうに笑い手を振る姿を見ながら、私の意識は遠のいていった。そして、次に目が覚めた時には赤子の姿でモンテネムル侯爵家のアンジェラとしてベットの上で横になっていたわ。
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