159話 ※小夜※ Prt.1
7-14.※小夜※ Prt.1
※ ※ ※ 転生者 品川 小夜 視点 ※ ※ ※
財閥の一人娘、それが私の前世だった。
母の名前は〝左宝院 美夜〟。母も私と同じ左宝院家の一人娘として生まれ、大切に育てられ、そこへ私の父が入り婿として迎え入れられた。
両親の間で子を授かった時、周囲は喜んだ。ただ、生まれた子供の性別が女だった時は一部の人達が残念に思っていた。男児が生まれれば左宝院家も無事に継ぐ事が出来て安泰だと思われていたから。
母は弁護士の職に就いていて、父は母の実家である総合病院を継いだ。そんな2人の子供として生まれた私は毎日、幼少の頃から英才教育を受ける日々が続いていた。
私に求められたもの、
母からは〝男社会に負けない強い女性となりなさい〟
父からは〝周囲に自慢できる優秀な娘となれ〟
___それが私に課せられた人生の生き方だった。
親から求められるものに答えてきた私は、少し変わった子供時代を送った。
小学生。優秀な成績を残してきた私に嫉妬した者や、男子からチヤホヤされていた私が気に入らなかった女性徒達からイジメを受けそうになったが、母に望まれ学んでいた武道で撃退。その後、教師に〝私から暴力を受けた〟とイジメの女生徒達は訴えたけど、父から持たされていた録音機で彼女等のイジメが発覚。左宝院家からの圧力もあり、イジメを行なった生徒全員が転校となった。
中学生。小学校と同様に生徒会長に任命された私は順調に親からの要望に応えていた。一部では〝女帝〟として恐れられていたみたいだけど、私利私欲で誰かを陥れたりはしていない。敵と判断した者には容赦の無い鉄槌を下してきただけ。何も悪い事では無い。
高校生。地方にある有名な高校に入学し、そこで私は初めて友達ができた。今までは私が話し掛けるだけで緊張したり恐怖して震える人ばかりだったから。普通に話せる友人ができて嬉しかった。
その高校生活の中で、私は人生の聖書となる書物と出会う。
初めて友達と言える人の家に招待され、彼女の部屋にあった本棚に綺麗に並べてあった書物。男性と男性との恋愛物語。同性でありながらも惹かれ合う禁じられた愛。その愛に苦難が待ち受けているとしても2人の男性は互いの愛を信じ合いながら生きて行く。その書物に私は無我夢中に三日三晩、彼女の家に泊まり込んで読み漁ってしまった。
その後、私は両親から貰っていたお小遣いや興味本位でしていた株取引で儲けていたお金を全て使いBL界への扉を開き、BLコレクション収集家の道へと進出した。
大学へ行く頃には私自身でBL本を書いていた。幼少期から受けていた英才教育で授かった語学力をフルで活用し、完璧な文章はもちろん、英語、フランス語、中国語、イタリア語、あらゆる言語で翻訳し、ネット販売でも売り出したりもした。
それなりに私のペンネームが有名となり始めた頃に、大学を卒業する事となった。
さすがに社会人となったら趣味でしていたBL作品を書けなくなってしまう。残念だけど諦めるしかない。左宝院家の御令嬢がBL作家だなんて親が即倒してしまうから。
親が求める完璧な娘に応える為、私は世界中で起業をしている有名な≪ファンテストラ社≫へと入社した。
新人の時は毎日が地獄だった。他の新人仲間も仲間とは言えない。この会社で生き残る為に他の新人仲間を蹴落とす事を常に頭に入れていたから。そして決してミスは許されない。そんな事をすれば左遷させられるかクビになるだけだから。
普通の人達のように転職すれば良い、なんて軽く言えなかった。この会社へ入社した者達は皆、今まで優秀な成績を残してきた優等生ばかりだったから。そんな人達にとって〝転職〟というのはプライドが許さなかったし、周囲から〝諦めた〟〝逃げ出した〟〝劣等性〟と思われる事を恐れていたから。
そして、入社して1年が過ぎた頃には新入社員は半分も残らなかった。
厳しい環境に耐えられずに入院した者。失敗し左遷させられた者。そして少数だが、自ら命を絶った者もいた。
私は正式な社員として配属される場所が決まった。なんと社長の補佐を行なう秘書課へと配属されたのだ。
私の語学力が賞賛され、日本支部を補佐してアメリカに居る社長へ経過を伝える。つまりは情報係。でも、この社会では情報を完璧に管理していないと大変な事となるので重要な役割りだった。そして社長の代わりに、手や足、目となり頭脳となる事を求められ他国を飛び回った。
仕事にも少しは慣れてきた頃、私に縁談話がやってきた。
相手は左宝院家の総合病院で働く、若いが腕の良い医者だという男性。私はその縁談話を了承し、彼と婚約する事を決めた。
そんなスンナリと了承するの?と思われるかもしれないが、左宝院家に生まれたからには逆らう事をしない。私は女だから左宝院家を継ぐ男が必要なのは理解できるし、実家が認めた男性なのだから優秀なのは確かだ。性格は二の次、優秀であるかが一番重要なのだ。
ただ、恋人なんて今まで居なかった私を彼が気に入るかは別………と、思っていたが彼は左宝院家の総合病院で働く医者だったので逆らえないかもしれない。そう考えると、その男性も不運だったのかと思った。
そんな彼と初めての顔合わせ、私は驚いた。
本当に優秀なのだろうか?と思うくらいに穏やかで何も考えていない様な雰囲気だったからだ。最初に彼を見て思ったのは〝詐欺師にいつか騙されそう〟だったわね。
だけど、彼とお付き合いをして数日で彼の優秀さを理解した。悔しいけど私よりも頭脳明晰でスポーツ万能。格闘では私の方が強かったけど、それは女としてどうなんだと少し思ったりもした。
そして彼と結婚し、子供も授かった。元気な男の子だった。
見合いという出会いだったけど、私は彼を好きになっていた。私と難しい話を平気で出来、私の知らない事を教えてくれる彼がとても頼もしく見えたから。最初、彼も私を好きになってくれていたら良いと思っていたけど恥ずかしくて聞けなかった。恋愛経験値が低い私には、彼が言う「俺も好きだよ」の言葉が本当かどうか分からなかったから。
そして、私達が結婚する前に1つ問題が起きた。なんと私に歳の離れた弟が出来たのだ。
彼が継ぐだろうと思われていた総合病院に跡取りが出来た。その時、私は彼に捨てられるのではないかと怖かったわ。だけど彼は私と人生を歩む事を望んでくれてプロポーズしてくれた。それがとても嬉しかった。その時、やっと彼が私の事を本当に好きでいてくれていると分かった。
左宝院家に跡取りが生まれたから、私は彼の名字である〝品川〟に名義変更した。
東京都の西麻布に住まいを建てたけど、私は世界中を飛び回っていたから余り帰れなかった。私の夫となった彼も夜遅くまでの仕事だったから子供は家政婦さんに任せっきりで可哀想な事をしてしまった。
でも、毎日のテレビ電話で話しをしたり、あの子の運動会だけは休暇を取るようにはしていた。授業参観や家庭訪問は出れずに夫や他の人に頼むしかなかったけどね。
信頼できる愛する家族ができたけど、私の秘密であるBL収集は話せずにいて少し罪悪感があった。でも、これだけは私だけの秘密にすると決めていた。
そんな、ある日。私は突然、この世を去る事になった。
その日は年に何度かの、他の国にある支部の状況を報告する為に本社があるアメリカへ長期滞在していた。そして報告やこれからの会社の方針が決められる会議に出席し、それを終えた私は日本へ帰る事となった。
社が所有する専用の航空機へ乗り、今からか帰るとテレビ電話で日本に居る愛する息子と夫へ伝えた。離陸後、シートベルトを外して機内に用意されてあった飲み物で口の中を潤す。
……疲れたわ……本当に、疲れた。
飲み物を飲み、ホッと体から力が抜けて落ち着いた。海外での会議も無事終了し、あとは日本へ帰るだけ。愛する息子へのお土産もちゃんと買ったし、これでずっと傍に居なかった私を許して貰えるように頼まないといけない。
日本に帰るのは何ヶ月ぶりかしら。旦那と子供は元気でいるかしら?テレビ電話では元気に話していたけど、やっぱり実際に会って話したい。
………そういえば、あの○○文書が書籍した聖書はもう出版されたのかしら?要チェックね、後でネットで調べなければ。発売されていたら購入したいけど……書店へ行く暇はないから今回もネット購入になりそうね。私は書店で購入するのが好きなんだけどなぁ。
専用航空機の機内は一人で使うには広すぎる。座席も4つしか無いし、床にはカーペットが敷かれており息子が居たらゴロゴロと転がって遊びそうだ。この専用機は本当なら日本支部長が使うハズだったけど、今回は秘書である私が本社へ赴き、支部長はテレビ電話での会議参加となった。
今回、本社での会議も予想より長くなり本当に疲れた。せっかくの移動休憩なのだから充実した時間を過ごしたい。
私は持ってきていた個人用のパソコンを鞄から出して起動させる。立ち上げたパソコンから最近、私がはまっていたゲームソフトを起動させた。商品名は『愛ある出会いの奇跡 ~君と癒しを共に~』。日本で話題になっている乙女ゲームの『あいきみ』だ。
可愛らしいヒロインがプレイヤーの分身となり、攻略キャラと呼ばれる男性キャラとの友情や恋愛を深めていく女性向けのゲーム。でも、確かに購入者は女性が多かったが、この乙女ゲームはRPG要素も高い為にユーチュー○で流れた動画を見て男性も購入する人が増えているらしい。
子供も産んだ、いい大人である私が乙女ゲームなんてと思われるかもしれないが、私はこのゲームにドハマりしていた。もちろん、この事は旦那や息子にも教えてない。
私がこのゲームを知ったのは、高校時代の友達からコミケ(コミックマーケット)で買ったオススメの聖書を借りたのが切っ掛けだった。攻略キャラ×攻略キャラの話が私にとって何度もご飯のおかずとなった。
この乙女ゲームのキャラクターに適用された声優さんは本当に豪勢。男性声優さんはBLCDで何度も聞く名前だったので、脳内で簡単に攻略キャラ達の恋愛を想像ができた。
プレイする事、数時間。アメリカでは会議続きで睡眠をあまり取れていなかったが為に、さすがに目が疲れてきた。でも、頑張るのよ私。もうすぐ魔王城、このラストダンジョンでスザきゅんの最強武器が手に入る。寝ている暇なんて無いわ。
スザきゅんとは、この乙女ゲームの攻略キャラ『黒曜 スザク』の愛称で、私のお気に入り。なんたってBLCDで〝受け役〟の声としてよく採用されている声優さんが担当だったから。あの声を聴くたび、○ぎ声が私の脳内に響いて恍惚な顔になってしまう。
あ~、たまんないわぁ。
少し休憩の為、機内に設備されてあった冷蔵庫からシャンパンを取り出してグラスに注ぐ。私は酒が入ると気合いが10%程上がる体質なのだ。これで気合いを入れて、いざラストダンジョンである魔王城へ!
ガタンッ!
酒の力で眠気を覚ました私は、もう一度パソコンの前へ座ろうとした。だけど、座る前に専用機が一度大きく揺れた。驚いたけど持っていたグラスを放したおかげで、バランスをなんとか保てた。グラスは床に落ち、カーペットを汚してしまったけど。
私は今の揺れが何だったのかを聞く為に、機内に設備されてあった機長へ繋がる電話の場所まで向かおうとした。だけど、そこへ行く前に専用機は大きく右へと傾いた。
そして機体は大きくバランスを崩し、そのまま_______
___私は死んだ。
幸運な事なのか分からないけど記憶はボンヤリして、痛かったとか苦しかったとかの記憶は無かった。ただ、凄く驚いた事だけは覚えている。
その後は、何かボンヤリとしていたわね。気付いたら日本にある私の家に居たり、私の遺体が無い安置所で夫と息子が残された遺品を握りしめて泣いているのを眺めていたりした。
そして私の遺体は無いまま開かれた葬式も、ただボンヤリと見ていた。不思議な事に、なんだか上手く考えるという事が出来なかったのよ。
そして次に気が付いた時には、私は真っ白な空間に立っていた。そこで意識もはっきりとしてきたわ。そこで私はやっと〝あぁ、死んじゃったんだ〟と思えるようになった。
「……ここは、どこかしら?」
私は自分が死んだ事を受けいれ、周りの状況を確かめた。死んでしまったのなら、ここは死後の世界。つまりは天国か地獄と呼ばれる場所か、その前に渡るといわれている三途の川という所なのか。
状況が分からず立ち呆けていると、そこへ白い空間の空から歩いて来る〝アイツ〟と出会った。
「やぁ!初めまして、品川 小夜さん」
男の様な女の様な中性的な声で、何やら悪戯好きの子供みたいな顔をしたアイツに。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※