158話 攻略キャラMの変貌
7-13.攻略キャラMの変貌
ランブレスタ王国を守る、誇り高き騎士団。今日、その騎士団の中から第七部隊と第六部隊が北門から目的の場所へと出発する。
陽が昇り、空の青が鮮やかに映え始めた時刻。騎士達が王都の大通りを行軍していた。早朝だったが、大勢の国民達が北門へと向かう騎士達を見送っていた。大通りの両脇に集まり、皆が騎士達に声援を送る。騎士達の家族や恋人、それ等の騎士の無事を祈る言葉が王都に響く。
今回、騎士達が北へと進軍する理由を国民達にも知らせてあった。魔族領近くにある北東の町に、魔物が襲撃する前兆があると。その為に、調査と町の防衛強化を目的としてた進軍。それはつまり、魔物と戦闘になる可能性が高い危険な遠征。
家族や恋人から受ける「無事に帰ってきて」という心配と願いを背に受け、騎士達は王都ランブレスタを出発した。
今回の任務には危険な魔物と戦闘となる可能性があると騎士たちも理解している。そして、その町までの道中でも魔物はもちろん、盗賊など人間にも注意しなければならない。だが今、周囲の警戒よりも気になる事があり、騎士となり経験がまだ浅い者や騎士見習いなどの特に若い者達は周辺の警戒が疎かとなっている。
原因は、行軍中央にある聖女アンジェラ様を乗せた馬車だ。
聖女様が今回の騎士達の遠征に参加なされる事は今日、王都の国民達にも発表される。理由として、危険な魔物と戦う騎士達を心配なされた心優しき聖女様が「勇敢なる騎士達が無事に王都へ帰る可能性が少しでも上がるのであれば、聖女の称号を陛下から承った私もお連れ下さい」と陛下へと願い出て、騎士達と共に恐ろしい魔物が居るであろう場所へと向かう決意をなされた、となっていた。
今頃、王都では大騒ぎになっている事だろう。聖女アンジェラ様の心優しい想いと勇敢な決意に感動している者。聖女様が一緒ならばと喜ぶ、騎士達の家族や恋人、友人達も同様。しかし、聖女様の治療を求めに来た者や、その見学に他国から来た観光客などは王都に聖女様が居ない事を残念に思っているだろう。
今回の事で、どれだけ聖女であるアンジェラ=K=モンテネムル様がランブレスタ王国にとって大切な存在で必要であるかを理解できたと思う。そして、アンジェラ様が清く心優しい聖女なのだと人々の間で着々と築き上げられていった。
「……山の1つでも消し飛ばしたくなるわね」
ぐほっ!?げほげほげほっ!!
夕暮れ時、流れる外の景色を眺めていた俺は小夜さんの小さく呟いた言葉に盛大に咽た。
王都で有名になった清く心優しい聖女様が、いきなり物騒な言葉を呟かないでほしい。今、この馬車には俺と小夜さん以外に誰も乗っていないが俺が居るから、俺には聞こえているから止めて下さい。
俺と聖女アンジェラは騎士団が所有する鋼鉄の馬車に乗り、目的の場所へと移動している。さすがは重要人物を乗せる馬車、揺れを殆んど感じない。ただ、こんな重そうな馬車を引いている馬達を思うと可哀想になる。
「秋斗君、唾をまき散らしながら咳き込むのは淑女として下品よ。せめて手で押さえなさい」
「ごほっ……俺は女じゃないのでお構いなく。ていうか、小夜さんも〝山を消し飛ばす〟なんて物騒な言葉を淑女が口にすんなよ、ビックリするだろう」
「あら、声に出ていたのね。気を付けるわ、ごめんあそばせ」
今、小夜さんはストレスMAX。原因は俺達を護衛してくれている騎士達。
昼の12時を過ぎた時刻、昼食の準備と休憩の為に道から少し離れた広場で休む事となった。俺達も外の空気や固まった体を解す為にも馬車から降りた。
そしたら、まぁ騎士達からの注目が凄い事。俺達が少し動こうものならバッと振り返られジーッと見られる。正直、居心地が悪い。その後、別の馬車に乗っていたセバスさんとマーサさんが騎士達との間に仕切りを立ててくれたおかげで落ち着いて食事が頂けた。
俺も騎士達みたいに火の周りに集まり、石や木に座り仲間と仲良く食事を食べながら談話したかったけどな。その方が外での食事って感じがするし、キャンプみたいで楽しそうだ。でも、セバスさんとマーサさんが用意してくれた机や椅子を無駄にするのも嫌なので諦める。
馬車から降りれば騎士達に注目され、話し掛けられる事は無いが騎士達が「聖女様」「聖女様」と小さな声で噂しているのが聞こえる。なので、小夜さんのストレスが溜まりに溜まる。そして、今の時刻は夕方時。夕食や野営の準備を行なう為に、また馬車から降りる事になるだろう。
「それにしても秋斗君、ミディアムヘアも似合うわね。ロングも良かったけど、こっちの方が私は可愛いと思うわ」
「……そりゃどうも。俺は首がチクチクして痒いけどな」
「そのドレスも似合ってる。さすがは王都で有名な裁縫師、頼んで正解だったわね」
「……へぇ、確かに布の肌触りは凄く良いよ。下がスース―して落ち着かないけどな」
「もぉ、秋斗君ってば。最高級の布に最高の職人が制作した特注品なのに感動が薄いわ」
「これが男性用の服なら俺だって感謝しまくったさ。変装する事を望んだのは俺だけど、何も女装させる事ないじゃんか」
「あら、何を言っているの?最終的に決定を下したの秋斗君よ、陛下からの報酬の為にね。なのに私が無理やり秋斗君に着させたみたいに言われると心外だわ」
「いやいやいや、確かに最後に着るのを承諾したのは俺だけど、ドレスやアクセサリーやカツラを完璧に準備しといたのに無罪ではないだろう。有罪、小夜さんは有罪」
「ふふっ、そうかもしれないわね。でも似合っているから良いじゃない」
……ダメだ。この人に何を言っても会話がループする。反省をするつもりが一滴たりとも感じられない。
あと、一年前に測った体のサイズで制作されたドレスが、ちゃんと今でも着れる事が地味にショック。俺の成長期様はどうなされたのだろう。今が一番肝心な時期だというのに、旅行にでも旅立たれてしまったのか、一向に戻って来ない。頼むから帰って来てくれぇ。
「それにしてもさぁ、攻略キャラでもあるアンジェラの義理の弟さん。彼は本当に大丈夫なのか?正直、かなりビックリしたんだけど。小夜さんは彼に何をしたんだ?」
「別に?ただ、公爵家を継ぐ男として立派な人間になれるよう正しい教育を施しただけよ?」
攻略キャラの1人であるアンジェラの義弟、マイクフロスト=K=モンテネムル。俺が女装……変装する為にセバスさんとマーサさんに連れられ別室へ向かう廊下で彼と再会した。
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「えーと……何、この状況?」
執事レンジャーの赤髪君に連れられ、姉であるアンジェラの部屋へと向かっていたマイク君と再会。そして、俺の姿を見た瞬間に頭をガバッと下げて「申し訳ありませんでした」と謝ったきた。
いきなりの事で困惑する俺に、マイクフロストは謝罪を続ける。
「私は以前、アンジェラお姉様のご友人であるミネル様に大変無礼な発言をし、失礼な態度をとってしまった事に深く反省をし、それを誠心誠意、心を込めて謝罪致します。本当に申し訳ありませんでした」
廊下の騒ぎに気付き、小夜さんも自室から出てきた。そして頭を下げる義弟を見て一言。
「マイク。深い謝罪を相手に示す時、角度はきっちり50度と決められているわ。もう少し頭を下げなさい」
「……はい、アンジェラお姉様。申し訳ありません」
マイク君よ、お前一体どうした!?あの時の〝平民がっ!〟という態度が嘘のようだ。
久々に再会したマイク君の瞳からは生気が失われ、光が宿っていない。これが死んだ魚の様な瞳だというやつなのだろう。そして何よりも怖いくらいに無表情。あの傲慢な上から目線で俺様キャラは消え失せ、まるで生気が感じられない人形みたいな姿となったマイクフロスト。そんな彼が俺に深く頭を下げてきた。
「ミネル、セバスとマーサから聞いたわ。以前、私が居ない間にこの愚弟が迷惑を掛けたみたいで、ごめんなさいね。モンテネムル公爵家を継ぐ者として適切な態度では無かった事を謝るわ。どうか、この愚かな義弟を許してもらえないかしら?」
「あ、うん、別に、良いッスよ?」
謝罪を受け取る事を了承した俺は、少し小夜さんの事が恐ろしくなり彼女から少しだけ距離をとる。一体、どういう教育を彼に施したのだろうか。
「そう、良かったわ……マイク、礼をなさい」
「ありがとうございます、ミネル様。私のような愚かな若輩者をお許し頂き、貴方様の寛大なお心に感謝いたします。本当にありがとうございます」
「マイク。もう一度、心を込めて謝罪と感謝をなさい。あと、声が小さいわよ?本当に謝罪する気があるのかしら?」
「すいませんでした!本当にごめんなさい!本当に申し訳ありませんでした!生きていてすいません!」
止めて止めて、もう止めて!土下座もしないで!なんだか見ているだけで俺の心が張り裂けそうだ。まるで心臓が握り潰されているみたいに痛い。哀れマイクフロスト、強く生きてくれ。
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彼のこれからが不安になってしまう場面だった。あの暗い瞳は乙女ゲームのマイクフロストと全く同じ瞳だったから。
「この世界では教育的指導を暴力や暴行で批判されないのが便利ね。とても再教育がやり易かったわ」
「でも、良いのか?マイクフロストの雰囲気が乙女ゲームに登場した彼と同じだったんだけど」
「別に良いんじゃない?ゲームと違って私が彼に行なったのは理不尽なイジメではなく、公爵家次期当主としての教育よ。もちろん、お父様からも許可を頂いているわ」
「そ、そうなんだぁ。初めて会った時の彼とは、だいぶ印象が変わったよ」
「初めは抵抗して大変だったのよ?攻略キャラだから魔力量は多いし、マイクは中間距離の戦闘型だから戦い難かったし。でも、まだ得意の槍を持たない状態だったから捻じ伏せるのに時間はそう掛からなかったわ」
「……あの、程々にな?義理とはいえマイクは小夜さんの家族になったんだから程々に。彼の初めの頃を知る俺としては心が痛い」
「ふふっ、ならゲーム通りにヒロイン役として秋斗君が彼を癒してあげたら?私も是非、その姿を拝ませてもらうわね」
「すいません、ごめんなさい。彼の教育、頑張って下さい」
すまん、マイクフロスト。どうか無事に生きてくれ、俺はお前を守れそうにない。
小夜さんの書く聖書(BL本)の参考にされるのは嫌なので、俺はマイクフロストの無事を祈るだけで後は放置する事にした。ヒロイン役だとしても男だから。俺は男だから彼のトラウマが築きつつある現状でも関わるつもりは無いです。
「………家族…か…………」
外の景色を眺めていた小夜さんが小さな声でポツリと呟いた。そして俺の方を真剣な顔をした小夜さんが振り向く。
「………秋斗君、ちょっといいかしら?」
「ん?何っすか、小夜さん」
「……秋斗君に聞いてもらいたい事があるの。最後まで聞いて貰えると……嬉しいわ」
「良いっすよ、何っすか?」
小夜さんは一度大きく深呼吸をした。
「私『品川 小夜』が、この乙女ゲームに似た世界で悪役令嬢アンジェラ=K=モンテネムルとして生まれる以前の話。その話を秋斗君に知っていてもらいたいの」
小夜さんが少し悲しそうな顔になったのが気になったが、彼女が話す自分の前世を黙って聞いた。