156話 天使と悪魔の役立たず(泣)
7-11.天使と悪魔の役立たず(泣)
外から心地の良い虫の音色が聞こえる。
今は真夜中。人の声は聞こえず本当に心地の良い静けさだ。あと数時間程で太陽が昇り、世界に光が戻って来るだろう。でも、今はこの静かな空間を満喫していたい。この静けさの中なら考え事に集中ができ、良い考えが浮かぶかもしれない。
小夜さんが「もう、こんな時間だし泊まれば?」と薦めてくれたが、俺はモンテネムル邸から逃げ帰った。国王様と騎士団長さんも話しが終わり次第、城へと帰って行かれました。
無事に孤児院へ送迎された俺は、疲れた体を温かなお風呂に浸かりながら癒す事にした。精霊達が俺と一緒に風呂へ入りプカプカと湯船に浮いているのは可愛い。だけど、湯船が全く波立っていない事から実体が現実に反映されていないのかな。不思議な現象だけど精霊達には触れない事から、精霊達は湯船に浸かっている様に見せて空中に浮いているだけなのかもしれない。それなら服を着たまま風呂に入るのも許せる。でも、それって精霊達が風呂に入る意味はあるのだろうか。でも気持ちの良さそうな顔をしているので、まぁいいか。
それにしても……困ったなぁ。
まずは、姉さんが大好きだったエルナルド王子。まさか、あの手紙がラブレターだったとは思わなかった。すまん王子よ、俺は男なんです。でも、それがバレたら俺はどうなるのだろう?もしかして次期王で在らせられる王子様を騙した罪で投獄とか?……ま、まさかだよな、ははっ。
でも、一番の問題はユナイセル陛下のお願いだよなぁ______
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○
「私が君に願いたい事は、ミネル君が16の歳となった時、ぜひ我が国の貴族学園の高等科へ入学してほしい」
ユナイセル陛下の言葉に俺は驚き、隣でBL神からの天啓を授かっていた小夜さんもペンが止まり陛下を見た。
「そして私の息子であるエルナルドの学園生活を観察し、それを私に報告してもらいたい。期限は高等科を卒業するまでの3年間、どうだろうか?」
前世でプレイした乙女ゲーム『愛ある出会いの奇跡 ~君と癒しを共に~』
通称『アイキミ』で主人公のミネルソフィが攻略キャラ達と数多くのラブイベントを発生させた場所。それが貴族学園だ。
そのイベントをクリアしていき、攻略キャラ達の好感度を上げ、友情や恋愛のパラメータを上昇させていく。そしてゲームの中盤。高等科へ進学したヒロイン達は数ヶ月後、国王陛下からの緊急招集で城へと集められる。そこで陛下から魔王の力が復活した事を知らされるのだ。
つまり俺にとっては、とっっっても危険な場所。ゲームの主人公であるミネルソフィ、それが俺だ。攻略キャラ達とのラブイベントが〝偶然のオンパレード〟の如く発生してしまう。それに加え、入学中のエルナルド王子を監視してその動向を報告してほしいというのがユナイセル陛下のお願いだ。俺の精神は保つのだろうか………
悩んでいる俺とは違い、隣で座っている小夜さんは何やら楽しそうだった。
「あら、良かったじゃないミネル。学園の制服は一式50万円以上はするけど安心して。貴方の制服はモンテネムル家で用意してあげるから」
え、マジで!?そんな高額な服を用意してくれるなんてラッキー。小夜さんってば優し……あっ!!
「……アンジェラ、もちろん男子服だよな?まさか、女生徒用の制服を用意しようなんて思ってないよな?」
「………………」
笑顔で尋ねる俺に、笑顔のまま無言になる小夜さん。
やっぱりか!あっぶねぇ。
俺を女装させて乙女ゲーム通りのミネルソフィとして入学させる気だったのか!さすがに声でバレるわ!それに16歳になったら、もしかしたら俺は男らしく高身長となり格好良い男になっているかもしれないだろう。というか、それが夢だし。なんで小夜さんは俺が16歳になってもチビのまま成長しないと思っているんだ。
「あの……陛下、俺は庶民の孤児ですよ?貴族のみ入学が可能と定められた貴族学園へ入学するなんて不可能なのでは?」
「私を誰だと思っている。そんな規則など私ならばどうにでも出来る、私はこの国の王なのだから。ミネル君1人、入学させるなんて事は私にとっては造作もない」
それって職権乱用じゃね?良いのか、国王が規則を無視しても。いや駄目だろう絶対に。
「エルナルド王子の学園生活を報告するって、つまりは監視って事ですよね?学園の中だから暗殺者とかの心配は要らないだろうし、陛下は何がそんなに心配なんです?」
俺は首を傾げて尋ね、陛下は少し困ったような顔をして教えてくれた。
「…エルナルドは第2王子、つまりは第1王子が存在しているのは分かるだろう?つまり私の長男なのだが、その子とエルナルドの仲は……悪くは無いのだが、なんと言えばいいか……」
ユナイセル陛下が何やら難そうな顔をしている。でも、なるほど、そういう事か。エルナルドのトラウマ関連だな。
「お互い、どう接したらいいのかが分かっていない様なのだ。血の繋がった兄弟であるハズなのに他人行儀で、兄が弟を避け、弟は兄に何を話せば、どうやって話し掛ければ良いのかが分かっていない様子だった……それが親である私には心配なのだよ」
それは仕方がないと俺は思う。次の王に選ばれたのは第二王子であるエルナルド。これは、このランブレスタ王国が定めた法によって決定した事。第一王子もそれは納得しているし、彼にも理由があっての行動なのだから。
「えーと、監視ですよね?もしかして〝2人を仲良くさせろ〟とかの無理難題だとしたらお断りしますよ?」
「ああ、監視で充分だ。別にエルナルドと仲良くする必要もない。ただエルナルドの学園生活を監視し、その動向を報告するだけで良い。もちろん聖剣への面会とは別に、月額の報酬を用意するつもりだ」
……ほっほぅ、報酬とな?
どうする、受けるか?だが貴族学園は危険地帯だ。しかし、念願だった聖剣と会えるチャンスを見過ごすのは………くそっ、どうする俺。
「よく考えてから返事をしてくれて構わない。まだ3年も先の話だからな、時間はある。君の返事が決まり次第、私に文を寄越してくれ」
考え込み悩み続けていた俺に、ユナイセル陛下がそう言ってソファーから立ち上がる。そろそろ城へ帰らなければならない時間なのか、後ろで控えていた騎士団長さんが陛下へ話し掛けた直後だった。でも確かに、すぐには出せない返事だ。ちゃんと考えよう。
「……分かりました。俺の答えが出次第、陛下へ手紙を送ります」
俺の返事に陛下は頷き、部屋の出口である扉へと向かう。
「……陛下、もう城を抜け出すという行為は控えて頂きたい」
「ああ、分かっている」
騎士団長さんの言葉に歩きながら答えるユナイセル陛下。その陛下の後を騎士団長さんが追って行くが、前を歩いていた陛下が立ち止まり俺の方へと振り返った。騎士団長も陛下が立ち止まった事で歩くのを止め、陛下が見ている俺に視線を向ける。
「そうそう、ミネル君。今回、騎士団の遠征に参加する事を了承したので君の正体について騎士団の者達には隠し通す事を約束しよう。毎日、城へ来る他国の使者達から君の正体を隠し通しているのと同様に」
「え?えぇ、はい、ありがとうございます?」
「あぁ、それと3年前、国民達を恐怖に陥れた〝大聖堂消滅事件〟の損失は気にしなくてもいい。君が行なってくれている聖女活動のおかげで回復へと向かっているのでな。それがたとえ国庫に収められていた民達からの資金で再建費用等として大量に失ってしまったとしてもだ。それが当時、国費への大打撃であり忙しくなった事も君は何も気にしなくてもいい」
「ぐっ………」
「〝王都疫病事件〟や〝聖女暗殺未遂事件〟でも君には存分と助けられた。その後、貴族や他国からの幾度もの質問要求、君に関する情報の隠蔽、増える他国からの密偵の対処、その対応に私は何日も寝むれずにいるのだが君は全く、何も、気にしないでくれていいのだ」
「…………………」
「君に幾度も手紙を送り続けていたが、全て虚無で断り続けられた事も気にしてはいない。まぁ少しは悲しかったが君にとって私は会う価値も無い人物だったという事なのだろう。君に避けられない良き王として、これからも国事に励む事とする。では、良い返事を期待しているよミネル君」
「………お、お休みなさいませ、ユナイセル陛下」
顔は笑顔なのに目が笑っていないのが怖ぇよ。
帰り際に放たれたユナイセル陛下からの言葉の矢が何本も俺の胴体へ突き刺さっていく。俺の〝お休みなさい〟の言葉は思っていたよりも小さな声となってしまい、陛下には聞こえなかったかもしれない。
「………あぁ、それと___」
まだあんのかよ!?もういいよ、さっさと帰って下さりやがれ!!
「___君の友人であるタジル氏へ〝先日は部下が失礼した〟とミネル君から伝えておいて貰えないだろうか。よろしく頼む」
「え?まぁ、はい、分かりました?」
「ありがとう」
陛下は礼の言葉を口にして、やっと部屋から出て帰ってくれました。俺も帰ると小夜さんに伝え、用意してくれた馬車の中でセバスさんから慰謝料として大量のアイスとチーズケーキを頂きました。こ、これで許されると思うなよ!ありがとな、美味しく頂きます。
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○
___しかし、あれは絶対に〝お願い〟ではなかった。
あの時の事を思い出しながら、俺は風呂上りにセバスさんから貰ったバニラアイスを食べていた。
確かに国王様には迷惑を掛けたみたいだし、自覚が無かった訳でも無い。あんな巨大な大聖堂も無料で建てられる訳がないし。でも、まさか帰り際に全ての鬱憤を俺にブツけてくるとは思わなかった。立ち去る別れのあいさつがアレとか………アレは確実に脅迫だったな、ランブレスタ王国怖い。
しかし、第2王子の監視かぁ。第1王子との関係が原因……でも、俺が監視したからといって何も変わらないと思う。エルナルドが次の王になうのは国の法律で決められた事だし。だけど国王陛下は〝君にも協力を〟と言っていたので俺以外にも他に協力者が居るのだろう。その人物が王子達の関係を修復する役割りなのかもしれない。
貴族学園の高等科への入学。それは乙女ゲームの物語を進むという事。攻略キャラ達とヒロインちゃんがキャッキャ☆ウフフと楽しんで女の子達が萌死にしたあの場所へ。
確か第二王子と騎士団長子息、それに悪役令嬢の義弟と宰相の息子は貴族学園内でのLOVEイベントが多発していたな。
上級冒険者と暗殺者と獣人奴隷は王都内でのLOVEイベント発生が多かった。
……今回、ユナイセル陛下からのお願いを了承したら頂ける報酬金額を思い出す。
ずばり破格の値段だ。もしかしたら騎士団長でさえ、こんなに給料を頂いていないかもしれない。なんで俺そんなに貰っていいのかと疑問に思うし怪しさが見え隠れしているが、お金は欲しい。でも貴族学園へは行きたくない。でも聖剣の覚醒チャンス。でも攻略キャラとのキャッキャ☆ウフフ。でも高額な給料。でも勉強大嫌い。でもお金は欲しい。でも、でも、でも………
……久々に召還!!天使と悪魔よ、悩める子羊である俺に助力しておくれ~ん☆
天使ミネルソフィ 『私は賛成よ。学園へ行き、己の知識を高め広める事はとても素晴らしい事です。是非とも行くべきですよ』
悪魔秋斗 『俺も賛成だ。大金だぜ?行くに決まってんじゃんかよ』
___いやいやいや、どっちも賛成かいっ!意味が無ぇだろうが、一緒に悩もうぜ!
天使ミネルソフィ 『だってね~、知識は力よ?学べる時に学ぶべきよ、ミネル』
悪魔秋斗 『だってさ~、あの給料の額だぜ?学費も王さん持ちだし最高の状況だろう、ミネル』
___で、でもさ、ほら、攻略キャラ達とのキャッキャ☆ウフフが……
天使ミネルソフィ 『友と競い合い知力を高めていく……あぁ、なんて素晴らしい事なのでしょう。是非、学園へは通うべきですよ、ミネル』
悪魔秋斗 『ただの監視だろ?関わる必要はないって王さんも言ってたし、行っても良いんじゃね?』
___で、でもぉ、えーと、ほらぁ、だってさぁ……
天使ミネルソフィ 『決まりね!頑張って、ミネル』
悪魔秋斗 『決まりだな!頑張って金儲けして来い、ミネル』
___え!?ちょ、ちょっと待――――
天使ミネルソフィ・悪魔秋斗 『じゃあ(ね)(な~)』
プツンッ!…………
___意味なかった。賛成多数で強制可決されて放り投げられたぞ、俺。
くそっ、ていうかお前等は天使と悪魔なんだから意見が別れろよ!何、仲良くなってんだよ!
しゃ~ない、苦手だが自分でも少し考えてみるか。
騎士団長息子と悪役令嬢の義弟は放置。第2王子は監視するけど関わらなければ安全………のはず。
宰相の息子であるレギオールとは話しても良いじゃないか?アイツとは仲良いし協力もしてくれそうだ。苦手な勉強も、アホな俺でも良く分かる解決とか対策法とか教えてくれそうだし。
悪役令嬢のアンジェラ役である小夜さんも協力してくれるだろう。しかし、私とエルナルドは婚約者同士だけど仲はあまり良くないと小夜さんが言っていたので、エルナルドを監視するのには力になれないかも。
確かにエルナルド王子はゲームの物語ではヒロインであるミネルソフィ=ターシアと結ばれるハズだった攻略キャラだ。その設定の影響から、ヒロインの強制力が働いてしまうかもしれない。
もう一度、報酬で頂ける金額を思い出す………………高額だ、本当に。俺の残りの人生、永遠に無限にせんべぇが食べられるだろう。
レギオールや小夜さんという協力者も確保できる。エルナルド王子とは接する必要も無く、ただ状況を報告するだけ。学費や必要経費は国持ち……それでいて破格の給料を国王陛下様様から頂けるんだ。
でも、あれだけ貴族学園へ行くのは嫌だと言っていたクセに、大金が貰えると聞いた瞬間に意見を変えるなんて乙女ゲームの主人公役としてはどうよ?ヒドくね?
でもでも、ランブレスタの国民として国王陛下様直々のお願いを普通は断らない……よな?今さらだけど。確か小夜さんも断ったら失礼で無礼でヤバい行為になるって言ってたし。ならば王都ランブレスタに住む良き国民として、国王陛下様様の願いを叶えてあげなくてはならないのではないだろうか…………お金も貰えますしおすし……
……貴族学園、入学してみようかなぁ………………ぐぅ……zzZZ