153話 小夜さんの罠
7-8.小夜さんの罠
空が暗くなり街灯に光が灯され始めた街道で、俺は黒い馬車に乗っています。
黒い布をバタバタと風に波かせて王都の大通りを進む馬車。その馬車を引く馬さえも黒く、そして黒レースや黒フリルでゴテゴテと飾り付けられている。このゴスロリ馬を含めた黒い馬車は小夜さんが所有している物で、俺命名『ゴスロリ馬車』。
その馬車が王都ランブレスタを進むものなら、国民達の誰もが驚き………あり?全然驚いていない。なんだろう、あの〝あ~〟みたいな反応は。見るからに怪しげな馬車なのに何も警戒せず商売を続けてどうするよ。
今日の晩御飯を食べた後、近い内に小夜さんと会えるかな?と考えながら食後のお茶を飲んでいたらモンテネムル家に仕える執事レンジャーが俺を迎えに孤児院へやって来た。
なんでも急用で、アンジェラ(つまり小夜さん)が俺を呼んでいるのだとか。珍しいな、こんな夜中に呼び出すなんて。何かあったのだろうか?でも、まぁ俺も小夜さんと会って作戦会議がしたかったから都合が良い。
そして、小夜さんに招待された俺はゴスロリ馬車に乗せられ恥辱に耐え、モンテネムル邸へと到着した。
執事レンジャーが馬車の扉を開き、階段下に並んで俺が降りるのを待っている。屋敷の玄関では他の執事が立っており、セバスさんの姿も見えた。セバスさんへの挨拶の後、何故かそのセバスさんが俺の先頭に立ち、後ろでは執事レンジャーが俺を囲むようにして廊下を進んでいる。
………なんだ?いつもと違うんだけど?
「アンジェラ~、こんばん_____」
セバスさんに案内してもらい、小夜さんの部屋まで到着した。そしてマーサさんによって扉が開き、ソファーに座っていた小夜さんに挨拶をしようとして俺は固まった。
「ごきげんよう、ミネル。ようこそ、いらっしゃいました。突然の御招待、申し訳ありませんわ。さぁ、どうぞお座りになって?」
いやいやいや、〝お座りになって?〟じゃねぇよ。
俺は小夜さんが座る反対側のソファーで寛いでいた人物をガン見した。凄く見覚えのある輝く金色の髪、澄みわたる空を想わせる綺麗な青い瞳。そして、ただ居るだけで存在感がハンパないオーラを放つ危険人物が俺の事を見ていた。乙女ゲームでは攻略キャラの父親という設定で登場し、この国の頂点であらせられる重要人物。そして俺にとっては嘘で会う事を拒否し続けてきた生活指導の教師。
扉の前で固まる俺を、セバスさんが部屋の中へとそっと押入れて扉を閉ざした。扉が閉じると同時に「ガチャリッ」と音がしたので、きっと鍵を掛けられたのだと分かる。
「ミネル、ご紹介しますわ。こちら、このランブレスタ王国をお治めなさっております『ユナイセル=C=ランブレスタ』陛下です」
ユナイセル=C=ランブレスタ。功略キャラである第2王子エルナルドの父親。つまりは国王。
小夜さんの紹介を聞き、俺は国王様が何か言う前に猛ダッシュした。残された唯一の逃げ道は窓である。そこへ向かい、窓を勢いよく開き、片足を窓枠にかけて外へと跳び出そうとした。だが、庭には先程まで扉の外で待機していたハズのセバスさん率いる執事レンジャーが立っているのに気付き、俺はマジックバックから『闇の衣』を取り出した。
この間、僅か3秒。まるで四コマ劇場みたいな展開をし、最後のコマで俺は逃走に成功する……ハズだった。しかし、次の1秒で誰かに襟首の服をガシッと捕獲されてしまい宙ブラリとなってしまった。
そっと俺を捕まえているデカい人物を見る。そこには、ユナイセル陛下同様に見覚えがる顔を見て泣きそうになった。
「そして、その方はこのランブレスタ王国で最強と名高い騎士団長『ガイアード=D=ベルセネス』様です」
いぃやぁぁあああんんん(オカマ口調)!!
〝ですわ〟じゃねぇよ、小夜さぁぁん!!なんッスかぁ、なんなんッスか此処はぁ!?国王に騎士団長、それに悪役令嬢って乙女ゲームの有名人で出来た魔のトライアングルじゃねぇか!危険危険危険、帰りたい帰りたい帰りたい帰らせて!逃げないと、ここから早く逃げないとぉぉ!!
恐ろしいトライアングルが存在するこの部屋は、俺にとっては獰猛な魔獣だらけだった………あ、違います、小夜さんは可愛い魔獣さんです。はい、ごめんなさい、睨まないで、後で土下座するから睨まないで下さい。ちゃんと頭を床に擦り付けて謝るから許して。
「ア、アンジェラ、嘘だよな?ドッキリなんだろう!?≪ダーク・ペイント≫を悪用したドッキリだと言ってくれ!本当の中身はセバスさんとマーサさんで、ドッキリは大成功しているから正直に言ってくれよ!」
「残念だけどミネル、ドッキリでは無いの。お二人とも御本人よ。それに貴方を案内したセバスは窓の外に居るのが見えるでしょう?」
「あーあーあー聞きたくない聞きたくない!なんで、この人達が居るのに俺を呼んだのさ!?今日の俺は、飼い猫が死んだ悲しみの余り部屋で引き籠っているという悲劇的な設定だったのに!」
「あら、ミネルは猫なんて飼っていたかしら?それに今日も聖女活動をしていたのだから引き籠っているというのは嘘だとモロバレよ」
「あ、そっか、失敗失敗……じゃなくてさ!何、この状況!?国王様がお城を抜け出して良いの!?」
「ミネル、とりあえず落ち着いてお茶でも飲みましょう。そして深呼吸よ、深呼吸」
すぅぅぅぅ………はぁぁぁぁぁ
………
冷静に、冷静になれミネル。冷静沈着、心頭を滅却すれば火もまた涼し………いや、火は涼しく無ぇだろう、何言ってんの?涼しいのは氷みたいな冷たいものだ。そう、例えばアイスとか……あれ?マーサさん、アイスはドコにあるんですかいのぅ?食べたいと伝えておいたはずなのにチーズケーキも無い。もしや俺が来る前に国王様が食べてしまったのか?ていうか何で国王様が此処に居るんだよ。ていうか嘘を書いた手紙を送り国王様は怒っているのではないか?ていうか国王様に嘘ついたら重刑だと小夜さんが言ってたような……
………あ、俺死んだ。
え?死ぬの?俺死ぬの?俺、死んじゃうのぉぉぉおおおお!?
「ミネル、どうか落ち着いて。それと王都で夜道を1人で歩いて帰るのは危険よ。後でちゃんと馬車で送ってあげるから、今は大人しくお座りになさい。今晩はこの屋敷に宿泊する、という手でも良ろしくてよ?」
珍しく今日は夜にご招待なんだぁ、と呑気に考えていた俺を殴りたい。
ワザとだろう?ワザとなんだろう。今のセリフを言いたかったが為に緊急という手で呼び出したんだろう。例え夜道だとしても俺はちゃんと孤児院へ帰れるよ、ヒロインちゃん設定で魔法は得意だから。悪党に出会っても退治……逃げ切ってみせる。だが、ここまで小夜さんが言うのだか「逃がすつもりは無い」と脅しているのだろう怖い。
でも、なんで有名なお2人が此処に居るの?ま、ままま、まさか『大聖堂消滅事件』の損失、つまりは大聖堂の建築費を俺に払えと言いに来たのか!?聖女活動でたんまりと儲け、肥え太ったであろう俺の財布が目当てなのか!?
どうしよう、俺は借金地獄13歳なんて耐えられない!賠償金の請求なんて拒否るし、牢屋に投獄されるのも嫌だ。………やっぱ逃げる?俺の全魔力を行使して逃亡者になるしか未来がないのか。
俺は頭の中で混乱と絶望を巻き込み弾き出した答えに従い、いざ実行しようとした。だが、その前に騎士団長さんが俺に話し掛けてきた。
「ミネル殿、私は先程アンジェラ嬢から紹介して頂いた通り、この国に仕え、国王様から騎士団の長を拝命頂いたガイアード=D=ベルセネスです。私と陛下は共に本人であると誓いましょう。今回の面会は非公式の、つまりは個人的なもの。何も気にする事無く接して頂ければ嬉しく思います」
…………本当?
俺の肥え太りパンパン・ウハウハとなった財布を奪いに来た訳じゃないんだな?信じるからな?
ランブレスタ王国が誇る騎士団長様なのだから嘘なんて言わないと信じる。偽証罪は立派な罪だし、あの正義感が有り過ぎる攻略キャラの父親なのだから、今の言葉は信用しても良いだろう。
よ、よし、少しは落ち着いたかも。もし嘘だったら夜中に騎士団長の寝室へ侵入して、寝ている彼の額に〝うそつき筋肉だるま〟とか油性ペンで書いてやる。
「うむ、では落ち着いた所で改めて名乗るとしよう。私の名は、ユナイセル=C=ランブレスタ。この国を治める王であり、君も知っているであろうエルナルドの父親だ」
足を組みソファーに座りながら先程から黙って静観した陛下が名乗る。変装の為か一般人が着るような服を着ているが、大物臭が隠せていないイケメンが自己紹介をした。組んでいる足の長さにイラッとしたので、先に国王様自らが名乗られた事に謝る気はありません。
国王様が先に名乗り、次はお前だという風に顎をクイとして俺に促がした。この態度、乙女ゲームでの俺様エルナルド設定にそっくりだな、さすがは親子。
あっ、そうだ、俺ってば今まで病気で面会拒否をしまくってたんだよな。ここは俺の虚弱さを国王様にアピールする場面ではないか?それならば、ちゃんと体調不良を強調すべき演技をしなければ。
ふらり・・・
ああぁ 私はもう 歩けない
突然、地面に座り込む俺。
はぁ、はぁ、息が苦しいわ。私、どうしたのかしら?ああぁ、目眩まで。
さぁ、ク○ラよ、舞い戻れ。また、あの病弱体質を我に与えよ。
突然、座り込み息を〝はぁはぁ〟させて苦しむ俺。そんな俺を魔獣三人衆は不思議そうに眺めるだけだった。何をしているの?と全員が目で語っている様だが、俺は苦しんでいるのだから「大丈夫?」くらいは声をかけろ。
「ん?そんなに緊張せずとも良いぞ?気楽に話そうではないか」
緊張じゃねぇよ、病弱なんだよ病弱。そういう設定なんだよ、見て分かるだろうが!
「ミネル、貴方……(頭は)大丈夫?」
さ、小夜さん?確かに言って欲しい言葉だったけど何か嫌味が含まれてない?
「はぁ、はぁ、ゲホッゲホッゲホッ!すいません、陛下。わたくし__じゃなかった、俺は生まれてこの方、体が悪ぅございますです。吐き気に目眩、頭痛に咳や鼻水等という謎の症状が毎日、俺を苦しめているのです」
「……ミネル、それは風邪の症状よ。吐き気や目眩という症状が分かっている時点で謎では無いし、生まれてこの方風邪をひいているって意味不明ね」
うん、小夜さん、ちょっと黙ろうか。生まれてこの方、風邪くらいしか病気になった事ないんだもんよ、仕方ねぇじゃん。その時、姉さんが「秋斗も風邪をひくのねぇ、馬鹿なのに」と言いながらお粥を作ってくれたのは良い思い出だ。
「ミネル殿、その様な演技は不要ですよ。貴方の体が健康である事は、もう把握していますから」
そんな……騎士団長さんまで……前にク○ラを演じた時は凄く心配してくれたのに、あの日の騎士団長さんは何処へ行ってしまわれたのですか。
バッサリと俺の名演技を断ち切られ、とりあえず立ち上がり大人しくソファーに座る事にした。そして俺の前に騎士団長さんが紅茶を入れたティーカップを置いてくれたので礼を言う。あざーす。
「この国の王である私を前に緊張するのは分かるが、まずは落ち着きたまえ。さすれば時期に慣れてくるであろう」
だから緊張じゃねぇつってんだろうが!?病弱設定なんだよ、病弱設定!ク○ラに謝れ!……あっ、ク○ラ様、設定なんて言ってしまいゴメンなたい。
9月になったし涼しくなるかなぁ
_(:3 」∠)_ アツイ