141話 ※とある聖なる国にて※
6-26.※とある聖なる国にて※
聖王国インセルティア。
神剣クルスニクを神々から授かり、この国にある大聖堂で収められているとして有名な国。神々を崇拝する信者達にとっては故郷とも呼べる場所。その国へ初めて訪れた者は、その国の異常なまでの白さに驚く事だろう。建物全ての壁が白く、それ以外の色を使用してはならない法律まで定められている国だ。
もちろん汚れ等にも敏感で、少しでも汚れを見つけた場合はそれが自分が住む家の壁じゃなくても専門業者に報告をしなければならない。それ程までに、この国は白さに誇りを持っている。
聖王国の中心にある城、インセルティア城。
天高くまで建てられた城は神に近付こうとしているかの如く巨大であった。この城に住み聖王国を収める聖王は年老い、もう次の世代に任せても良い年齢なのだが今でも立派に国王を務めていた。
その聖王との会議を終えた二人の男女が、インセルティア城の一室で話し合いを行なっていた。
「・・・なりません。その様な事を許すつもりはございません」
男女の2人以外、誰も居ない室内で白を基調とした見事な法衣に包まれた女性が男性の願いを拒否する。
この女性は神剣クルスニクが納められている大聖堂の最高責任者、教皇マリア。まだ歳若く、美しい黄金の髪を背中へ流し、落ち着いた雰囲気のある女性だ。信者達の中にも憧れる者は多く、彼女はその美しい顔で男性を睨んでいた。
「教皇様、お考え直しを。今、ランブレスタ王国では〝死者を蘇らせる奇跡を起こした少女〟という噂が広まっております。その噂は、この聖王国にも広まりつつあるのです。ならば是非、その少女を我等、聖王国の教会総本部へお連れするべきでしょう。これは、この国の為にもなるのですぞ」
教皇マリアに睨まれている男性は、肥え太った体を揺らしながら女性に言い寄る。
この男性も白を基調とした見事な法衣を着用していて、その醜く太った体を隠していた。
この男性は偉大なる教祖様の血を受け継いだ者。この聖王国では教祖様の血を継いでいる者は重要視され、その血を大切にされている。その為この男性は、教祖様から受け継いだ血のおかげで聖王国にある教会総本部で〝大司教〟の1人としての地位を手に入れる事ができていた。
「なりません、と私は申し上げました。貴方が仰った先程の言葉からは、その少女を無理やり、つまりは〝誘拐をしてでも〟との事なのでしょう?その様な行ないを神々がお許し下さる訳がございません」
「しかし!このままではランブレスタ王国こそが聖なる国だと噂されてしまうのですぞ!?」
男が危惧しているのはソレだった。
せっかく、〝また〟良い身分まで戻れたというのに、このままでは〝また〟ランブレスタ王国に煮え湯を飲まされる。それが、この男にとっては絶対に許せない事だった。
「なれば、貴方が今仰った通りこの国は聖なる国として〝誘拐〟などの犯罪行為を許すつもりはございません」
「ぐっ・・・」
男は顔を赤く歪ませた後、太った体を揺らしながら部屋から出て行った。
「・・ですが、私もその〝奇跡の少女〟に一度はお会いしたいと思っております」
1人になった静かな部屋で教皇マリアがポツリと呟き、溜息と共にその言葉も消えていった。
「くそっ!くそっ!これだから女はっ!」
ドシドシと己の体の重さを主張させながら廊下を歩く男性。インセルティア城で務める貴族達や衛兵達が怪訝な顔で男を見ているが、男は気にせず自分用に用意された部屋へと入って行った。
「全員、今すぐ部屋から出て行きなさい!」
男は部屋へ入り、すぐに大声を出した。部屋に居た男の世話役に任命された神官達が怒鳴り声にビビり、急いで部屋から出て行く。
「くそっ!これだから女が〝教皇〟の座に就くなぞ許されない事なのだ!前教皇の孫娘だがなんだか知らんが、間違っているに違いない!今が聖王国にとって、どれ程の危機的状況なのか分かってはおらん!なのに何故、あの様な考えが足りん小娘が教皇という立場におるのだ!?何故それを、誰も、聖王さえも指摘せんのだ!?このままあの小娘が教皇の立場に就いていては、この聖王国が危うくなってしまうのだぞ!」
男は興奮し、先程神官達が整え終えた部屋を荒らし始める。その音は防音機能が部屋に施されているおかげで、扉の外にある廊下には聞こえてはいない。だが部屋を整えた世話役の神官達が、この部屋へ戻ってきたらさぞ驚く事だろう。
「グフー・・・ブフー・・・グフー・・・」
暴れ回り気が済んだのか、それともただ暴れるのに疲れただけなのか、壁に叩きつけようとして最後に持った花瓶を元の場所に戻す男性。
「・・・気が済みましたか?」
その時、突然聞こえた声に男性は驚き、声のした方向へ振り向いた。
「なんだシュザークか、驚かすでない。いつから其処に居ったのだ?」
男性が振り向いた先に居たのは、寝室の扉から出て来た長身の男だった。醜く太った大司祭からシュザークと呼ばれた男も、先程出て行った神官達と同じような法衣を身に着けている。
「ずっと隣の部屋に居ましたよ。それにしても随分とご立腹の様ですね、何があったのです?」
「何があった、だと!?聖剣の奪取に失敗した分際で、よくその様な言葉を言えたものだな!」
シュザークと呼ばれた男の言葉に憤慨して、太った男が睨みつけた。
「聖剣さえ無くなれば、大聖堂が消滅した不吉なランブレスタは地に落ちるだろうと言ったのはお前であろう!だからこそ、ランブレスタ王国の衛兵達が着る鎧を用意してやったというのに、無様に失敗してしまったマヌケが偉そうな事を言うでないわ!」
「それは申し訳ありません。こちらも、まさかあの者達が此処まで使えない駒だとは思いもよらなかったもので」
「言い訳なんぞ、どうでもいい!それよりも、今はランブレスタ王国に現われたという〝奇跡の少女〟についての情報だ!どうなっている!?」
憎きランブレスタ王国は、今では他国中から注目をされている。
理由は、先日ランブレスタ王国の誕生祭前に開催された前夜祭での出来事。そこで〝死者を蘇生させる〟という神に等しい奇跡を起こした少女が現われたのだと、貴族世界では毎日話題となっている。
他国の者達はランブレスタ国王へ、毎日使者を送り謁見を求めている。奇跡を行なった少女について何か情報を求め、探る為に。だが国王陛下の返事はいつも同じものだった。
___あなた方が求めている奇跡を起こしたという『少女』は、このランブレスタ王国には存在していない
ランブレスタ国王の言葉を、初めはどの国も信じはしなかった。しかし、国に1人は居るであろう人の嘘を見抜く事が出来る能力者が、ランブレスタ国王の言葉には嘘が無いと認めてしまったのだ。それから他国の者達は、独自での調査を開始する事となった。
その後も、ランブレスタ陛下へ少女についてを尋ねてはいるが、その奇跡の『少女』について知る事ができずにいた。
大司教の地位にあるこの男は、その〝奇跡の少女〟を是非手に入れたいと願っている。聖王国の為に、では無く自分の欲望の為に。
「残念ながら、なかなか難しいものです。どうやらランブレスタの国王陛下が本気で隠しているみたいですね」
「この、役立たずがっ!!」
また顔を真っ赤にして怒った男は、先程机に置いた花瓶を壁に投げつけた。もちろん花瓶は割れ、太った男は部屋に用意されてあったお菓子を鷲掴みにして自分の口へと放り込む。口の中に広がる甘い味に少しは冷静さを取り戻したのか、椅子にドカリと座り込んだ。
「聖剣も無事、聖女も居る、そして〝奇跡の少女〟もランブレスタ王国で誕生しただと?しかも、死者を生き返えらせるという神々に等しい奇跡を起こしたのだぞ。どうしてこの状況で、あの小娘は安心していられるのだ、理解できん!」
「そうですね、だからこそ貴方様が教皇の座に就き人々を導かなくてはなりません。貴方様は選ばれた人間なのですから」
シュザークと呼ばれた男が話すと同時に、男の黄色い瞳が金色に輝き出した。そして、その瞳で太った男の目を見つめる。
「そうだ・・そうだな・・・私が・・教皇に・・みなを、みちびく・・・」
「ええ、そうです。貴方様は間違ってはおりません。貴方様の行ないは全てが正しいのです。さぁ、もうお疲れでしょう?どうぞ寝室でお休み下さい」
シュザークの金色に輝く瞳を瞬きせずに見つめていた太った男は、そのままブツブツ言いながら寝室へと向って行った。
「やれやれ、醜い豚を操作するのも疲れるな」
寝室への扉が閉じると同時に、シュザークはソファーに座り部屋に用意されてあった紅茶をゆっくりと口にした。
「それにしても〝奇跡の少女〟ですか。聖女アンジェラとは別の少女みたいですし、厄介な人物が増えてしまいましたね。確実にあの方の脅威となるでしょうし、なんらかの対策を考えなければいけません」
男はソファーから移動し、窓の近くで晴れ渡る青空を見上げた。
「これも、全ては魔王様の為に・・・」
他の誰にも聞く事がなかった言葉をこの男は胸にしまい、次の行動についてを考え始めたのであった。
教皇マリア
・・・
べ、べつに名前を考えるのが面倒になったとかじゃないですよ(-。-;)