135話 事件は現場で起きていた
6-20.事件は現場で起きていた
俺は城の廊下を、セイリュウさんとスザクと一緒に走っている。
最初は女装・・・変装をしている為、昔にセバスさんから注意された事を思い出して淑女らしく優雅に歩いていたのだが、何やら騎士団の人達が慌ただしく会場の方へと走って行いくのが見えた。どうしたのかな?と思っていたら何人かのパーティー参加者達が凄い顔で廊下を走って来たのだ。
この時点でイヤ~な予感はしてたんだよ。(おそらく)セレーナの声が〝会場に急いで戻って〟とか言っていたし。本当だったら俺も逃げたかったけど、スザクが俺の手を取って人波に逆らいながら会場のある方向へと走りだしてしまった。
逃げて来る参加者達のせいで、なかなか前に進めない。でも、その間にも遠くから悲鳴やら戦闘音やらが聞こえてきたので確実に何か恐ろしい出来事が起きていると分かった。正直に「うわぁ、行きたくねぇ」と言葉にしてしまったが、この非常事態に精霊達もスザクに協力して俺の髪を引っ張りだした。
逃げて来る人達は全員、恐怖の表情を顔に張り付けていたので、それを見てしまった俺も一緒に走って逃げ出したくなった。
程なくして、俺達は無事にパーティー会場へと戻って来た。開いたままとなっている入り口の扉から会場へと入り、式場内を見渡しす。
最初に思ったのは〝来るんじゃなかった〟という思いだった。
先程までは社会階級で頂点の皆々様が優雅に踊り、政治的にも特権階級の偉い人達が楽しく談話し、伝統と栄誉を継承した選ばれし後継者達が美を着飾り踊っていたのに。あの輝かしい豪華な会場は、もうドコには存在していなかった。
大理石の床には人であったであろう下半身だけの遺体が転がっており、黒い茨に捕らわれている人達の頭には黒い槍が突き刺さり、片足の無い人物からは血が流れ続け、その人物を守るように周りにいた人達は体中に針が刺さっていた。
〝うわぁ・・〟とドン引きしていたら、周りから『ピー』な音が聞こえたので振り向くと、そこには豪華なドレスを着た女性の口から『ピー』を『ピー』と出していて、隣に居た男性もその鼻に付く匂いのせいで『ピー』した。
それからは『ピー』する人が続出し、俺も『ピー』を『ピー』しないように頑張った。
編集者が上手に言葉を編集してくれていると信じているが、出来れば俺の見ている風景にもモザイクを多用して欲しい。色々と思春期の少年が見てはいけない物体がダイレクトに見えてしまっている。
会場は逃げ惑う者や、恐怖で動けなくなった者、そして『ピー』を行なう者。まさに大混乱だった。
俺も先程食べた和菓子や、この会場で頂いた豪華料理を『ピー』しないように気合を入れてから会場の中央を見る。
その中央に集まっていた針ネズミの者達が見ている方向、そこに黒い怪物が居た。
あっ、今の無し、黒く美しい女王様がいらっしゃいました。その女王様のすぐ後ろにはシルクハットを被った長身の男性が控えている。
うん、あの細長い男性、俺知ってるよ。乙女ゲームの攻略サイトや攻略本に姿絵が載っていたから。
闇の大精霊 ジェスバン=ダークナイト
闇の精霊を纏める大いなる存在。基本属性である〝火・水・風・土・樹〟の五大属性の他に、希少属性と言われている〝光・闇〟の二大属性がある。その希少二大属性である〝闇〟を象徴とし、暗き混沌を司る大精霊。
小夜さんと契約したその大精霊が、黒い女王様の後ろで従者の如く控えているのが見えた。
そして、最も注目をされている黒の女王。黒い靄を纏い、赤く輝いた瞳で針ネズミ集団を睨んでいる。女王様に睨まれ、震える血だらけの針ネズミ達。片足を失い流れる血を止めようと必死に押さえている男性も怯えている様だ。
その男性の失った片足は、床にある下半身だけの遺体の近くに転がっていた。真っ赤な血を流して。
・・・さぁ、みなさん、ご一緒に。さん、はいっ!
ばいおれーーーんす・りたーーーーーんず!!
もうヤだ、もう嫌だ。なんなんだよ、俺が何をしたって言うんだよ。ここは乙女ゲームの世界なんだって何度言えば分かってくれるんだよ。てか何度言わせる気だよ。乙女ゲームとは、男女の恋愛を女の子達が胸キュンしながら楽しくプレイするゲームなんだよ?絶対にそうなんだよ?
ナニアレ、床が血だらけなんッスけど?しかも以前よりバイオレンス加減が跳ね上がってない?今回は確実にモザイク物だろう。未成年者の保護により成年指定物にしなければダメなヤツでしょうが。製作者さんはもちろん、小夜さんのブログも本気で炎上すればいいのに。
普通、乙女ゲームのパッケージに〝モザイク画面があるよ☆〟と注意書きがされていたらエロい場面を想像しちゃうのに。なのに・・・それなのに、元・思春期15歳の期待を返せコノヤロー。
さて、状況は黒の女王様にどうやらレギオが話し掛けているようだ。勇気あんなぁ、レギオっち。さすがは攻略キャラ、勇者じゃのう。あり?そういえば、もう1人の王子勇者はドコ行ったのん?あ、国王様の近くに居たわ。
ていうか、小夜さんや。今の自分の姿を分かってんのかいな。完全に乙女ゲームでの悪役令嬢『黒き魔女アンジェラ』っすよ。このままでは、ゲーム通りに攻略キャラの手によって殺されちゃうかもしれないのに。
「セイリュウさん、スザク、よく聞いて下さい。俺はアンジェラを止めてみます。その間に敵の確保と自爆装置の解除をお願いしていいですか?」
「了解した」 「・・・うん、分かった」
今回の主犯はゲンブなのだとロイドさんから教わった。ならば、あの針ネズミの集団にゲンブが居るかもしれないし、あの集団も忍の者なのだろう。ならば、敵の確保はセイリュウさんとスザクに任せた方が良い。アイツ等ってば自爆するから。
そして、俺は小夜さんとレギオが居る方向へ向けて大声で叫んだ。
「アンジェラ、ストップ!フリーズ!アンダースタンド!・・・あれ?アンダースタンドってどういう意味だっけ?」
俺の叫び声に、二人は俺に気が付いてくれた。ついでに周りの人達の注目も俺に向く。やばい、咄嗟に口から出た言葉だけど英語テストがいつも赤点の俺に〝アンダースタンド〟という単語がどういう意味か分からない。ちょっと恥ずい、まったく今の状況に関係ない言葉だったらどうしよう。沢山いる人達の前で恥を掻いた事になっちまう・・・後で小夜さんに答えを教えてもらおう。
レギオは俺を見て、ホッとした顔を見せた。
いやいやいや、待ってくれ、俺に任せようとしないでくれ。まだ、そんな安心した顔をしないでくれ。俺にそこまで期待をしないでくれ、レギオっち。
一緒に頑張ろうぜ!一緒にこの怪物を__ではなく女王様の怒りを鎮めようではないか。とういうか傍に居て、1人にしないで。
俺の声に、ゆっくりとコチラを向く小夜さん。うん、ちょー怖いッス。ガクぶるっす。
「お、落ち着きましょう。そう、まずは冷静にですね。えっと、なんていうか、仲良く手と手を握り合い、血で血を洗い__じゃなかった間違い今の無し」
俺のアホーーーー!!血で血を洗ってどうすんだよ!悪化してんじゃん!冷静になるのは俺だったみたいだ。でも、周りが血だらけだから仕方ないじゃん。
「・・・そこを退いて、ミネル」
俺が小夜さんの前まで来ると、小夜さんの体に纏っている闇がより濃くなった。だから今のは無しだって言ったじゃん。ちょっとした言い間違いだったんですよ。決してフザケてないです、いやホント。
「だ、だだだ、ダメ!」
「ミネル・・・いえ、ソフィ。私はそいつを殺さないといけないの。だから・・・そこを退きなさい、ソフィ」
こ、殺す!?ちょちょちょ、ちょい待ってよ、小夜さん!だから此処は乙女ゲームの世界なんだってばさ!女の子が恋愛を楽しんでドッキドキする平和的なゲームなんだよ!?なんで、そのゲームで〝殺す〟なんてピギャーな言葉を口にするんっすか!?
うわ~ん、どうしよぉ。小夜さんがラブ&ピースな世界を壊そうとするよぉ、助けてくれ~。もうすでに周りの血塗られた状況から壊れているかもしれないけれども。
いやいや、諦めるな、俺!この血塗られたゲームをどうにかして、花々が咲き乱れるピンクな恋愛ゲーム世界へと戻すんだ!
「ダメです!」
「ソフィ、聞こえなかったのかしら?私は、そこを退いてって言ったのよ?」
「だ、だだ、ダメですぅ」
「いいから・・・そこを退きなさい!!」
「ダメです!絶対に退きません!!」
俺は小夜さんが怖くて涙目になってきた。
これ以上、健全な少年(俺)にモザイク物を見せようとしないでくれよ!エロい意味でならば大歓迎ですけどね!
そもそも小夜さん、なんでこんなに怒ってんの?ちょ~怖いんですけど。暗殺者は小夜さんに、どんな失礼な事をしちゃったわけ?スカートの中でも覗いたのか?
「ソイツ等は私のお父様を殺したのよ?なんで・・・なんで邪魔をするのよ、ソフィ」
・・・・え?
今、なんて?殺した?誰が?・・・誰を?
___私のお父様を殺したのよ?
俺はゆっくりと周りを見渡した。小夜さんの後方、治癒師であろう人達が集まっている場所があった。周りの人達の中には泣いている人も居る。そして、その中心で誰かが倒れていた。
俺の胸が痛いくらいに脈うっているのが分かる。さっき、小夜さんは何て言った?
___私のお父様を殺したのよ?
小夜さん、つまりはアンジェラのお父様。それは、つまり、まさか____
俺は治癒師達の中心で倒れているローダリス=K=モンテネムル公爵を発見してしまった。辺りには血が付いた槍が転がっている。そして、床に広がる赤い血溜まり。
白い服を着た治癒師達、集まってはいるけど誰一人としてローダリスさんに施術を行なっている者が見当たらない。全員が倒れているローダリスさんに抱き付いて泣き叫んでいる女性を、ただ悲しそうに見つめているだけだった。
「・・・いつ?アンジェラ、ローダリスさんは、いつ、死んだの?」
「おそらくは30分くらい前よ。襲撃者達の攻撃から私を庇ってね。だから、だから私は・・・」
30分くらい前・・・良かった。じゃあ、じゃあまだ間に合う。ずっと光の精霊達を集めておいて、この世界がゲームの世界で本当に良かった。
光属性の上級以上を行なおうとする俺の体は、また少しずつ光り輝いていく。俺の近くに居たレギオや周りの者達が驚いているが、今はそんな事を気にしてなんかいられない。今は経過する時間だけが貴重だから。
____、________
んあ?今、なんか聞こえて・・?
____、________
あ、この声、知ってる。でもさ、ごめん。今、それどころじゃないんだよ。という事で、また今度な。
___!?___!!____・・・・
うん、聞こえなくなった。本当にごめんよ、今は忙しいからさ。君にも絶対に会いに行くから、今は少しだけ待っててよ。
俺は乙女ゲームで聞き覚えのある声を無視して光の精霊達を集めた。周りに集まってくれた光の精霊達が笑顔で手を振ってくれている。お願いな、みんな。俺に協力してくれ。
「何をするつもり、ミネル。もう、お父様は・・・」
「何をって、そりゃあ・・・」
あれ?小夜さんは知らないのか?でも魔王城へ乗り込む手前までプレイしたんだよな?じゃあ、物語の後半までプレイしたという事だし、知っていると思うんだけど。
「聖女にとって、聖女と呼ばれてしまう所以。3つある最大上級光魔法の奇跡。1つはアンジェラも使える神々の怒りである『消滅魔法』。1つが神々の守護である『絶対領域魔法』。そして、最後の1つが神々の救いである____
____『蘇生魔法』だよ」
俺の言葉に驚いているのか、思い出したかの様な顔をして固まる小夜さん。俺は任せときな、という笑顔を小夜さんに向けてから呪文の詠唱を開始した。
「・・・【神々に・願います・大いなる慈悲を・涙の元に・大いなる祝福を・悲しみの元に・死せる魂に・どうかご加護を ≪ソウル・レイズ≫】」
外に居た光の精霊達も会場へと集まって来た。今、この会場は光の精霊達で溢れている。精霊が見えるレギオも、この幻想的な光景が見えている様だ。とても綺麗だよな。
そしてこの日、王都ランブレスタにある王城が夜空から落ちる白い光に照らされて、死者が蘇るという奇跡を多くの者達が目撃した。