111話 報酬は忘れずに
5-24.報酬は忘れずに
乙女ゲームにあった物語で、ある町の領主から聖女イベントとして依頼が来る。その依頼とは〝領主の奥様が顔に火傷を受け、その火傷の痕が残ってしまい生きる気力を失ってしまった。助けてほしい〟というものだった。
ヒロインのミネルソフィは仲間達と共に、その町を治める領主の屋敷へと行き、無事に奥様の顔にあった火傷痕を完全に治療した。
とえも感動的なイベントだったが、ヒロインちゃんは領主から謝礼金を受け取らなかったのだ。まったくもって理解も共感できない。装備や消耗品で使うお金を貰わないなんて・・・その依頼の報酬は仲間の好感度が上がるだけだった。軍資金の方が欲しかった。
今回、アンジェラのパピーであるローダリス侯爵さんが言い値で報酬を払うと言った。もちろん俺は貰います。なにが「神々の祝福に金銭は不要です」だ。ミネルソフィちゃんは〝お布施〟という言葉を知っているのだろうか?
「ミネル様、あの・・では、別室で古傷を診てもらった方が良ろしいのでしょうか?」
・・・ほっほう。うむ、そうだな。これは治療の為なので、マーサさんの体中にあるという古傷を治療師として目視しなければなるまいて。
そう、これは治療という正当なものであって、仕方のない事。吾輩は子供なので恥ずかしがらずに脱ぐがよい、ぐへへ。さぁさぁ、参りましょうぞ。メイドさんの桃源郷を拝みへ!
「それは大丈夫よ、マーサ。服をいちいち脱がなくても治療は可能なの。・・ね?そうでしょう、ミネル?」
・・・あ、はい。
くそっ、しまった。小夜さんもあの乙女ゲームのプレイヤーなのだから、火傷痕の治療イベントもプレイしていたか。
すいませんでした、ヨダレ拭きます。なので、そんなに睨まないで下さい。照れる。
俺は、部屋の窓から入る光の中で踊っていた光の精霊達を呼び寄せる。〝手伝って~〟と心で念じると窓からフラフラとやって近寄って来た。まるで「分かったー」と言うように手を振っている姿が可愛い。
このくらい集まったら大丈夫かな?俺は、あのイベントでヒロインちゃんが使った回復魔法を実行。マーサさんに光が降り注ぐ。
俺の体も光り始めて、ローダリスさんが驚愕している。でも、そんなにガン見されたら照れる。自分が光っている状況ってのは結構、恥ずいんだぞ。
光が収まると同時に、マーサさんの首にあったあの痛々しい傷痕が消えていた。全身が治せたのだろうか?やっぱり服を脱いでもらってー、治癒した俺が確認しないとー。
震えた手で、自分の首を何度も触るマーサさん。
「侯爵様、あの・・・」
「ああ、行ってきなさい。鏡で確かめたあと、また此処に戻り報告を」
「はい、失礼いたします」
お辞儀をし、部屋から退室するマーサさん。
そうだよね。鏡で確かめられるし、背中とかはメイド仲間の人に確かめてもらえば良いよね知ってた。
マーサさんが退室する時、本当に部屋の前には治療師っぽい白い服を着た人がたくさん待機しているのが見えた。そういれば、貴族が雇っている専属治療師って給料いくらなんだろうか。
戻ってきたマーサさんは、泣いていた。
泣くのを我慢しようと頑張っているようが、涙が止まらなくなっている。なんか、見ているこっちが悲しくなってきた。つらかったんだろうなぁ。
「無くなって、おりました。全身にあった・・あの傷が、全てです。ミネル様、本当に・・・本当に、ありがとう・・ご、ござい___」
とうとう、うずくまって泣いてしまったマーサさん。良かった、成功したようだ。ありがとうな、精霊たち。
小夜さんが急いでマーサさんに駆け寄り、背中を撫でながら抱きしめる。そして、とうとうマーサさんの抑えていた泣き声が漏れ出してしまった。
感情を抑えるのが無理と判断して、部屋から退室するマーサさん。そして、小夜さんも彼女に着いて行った。
・・・・て、え?ちょっと待って、小夜さん。俺が侯爵さんの対応を一人でせよと?・・・うん、無理だ。無理っすよ、小夜さん。カムバーーーーーック!!
「ありがとう、ミネル君。ミシェルの傷を__いや、なにより心の傷を治してくれて本当に感謝する」
気まず~いのを誤魔化す為にお菓子の爆食いをしていたらローダリス侯爵さんが俺に礼を言って、侯爵と護衛さんが頭を下げた。
えーと、俺はどう対応すれば良いのかしら?「くるしゅうない、良きにはからえ」とか言ったら殴られる?俺的には言葉よりも実物の方が・・・
「あの傷痕は、騎士団に所属していた時に負ったものでね。その依頼で、彼女は裏奴隷商の奴等に捕まってしまった。そして、そこで行なわれたのは・・・口では表せられない程の恥辱と残虐な行為だったらしい。助け出された時は、救出隊の誰しもが死んでいると思う程にね」
・・・もうヤダ、この乙女ゲーム。製作者よ、爆ぜろ。
「彼女は、なんとか生き延びた。ある高名な薬師の方とお弟子さんの御陰でね。やっと動けるようになり、歩く練習も懸命に努力した。生きようとしてくれる事に、かなりの時間が掛かったがね」
ローダリスさんが語りだした。できれば、もっと楽しい話が良かったと思う今日この頃。
「努力した甲斐があり、彼女は無事に歩けるようになった。しかし、もう彼女には剣を振る事が出来なくなっていた。今まで平然と持ち上げていた剣の重さに耐えられない体となってしまったのだ」
もう勘弁して。ティッシュ、ティッシュは何処かいな?ていうか、まだ続くのん?
「そして、彼女は騎士団を除隊。今までの治療費は騎士団が支払ったのだが、後遺症を治療するのには彼女自身の財産からだった。名誉除隊で頂いた退役金だけでは足りず、騎士団で稼いだ給料の殆んどを使い返納した。だが、その時にはまた生きる気力を失いかけていたんだよ」
侯爵様は真剣な表情で俺を見た。その侯爵の頬からは涙が流れていくのが見えた。
「そんな状態だった彼女を、ある日わが家のメイド長が連れてきた。メイド長は泣きながら頼んできたよ。〝私の娘を助けて下さい〟と」
みんな、信じられるぅ~?ここって乙女ゲームの世界なんだよぅ?製作者さんは全員、俺に土下座するべきだと思う。
この乙女ゲーム『愛ある出会いの奇跡 ~君と癒しを共に~』をプレイしている皆は注意してね。〝これは恋愛ゲームではありません〟とか、どこかに小さな文字で書かれているはずだよ。探してみて。
マーサさんと小夜さんが戻って来るまで、俺は気まずい空気に耐えました。そして、俺の願いが通じたのか、小夜さんとマーサさんが部屋へと戻って来ました。
「ミネル様。この度は本当に、ありがとうございました」
戻ってきたマーサさんが俺に礼を言った。もう声は震えていないし、大丈夫みたいだ。真っ赤な目もと以外は平常運転。
「いえ、お役にたてて良かったです」
なので、謝礼金ならばいつでも歓迎ですぞ。さぁさぁ、遠慮しなくても良いのだよ。
その後、報酬とやらの話しが流れてしまい、これからについてが相談された。ローダリス侯爵よ、言い値の報酬は忘れていないぞ。流せると思うなよ。
「ミネル君は、その奇跡の力を世間に知られるのは嫌なのだね?」
侯爵の質問に、頷く俺。そして、ローダリス侯爵は考え込んだ。
「・・・国王陛下には、こっそり教えるしか無いかもしれんな。そもそも、ランブレスタ王国の暗部や機密諜報部隊を欺くのは無理であろうし___」
「お菓子、美味しかったです!それでは皆様、お元気で!俺は旅に出ますので探さないでください!」
「ミネル、待ちなさい。ちゃんと話は最後まで聞くべきよ。少し、落ち着いて」
侯爵様の言葉に俺は敏感に反応する。すぐさまお茶菓子の礼を言って、旅人にジョブチェンジしようとしたが、小夜さんによって服を捕まえられてしまいチェンジ失敗。服がのびる、のびる。
「まぁ、落ち着きたまえ。これは極秘事項として、私が国王陛下へ報告書を提出しよう。なに、あの陛下の事だ。君の事も必ずや秘密に、そして守ってくださるさ」
「物理的な〝守り〟は必要ありませんからね?王家に囲おうとしても俺は逃げるだけですからね?」
「ああ、そのように報告いたそう。陛下から返事を頂くまでは、どうかこの王都に滞在していてくれ」
俺に頭を下げるローダリス侯爵さん。侯爵家の現当主なのに平民の俺に頭を下げるなんて凄いな。
それにしても、ランブレスタ報告の王に俺の存在が知られてしまうのか。ランブレスタ国王の事は知っている。なんたって攻略キャラの父親だし、魔王の力が復活したと主人公たちに教える重大な役目がある人だったし。
これから、どうなるのなぁ・・・
ランブレスタ王国を治める国王陛下。
攻略キャラ、エルナルド=C=ランブレスタの父親。つまりローダリス侯爵や騎士団長みたいに、攻略キャラを育てた重要な登場人物だ。もちろん、あのゲームでも登場回数が多かった。
・・・そういえば、あと2年後だったはず。ローダリス侯爵の元に〝あの攻略キャラ〟が養子としてやって来るのは。小夜さんも覚えているのかな?
とりあえず、王族への対応はローダリス侯爵さんに丸投げしよう。関わる気は無かったが、肝心の聖剣が王城の宝物庫にあるらしいので仕方がない。いつかは関わっていただろうし、今からでも心構えの準備はしておこう。
おっと、帰る前にちゃんと報酬を頂かないとな。俺はミネルソフィみたいに「人を助けるのに、お金なんて要りません」とか言わねぇからな?うひょひょ。