最近ニートがやたら死ぬ
三皿目のセコンド・ピアット。
「なんでニートがたくさん転生するの?」という皆さんの疑問を、コースなりに調理してみました。
こちらはメインディッシュにふさわしく、きっとご満足いただける自信があります。
珍しい素材を、心行くまでお楽しみください。
ここ半年、ニートの死亡率が凄まじいらしい。脂肪ではない、死亡だ。
新聞を見ながら難しい顔をする上司を見ながら、俺はコーヒーをすすった。いつもの上司なら丸くて可愛らしい瞳が、今や苛立ちに満ち満ちている。誰がどう見てもわかるくらいに不機嫌な上司に、俺は嫌々ながらも声をかけた。後になって「なんで話しかけてくれなかったのか」と言われても、すこぶる困るからだ。
「なにやら、思わしくないことでもあるんですか?」
「思わしくないことしかないわよ」
女子高生くらいにしか見せない上司が、盛大に息を吐く。放り投げるようにして俺に新聞をよこしてくれた。ビジュアルだけ見れば兄に新聞を渡しているように見えなくもないが、いかんせん彼女のほうがキャリアは上。一体本当は何歳なんだろうか。
新聞をさらりと読み、首をかしげる。
「ニートや無職の死亡率が、なんか急に上がってますね」
俺たちは少々特殊な、「誰が死ぬのかを決めて、該当者を欲しがる異世界に転生させる」仕事をしている。「転生官」とも呼ばれる、世にも珍しいお仕事だ。こうした職業柄、いろんな生死に関わるニュースはよく見ることが義務となっている。
半年でなぜか死亡数が上がってはいるものの、その理由は判然としていない。気候の状態も著しい変化はない。親が愛想をつかして一斉に毒を盛り始めた等でもない。もしそんなことになれば大ニュースだ。
ある学者は「ニートにしか通用しないウィルスが発生し始めている」とまで主張している。ニートの定義へウィルスが律儀に対応してくれるわけでもあるまい。「世間ではニート扱いされているけどこの青年には働く意欲はある。彼に感染はやめておこう」なんてウィルスが考え始めたら、人類の終焉は近い。
さておき。
「不気味というかなんというか」
ざっくりとした感想に、「まったくよ」と上司も便乗した。
「問題はそのニートが死後、どこへ行ったのかということよ」
はて。どういうことだろうか
上司曰く、人間には魂というものがあるらしい。体が死ぬと魂だけの存在となり、死後の世界へ浮かび上がる。そこで転生のスカウト等もあるらしく、俺たちみたいな転生官に発掘されなくとも転生するケースもあるらしい。確か転生官の研修で、聞いた気がしないでもない。
「アンタだってそうよ」
上司はなんのことなく言った。
「転生官が少ないから補充したいってタイミングでアンタがちょうどよく死んでくれたから、渡りに船って感じでこっちへ引き入れたのよ」
なんと。俺は事前のスカウト組ではないらしい。死んでくれたという言葉が中々に物騒だが、事実なのでしょうがない。
「他にもその人の前世とかやってた仕事とかを見て、いろんな世界が欲しがるドラフト会議みたいなこともあるわね。あたしたちみたいな転生官が仕事するから、そんなケースは極めて稀なんだけど」
そういった事業を取り締まる天界の役所もあるのよと付け足す上司を見て、俺はなんとも世界は広いんだなと感心した。就活で初めていろんな会社に触れた時のような、不思議な驚きで肺が膨らむ。
閑話休題。
「本来死後の魂は天上の役所で手続きして、転生するなり天国っぽいところでのんびり過ごすわ」
罪人は別だけどね、と付け足す。
「つまり役所の帳簿を見れば、ちゃんと誰がいつ死んでそれから魂はどうなったのかも追跡できるようになっているのよ。ここで百人死んだら、役所でも百人分のリストが拝めるはずなのよね」
「それが、できていないと」
上司が顎を引く。疲れの原因はそれらしい。眉間を小さい手で揉みほぐし、ため息を一つ。
「役所へ向かう途中で、魂が消える」
「魂って消えるもんなんですか?」
「いいえ」
即答だった。
「数年に一回、ごく稀にないではないけど、この現象みたいに多くはないもの。誰か、あるいは何か大きな力が関与して、私たちの与り知らないところでコトが動いてるのよ」
「そんな陰謀じみたことできるんですか?」
「多分ね」
上司の声は重い。疲れが乗っているようだった。
「死んで天まで上がる時は羊飼いみたいに先導する人がいるけど、逆にその人を撒いたら後を追うのはすごく困難になっちゃうらしいわ。わざわざ魂一個のために時間と人手を割くわけにもいかないだろうしね。すごく貴重な魂ならまだしも、役に立たないニートの魂なんて」
腕を組んで「ああああ」と呻く上司に対し、俺はボソリと提案した。
「情報、集めてきましょうか」
「えっ」
上司が目を丸くさせた。
「いいの?」
「そこまで参っているということは、きっと俺たちにも何かしら影響が出てくることなんでしょう。俺だけ何もしないわけにもいかないんで、成果があるかはわかりませんができることをやってみます」
上司の顔が、パッと輝いた。やはり見かけは女子高生、とても可愛らしいしその顔を拝むためだけに申し出たのも対価に見合っているだろう。これ以上何かコメントすると俺がさも女子高生しか性の対象ではないと勘違いされる可能性もあるため、この話題は終わりにしたい。
さておき。
「じゃあ、知り合いに神様一人いるんで聞いてみますね」
ジャケットを着て準備を整える俺を見て、上司は「ふうん」とつまらなさそうに唇を突き出した。
「確か数年前に転生させた村田さん? と随分仲いいじゃない」
「仲良いというかまあ、付き合いがあるというか」
数年前に転生者として俺が推した少女がいる。地味で華がないものの、笑顔が可愛らしく困っている人を放っておけないたちなのだ。転生させてからというものの、向こうから酒に誘われることもあってたまに飲むような間柄だ。神様と時折酒を飲むだなんて、前世の俺が聞いたら卒倒しかねないことも今ではそこまで驚くことではなくなってしまった。慣れとは何ともすごい。
さておき。
「あまり期待はしないでくださいね」
俺の前置きを聞いているのかいないのか、上司はむくれたように下唇を突き出している。ほしいお菓子を買ってもらえなかった子供のようだ。顔が幼いせいで、その仕草もしっくりくる。
「精々水入らずで仲良くしてくることね」
ぷいとそっぽを向いた上司に、「そんな関係じゃありませんから」と念を押しておいた。
村田陽子は俺に会うや否や、ふわりと笑った。目立ったスター性はないが、笑顔は人の心を和ませる不思議な少女である。黒髪とメガネは、俺が死なせてからかれこれ五年くらい変わっていないらしい。土産として持ってきた茶菓子に手を伸ばしながら、世間話から始める。
「あ、魂をかっさらうことならできますよ」
核心に迫った瞬間、村田はびっくりするほどの淡白さでこう答えた。今や一つの世界を創造している村田なら何か知っているとは思ったが、まさかこんなに早いとは。
「そんなことできるのか」
難しいけどねと、村田が笑う。
「神になると世界間の時空にもちょっとくらい干渉できるようになるんですよね」
さらっとすごいこと言ってきたぞ。
「でも神だって全能じゃないんで、干渉できても数分が限度なんです」
「じゃあ、魂をかっさらうってのもなかなか非現実か」
「神一人なら、ですかね」
深長な言い回しに、俺は首を傾げる。
持ってきた菓子を美味しそうに頬張りながら、村田は話を続ける。やはり、こうしたところは高校生なのだなと実感する。
「逆にどこでいつだれが死ぬのかを把握していれば、その魂をさらうことは可能なんですよ」
「なるほど」
俺は膝を叩いた。要するに干渉できる数分間のピンポイントで魂をさらえばいいのだ。事前にわかっていたら、そのタイミングで飛び出せばいいだけの話である。
「それ、神様ならわかるのか?」
村田が首を横に。「いくらその世界の神とは言え、他所の世界での出来事は全くわからないんです」
なるほど。
「内通者というか、垂れ込む奴がいるというわけだ」
村田が頷いた。
しかし、何のために?
俺の疑問を顔色から察したのか、村田が茶を啜りながら人差し指を立てた。
「このシステムが関係しているんだと思います。死神さんも概ねわかっているとは思いますけど、転生のシステムも面倒ですから」
未だに俺のことを死神さんと呼ばれることに、ちょっと面映ゆい気持ちが芽生える。従妹に、いい年して「お兄ちゃん」と呼ばれるくらいにはじれったい。
さておき。
「そもそも、ニートを異世界に転生させる旨味というか、意味合いが乏しいぞ」
俺の指摘に、「そうでもないんですよ」と村田は答える。
「神になった私たちでも、基本的なルールに従う義務が存在します。例えば転生者が欲しいとなれば『如何なる理由でどのような転生者を欲します』といった書類を提示し、それが受理されて初めてヒアリングや転生官の仕事が始まります。それぞれの世界の状況や具合を鑑みて、現場の転生官に仕事が割り振られます。逆に、世界や神の勝手な都合で転生者を自分の世界に入れることは禁じられています」
神様になっても、書類に縛られるさだめからは逃れられないらしい。
「そうすることでいくつも存在する世界間との調和を保っているんですけど、もし神が何かしらの手心を特定の国や団体に加えたら、そんな書類を用意せずに転生者を招き入れることができちゃいます。他所へは数分くらいしか干渉できませんが、腐っても神様ですら」
なかなか難しくなってきたな。
「つまり最近ニートの魂が行方不明なのは転生官の誰かが手引きをして、どこかの神様が一瞬で神隠しにしてしまうからってことか」
大正解! 村田はニコッと笑った。
「そんなニートなんて役に立たない魂拾うよりスポーツ選手の魂とか拾ったほうが……」
言いかけ、はっと我に返る。
「そうなんです。価値の高い魂は優先的に導かれますから、回収しようにもリスクも高いんです。それが見つかった瞬間、大きな信用問題に発展しますし。逆にニートの魂は優先度最底辺なので、ぶっちゃけると天上界に無くても済んでしまうんです。これが高名なスポーツ選手とか芸術家の魂とかなら別なんですけども」
「俺たち転生官としても、優秀な誰かを死なせるときはちゃんとした理由がいるからなあ」
なるほど。ニートが集中して狙われる理由が分かった。
一つ。神様の自己都合での転生は認められない。だから公的な機関を介さず、自分で勝手に魂を収穫しているというわけだ。
一つ。何かの拍子に消えても、周囲が必死になって捜査しないレベルの消耗品感覚であること。
一つ。優先順位が低いため、回収の際にその不正が露呈するリスクも低い。
上記三つを勘案し、比較的低リスクで回収できる魂がニートの魂というだけである。要するに、不正な何かが絡んでいることは間違いないだろう。
「助かったよ」
話を切り上げて去ろうとする俺の裾を、村田が摘む。何かまだ用があるのかと見る俺とは対照的に、村田は耳まで赤くされてもにょもにょと口ごもった。
「もしよければ、死神さんが次死んだら私の世界に来ませんか?」
脂汗を滲ませ、俺はやんわり断った。
「さすがに、まだ死にたくないかな」
結論としては、捜査の前進にはならないようだった。一応手段として在りうることと一見役に立たないニートが欲されている理由は検証できたが、それだけである。上司になんと報告しようかと考えあぐねながら、俺は一人の資料を思い出した。
月城紅夜。気分で高校を中退して以来ネットゲームに入り浸り、働く意欲も学ぶ意思も見せずに親を泣かせ続けた不孝者。数か月前に死んだらしいこいつも、どこかの世界の神様が手心を加えて転生させたのだろうか。あまり口汚く罵ることははばかられるが、控えめに言って親不孝者のろくでなしだ。
そもそも、ニートを選ぶ際は何を基準にしているのだろうか。俺たち転生官は生きている人間の性格や特性、職業をベースとして考える。しかしニートはどうだろうか。多分だが、そうしたデータもロクに来ないだろう。当たり前だ。働いていなければ学んでもいないのだから。外に出ていないならなおのこと。
そう考えると、なかなかに恐ろしい。素性が全く分からない、ただ価値の低いニートというだけで転生させることができているのだ。そいつがどんな性格なのかもよくわからないまま、だ。
「おっかないな」
ぼそりと呟き、俺は帰路に就く。
対策を立てるのも捜査を推し進めるのも、きっと長い時間がかかる。
俺の胃が果たして持つのかと一抹の不安を抱えながら、とりあえず足を進めた。
また俺があちこち、下手したら世界を股にかけて奔走する未来が見えないでもないがそれはそっと知らないふりをしておいた。