中等部回想 生徒会編
また少し時間が取れるようになったので再開します。
わが農研部の誇る魔獣ミノタウルス二世号は俺の倍の齢と言われても冗談にしか聞こえないほどのしっかりした足取りで軽快に牛車を牽引し、のどかな田畑の農道を進んでいる。今日の農薬試験散布は既に三度目で、害虫忌諱効果の発生濃度についての実証実験を行なっているのだ。
既に第一回散布の千倍希釈で、クビキリギスやヤブキリと言った類は畑から逃げ出すのだが、トノサマバッタだけはその後の七百倍にも耐えて本日に至っている。
先月の試験後の畑は、今やトノサマバッタで独占され。逆に害虫被害が増加傾向になっていると言う本末転倒な状況だ。いくら俺のうちの中でも街壁近くの日照の悪い畑とは言え、この結果は思わしくない。
今日の放課後は俺の家の畑で原液を五百倍に希釈した農研部謹製の農薬散布試験場所で、学び舎祭の活動内容会議の為、農研部唯一の正式部員の俺の他。学び舎生徒会のフルメンバーで馬車に揺られながら畑に向かっていた。
なぜ生徒会が勢ぞろいしているのか?
それを説明するには俺が中等部一年生の秋にまで話は遡る。
俺は実家で収穫した藁を無償で提供してもらい、厩舎を兼ねた農具倉庫にはち切れるほど藁を詰め込み終え。それまで放課後ミノタウルス二世号に荷車を引かせ、農耕士団本部館に向かい、無償床材の藁を払い下げ申請手続きから受け取り。そして部室棟への輸送からの藁を煮炊きに従事していた俺は、毎日の農耕士団本部館通いから開放され、部活動時間内に余裕で餌やりを終えることが出来。意気揚々と部室で行なわれている農業技術の研究に参加する気満々で、部室のドアを開いた。
そして邪悪な笑みのシーバード先輩は、物語に登場する悪役ののりでこの部が農業技術を研究する部などではなく。
四年前部員もなく廃部決定だった農研部を、当時生徒会会計だった先輩が実家の農作業を放課後サボる為いろいろ職権を乱用し、ネコの額ほどの畑で菜の花を育成して部の体裁を維持して部室を確保し続けているという驚愕の事実であった。
藁ばかり煮ていた俺は良く考えれば殆ど部室で過ごす事が皆無で、その驚愕の事実に気づく事も無く青春の貴重な一年を藁の煮炊きに費やしていたのだ。
高等部三年現生徒会長のシーバード部長と副部長であり交際相手の高等部一年現生徒会副会長のエリソン女史、この二人がいちゃつく為だけに確保されていた倶楽部に、農業技術の研究の熱意に燃える空気の読めない俺が入部してきちゃった訳である。
そしてかねてより頭を悩ませていた除籍月齢30を超えて第一線をリタイアして寄贈されたミノタウルス二世号の世話を押し付けていたのだ。
邪魔者抜きで残りの一年をエリソン女史と心行くまで部室でいちゃつきたいシーバード部長は、その場で俺を農研部会計に任命し四年間一度も提出していない農研部の雀の涙ほどの予算会計を生徒会に提出するという面倒を押し付けた。
交換条件に農研部の畑や備品を好きに使って好きに活動していいとの事だったので引き受けたが、四年分もの菓子やら茶葉の領収書の山をどうやって活動費として捻じ込むか、年度末までひたすら悩む羽目になった。
年度末も目前に迫り、一番の難関であったラブラブ・ペアクッションという部長と副部長愛用の高級座布団を毎日出入りする現役生徒会の面々や提出書類を確認する側の生徒会会計のモリソン先輩たちに相談に乗ってもらいながら、種籾の保温材として如何にその役目を果たしていたかについての詳細な使用用途の作文をでっち上げ。
やっと会計書類が出来上がったある日、シーバード先輩がチェックを終えた会計書類に生徒会承認印を捺印して提出者の欄を指しながら唐突に話し出した。
「俺様も今年で卒業だ。おまえのおかげで未清算の部費会計もこれで解決したし
あとはこの届出書類二通におまえが名前を書けば部員として登録され
最低部員数もクリアでき、これで廃部は避けられる。」
提出前に生徒会の承認印が押されている時点で、この書類がまともな処理を経ていないのが窺い知れる。それよりも聞き捨てなら無い内容が一点。
「えっ!?おれってまだ部員登録されて無かったんですか?」
驚愕の事実に驚きながらも先輩にアゴで催促され、何枚かにサインしながら尋ねた。
「おまえは入部届けを書いた記憶でもあるのか?
なら直ぐに医療室のクレイン療法士の所に行って
記憶障害か妄想癖の類の検査を受けるには如何すればいいか相談して来い。」
基本シーバード先輩はエリソン女史以外にはとても冷たい。
そんな先輩もとうとう卒舎だ、来月には俺は思いのままに部活に打ち込める。その思いだけを支えに、この日まで訳の解らない会計書類の捏造もとい会計処理を行なっていたのだ。
「本当は農研部は俺様の卒業で廃部の予定だったんだ。空気の読めない中坊が入ってきたから
退部した他の生徒会役員をもう一度入部させたり大変だったんだからな。」
これはひょっとして俺の為に先輩がしてくれた初めての計らいなのかも知れない。思わずほろっとして感謝の言葉が喉まで上がったとき。
「これからはOBとして後輩の指導にちょくちょく顔出してやる。」
これはあれだ。後輩指導と称してちょくちょく実家の農作業さぼる気満々なのだ。俺の感謝の気持ちを返せ!
そんなこんなで年度末の学び舎生徒会選挙が執り行われる、現役生徒会副会長のエリソン女史が生徒会長に立候補。部費で相談に乗ってもらった生徒会会計のモリソン先輩は副会長へそれぞれ立候補。まったく関係ないが何故か生徒会会計2名枠の立候補者の2名の名前の片方に俺の名が載っていて公示当日当確した。
農研部会計の俺が生徒会会計に就任したのを知ったのは、誰よりも遅かった。だって立候補した事すら知らなかったのだから!!
それが中等一年の晩冬の出来事であった。
結論から言ってしまえば、おれは十三歳にしてよく読みもしない書類にサインしてはいけないという有難い教訓を得た。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。