教士マッシーの世界史授業
今日の二限は大人気の教士マッシーによる世界史の授業だ。黒板には一文字1feetはある文字で一行書きなぐってある。
公暦1833年 いやさんざんにフローレン王国の魔術結社崩壊
はっきり言って教士マッシーは黒板に書いた文字以外、試験に出題した事が無い大人気の教士だ。
しかし俺が個人的に彼の授業を気に入っているのは、その歴史事件が起こる背景や主要人物がその事件を起こすに至る状況など現在分かっている歴史公証に基づき面白おかしく話してくれることだ。
フローレン王国魔術結社崩壊事件は世界史上の三大事件と言っても間違いない、世界を大きく変えた出来事の一つだ。
掻い摘んで説明すればフローレンの貴族階級の頂点にいた伯爵が、当時の魔術結社フローレン支部の権力闘争で破れた男と結託して、あらゆる非人道的な行いで私服を肥やしていた。
十年くらいして悪事が露見すると伯爵はあっさり捕らえられ、伯爵と結託していた魔術師は当時各国と不可侵協定を結ぶほど栄華を極めた魔術結社の塔に逃げこんだ。
王国からの犯人引渡し要求があり、魔術結社もそれに応えるべく動いたらしい。巨大で高層な魔術結社の塔内部で何があったか不明だが。二日後に塔中腹で大爆発が起こり、魔術結社の塔は倒壊した。
「と、ここまでなら単なる一支部の不始末で済んだのだが。問題はここから波及するんだ。」
マッシーは講堂を見渡しながら、一人の女生徒を見つけ指名した。
「魔法学修士課程のクリスタ君、現在の魔法使いと旧世代魔法使いの違いを説明できるかな?」
赤毛の髪を後ろでひっつめた、そばかすの残る鼻上に近眼用メガネがキラリと光るクリスタ女史が颯爽と立ち上がると、すらすらと説明を始めた。
「はい、現在の魔法使いは決まった系統の魔方術式陣が施工された媒介を基に、土水空火等のほぼ一系統の魔法を狭い範囲で状況に合わせた変化をかける事が出来きます。正確に言えば術式使いと呼ばれ基本術式に魔力を付与する事により、五ないしは十近い事象への干渉行為が出来れば達人級と言われます。」
普段は感情表現が乏しいクリスタ女史だが、話が進むにつれ嬉々とした感情が言葉に混じりだす。
「対して旧来の魔法使いはこの世のあらゆる神秘を治め、あらゆる事象に干渉することができ。任意に高等術式陣を記せばこの世の理を曲げあらゆる事象を覆し、時にその場で呪文を編んでは森羅万象を操り。その知識は歩く図書館、生きた奇跡、もはや人類の至宝、真の魔法使いとは彼ら・・・」
「もういい、もういいよクリスタ君。おーいクリスタ君。」
もはや後半は熱に浮かされたおかしな人のように話しだしたクリスタ女史を教士マシューは必死に止めた。クリスタ女史は何事もなかったかのように無表情にもどり着席する。
「つまりこの事件の前の魔法とは、かなりの専門的な知識や技術を包括的な範囲で習得し。代々受け継がれた知識を有したが数少ない魔法技術者のみが使える特殊技術だった訳なんだが。」
教士マシューは講堂に設置された秒針付き時計にちらりと視線を送りながら、話のまとめに取り掛かった。
「魔術結社の塔が倒壊の折に散逸した、各種基本術式魔方陣が広く民間に出回り。その後、数年で瞬く間に世界各地に波及した。何せ誰が刻んだ火の基本術式でも、魔力さえ付与できれば着火できるのだから。こうして世界に術式使いがあふれ出し、基本術式の複写に次ぐ複写が繰り返され。光の基本術式からはこの講堂の光る天井が、水の基本術式からは台所の水栓が作り出され。世界の技術水準は一気に飛躍を遂げた。」
教士マシューは開いていた資料などを閉じて仕舞いながら続ける。
「それと反比例するように魔術結社の権威は急落していく。それまで複写防止技術の粋を集め小出しにしていた術式陣が世に知れ渡り、運営資本の大部分を失った魔術結社に追い討ちをかけたのが深刻な人材不足。誰でも簡単に術式使いになれるのに、何十年も勉強して魔法技術者になろうと言う者は以前にも増して激減したからね。」
授業時間も残り一分を切ったせいで、にわかに講堂がざわめき出す。気の早い生徒は食券を取り出しいち早く講堂を飛び出す準備を整える。全舎生徒お楽しみの給食の時間が間もなく訪れるからだ。そして教士マッシーはそんな生徒の期待を裏切らない。
「これが世に言われるフローレン王国魔術結社崩壊事件の簡単なあらましです。ちなみに今の魔術物品にプリントされてる術式は、その後この国が主体になって各国と立ち上げたマジックギルドによる複写防止のホログラフが入っているから、迂闊に見つめると失明するし万一複写できても絶対誤動作するように描かれているので。絶対に分解して複写しようなどと思わぬこと。複写は法にふれますからね!はい、日直。」
すかさず全生徒の期待を裏切らず、本日の日直であるイリス嬢が間髪いれずに号令をかける。
「起立!礼!」
全生徒が礼の姿勢をとった瞬間、二限の終業を告げる鐘が鳴り響く。その礼の姿勢からダッシュで講堂を飛び出すあわて者数名を微笑ましくも送りながら、欠食優良児の快走ラッシュが済むまで教壇で待つ教士マシューに近寄る生徒が数名。
皆手にノートを持っている。この表紙右上に持ち主の名を書き込めるノートは、一教科に一冊学び舎が貸し出してくれる、とても上質な紙で仕立てられたノートだ。
通常一学年教科が終わる頃に一冊埋まる程度に仕立てられており、最終授業日に返却すると本人の直筆そのまま藁半紙に複写した物を生徒に配給してくれる。学び舎の素晴らしいサービスの一つである。
教士マシューの本業は歴史学の研究者で、専門家が幾多の資料を基にして惜しげもなく最新の歴史学を教えてくれるのに。黒板の一行だけしか記さないなんて、そんなもったいない事はできないのだ。
一学年教科途中でも教士に総て埋まってしまったノートを提出すれば、総ての内容は藁半紙に複写され一切の内容が綺麗に消え手垢や折り目すら無くなったノートと一緒に帰ってくる。
俺の今学年の歴史ノートは三冊目だが、つわものは四冊目もいる。高等一年から始まったにわか歴史好きだが、複写を回し読みして記載漏れを埋めたり。歴史上の重要人物の当時の行動について、議論したりと教士マシューの授業が俺にもたらした変化は割と大きい。
もっとも十人もの子沢山の歴史学者は本業だけでは子供たちを養えず、こうして教士をして毎日配給の人参や肉ジャガイモなどを一抱えの風呂敷に包み、ホクホク顔で帰宅する様は、俺に歴史学者の道を断念させるに十分な説得力を持っていた。
なんとなく世界観を固めたくて、説明くさいお話ですみません。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。