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(仮題)俺は堅実に生きたい  作者: うぜん
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通学の風景

 首都シュアスは交易の要衝でも巨大な市場を抱えているわけでもなく、国内規模で言えば二十番目にぎりぎり届かない位の大都市だ。


 都の街壁の半分はヴィルの大森林に接しており、残りの半分は大陸最大のライデマール湖に接している。都から隣街レイナスへの街道一本がこのシュアスの大動脈で、ヴィルの大森林を抜ける街道には三つの宿場町が点在している。


 都といっても士団本部官舎があることと、数多くの有名私学が点在する学園都市としての側面がある事以外は、街壁に囲われた街の半分が田園風景で占められているという。かなりイケていない風景が特筆すべき点であろうか。


 全寮制私学には外国からの留学生も多いらしい。誰でも無償で通える学び舎と違い、敷地には雑貨屋から遊技場まで完備して、恐ろしく高額な学費で初中高一貫教育制。帰省以外は九年間も缶詰らしい。


 俺の通学路はそんな私学の中でも超一流の私立オーギス女子学院の横を通らないと街中にたどり着けない。塀の向こうに豪奢な建物がいつまでも続く景色は、しがない農庄の息子にはまさに別世界だ。


 そんな豪勢な建物もひと段落すると、この国では珍しい竹林が生い茂る公園が見えてくる。竹林公園として子供に人気の遊び場だ。


 俺も子供の頃、ちょいちょいこの公園の竹を切り出して工作やチャンバラ等の遊びにお世話になった。正式にはオーギス公園といい、この私学が一般開放している学有地だったりする。


 なんでこんな所に公園があるのか、その答えは公園の曲がりくねった園道を抜けると明らかになる。竹林を抜けると黒ずみくたびれた言い換えると歴史を感じさせる、学び舎の数百年物のおんぼろ学舎の裏手に出るからだ。


 たぶん豪華な学舎を連ねたオーギス学園としては景観が損なわれるので、学び舎の間に竹林を築いたに違いない。そもそもなぜこんな近くに私学が存在するのか、俺の通う学び舎の学舎を見る度にしみじみと思う。


 もっとも、学び舎にしても割と街の生活圏から外れた場所に存在しており、俺の家がどんだけ農地に近い街外れか言うまでも無い。このあたりは士団官舎が集中する行政区のような役割を果たしている地区と反対の農作地の外れで、住宅街からもけっこう離れているのだ。


 学舎の裏手から表に回ると、やっと通学中の学び舎の生徒の列に合流する。みんな紺色の学び舎から配給されるフードつきのフェルト製ジャケットを身に着けている。


 中等部の学生は深い橙色ジャケットで、もう少し早い時間に登舎して清掃してから授業開始だ。今年から俺も高等部の生徒になったので朝の清掃から開放されたのだ。


 初等部の学び舎はもっと町の中心部に三つ学舎があり。小さい子供の足でも通学が容易な様に最寄の学舎に登校出来るよう配慮がなされているが、毎朝中高等部の学舎横を通り抜けてから、その10倍近い時間をかけて初等部に通っていた俺にとっては地獄の様な距離であった。


 野良犬に噛まれたり、帰り道の数少ない楽しみの給食で残しておいたパンをかじりながら帰っていたらトンビにカツアゲされたり。恐怖体験半端なかったのである。


「よう、ベル坊!」


 いきなり舎門近くですれ違いざまに背中に強烈な平手を叩き込まれた。相手はそのまま全力疾走で遠くなっていく。栗色のおかっぱ頭を走るたびにフワフワさせながら短い手足を全力で振っている少女は、鍛冶屋の娘で初等部からの顔なじみイリス嬢だ。


 ベル坊とは東西北に三箇所あった初等部でも北側に学舎があった通称『北初』時代からの俺のあだ名だ。初等部一年当時クラスで一番背も高く交友関係の中心に彼女はいた。


 このあだ名の命名者でもあり、俺があまりこの名で呼ばれることを良く思ってない事を理解したうえでの、朝の軽い挨拶だろう。当然こちらも軽く返すのみである。


「おい、そこの初等生。初等部の学舎は逆方向だぞ。」


「誰が初等生だ!誰が!」


 栗色のおかっぱが急停止して振り向くと、両手をぶんぶん振って烈火のごとく怒りをあらわにした。そう彼女の身長は初等一年にして成長を止めてしまったのか、中高含めた全生徒の中で一番背が低いのだ。


「良く見ればイリス嬢か、すまん遠近感が狂ってた。」


 その怒れるイリス嬢の横をそっけなく通り過ぎる。彼女は今やその愛くるしい背丈で、交友関係の中心から全学年の男女共通のマスコットにジョブ・チェンジを果たし。不動の地位を獲得していた。


 去年の秋に腰まで流れるくせの無い栗色の髪をばっさりとおかっぱにしてからは、最早愛くるしい小動物以外の何者にも見えない。


「ベル坊のくせに生意気だぞー!」


 その小動物は人様のすねにマジ蹴りを繰り出すと、急いで舎門に姿を消していった。初等生レベルの蹴りなのでちょっと痛かった。それより初等生レベルに格下に扱われる錯覚に陥りかけた俺は、精一杯痛く無いフリをして片足を引きずって舎門をくぐる。


「よっベルト!本日も我等の敬愛なるイリス嬢に容赦ない仕打ちだな。」


 またしても背後から、今度はいきなりネックホールドを決められながら挨拶された。マジで頚動脈が極まってるから三秒で落ちる、言葉も発せられない真剣にやばいやつ。必死に格闘の授業で習った降参のタップをし続ける。


 今日も落ちる寸前にホールドを解くと、屈託の無い笑顔で俺の肩を抱えながら押し進むように肩を並べて歩くこの男はアルフォート。全国中等部剣術大会で優勝した猛者だ。


「なんで俺の周りには暴力的な挨拶しか出来ん、人格破綻者しかいないんだよ。」


「類友!類友!」


 この爽やかな甘い笑顔に、引き絞られ均整の取れた長身。学び舎の女子どもはファン倶楽部を結成して、何度も却下された後に学び舎で正式な倶楽部活動としての認可まで取り付けられた学舎のアイドル様だ。


 普段はとっても気さくな性格に見えて格闘術の授業で相対した途端、ドS畜生に成り下がる様までもが魅力的なのだそうだ。全く理解に苦しむ。


「今日の給食揚げパンだってよ、揚げパン!なぁベルト揚げパン賭けて、今日の剣術授業で勝負しようぜ。」


 念のために付け加えるとアルフォートは騎士課程を選択して、将来騎士団入りを目指す筋金入りのあほだ。よって俺にとって揚げパンがどれ程の至宝かわかっていない。


「負けると判ってる勝負を、なんで俺が受けると思っている?コッペパンならいざ知らず、揚げパンでそんなハイリスクを負えるか!」


「いやベルトは結構いいセンいってるぜ。俺と打ち合ってもひーひー泣き出したり、ガタガタ震えたりしないでやり合えるだろ!やっぱり全騎士団最強を誇る救命騎士団長のお孫様は一味違う。」


 正直に言ってうちの母さんに無収入とか、食事内容改善を問答無用で却下され続け家で肉を食べたければ転職しろ等と言われ続けてる爺ちゃんが最強だとか到底信じられない。


「一方的に打ち込まれてるのは、どっちにしろ一緒だろ。この鬼畜戦闘狂め。」


 ただ言えるのは身の危険を感じるコイツの剣と、命の危機を感じる爺ちゃんの剣では比較の問題で片方にそれほど危機感を感じないのは事実である。危機感を感じないからと言って、太刀打ち出来るかと言うとそれも別問題なのだか。


 そんな馬鹿話しをしながら高一と書かれたホームルームと呼ばれる巨大講堂にたどり着く。すでに首都シュアスの高等部一年生三百六十名の殆どがそこに集っていた。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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