これが倶楽部活動と言えるのか!?
俺の住むこの国はヴィルシュアスと呼ばれ、歴史は建国からもうすぐ千年を数えるほど歴史は深い。この国には学び舎と呼ばれる教育制度がある。ちなみに学び舎は建国直後に救命士団が運営した孤児院が元となっている。
救命士団が孤児たちに読み書きを教える場所、それが学び舎の始まりであったそうだ。
農業技術研究部の謹製虫除け薬は、その劇的効果から部外で農薬と呼び出して定着してしまったが。その名が定着するまでに何度も呼び名と仕様用途が変わったシロモノであった。
実のところこの農薬が出来る経緯はちっとも農薬と関係の無い、農研部で飼ってる農作業用の道具を引かせる牛。オーロックス種のミノタウロス二世号の餌代に困った我が農研部で、農耕士団本部官舎に申請書を届け出れば誰にでも無償で払い下げてくれる麦藁を餌に大量に混ぜ込む事で急場を凌ぐ事にしたのに端を発している。
ちなみに農耕士団とは、言わずと知れた建国当初からこの国を支えている王立農林耕作騎士団の事である。つまり本部官舎で受付をしているおじさんも、申請書の書き方を親切に教えてくれるお姉さんもみんな騎士なのだ。
農耕騎士団がこの千年間毎月、大陸の3分の2を占めるわが国の国民をふた月は賄える量の小麦を出荷し続け。この国の国費を稼ぎ続けているのを知らない者はいない。
千年前の建国当時からこの国は政治や治安防衛に治水、街道や街の交通の整備維持など国の運営に携わる者は総て各分野に特化した騎士団によって運営されており、彼らの衣食住は全て現物支給で賄われ、すべてはこの小麦による外貨収入があてられている。
建国当初。国境防衛紛争から孤児院の赤子の世話まで、何でも出来たと言われる異色の特殊技術の塊の様な戦闘集団である王立騎士団は、街の治安維持や侵略してくる他国相手に軍事的殲滅防衛行動を行なう片手間に、公共事業や治水から医療や教育に至るまで。国の根幹を成すすべてを一手にになっていた。
ここで特筆するのは他国民の一般人に死傷者を一切出さない作戦遂行能力だ。ヴィルシュアス王国の前身であるシュアス自治村連合当時。七つの村と二つの隠里から形成されていた自治村連合には二十名の団員によって結成された自衛騎士団しか存在せず。侵略者が国境を越えようと領土を侵犯するとき、必ず領土の田畑を守る様に自衛騎士団が布陣していたのを目撃する事となったという。
戦闘が始まると一般兵から槍で突かれ様が剣で切り付けられようが、全く歯牙にもかけず作戦指揮者に真っ直ぐ向かって行き討ち取っていくという特異な作戦行動で、最終的に敵軍指揮官を討ち取ると。
その場で敵軍の軍馬を徴用し、今まで相手していた敵軍そっちのけで敵国内に侵攻。
侵略行為を行なってくる隣国の政権組織を一週間程度で完全に瓦解させる事を目的とする苛烈な防衛指針を実際何度も成し遂げている。
大国となった現在でも、この殲滅防衛指針に変わりは無く。制圧後の領土に一切手をつけることなく、撤収する騎士団達は一切の負傷者も目撃されたことは無いらしい。後に残るのは死体すらない無人となった王宮や宮廷が残るのみであったと当時の敵対国地域の旧国家図書館の文献で散見されている。
王国が公式に出版しているシュアス騎士伝では、建国王の幼馴染であるヴァルキス団長が様々な軍略や智謀を駆使して敵軍に勝利する英雄譚が描かれているが、そもそもこの騎士伝は建国王の名前も出てこなければ細々と麦の生産を行なっていた寒村出身の若者が如何にして様々な困難をひっくり返す軍略や智謀を身に着けたか等の記述も無く。
歴史学者の間では英雄ヴァルキスの存在自体捏造では無いかとの意見が主流である。
話がそれたが、こうした自治村連合時代の紛争から数年。幾度も政権が交代した隣国三つが最終的に自治領への併合を望む形でヴィルシュアス王国は誕生した。
五百年近い戦乱の世の傷跡が随所にあった王国の食料事情を劇的に回復させた自衛騎士団を前身とした王立騎士団は、その重要性から一番最初に独立した官舎本部を設置し王立騎士団の下部組織として農耕騎士団を組織した。
現在は二十四の各分野特化した騎士団がこの国を運営しており。総ての騎士団を統括するのが国王の名代である公正という役職についている者が担っている。
農耕士団の農場は国の根幹に関わるためか秘密のベールに包まれており、農場は完全に隔離されたライデマール湖の沖合いにある農耕士団農場で生産されており、この国の人間ですらどんな農法で麦が作付けされているのか知る者はない。
ライデマール湖畔で細々と生産されていた大粒ばかりの高品質小麦は、併合ラッシュで領土が拡大するに伴い収穫量も増えていき。
六百年前の大干ばつと大陸規模のイナゴのスタンピードによって引き起こされた大飢饉の際、その翌月から毎月小麦の出荷という驚異の偉業を叩き出し。当時の公正エルヒードの英断のもと、諸外国にほぼ輸送費のみで供出した。
その翌年からは諸外国からの要請で、その質を大幅に落とした小粒な小麦全収穫分を低価格で諸外国に輸出する事となり、ヴィル麦の通称で貧困地帯を主に全世界に流通している。
そんなわけで国内に流通させる余裕は全く無く、変な話だが安価な家畜飼料として逆輸入されていたりもする。
昔は大粒でかなり高品質であったと言われているが、飢饉の翌年より非常に小粒になったと言われているこの小麦は、今では大陸最大のライデマール湖の沖合いの埋め立て農場で通年毎月収穫され続けている。
最初の頃は小麦を生み出す古代遺跡か何かを用いていると噂が立ったが、毎月ゴミ処理施設の魔法分解炉に大量の麦藁が持ち込まれるので、どうやら本当に一月ごとに収穫しているらしい。
そしてこの廃棄される麦藁は申請すれば無償で分けてもらえるのだ。主に家畜の厩舎の床材として畜産業ではかなり重宝されているのだが、添付の使用書説明書に飼い葉不適と記載されている。
その麦藁をミノタウロス二世号に無理やり食わせようとあれやこれやと試す内に、大鍋で煮ると言う暴挙にでた俺は・・・結果的には嫌そうに仕方なく可能な限り避けたいが他に食うものも無いしと言う名状しがたい表情をミノタウロス二世号にさせつつ食わせる事に成功した。なぜだか反芻回数も増えたが。
すると今度はその煮汁を何処に捨てるかが問題となった。
最初は何も考えずに部室の横の道端に捨てたのだが、こいつが唐辛子をフライパンに山盛りで炒めたかのように目にしみる刺激と、ニンニクと珈琲と物凄いワキガの奴が一月は風呂にも入らずに着たきりだったシャツを混ぜたような悪臭が何時までも消えずに残っていたのだ。
ウチの部のお隣さんは畜研部であり、その間には養蜂の巣箱が七つある。
この巣箱が翌日蜜を残したまま空になっていた。女王蜂を含めて蜂が巣箱から逃げ出したのである。
幸い近くの木立に蜂玉状に居たのを木箱に押し込んで回収したらしいが、俺が捨てた煮汁にトンデモナイ忌避作用があるらしいので他に捨ててくれとのクレームがきた。
煮ている最中は何とも言えん藁の匂いしかしないのだが。冷めると目に刺さるライムグリーンに変色し猛烈に目にしみて、とても暴力的な匂いを振りまくのだ。
仕方なしに煮詰めるだけ煮詰めて冷めないうちに、部室の裏に堆肥入れにでも使われたまま放置されていた真っ黒に変色していた酒樽に詰めて溜める事にして解決した。
まったく薪代も無いので一日の飼料を作るのにミノタウロス二世号に引かせた馬車一台分丸々藁を貰ってきて、最後に煮汁を煮詰め切るまで藁を燃やして大鍋を煮ると言う徒労を続ける羽目に。
その苦行は入部したての春終わりごろから、秋に俺の家が麦を収穫するまで続いた。
最初の異変に気づいたのは一月くらい経った頃、まるで風呂場の桶のように真っ黒いカビで変色した樽の下の外周が液面と同じ高さで変色して、綺麗な木目になっている事だった。
これはとっても体に悪いのではないだろうかと、嫌な予感に苛まれながら部活カーストの最下層である中等部一年生の俺は戦慄しながら作業に従事した。こんな藁を食わしてミノタウロス二世号は大丈夫かとも思ったが、平気で馬車を引いているし。患っていた皮膚病も治り、いたって元気なので先輩にも告げず放置を決め込んだ。
この時期。正直なとろ藁を煮るより、煮汁を煮詰める方が遥かに時間がかかり。俺の部活はたった一頭のオーロックス種ミノタウロス二世号の餌を作る事だけで消費され、やりたい農業技術の研究という目標に一切触れられずに過ごしていた。
部活のやりがいも見出せずにもう退部すると俺が言い出すことが毎月の締めくくりと認識されるようになっていた。
つまり月一ごとにやめると騒いでいたわけである。結局は当時高等部3年のシーバード部長にうまく丸め込まれ、翌月また我慢の限界を迎えて騒ぎ出す事を秋まで繰り返したのはいい思い出である。
おかげで随分と討論とかで簡単に丸め込まれなくなったように思う。ちなみに初等部では素直で真っ直ぐな少年という評価だった俺だが、中等部一年の評価表では総評に、教士の指導の不備を挙げ伝統や教則の非効率を教士に説き、度々行事などに支障をきたす事ありとの有難いコメントを記載される名誉を冠した。
どれほど屈折しながら藁を煮ていたかが窺い知れよう。
最初のうちなど物の見事に丸め込まれ退屈至極な煮炊き作業を真剣に行なっていた。
この煮炊きを行なっていたのが、部室とこじんまりとした作物試験農場の畑の間にある掘っ立て小屋で、吹き曝しの目と鼻の先には植えたまま放置されてる菜の花がびっしりとアブラムシにたかられていて、なんとも微妙な景色だった。
毎日煮詰めた煮汁をひしゃくで掬って樽に詰めた後、残った僅かな煮汁にひしゃくも投げ込み。鍋が空焚きになるまで焼ききっていたのだが。
ある日作業に飽きた俺はひしゃくに残って冷めて変色した煮汁を、悪戯心で畑の一番手近な菜の花の一株に一滴垂らしてみたのである。
それは驚天動地の光景だった。
垂らした場所を中心にびっしり張り付いていたアブラムシが次々と暴れだし地面に落ちていった。菜の花一株の足元に影が出来たようにのたうつアブラムシと青虫達は精神衛生的にちょっと来るものがあった。
翌日には両隣の菜の花にびっしりアブラムシが増え、一適垂らした菜の花は虫一匹付いていない状態になっていた。
この煮汁に殺傷能力は無く、とにかく虫と言う虫が逃げ出す様はちょっとしたストレス発散となり。毎日数株ずつアブラムシどもを放逐し、畑のアブラムシを総て部室に一番近い一株に集め。
見ただけでぞわぞわするアブラムシ菜を完成させたときの俺の達成感は半端なかった。
ただしその達成感も当時の副部長だったエリソン女史に発覚して、絶叫に近い悲鳴を上げながら女史か犯人をしばき上げるまでの僅かな間であったが。
すみません。
書き始めたものの、話がぴたりと出てこなくなりました。
次の更新は少し時間を頂きます。