世の中上には上がいる
食卓の上には頭から被れば胸まで隠れそうな大鍋のオートミール粥がもくもくと湯気を立てて鎮座していた。朝の食卓には食器のぶつかる微かな音と控えめな咀嚼音が続いていた。
「マーサさんや、たまには肉が食いたいのう・・・」
既にとんぶりで何杯か食べた後で筋骨たくましい老人が、遠慮がちに言った。マーサはとてもにこやかにだが、こたえる内容は容赦がなかった。
「そうですね。お義父さまが収入のある職に転職されたら喜んでそうさせて頂きますわ。それとも士団宿舎にお入りになれば、三食お好きなだけお肉を召しになれると思いますけど。」
つまり一切その気が無い事を表明した。老人はその大きな体を若干小さくして、匙でどんぶりの中身をすくい上げる。
「宿舎は街外れで遠いんじゃ、老骨には毎朝一刻も歩くのは堪えるでのぅ。ああ、死んだばあさんは、毎朝雄鶏の一羽か二羽絞めて丸焼きを出してくれたものじゃ。懐かしいのう。」
さも哀愁を漂わせ昔を懐かしむ老人っぽい事を呟こうが、その巌の様な筋肉が総ての説得力を裏切っている。食卓で哀れな老人を演じる筋肉巌の後ろの勝手口が開き、裏の井戸で顔を洗ってきた孫のベルトが入ってきた。
「今日も死ぬかと思った。って今日も大鍋の燕麦粥なの?一応育ち盛りなんですけど。」
先ほど宙を舞って生死の境を彷徨った自覚の無いベルトは、違和感でもあるのかしきりに首を捻りながら食卓にででんと鎮座する大鍋を覗きながらいつもの席に着く。
「それじゃ母さんもう出るけど、学び舎の講義が終わったら何時も通り畑に顔を見せるのかしら?」
マーサは食事に関する抗議は息子と言えども一切受け付けるつもりは無いのか、ベルトの抗議を潔いくらい見事にスルーした。
「今日は農研部で来月の学び舎祭の活動内容を決めるから、多分行けないと思う。」
ベルトも朝の挨拶程度に朝食の内容に触れただけなので、今日の予定を伝えながら大鍋から自分の椀に食事をもる。
「それじゃ今日のライ麦への新しい農薬試験散布は来ないのね。」
いつもは呼んでもいないのにやって来て、質問ばかりする面倒な息子が来ない事に、この日のマーサはちょっとがっかりしていた。重たい手漕ぎポンプを持ってこさせようと思っていたからだ。
「えっ!それじゃ今日は畑で見学しながら活動内容決めるよう言うよ。みんな新農薬は気になってるし」
マーサは出かけ際に、農研部で使っている手漕ぎポンプを持ってこさせる事をベルトに承知させ。思わぬ人手が加わる事に内心ほくほくしながら家を出て行った。
上機嫌で朝食をかき込むベルト横目に、祖父のデアビルは大鍋を片手で持つとひっくり返して最後の一滴までどんぶりにおタマでこそぎ落としながらベルトに話しかけた。
「ベルトや。その農研部で作った農薬とか言う虫除けは農作物を通して人が食べても大丈夫なのか?」
ベルトは苦笑いしながら答える。
「元を辿ると蜂除けで、アブラムシ退散薬で、それから手荒れ薬にされた物が化粧水扱いになって。気がついたらシーバード先輩専用のジュースになってた代物だから多分大丈夫。」
祖父のアラベルは全く用途が違う来歴を聞いて珍妙な顔になった。
細々と続きます。
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