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(仮題)俺は堅実に生きたい  作者: うぜん
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裏庭でも世界はまわる

 それは剣と形容するより風車の羽か建築現場の足場板と言われたほうが納得できる程巨大で禍々しく、ほんとうに鋼で出来ているのか疑わしい、現実離れした速度で振り下ろされていた。


 それを受け流そうと渾身の力で振り上げた剣は、その軌道を毛髪の一本分すら変えることが叶わず。結果的には振り下ろされる剣に押し出される様に、自分の身を軌道から退ける事は叶った。単に弾き飛ばされ地に伏したとも言う。


 体勢を立て直そうとするより早く、地を踏みしめる足音と巨大なものが空を切って唸る。泣け無しの生存本能が全身に鳥肌を立てて危険を叫んでいる。


 すでに五手前のフェイントを見切られた時点で、勝敗はついていた。この実戦経験が自分の人生より長い筋肉の化物相手に、逆転とまでは行かずとも一泡吹かせてやろうと浅はかな計略を立てた数秒前の自分が恨めしい。


 半鉄兜の死角から迫る死の一撃を感じながらも、打ち倒された体勢のまま上半身しか起こせていない今。


 刹那の筈の時間が急激に長く引き伸ばされる。


 直撃だけは避けなければと、唸りをあげて迫りくる一撃と自分の間に手に持つ剣を大地に突き刺し、剣の腹に籠手を当てて剣を握る手と籠手の両腕で防御の構えをとる。


 次の瞬間。


 恐ろしい衝撃とめきっと言う鈍い音と耳鳴りが同時に訪れ、奇妙な浮遊感と何故か世界がぐるぐると回る。記憶はそこで途切れた。

 ガトー家の朝は早い。


 主婦のマーサはこの王都の農庄の例に漏れず夜明けと同時に仕事に出かける夫を見送ってから、残りの家人の朝食の支度に取り掛かっていた。


 とは言えマーサ以外には七十を超えても大食漢の義理の父と、自慢の孝行息子の三人分なので、それほど手間は掛からない。と言うよりは洗濯や掃除をすると、朝食の支度など晩の残りか掃除や洗濯の片手間に出来るものしか用意できない。


 朝食の用意が整い。庭で日課の鍛錬に汗を流す義理の父とそれに付き合う孝行息子を呼ぶべく。勝手口から裏庭に顔を出すと、息子が回転しながら空高く宙を舞っていた。


 後頭部から着地を果たした息子は、あまりの勢いにもう一度跳ね上がり。農器具が収められた納屋の入り口に綺麗に転がり込んだ。受身も何も取れていない所を見ると意識が無いのかもしれない。


 慣れと言うものは恐ろしい。


 都で一番の薬師であった義理の母が他界したのが五年前、夫が一人暮らしになった父親を心配して同居が決まり。その時十歳であった息子が現役の剣士である祖父から、目を輝かせて棒切れを振り回しながらの剣術指南ごっこで祖父と孫の交流を温かく見守っていたのは最初のうちだけだった。


 朝のわずか半時程の指南ごっこは日々少しずつ遠慮と加減が無くなり、今では宙を舞うくらいでは驚かなくなっていた。


 もっとも息子は早々に嫌がり始めたが、あれほど虚弱体質で月に二度は高熱で寝込んでいたのが嘘のように健康に育っているので、お爺ちゃん孝行しなさいと誤魔化してもう数年経つ。


 それにしても息子も壮健に育ったものだ。人があんな風に飛んでも平気なものだと最近まで知らないで恥ずかしい思いをしたマーサは、その件には全く触れずに用件だけを伝えた。


 「お義父さんお隣さんから毎朝起こしてくれてありがとうって言われてるの。もう少し何とかして頂けないかしら。」


 自分の身丈程もある剣を軽々肩に担ぎながら、白い髭を蓄えた口に爽やかな笑顔を浮かべた老人は顔だけ見ていれば好々爺だが、首から下は巌のように筋肉の鎧をまとい実年齢を遥かに曖昧にしている。


 「そうさな、もう少し気を付けるとしよう。」


 器用に方目を閉じておどけて見せる老人に、諦めのため息を付きながらマーサは告げる


 「朝食の用意ができたので、ベルトと一緒に冷めないうちに食べてくださいね。私ももうすぐ出ますから。」


 「ではベルトを起こしてこよう。」


 老人は立て掛けてある鞘に、二本の腕でも扱えない剣という由来でついた愛剣スリーハンドを収めながら納屋に近づく。もっとも老人は普通の倍以上厚みのある長剣を片手で扱っているのだが・・・


 ちなみに孫が振るっていた剣は、7feetを超える長剣スリーハンドを補うために彼が携帯する超近接戦用副武装の小剣だ。もっとも先ほどその小剣を持った孫相手に、スリーハンドで超近接格闘戦を行なっていたのだから、それなりに手加減していたのだろう。


 納屋の入り口脇には一緒に弾き飛ばした彼の小剣スレッジダガーが突き刺さっており、引き抜いて腰の後ろの鞘にしまう。孫が持てば小剣でも、彼が持てば短剣サイズだ。


 巌の様な体を小さくして納屋に入ると、白目を向いて倒れている孫の姿が目に入る。


 「正直困ったものだ。圧倒的に鍛錬が足りておらんというに」


 もともとは病弱な孫に体を鍛えさせる程度の軽いものだった。毎日とは言え朝のたった半時の手ほどきだ。筋力も体幹すら全く出来ていないのに、これ程剣が扱える様になるなど非常識も甚だしい。


 これで本人が農士志望でなければ、すぐにも朝から晩まで基礎訓練を始めて体を作ってやりたいのだが。孫のベルトは剣術より堅実な人生を好むらしく、父親の家業である麦類の生産事業継ぐ気満々なのだ。


 あまりにも惜しい為、ついついもう少しもう少しと段階が進み。咄嗟の機転に彼がつい加減を忘れ、孫が宙を舞う事も珍しくないのだ。孫の頭蓋にヒビを入れるとかマーサに知られたら絞殺されかねない。息子にもだ。


 そんなわけでマーサには人間は剣で叩かれ宙を舞うくらいでは怪我などしないとやや強引に説き伏せ。白目をむいて泡を吹き不吉な痙攣を起こしている孫には、治癒の術を使って誤魔化しているのが現状だ。


 そして道具が表にまで飛散している納屋の薄暗い戸口からは、今日も目も眩む神聖な光があふれ出した。

初の投稿作品です。


多分説明くさい話がやたらと続くかもしれません。

色々お目汚しの件に関してはご容赦をm(__)m


最後までお読みいただきありがとうございます。

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