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輪葬  作者: 加部宮
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翌日反物質

「ねぇ朱鳥、今は何周目の世界だと思う?」

 喫茶店の角の席、私たちがいつも座るその席でLはそう訊いてきた。

「そうね、何周目だったとしても私には関係ないものだけど」

「あら冷たい。まあそんな何周もしてるようじゃ神様の体力がもたないわね」

 届けられたカフェラテを啜る。Lはお気に入りのシフォンケーキをフォークでつついて崩していた。これが我流の食べ方らしいのだけど、整えられているものをわざわざ崩して食べるならフォークではなくスプーンで良いのではないかと思う。

「朱鳥。反物質って、何かわかるかしら」

「素粒子の符号が逆、つまり普通の物質とは電荷が逆なんでしょう」

「ご名答。さすがに理系なら専門じゃなくても知ってるのね。試験ならそれで点をもらえるかもしれないけど」

「けど?」

 Lはボロボロになったシフォンケーキをフォークですくって口に運んでいた。砂糖を計量スプーンで量っているかのようだ。そして悪戯っぽい目をして笑うのだった。

「でも不思議だと思わない? 電気という項目で逆、他にも正物質と反対なところが多い。なのに重力や慣性といった力学的なものは正物質と同じ振る舞いを見せるのよ」

「確かにそれは不自然ね。生物科の私には物理なんてさっぱりだわ」

 色んな所で反対で、だけど動きは変わらない。この天邪鬼みたいな反物質とかいうものは、まるで意思を持つかのように人の理解を遠ざけているように思える。Lが何か言いたそうにしているけど、ここは興味を示してあげるべきだったかしら。


「それはね、朱鳥。時間も逆転してるからじゃないかしら」

「時間も?」

「ええそうよ。反物質は未来から過去へ進んでいっているのではないかしら。動画を逆再生したら物は上に落ちるし慣性だって逆に見えるでしょう? 時間の流れを逆にしたらしっくりくる振る舞い、つまり本当の意味で『反』になるはずなのよ」


 珍しく夢想的ではなく最もらしいことを言う。Lの言葉はいつもあやふやで、文学的というよりやはり夢想的なのだけど、彼女もまた理系の人間なのね。

 何をどうやったのか、シフォンケーキのふわふわの生地はすでに粉末の山になっていた。細かく、細かく。物質を砕いた末にある一つの答え。それさえも不確定でおかしな振る舞いになる。

「未来から過去へ。そんな事が出来たらどんなに楽しいか分からないわね」

「いいえ、朱鳥。未来は勿論誰にも分からないけれど、だからと言って過去を全て分かってる訳でもないでしょう? ラプラスの悪魔じゃない限りね」

「反物質にとっては、今まで進んできたのが未来からだから、過去の事が分かるんじゃないの?」

「じゃあ朱鳥がタイムトラベラーだとして、確実に知っていると言える過去なんてあるのかしら。産まれてからの記憶はあっても、それ以前は記録でしかないのよ。過去への旅は記録を確かめに行く旅、とも言えるわね」

 過去。人間は経験したことは知っているけど、そうでないものは未来も過去も変わらないのかもしれない。結局反物質だって、未来のある時点で産まれて昔々には死んでいるんだ。

「明日は待てば来るもの。果たしてそうかしら。未来も過去も同じようなものなのだから、今日という日を終えて明日を迎えるためには変化が必要なのよ。今日を永遠に繰り返さないための変化が」

「面白い理論ね、リヴィ。でもね、私はこう思うのよ」


 明日はある。そう思えるために昨日がある。世界五分前仮説じゃあないけど、わざわざ世界が始まったことを隠すために昨日を作るかしら。

 明日は誰かがくれるもの。そんなのは甘えだって分かっているけれど、そう思うことで今日がまた楽しくなるのだから。

「明日があるさ、いい言葉ね。時間なんて概念は人が作ったものなのだから、本当は明日なんてないのかもしれない。でも明日があるって心の逃げ道を作るための『時間』なんじゃないかな」


 するとLは堪えきれないといった調子で笑い出した。シフォンケーキはいつの間にかなくなっている。


「あら不思議。朱鳥が、そんな夢想的なことを言うのね。ようやく『子ども』になれたの?」


「リヴィこそ、珍しく未来人らしいこと言うじゃない」

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