英雄の奥様と英雄
マリロード王国の将軍サイラス・アバードは、王宮で仕事をしている。
ある日、その仕事に一区切りがついたため、一緒に仕事をしていた副官のセドリックに、最近の悩みを相談した。
「なあ、セドリック」
「はい、なんでしょうか?」
「最近、スーザンが、タチアナが生まれたせいか、私まで子供扱いしているような気がするのだ。もっと、夫として、あるいは男として頼られたいところだが、やはり女性は子供を産むと母親になってしまうものか?」
「はあ、そうかも知れませんね~」と答えつつ(たぶん、奥様の将軍の扱いは変わっていないが、お子様が生まれて、同じレベルの扱いと気づいてしまったのかな?)と失礼なことを考えるセドリック。
「もっと男として求めてもらうために、どうすればいいと思う?」
「うーん、男としてですか……」
「ああ」
「……それなら、お子様は抜きで、お二人だけで出かけられてはいかがでしょうか?」
「ん?タチアナを置いていくのか?」
「ええ。あと、その際、奥様の手は握らずに出かけられてみては?
サイラス将軍は、奥様と一緒に歩くとき、いつも必ず手を繋がれていたかと思いますが、たまには手ではなくこう、腰を抱きながら歩いてお出かけされてみてはいかがでしょうか?」
「ええ!!スーザンに直接、触れないのか!?」
「そうです。手をずっと子供のように繋ぐから、子供扱いされるのでは?でも、たまに親密な男女のように腰を抱きながらスマートにエスコートし、手を握ってもにぎにぎはせずに、そっと触れるように『普通に』されるだけで、奥様は意識してくださるかも知れませんよ?」
「おお!そうなのか?そういえば、プロポーズ後はいつも手をにぎにぎしてしまい、腰を抱くことはあるが、一緒に手や腕も揉んでしまっていたかも……」
「そうですか……。それはやめてさしあげるといいかも……」(プロポーズ後、ずっとか……。奥様、本当に忍耐強い方だな。大変だったろうな……。)とスーザンに同情するセドリックであった。
「ふむ、なるほど。つまり、まるでつきあっていた頃のようにふるまうってことだな?
早速、やってみる!!」
「ええ。ご健闘を祈ります」
サイラスは早速、帰宅後、スーザンを街まで二人っきりのお出かけに誘ってみた。
スーザンは、初めは当然、タチアナのことで断ってきたが、短時間ならいいだろうということで、サイラスの強引な誘いに乗ってくれることになった。
サイラスの仕事がお休みの日、サイラスとスーザンは馬車で街まで、帽子などでカモフラージュしながらお忍びで、二人っきりのお出かけをすることになった。
もちろん、タチアナがお昼寝中に行くことにして、そのお世話もベテランの乳母たちにまかせ、何かあったらすぐに連絡するように手筈も整えた上でのお出かけである。
街に着き、馬車を降りた後、歩きながら、ごく自然に手を繋ぐだろうと手をさしだしてきたスーザンにひどく悶えるサイラス。
可愛い!もう自ら手をさしだす私の奥様、最高に可愛い!!
しかし、今日はセドリックの忠告通りに、ぐっと我慢して、手を握らず、サイラスはスーザンの腰を優しく、撫でずにそっと抱くと、その様子にスーザンはとても驚いた様子であった。
え?何かあるの?
スーザンはサイラスのいつもと違う行動にちょっと驚いたが、少し嬉しそうに頬を染めた。
そのやや恥じらうような様子にも、サイラスは非常に悶えたが、今日はプロポーズ前の取り繕っていた頃のように、デレデレせずにきりっとした表情や、夫としての優しい微笑みなどを浮かべ、スーザンをスマートにエスコートするサイラスであった。
街では、サイラスはスーザンのためになじみの宝飾店に入った。
「スーザン、何か欲しいものはないか?」
「いえ、特には……。先日も頂いたばかりですわ。あとお義母様からも」
そう、スーザンは普段はサイラスの屋敷まで宝石商などの商人たちが訪問してくれるので、それで必要な宝飾品を買っている。ただ、スーザンは、よくサイラスが好きなだけ買うように言っても、宝飾品などは必要最低限しか購入せず、カーラからのプレゼントも遠慮する位につつましかった。そのため、以前から、できれば宝飾店の店舗にしか置いていないようなものを買ってあげるようにカーラやクリスティーナ王妃からも忠告されていたサイラス。
「……そういえば、婚約前は腕輪や指輪をよく身につけていなかったか?最近はしていないようだが」
「そうですね。昔はよくつけていました。でも、今は子供がおりますし、指輪や腕輪は子供を抱っこした時など引っかかって子供の肌を傷つけてしまうかと思いまして……」と言いながら、サイラスをはじめとするスーザンの手を揉む方々に気を遣ってつけないでもいた。
「ああ、なるほど。肌を傷つけるのはいけないな」と力強く同意するサイラス。
「ふふっ」といつものサイラスらしい発言に笑うスーザン。
「でも、そうだ、昔、色々な種類の指輪や腕輪を持っているから好きなのかと聞いたら、好きと答えたのを覚えているぞ」
「まあ、サイラス様、よく覚えていてくださったのですね。
そうですね……。昔は地味な自分の姿を補うべく、宝石が付いたような、きらきらと輝く物をよく身につけていましたね。特に指輪や腕輪など自分の目にも見えるので、好きでした。でも今は……」と言って、スーザンはサイラスを見つめた。
サイラスは美形な顔立ちの上に、光の中、輝くばかりの金色の髪と、瞳は深い青色で宝石よりも力強く輝き、その瞳はいつでも愛し気にスーザンを見つめる。しかも、最近はサイラスと同じ輝く色彩のタチアナという宝物まで増えた。
サイラス様やタチアナのように輝ける愛しい家族と一緒にいるので、そういった地味さや寂しさを補う物は不要になりましたよ!
スーザンはそう考えて、サイラスへ心からの微笑みを向けた。
さらに、スーザンは幼い頃から自分の地味さにコンプレックスを抱いていたが、サイラスにプロポーズをされてからは、そういう気持ちが、サイラスからの絶え間ない愛情にさらされているせいか、見事に吹き飛んでしまったことを、思い出した。
これもサイラスのおかげだなとしみじみ思うスーザン。
一方、スーザンのそんな心からの微笑みを久しぶりに向けられたサイラスは、「私の奥様、無限にかわいいー!!」と、ここが屋敷であったならば、床に転げまわるほど悶えまくるところであったが、今日は婚約前バージョンを保つ!と誓っていたため、息は荒いものの、何とか叫んだり、乱れたりするのは耐えた。
結局、スーザンはその宝飾店で、サイラスの色彩のような青い宝石のついた金の髪飾りを、自分用とタチアナ用の小さなサイズとセットでサイラスに選んでもらい、贈ってもらった。
スーザンは、今日は手を揉まれないし、サイラスの価値にあらためて気づき、いつになくかっこよく見えてしまうサイラスにときめき、今日のお出かけをとても楽しんだ。
セドリックの作戦通りである。
屋敷へ戻ると、目を覚ましたタチアナがスーザンの姿が見えないことで、ひどく泣いていたが、買ってきた髪飾りをスーザンとお揃いでつけてあげると、泣き止み、むしろ、とてもご機嫌になった。
おしゃれがわかるのか、赤ちゃんでも女の子である。
ちなみに、サイラスは、お揃いの、しかも自分の色彩の髪飾りをつけたスーザンとタチアナの姿に、とうとう我慢できず、今度こそ床に転がって心置きなく悶えた。
英雄の奥様は、英雄のおかげでコンプレックスを克服した!
そして、サイラスとさらに仲睦まじくなったスーザンは二人目の子を妊娠するのであった。
チョロインなスーザンと、ローリングサイラス。(真のサブタイトル)( *´艸`)