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番外編 僕の家族とお菓子屋さん シモン視点

主にシモン視点のお話です。

 僕は、シモン・アバード。

 もうすぐ2歳!


 僕のお父様は、英雄と言われている。

 英雄って何をした人なのか聞いてみた。

 そうしたら、北から攻めてきた悪い人達をやっつけたらしい。

 あと、お父様は、この国の将軍なんだって。

 将軍は、主に軍事を司るお仕事。

 その将軍?えっ……。

 英雄で将軍なのに、床をローリングするの?

 世の中、わからないことが多いな。


 赤ちゃんの頃は、コミュニケーションが一方的で、苦労した。

 聴こえたり、見えたりするものも、まだぼんやりしていたせいもある。

 生きたいという本能のもとに、反応していた。

 しばらくしたら、大分、それが改善されてきた。

 いや、成長してきたっていうのかな。

 まだ生きたいという本能が勝ってはいるが、生まれたばかりに比べたら、世界は明瞭になってきた。

 聴こえた言葉の意味はわからないことが多かったが、人が話すのを何度も聞いていたら、すぐに、その規則性に気づいた。

 次第に、言葉をほとんど理解できるようになった。

 でも、自分の言葉を発する機能が未発達だった。

 だから、言葉はまともに通じず、もどかしかった。

 1歳になって、やっと意味のある音を発することができて、会話らしきものが成り立つようになってきた。

 それでもまだ、もどかしいことは多い。

 あと、不思議なのだが、僕よりずっと年上なのに、きちんとお話が通じない人間もいることがわかった。

 身体能力は高いのにね。

 そういう人のことを、よく脳筋と呼ぶらしい。

 お父様は、脳筋なのか、ふーん。

 まだまだ、わからないことがいっぱいだな。

 僕にもセドリックさんみたいな優秀な副官が必須だね。


 僕のお父様は、お母様が大好き。

 僕も、お母様は優しいから大好きだ。

 お母様は、綺麗なお肌で、優しい声、優しい手。

 ちょっと、お父様に流されやすいかな?

 お母様に抱っこされている時が一番、落ち着く。

 反対に、落ち着かないのは、お姉様。

 隙あらば、僕を着飾ろうとする。

 窮屈だから、着飾られるのは嫌い。

 お姉様のことは、嫌いじゃないけどね。

 お兄様は、尊敬している。

 僕に、わかりやすく世の中のことを教えてくれる。

 だから、僕はよくお兄様の真似をする。

 たまに、真似してはいけないこともあって、お母様がとても心配することもあるけどね。


 今日は、帽子をかぶってお庭でお散歩。

 お母様や乳母のネリーが見ている範囲でうろちょろしている。

 あ、お母様がテラスでうたた寝をし始めた。

 ネリーは、僕に「ここにいてくださいね」と言って、お母様にかける毛布を取りに屋敷へ戻った。


 チャンスだ!


 まず、帽子を僕の高さ位の茂みに引っかけた。

 これで、遠目では、茂みの向こうに僕がいるように見えるはず。

 そうしたら、すぐにお庭の壁の裂け目に向かって走った。

 息が切れるが、お屋敷の外に出れるチャンス。

 お庭やお屋敷を囲う壁は、高く強固だけど、この前、今の僕が通れるサイズの壁の裂け目を発見したの。

 壁の材質を途中で変えたせいで起きた綻び。

 だけど、僕が外に出るためのところ。

 そこをくぐって出て、ちょっと歩くと人通りのある道にでる。

 近くに歩いている人に向かって、微笑んでみる。

 そうすると大抵、シュバッと僕の側に来て、しゃがんで僕に話かけてくれる。

 今日は、赤い髪のハンサムなお兄さん。いい人かな?


「えっ?天使かっ!?

 あ、いや、君、こんなところでどうしたの?」

「だっこ~」と初対面のその人に、抱っこしてポーズをとると、すぐに抱っこしてくれた。いい人だね。

「……君のママは?

 ママとはぐれたの?」

「まま、ねてる~」

「ああ、なるほど。

 ママが寝ている間に、1人で歩いてきちゃったのかな?」と言われ、頷く。

「あっちー」と言って行きたい方向を指をさすと、お兄さんは、「あっちにママがいるの?」と僕を抱っこしたまま向かってくれた。楽チン!

 僕の指差す方には、今、人気のお菓子屋さんがある。

 赤髪のお兄さんに抱っこされて、お菓子屋さんの前。

 そこは、大勢の女性で賑わっていた。


「うわっ、凄い人だな!

 あれ?ママは寝ているんだよね?

 じゃあ、ここにママがいるわけじゃないよね?」

「なかにはいる~」

「えっ、中に入りたいの?

 でも、その前に君のママのところに行かないと……」

「はいるの!」

「いや、でもね……」

「たまごぼし~」と言って、赤髪のお兄さんに、持っていたコインのお金を見せた。

 ここのお菓子屋さんでは、「卵星」と呼ばれる柔らかいスポンジにカスタードクリームが入った卵型の焼き菓子が名物だ。

 その卵型のお菓子は、僕の二口分位のサイズで、外側にはペースト状になった砂糖の衣で覆われていて、小さい星型の木の実がちょこんと乗せられている。

 味は、とても美味しい。

 小さい星型の木の実は甘酸っぱく、ふわふわのスポンジに滑らかなカスタードクリームとのハーモニーは素晴らしい。

 うちの料理人に作ってっとねだったけど、あの味は再現できなかった。

 材料の配合の問題かな?

 僕が大きくなったら、作ってみよう。

 今はまだ、このお店のじゃないと駄目みたい。

 でも、家では、たまにしか買ってくれない。

 本当は、毎日、食べたいのに………。

 だから、自分で買いに行くことにした。

 家を内緒で抜け出す位に、はまっている。


「え、あの焼き菓子が欲しいの?

 だ、駄目だよ!

 まだ食べれないでしょ?」

「たべれる~。

 きのうもたべた」


 もうすぐ2歳だから、余裕で食べれる。

 小麦粉や卵アレルギーもないよ?

 だから、大丈夫!


「たまごぼしー、すきー」

「そうなの?

 あ、もしかして、あれが食べたくて、寝ているママから逃亡したの?」


 僕は、こくんと頷き、にっこり笑ってみた。


「ぐはっ!はぁはぁ、て、天使の微笑み!

 よし、いくらでもお兄さんが買ってあげるよ!!

 何なら、店ごと……」

「いっこでいいの」と持っているコインをまた見せた。

 このコイン1個で、卵星が2個も買えるよ!

「いや、お兄さん、君のためなら、いくらでも買ってあげたい」

「にこかうから、いっしょにたべよ?」と首をねだるように傾けると、お兄さんは、また、「ぐはっ!」って言った。大丈夫?

「わかった!

 とりあえず、2個買おうね」とお兄さんも賛成してくれた。


 赤髪のお兄さんは、僕を抱っこしたままお店に入ってくれた。

 お店に入ると、ちょっと混雑していたけど、顔馴染みの店員さんが、「ああ、私の天使!また来てくださったのですね!!」とカウンターから出て、僕達のところへかけよってきた。

「たまごぼしー」といいながら、僕はコインをその店員さんに渡した。

「ああん、もう、お金なんていいのに~。

 あなたになら、いくらでも捧げます!」

「にこ、ほしいの~」と言うと、店員さんは「承知しました。お連れ様の分もですね。できたてをご用意いたします!」とお店のカウンター内に戻って行った。

 赤髪のお兄さんに抱っこされながら、待つこと1分。

 店員さんが、卵星を2個用意してくれた。


「ありがとうございます!また!また、いつでも、来てくださいね!!」

「ありがとー」と店員さんとバイバイした。


 お店をでて、僕は抱っこされながら、早速、卵星を食べる。

 うん!美味しい!!

 二口で食べちゃった。

 幸せで、ニコニコしていたら、抱っこしてくれるお兄さんがまた「ぐはっ!」って言っている。本当に大丈夫?

 僕は1個で満足なので、もう1個をお兄さんにあげることにした。僕をお菓子屋さんまで運んでくれたお礼!

 お兄さんは、僕を抱っこしているから、手がふさがっているね。

 食べさせてあげよう。


「はい、たまごぼしよ、あーん!」

「わわ、わぉ!

 てて、天使が、自ら!?」

「あーんは?」

「あ、ごめんね、ごめんね。

 あーん!」


 お兄さんのお口に、卵星を入れてあげた。

 大きなお口をあけてくれたので、一口でした。

 さすが大人!

 もぐもぐしたお兄さんは、瞳を輝かしてきた。


「おぉ、美味しい~!

 え、何で、こんなに美味しいの!?

 天使があーんしてくれたから?」と大袈裟に騒ぐお兄さん。のりがいいね!

 あ、食べたら、すぐに戻らないと。


「あっちー」と言って、壁の裂け目近くまで、またお兄さんに抱っこで運んでもらった。

「おろしてー」というと、地面に転ばないように気をつけながら、そっと下ろしてくれた。

「ありがとー、バイバイ」と手を振ると赤髪のお兄さんは、何だかぼんやり夢心地のような顔で、手を振り返して見送ってくれた。

 僕は、さっさと、壁の裂け目をくぐって、中に戻った。

 お庭の元いたところに戻ると、丁度、乳母のネリーがお母様に毛布をかけているところだった。

 茂みに引っかけた帽子を回収して、ネリーのところにいく。

 もちろん、口の周りに卵星の欠片とかついてないかも確認済み。


「あら、お帽子、とってしまったのですか?」とネリーに言われた。買い食いは、気づかれていないみたい。

「あつい~」

「お帽子をかぶらないと、熱射病になりますよ?

 何かお飲み物を飲まれますか?」

「うん、のむー」

「では、すぐにご用意いたしますね」


 冷たいミルクをネリーが用意してくれた。

 卵星を食べてちょっと喉が乾いていたから、丁度、良かった。

 また買いに行きたいな!


 実は、買い食い常習犯なシモンであった。


 一方、シモンの買い食いに付き合ってくれた赤髪のお兄さんはというと……。

 シモンが戻った後も、しばらく、シモンの去った後をぼんやり見つめていた。

 しかし、やっと正気に戻った。


「はっ!!俺は一体……。

 さっきまで、ここに天使がいたよな?

 えっ、えっと……。

 抱っこまでしたよな?

 何、あの抱き心地!素晴らし過ぎる!!

 あれ、あの子の肌は何?何て魅惑肌!

 しかも、めちゃくちゃ可愛いかった!

 あの可愛さ、まるで絵画から抜け出したような……。

 何だ、そうか、絵画から抜け出したんだな、きっと。

 だって、さっきの子、間違いなく本物の天使だった。

 あ、お金!天使にお菓子を買ってもらっちゃったよ。

 今度、会った時にお返しできるかな、また会えるかな?

 いや、待てよ、もしや俺は夢を見ていたのかも……」


 シモンのせいで、現実と夢の差が曖昧になるくらい混乱し、魅了され、ぶつぶつと悩む赤髪のお兄さん。

 とりあえず、現実かどうか確認するためにも、またあのお菓子屋さんに戻って、山のように卵星を買い込むお兄さんであった。


 そう、アバード公爵家近くのお菓子屋さんが爆発的に人気になった本当の理由は、こっそり屋敷を抜け出して買い食いするシモンのおかげでもあった。

 スーザンには、まだばれていない。

 シモンのアブノーマルっぷりは、スーザンに内緒で発揮されつつあった。

シモン、お菓子のためにハイスペックの無駄使い?

ちなみに。赤髪のお兄さんは、お金持ちの家の息子さんです。

この後、お兄さんもアバード公爵家近くのお菓子屋さんの常連になりました。

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