英雄の奥様と教育
マリロード王国の英雄の息子レオナールは、ちょっとした罰を受けていた。
レオナールの罪状は、レオナールの婚約者リンディ・ムスファ伯爵令嬢に、愛を囁くと言いつつ、寝ている時に暗示をかけていた容疑である。
愛を請うのに婚約者の心を暗示で操ろうと考えてはいけないと、レオナールは、罰として、婚約者には1週間会えずに、その時間にモラル教育を特別に受けさせられていた。
そんなレオナールは、リンディと面会禁止になって5日経った。
手紙でリンディには1週間は会えない旨を伝えていた。
しかし、レオナールとほぼ毎日会っていたのに、さすがに5日も空けたせいで、寂しくなったリンディが、まだ幼いのでムスファ伯爵家からお供を連れて、アバード家へ遊びにやって来た。
「レーオ!会いに来たよ!!」
「ああ、リンディ!
会えて嬉しい!
でも、何できちゃったの!?
あと、2日の我慢だったのに~」と、嬉しいのに、嘆くレオナール。
実は、レオナールの場合、もし約束の1週間が過ぎる前にリンディに会ってしまったら、ペナルティとして、さらに追加で1週間、会えない期間が延びるシステムだった。
「え?来たら、駄目だった?」
「うぅ、君に会えないのは、僕への罰なんだ。
約束期間の1週間が終わる前に君に会っちゃうと、さらに期間延長なんだよ。
詳しく説明していなくて、ごめんね、リンディ。
これで、あと、1週間はまた会えないよ」
「……レオは、私と会えなくてもいいの?
私は寂しかったのに」
「もちろん、寂しくて辛かったよ!
でも、母様がね……」
「ふーん、スーザン叔母様が?何?」
せっかく会いにきたのに、レオナールがいまいち予想と違う反応なので、ちょっと拗ねるリンディ。
そこへ、タチアナが、リンディはいるかと、リンディ達のところへやって来た。
「あ、リンディ、いた!
いいところにきたわね。
私、今から、王宮にベビードレスを届けて、クリスティーナ王妃殿下やナリス王太子妃殿下と一緒にチェルシー姫のドレスファッションショーする予定なの。
一緒に行かない?」
「え、チェルシー姫!?
しかも、ファッションショー?
行く!行きたい!
ご一緒させて、タチアナお姉様!」と喜んで、タチアナと出かけようとするリンディ。
「ちょ、ちょっと待って!
リンディ、もう行っちゃうの?
僕に会いにきたんでしょ!?
また僕と1週間は会えないんだよ?」と必死に止めるレオナール。
「んー?
何か知らないけど、レオは罰で私と会っちゃ駄目なんでしょ?
じゃあ、罰の期間が終わったら、会いにきてね。
終わり次第、すぐに会いにこなかったら、レオとは婚約破棄して、アドルフと婚約しちゃうかもね?」と軽くレオを脅して、タチアナと王宮に行こうとするリンディ。アドルフは、リンディの母親の友人の子供で、リンディの幼なじみの子爵令息(次男で婿入りOK)である。
「もちろん!
罰の期間が終わったら、すぐに会いに行くよ!
僕のこと、待っていてね、リンディ!!」と必死に答えるレオナールであったが、その後………。
「ア、アドルフだと!?
………あの野郎、まだリンディにまとわりついてんのか!?」と呟き、幸いリンディは見ていなかったが、嫉妬で暗殺者のような形相をするレオナール。
一方、そんなレオナールの近くにいたシモンは、タチアナに一緒に王宮へ連れて行ってもらおうと、おねだりしてみたが……。
「ねぇね、チェーのとこいくの?」
「うん、そうだよ。
取り寄せたドレスを届けに行くのよ」
「シモンも!
チェーのとこなら、シモンもいく!」
「いいけど……。
でも、一緒に行くなら、シモンにはノルマがあるからね?」
「……のるま?なーに?」
「そうね~。
シモンには、ベビードレス5着は着てもらうことになるかな」
「……」
「チェルシー姫と一緒にドレスを着てもらうよ~」
「やっ、きないよ、シモン」
「ふーん、着ないなら、連れて行けないよ。
どうする?」
「……や」
「ドレス着るなら、チェルシー姫に会えるよ?」
「きないの。
きないで、チェーにあうの!」
「うーん、たぶん、そうはいかないと思う。
私も意地悪で言っている訳ではないのよ。
でも、クリスティーナ様やナリス様が、シモンのベビードレス姿を是非、見たいっておっしゃっていたから、向こうに行ったら、その拒否は無理だと思う。
たとえシモンが嫌がっても、私でもクリスティーナ様には絶対、逆らえないよ?」
「……きないで、チェーにあいたいの」
「ごめんね。
たぶん、それは無理だよ。
ドレス着たくないなら、今回は止めといた方がいいよ」
「……わかった。
にぃにといる……」としゅんとするシモン。
こうして、チェルシー姫に会いに、タチアナとリンディはさっさと王宮に行ってしまった。
残されたレオナールとシモンは、二人してしょんぼりしていた。
「……シモン、わかるか?
たとえ公爵家に生まれようとも、世の中には、逆らえない人達が沢山いるんだぞ。
特に女性陣はやっかいだからな」
「……にぃに」
「逆らったらいけない女性ランキングは、まず、クリスティーナ王妃様だろ?
次に、カーラおばあ様だな。
その次が、ナリス王太子妃様で、次に母様だろ。
それで次が、タチアナ姉様かな~」
「まぁまより、ねぇねがさきよ」
「え?そうか?
うーん、タチアナ姉様は、場合によるかな?」
「ねぇねのほーが、やっかい」
「ん?シモンは、そう思うのか……。
シモンは、タチアナ姉様に可愛いがられているからかな~」
「ふつうにチェーにあいたいの、にぃに」
「うん、うん、わかるよ、シモン。
そんな障害なく、大好きな婚約者に会いたいよな~。
でも、シモンの場合、チェルシー姫の後ろにクリスティーナ王妃様が控えているから、僕以上に、やっかいそうだよね。
たぶん、シモンがチェルシー姫のところへ会いに行く度に、クリスティーナ王妃様に絡まれそうだよな。
あと、チェルシー姫も、王族だけあって、将来はクリスティーナ王妃様やカーラおばあ様のような性格が激しいタイプの女性になるかも知れないから、覚悟しておけよ」
「にぃに、チェーはいいこよ?」
「まだ、わかんないぞ?
本当はいい子でも、周りの影響で強烈な個性になっちゃう可能性は高いからな」
「……そうなの?」
「うん、そうかも。
ほら、現にリンディが、タチアナ姉様の影響で小悪魔な技術を学び始めてて、僕を翻弄するんだ……。
そりぁ、小悪魔なリンディも可愛いけど、もどかしくって辛い!」
「にぃに……」
二人して、お互いの婚約者の将来を考えて、不安でため息をつく。
その様子を覗いて見ていたスーザンは、何とも言えない気分になっていた。
えっと、ちょっと待ってね。
まず、私、シモンの中では、タチアナより逆らっていい人?
うう、それとも、やっかいと思われていない方?
親として、何だか複雑な気持ちだったスーザン。
そして、レオの発言にも、ハラハラする。
もう、レオったら、王族に対して不敬ね。
後でよく注意しておかないと。
シモンに、クリスティーナ様達のことを、そんな風に吹き込んだとわかったら、ただじゃすまないわよ。
クリスティーナ様やカーラ様は、そういうの察するのが得意だからね。
ああ、シモンにも、そのことを厳重に口止めしておかないと、レオの身が……。
でも、2歳児未満にも、普通、口止めっている?
うーん、こんな心配するのは、もっと先だと思っていたけど、シモンの急成長に合わせて教育しないと……。
シモンのハイスペックを受け入れる気持ちは、何とかできたが、実際のシモンへの対応や教育は、まだ追い付いていないことに気づき、反省するスーザンであった。
英雄の奥様は、まだ英雄の息子への対応・教育の不十分に悩む!
そんな反省をしながらスーザンは、スーザン禁断症状で、サイラスが両手をワキワキしながら、背後から近寄ってきたのをさっと華麗に避けた。
スーザンは、冷たく微笑み、「あら、サイラス様ったら、お話合いを、もう3週間後に延長なさいますか?」といった。
すると、サイラスが、泣きそうになりながら、「いや、いや、その、話し合いは、あと、9日後だよね……?それまで、まだスーザンに触るのも我慢なのかな~?」と悲しげに尋ねるのに対して、「まあ、よくお分かりですねー」とスーザンは軽く流した。
今のスーザンが、前のように甘やかしてくれないと、段々わかってきたサイラス。
英雄の奥様は、英雄への教育(躾?)はできてきた!
とりあえず、サイラスが我慢を少し覚えてきたことに、教育の成果をちょっと感じるスーザンであった。
令和になって初投稿がこれ……。(;´∀`)
でも、これからもよろしくお願いいたします。




