英雄の奥様と3番目の子供2
マリロード王国の英雄の子供シモンは、何故だかわからないが、生まれながらにして人を魅了している。
英雄サイラスとスーザンの次男シモンは、まだ赤ちゃんでありながら、やけに周囲の人々を虜にしている。
もちろん、スーザンのように、触ってみないとわからない魅惑肌だけではなく、見るだけで魅了するのだ。
マリロード王国の国王は、多忙のため、なかなかシモンに会えなかったが、シモンがやっと王宮に伺える位に抵抗力がついた頃に、スーザンはシモンを連れて、国王に謁見した。
スーザンに抱っこされたシモンを見るや否や、陛下自ら王の椅子からおりて、抱っこしにくる。
「こ、この子はっ!?
何というか、可愛いと言うべきか、いや、それだけでは……」
国王陛下ですら、シモンを一目見るなり、抱っこして放さなくなった。
もともと、国王は、自分の甥っ子であるサイラスの子供達を、まるで自分の本当の孫のように可愛がっている。
タチアナやレオナールも、赤ちゃんの頃から溺愛していた。
しかし、シモンへの気持ちは、それを差し引いても、抱っこっしただけで虜のようになっていた。
「陛下?次の謁見がございますよ?」と宰相が(自分も抱っこしたかったな……)と思いながら、シモンを抱っこしたままの陛下に次の業務を促す。
「うむ、よくわかっておるのだが……」
「じゃあ、いい加減、その子を母君にお返しくださいな」
「む、待て!この子の今後の処遇について話そう」
「え?処遇とは?」
「うむ。この子はただ者ではない。
しかも、いち公爵家の子供としておくには、この子の身が危ない。
諸外国の者共が、シモンを一目見るなり、狙うようになるのは時間の問題である。
だから、正式に我がマリロード王家の子としておこう。
私としては、我が子、第2王子として養子にするべきかと思うが、王太子エドワルドの長男にして、次期王太子にするのも利点があるから、どちらが良いかのう?」
「ああ、それもそうですね~。
私としては、次期王太子の方が良いかと存じます。
まだ、エドワルド殿下には跡継ぎがいらっしゃりませんので、一石二鳥ですよ。
敵国に奪われる前にそうしておきますか……。
では、大臣達を緊急招集いたしますか?」
「うむ。どちらが良いか、すぐに決めよう。
それと、大臣達以外だと、ハリエット公爵と元アバード公爵、それと………。
ああ、もちろん、エドワルドやサイラスも緊急で呼んでおくようにな?」
「は、畏まりました」
国王は、シモンのために、大臣職の者達や、国の重鎮を一斉に集めて、シモンを第2王子か、次期王太子にすべく、宰相をはじめとする、周囲の部下に素早く指示を出し始めた。
もちろん、その間もシモンは抱っこしたまま、一切、放そうとしない。
一方で、スーザンは、国王と宰相のそんな会話を聞きながら、卒倒しそうになっていた。
ちょ、ちょっとーー!!
お、大げさな冗談ですよね?
それだけシモンが可愛いということですよね、はい。
ええ、ええ、シモンはかなり可愛いですけど、そんなね~。
まさかどちらにしろ、王位継承2位の立場にしようなんてね、本気ではないですよね?
ふふ、ふふふ……。
あ、そういえばこの方(国王)って、サイラス様の伯父で、姑カーラ様のお兄様だったー!!
え?大臣達の緊急招集?
本気ですか!?
ねえ、待って!
なにこの急展開??
さ、さ、サイラスさまぁぁぁ――――!!
スーザンは、シモンのことでどんどこ話を進める国王陛下達に、とうとうついて行けず、心の底からサイラスに必死で助けを求めた。
バーン!!
そこへ、謁見の間の扉を破る勢いで、仕事中のはずのサイラスが乗り込んできた。
英雄は、姫のピンチには、必ず現れる!
「む!サイラス!?
丁度、お前を呼ぶところであったが……。
そんな急いで、何かあったのか?」
「伯父上こそ!!
今、私にはスーザンの悲痛な(心の)叫び声が聞こえましたが、何事ですか!?」
ずかずかと謁見の間に入ったサイラスは、今にも倒れそうなスーザンの元に来て、そっと手を取り、さりげなく腰も取る。
「スーザン?どうしたんだ?」と心配気にスーザンを見ながら、スーザン優先で事情を聞いてくれるサイラス。
スーザンは、この時ほど、サイラスが頼りになると感じた瞬間はなかった。
「あ、あの、サイラス様。
シモン、シモンが……」とパニックでうまく伝えられず、涙目のスーザン。
「……ああ、ちょっと待ってて」
サイラスはスーザンの言わんとしたことをすぐに理解してくれたのか、国王の元につかつかと歩み寄ると、シモンをささっと国王の手から奪い取った。
国王はシモンをはなさまいと抵抗をしようとしたが、サイラスには敵わず、サイラスはシモンを泣かせることなく抱きとると、すぐにスーザンの腕にシモンを戻した。
「ほら、シモン。お母様のところだよ~」
「きゃ~、あぶ、きゅ」
「ああ、シ、シモン~」
スーザンは、シモンをもう抱っこするのも叶わないかと思うほどの急展開だったので、自分の元に戻ってきて、本当にほっとし、ちょっと涙が零れそうになってしまった。
それを見て、サイラスはスーザンの涙の原因である国王をギッっと睨み、抗議する。
「伯父上!?
どうしてもシモンに会いたいと言うから、連れてきて差し上げたのに、どういうことですか?」
「サイラス!お前は事態がわかっていないのか!?
シモンがここまでの子だと知っていたら、もっと早くに対処したところだ!
この子は他国に奪われかねん宝だ!!
すぐに国家レベルの守りが必要なんだぞ!?
だから、我が王家の子にするぞ!」
「は?シモンやうちの子達が宝のは当たり前でしょう?
スーザンと私の子なんだから!
それで、何で王家の子にする必要が?
私とスーザンの子は我がアバード公爵家のものですよ」
「いや、それでは危険だ!
そのレベルの危機管理では失ってしまうぞ?
わしにはわかる!
この子は敵国に奪われれば傾国の危機に陥ると思われるが、我が国の王となれば、必ずや我が国の豊穣と発展をもたらすぞ」
「それは、まあ、英雄と呼ばれる私の子ですから、私もシモンが英雄になる予感がしますが……」
「そうであろう!
この子の安全とマリロード王国のためにも、一刻も早くこの子を国家レベルで守らねばならないぞ!」
「でも、それとこれは別の話ですよ、伯父上。
シモンは、私とスーザンの子供として育てます。
たとえ国王の伯父上でも、シモンは渡しません、絶対に!」
「わしに逆らうというのか、サイラス!?」
「ええ。スーザンと子供達のことなら、一切、妥協はしません。
それに、王家の子になる以上に、安全に守る自信が我が家にはあります。
私が守るのですから、本当に大丈夫ですよ!
だから、そんな心配は不要です、伯父上」
「そうは言ってもな、サイラス……」
「もし、強行するというならば、家族と私についてくる部下達共に、この国をでていきますよ?」
「なっ!!サイラス!?」
国王とサイラスが、激しく言い争う中、スーザンはシモンを抱きしめて、マリロード王国から出る覚悟をしないといけないのかな?と不安に思っていたところ、宰相がやっと仲裁に入った。
「陛下、サイラス将軍の言うことも一理ありますし、ここは折衷案をひとつ、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「何だ?言ってみろ!」
「宰相、私は妥協しないぞ!」
「まあ、まあ、お二人とも、落ち着いてください。
シモン殿はエドワルド殿下のお子が女の子であったら、その子と婚約し、王配にすれば良いのです。
幸い、アバード公爵家には、二人もお子がいるので、跡継ぎになる必要はございませんし、マリロード王家に婿入りしてもらえば良いのですよ!」
「いや、それでは、遅いのでは?
それに、思い通りに女の子ではなく、先に男の子が生まれたらどうする?」と国王は眉をしかめる。
「うーん、そもそもエドワルドの子がまだ生まれてもいないしな。
でも、シモンと年齢的にも釣り合う頃に生まれた女の子で、シモンがその子を嫌がらなければ考えてもいいぞ!
実は、その提案はエドワルドからもされていたからな」
そう、王太子エドワルドもシモンに会いにアバード公爵家を訪れた際、シモンを抱っこしたエドワルドは、「あ、この子を私の子にしないといけないかも……」と思わず反射で言ってしまい、サイラスをちょっと怒らせていた。
しかし、国王よりは理性的なエドワルド殿下は、その後、サイラスへ上手に交渉し、エドワルドに女の子が生まれたら、シモンが婿にくる口約束をしていた。
「でも、それでは……」と不満そうに渋る国王であったが、宰相一同、サイラスを本気で怒らせて、マリロード王国を出奔された方が被害も大きいので、今後は、その案で話し合っていくことになった。
そして、国王は、シモンが王家の子にまだならなくても、王宮に住むことを義務付けようとしたが、それもサイラスに却下されたので、シモンを定期的に王宮に連れて来て、国王と会うことだけは約束させられた。
今回のシモンの件で、サイラスがいかに頼りになるかを知って、ちょっと安心したスーザンであった。
けれども、スーザンは、シモンが自分の子であるため、中身だけは自分に似て、地味で平凡である可能性も考えられるのに、何故、マリロード王家の人々が、当たり前のようにシモンが将来、国王や英雄になると思って、そんな反応をするのか理解できなかった。
英雄の奥様は、我が子に対するマリロード王家の人々の反応を疑問に思う!
とりあえず、今後も、シモンのことで同様なトラブルが起こることだけは、予想できるスーザンであった。




