英雄の奥様と英雄の悩み3
マリロード王国の英雄の副官セドリックは、今、なんだかとても追い詰められていた。
セドリックは、レジーヌ副将軍の両親から、レジーヌのプロポーズを受けることを期待されていた。
おまけに、娘以上に熱心にバスキント公爵家の婿になる利点をあげられ、打診されていた。
英雄の奥様の幼馴染ミハイルからは、セドリックがスムーズにレジーヌと結ばれるために、マリロード国王とラタナ国王に交渉するための具体案や日取りを提案された。
さらに、ミハイルと一緒にいたらしいナハド侯爵の娘セリエンナまで、このセドリックを追い詰めようとする戦いに参戦し、レジーヌ副将軍がいかに素晴らしい人間かを語り、自分の師匠とするセドリックがラタナ王国に留まることを望むと言ってきた。
そして、セドリックがレジーヌの求愛を受けず無下にするのは許せないが、レジーヌの伴侶には自分がなりたいと主張する、矛盾ヘタレの王弟アロイス将軍から敵意を向けられた。
セドリックがアロイス将軍の恋を応援すると言っているのに、レジーヌを薦めてくる者達以上に、このアロイス将軍が一番厄介であった。
ああ~。何だこの騒動は……。
こんなことなら、奥様に近寄る男を排除したいというサイラス将軍の悩みには、やっぱり腕の良い暗殺者を頼めば良かったかな?
平和的解決なんて、こいつ(ミハイル)にしてやる必要なかったな。
いや、でも、それだと奥様が悲しむしな~。
奥様も、こいつの身に何かあったらサイラス将軍を疑うって心配してたから、殺ったら、たぶんばれるだろうな。
そうすると、奥様とサイラス将軍の仲に亀裂が生じて、最悪、サイラス将軍が使い物にならなくなる危険があるし、回りまわって、マリロード王国の危機になりかねん。
しょうがない、面倒だが対処するか……。
深いため息をついたセドリックは、騒動を収束すべく、動こうとしたその時であった。
「セドリック殿に何をしている!!」
凛々しく、力強い声が響いた。
レジーヌ副将軍が、ドレス姿であったが、勇ましくセドリックを追い詰める者達から守るように立ちはだかった。
「レ、レジーヌ副将軍?」
「すまない、セドリック殿。
私があなたに想いを寄せたばかりに、このような騒動になってしまって……」
レジーヌは、またもや男前に謝罪し、セドリックをかばおうとする。
おお!
まるで王子と姫君のやりとり?
いや、むしろ王子と惚れられた町娘のようだな……。
何だか申し訳ないな~。
性別が逆転していれば、ハッピーエンドだったかも?
レジーヌの男前さを心の中で称えるセドリックであった。
「……私はセドリック殿に振られたのだ。これ以上、強要はしたくない。
それに……」
そう言って、レジーヌはミハイルをちらっとみて両親に告げた。
「?」
「私の婿には、以前、話し合った通りにミハイルを第一候補にしていただければと思う」
両親に今の希望を伝えるレジーヌ。
「は?」レジーヌが何を言っているのかわからないミハイル。
「でも、レジーヌ。
セドリック殿が初恋なんだろう?
もう少し粘ってみないかい?」
娘の気持ちを心配するレジーヌの父親バスキント公爵。
「いいえ、父上。
私もセドリック殿が在国中にできる限りの努力を致しましたが、たとえ国王からの命令でもセドリック殿を私の夫や副官にするのは難しいとすでに判断しました。
なので、このようにセドリック殿を煩わせるのはこれ以上、お止めください」
「わかった。レジーヌがそういうのなら……。
まあ、正直、他国の重臣であるセドリック殿より、同国で、仲良しのミハイルくんの方が良いとは思っていたのだがね」
そう言うバスキント公爵に、当事者のはずのミハイルにとっては初めて聞き、ひどく驚いた。
「はあ?
お待ちください!
私がレジーヌの婿にいく話なんて初耳ですよ!?」
ミハイルには、そんな話が進められていると知らされていなかった。ついでにアロイス将軍も。
実は、かなり前から、バスキント公爵家からアウェル公爵家にレジーヌとミハイルの結婚の打診をされていたが、ミハイルの父親であるアウェル公爵は、ミハイルにあの金の獅子レジーヌ相手では大変だろうと考えていた。
そこで、アウェル公爵は、ラタナ国王と相談して、国王から薦められた強制的な縁談としてミハイルにナハド侯爵の娘セリエンナとお見合いさせたのであった。
ラタナ国王も弟のアロイス将軍とレジーヌを結婚させたかったのもあったが、セリエンナとのお見合いは、ミハイルの父親が親心でレジーヌ回避のため用意してくれた縁談であった。
それなのに、ミハイルが幼馴染のスーザンが良いと我が儘を言い、セリエンナとのお見合いに色よい返事をしなかったのがいけなかった。
だから、スーザンを連れ帰れなかったミハイルは、もしレジーヌが今回、セドリックと出会わず、さらにミハイルがセリエンナとの縁談を正式に断っていれば、レジーヌと問答無用で結婚させられるところであった。
「ミハイルとなら友人だし、気心も知れている。
それに、ミハイルならアウェル公爵家の出身で家柄的にも釣り合いがとれ、しかも次男だから我がバスキント公爵家に婿にも来れるし、政治力の要である宰相職と武力の要である将軍職の融合として理想的な政略婚だと思っている。
おまけに、丁度、初恋に破れ、失恋した者同士になるしな」
ミハイルとの結婚に前向きなレジーヌに、ミハイルは顔を青褪めさせた。
「へー。ミハイル副宰相は、私を差し置いて、両親公認でレジーヌと結婚するつもりだったのかな?」
ミハイルの肩にぽんと手を置いてから、肩をギリギリ握りながら聞いてくるアロイス将軍。
「いえ、いいえ!!
痛っ、肩痛い!
違いますよ、アロイス将軍!!
レジーヌと結婚なんて初めて伺いました。
英雄の副官やアロイス将軍を差し置いて、私がなんて、とんでもないことでございます。
それに、私は幼馴染と……」
必死で言い訳をするミハイル。
「あなたの幼馴染は、我が国の英雄に溺愛された奥様として、もうすぐ3人目のお子をご懐妊だそうですよ」
セドリックは、さっきの仕返しとして、慌てるミハイルの様子をぷーくっくっと心の中で笑いながら、ミハイルに不利な情報を吐いた。
「くっ(こいつのいる前でスーザンのことを言うのは今は駄目だ!)
いや、その 、私はセリエンナとお見合いをしておりまして……」
ミハイルは、とっさに横にいたセリエンナを言い訳にした。
ミハイルにしては短慮な判断であった。
「……兄上から、ミハイルはナハド侯爵令嬢と婚約すると聞いていたが、君はナハド侯爵令嬢との縁談を断るつもりだったのだろう?」
さらにミハイルを追及するアロイス将軍。
「い、いえ、まだ断っておりません。
まあ、その、真剣に考えているので、すぐに返事ができないだけです。
あ、それにほら、失恋してすぐに気持ちの切り替えができないので、返事を保留にさせていただいておりまして……」
「まあ!そんな保留にしなくても、もしレジーヌ副将軍がミハイル様を望んでいらっしゃるのならば、私はいつでも身をひきますわ!」
レジーヌが大好きなセリエンナがミハイルを謀らずとも追い詰めてくる。
「ちょっ、ちょっと、黙っていてくださいセリエンナ嬢!」と焦るミハイル。
「……何だ、貴様もやっぱりレジーヌを狙っているのか!?」
アロイス将軍は、敵意を込めてミハイルを睨んだ。
「いいえ!狙っておりませんって!」
ミハイルが必死に言ってもなかなかアロイス将軍には信じてもらえなかった。
「そもそも、ウェンゲード伯爵といい、ミハイル副宰相といい、レジーヌの方から婿にと言ってもらえるなんて!
私も文武両道だし、身分は申し分ないし、しかも、次男だからいつでも婿に行けるのに!
羨まし過ぎて、それ以上に腹立たしい!!
どうすれば彼らみたいになれるんだ?」
ぶつぶつ文句を言って悩むアロイス将軍。
セドリックからミハイルに標的を変えて、またもやひと騒動となった。
そして、ミハイルの背後にはミハイルに年貢の納め時と告げるべく者が現れた。
「ほほ~。ミハイル副宰相は、我が娘セリエンナとの縁談を『真剣に』考えてくださっていると?
ふふふ、それならば、婚約だけでもきちんとしていただかないといけませんね。
では早速、詳しい話合いを私としていただくことにしますかな」
爽やかに笑いながら、やり手のナハド侯爵は、ミハイルとセリエンナとの婚約を話し合うため、ミハイルを強制的に連行していった。
ナハド侯爵は、娘のセリエンナがセドリックやアロイス将軍に失礼な発言をしないかと心配して、セリエンナ達の背後に控えていた。
そこで、ナハド侯爵は、セリエンナとの縁談にちょっとでも前向きと思われるようなミハイルの発言に、(これはチャンス!)と敏感に反応して、ミハイルを婚約成立まで追い詰めることにしたのであった。
これでもうミハイルがセリエンナとの婚約から逃れられる可能性はかなり低くなった。
ミハイル達の退場で、事態は収束するように思われたが……。
アロイス将軍は、これ以上、セドリックのように、レジーヌが惚れる男が現れること恐れた。
ここで、アロイス将軍はレジーヌのために、ヘタレを返上すると決心したのであった。
「レジーヌ!」
レジーヌの手をとり、跪いたアロイス将軍。
「……将軍?」
突然のアロイス将軍の行動に戸惑うレジーヌを見つめ、深呼吸をしてからアロイス将軍は告白した。
「レジーヌ。
私は子供の頃から、あなたのことが大好きで、今は1人の女性として愛している。
これからは、仕事だけでなく、私生活でも一生、共に歩んでいきたいと思っている。
誰よりも愛しているのだ。
どうか、私と結婚して欲しい」
アロイス将軍はレジーヌへ直球でプロポーズをした。
「……アロイス将軍のお気持ちは大変光栄ですが、幼い王子の次に王位継承位を持つあなたの妃にはなれません。
有事の際は、あなたが国王、もしくは国王の後見人かつ代理になるでしょう。
この国の将軍になれても、私は王妃にはなれないのです。
どうか、私以外の、もっとふさわしい方と結ばれてください」
アロイスのプロポーズをきっぱり断るレジーヌ。
「……あなたに王妃になることを求めません。
兄上、いえ、陛下からも、私の結婚相手があなたなら、王妃になる可能性を考えた王妃教育をしなくてもいいという言質をとっております。
それに、将来、私はあなたの家に婿に行き、王位継承権を返上するつもりです。
だから、その心配はありません」
そう言い切り、アロイス将軍は何とかプロポーズを受け入れてもらおうと根回しも頑張っていた。
ちなみに、現在、夜会中のプロポーズである。
退場したミハイル達以外は、夜会に参加している全員がアロイス将軍のプロポーズの結果を見守っている中、レジーヌは、あまり下手な断り方ができないことを痛いほどわかっていた。
「……先程のミハイルではないのですが、私も気持ちの切り替えがまだよくできていないようです」
そう言って、ちらっとセドリックに目をやるレジーヌ。
「即答はできませんので、しばらくお返事はお待ちください」
「あ、ありがとう、レジーヌ!
あなたの気持ちが落ち着くまで待つとも!!」
微かな希望を抱いたアロイス将軍は満面の笑みを見せて、返事の保留を承諾した。
それから、色々と渋る両親とともにレジーヌが夜会をさっさと退場するのを、アロイス将軍は見送ると、すぐにセドリックの元にやって来た。
「セドッリ・ウェンゲード伯爵!
どうか、どうか頼みがある!!」
激しい勢いでセドリックに絡んできた。
「な、何でしょうか、アロイス将軍?」
「ウェンゲード伯爵は、私とレジーヌがうまくいくように応援すると言ってくれたな?」
「はあ、それはもちろん……」
「それなら、帰国後もどうしたら、プロポーズをレジーヌが受け入れてくれるか、アドバイスをくれないか?
英雄の勝利を支えた智将であるウェンゲード伯爵なら、さぞかし良い案があるはずだ。
今度こそ、レジーヌと結婚できるようにしたい!」
固い決心をするアロイス将軍であった。
「……わかりました。
アロイス将軍の恋を成就するべく、微力ながら尽力いたします」
快く答えるセドリックは、これでラタナ王国の軍トップに、恨まれずに恩を売れると、瞬時に計算した。
「うむ!あのナハド侯爵令嬢をあそこまで変貌させたウェンゲード伯爵のアドバイスなら期待できそうだ。
頼りにしているぞ!!」
今後も個人的にセドリックと連絡が取りやすいように手配するアロイス将軍であった。
やっとラタナ王国を離れ、マリロード王国へ帰国することになったセドリックは非常に疲労していた。
はあ、なんだったんだろう、あの寸劇みたいな騒動……。
あれ?
私がナハド侯爵令嬢改造計画を実行しなくても、奥様の幼馴染ミハイルの奴は、レジーヌ副将軍と強制的に結婚させられて、奥様をさらうことなんてできなかったのでは?
うわ~無駄な苦労だったのか!?
いや、でも、レジーヌ副将軍から逃れるためにミハイルが下手したらマリロード王国に逃亡してきて、さらに揉めたかも知れないしな。
それで、今度はサイラス将軍と修羅場になるところだったかも?
……まあ、もう結果が良ければ、すべて良しとしよう。
ああ、もう、エリザベスに会って癒されたい~。
切実にそう思うセドリックであった。
無事にマリロード王国に帰国できたセドリックは、エリザベスにすぐに会いに行った。
「エリザベス!会いたかったよ」
「セドリック様!
私もセドリック様にお会いしたかったです!!
ご無事でなによりです」
セドリックの無事な帰国に、安心したように美しく微笑むエリザベス。
くぅ~!可愛い!!
やっぱり、金の猛獣よりいい~。
よかった、エリザベスと婚約しておいて!!
「ラタナ王国はいかがでした?」
「ああ、目的は予想以上にうまく果たせたよ。
だけど……。」
「だけど?」
「……金の猛獣に懐かれて大変だった。
何とか振り切ったけど、ちょっと危なかったよ」
「まあ!ラタナ王国でそんな大変な目にあわれていたのですね。
本当にご無事で何よりです」と純粋に心底心配してくれるエリザベスにほっこりするセドリック。
「ああ。身の危険を感じたこともしばしばあったよ。
そのおかげで、私の中で君の重要さを実感できたな。
だから、どうか私と結婚をして欲しい。
それも、できるだけ早くに!」
セドリックは、エリザベスをぎゅっと抱きしめて、あらためてエリザベスにプロポーズをして、具体的な結婚式の日取りを早急に決めるのであった。
これには、エリザベスは大喜びをして、セドリックはこれで一安心できるのであった。
セドリックが帰国後、ラタナ王国では、アロイス将軍がレジーヌ副将軍をまだおとすことはできなかったが、まめにアドバイスの手紙を送ってあげるセドリックのおかげで、アロイス将軍にとって、風向きが良くなってきているようであった。
一方、スーザンの幼馴染ミハイルは、レジーヌ副将軍に狙われてアロイス将軍に憎まれ、国王からのおぼえが悪くなる位ならと、正式にセリエンナと婚約し、スーザンのことをあきらめることにしたようであった。
もっとも、セドリックに改造される前のセリエンナなら断っていたかもしれないミハイルであったが、ミハイル好みに改造されたセリエンナなら受け入れられ、ラタナ王国までわざわざ行ったセドリックの努力も無駄ではなかった。
そして、ミハイルからスーザンへ、ようやくラタナ王国で正式に婚約した旨の手紙がきた。
「まあ!ミハイルが婚約したって連絡がきましたわ!
本当によかったですわ!!」
弟同然のミハイルの婚約を純粋に喜ぶスーザン。
それを見たサイラスは、とっくにセドリックから報告を受けていて知っていたが、ミハイルを暗殺することなくセドリックの作戦がうまくいき、ミハイルにスーザンをあきらめさせたいという悩みが解決したことをあらためて実感し、ほっとしていた。
今度、セドリックに特別な報酬をだそう!
そうだ!結婚祝いも奮発しようと思うサイラスであった。
英雄の奥様の知らぬところで、英雄の悩みは平和的に解決している!




