英雄の奥様と副官
英雄と呼ばれるようになったマリロード王国の将軍サイラス・アバードには、わざわざ彼自らスカウトした副官がいる。
副官の名はセドリック・マートイと言い、サイラスのサポートをするにあたって、大変有能であった。
武人としての才能が高いサイラスであるが、普通の人間ではありえないことができるせいか、一般の常識や判断から外れたことをすることもしばしばある。その際のフォローや後始末をセドリックが実に上手くやっていた。
たとえば、北の蛮族が待ち受ける戦へ向けて山道を、サイラスを先頭に、セドリックといくつかの部隊とともに進軍している時であった。
「おい、セドリック」
「はい、何でしょうか、サイラス将軍」
「この行程をもっと短くすることができると思うのだが?」
「……昨夜、ここの地形から、この道が最短と散々討論しましたよね」
「ああ、でもそこの斜面は思ったより緩やかだから、道筋に行くのではなく、この斜面から一気に降りて、奇襲として敵陣に挑めば、待ちかまえられた戦より、有利ではないか?」
「そこは崖ですよ!?崖から落ちたら、普通の人間は死にますからね」
「これは崖ではないぞ、この程度の斜面ならいける!
私はここよりもっと角度のきついところを馬で降りたことがあるぞ。ここをいっきに降りれば、すぐにでも奴らと対戦できるから、早く片付きそうだ。そして、さっさと、終わらせてスーザンの元に帰る!」
「無理ですってば!」
「いいか! 馬と自分の腕に自信のあるものだけは着いてこい!!
では、行くぞ!」
「いやいや、普通の兵士は死にますって~」と、セドリックは止めるが、聞かないサイラス。
しかし、サイラスに心酔し、着いて行けそうな体力自慢の兵士たちも数多くいた。
「はい、サイラス将軍!!我らは将軍にどこまでも着いて行きます!」と答えた脳筋たちは、ほぼ崖のような急斜面のところへ馬をうまく操り、サイラスの後から降りて行った。その数は小隊並の兵力であった。
セドリックは大きくため息をつき、他の兵士たちに指示をだした。
「ちょっとでも、ためらうやつは行くなよ~。
俺たちはこのまま予定通りの道のりで行くぞ!
崖下につき次第、待ち伏せている敵に対応する先攻部隊と、奴らの後方に回ってから攻める部隊に速やかに分かれるぞ。
さっきの崖下に行った奴らの抜けた分はチーム毎に再編成して、調整済んだらすぐ知らせろ!」
「1番隊、2番隊はそのままで、3番隊はほぼ抜けたため、残りの兵士を6番隊と合併」などの報告を受け、部隊を再編成した。
「あと、リヒトいるか?」とセドリックの連絡関係を担当する部下を呼んだ。
「はい!副官。こちらに」
「リヒト、お前は他の連絡担当2名を連れて、すぐに予備部隊をこちらまでかけつけるように連絡してくれ」
「予備部隊ですか?」
「そうだ。これから予備部隊がきっと必要な事態になる。だから、急いで知らせてきて欲しい」
「はっ、かしこまりました!」
セドリックは予備部隊も呼びよせ、合流して兵力を増やし戦うべきと判断した。
もし、サイラスがこの崖下で無双をしていたら、きっとそのまま敵の本隊まで勢いで突っ込んでいくと予想されるためである。しかし、それには兵力不足、先ほどの脳筋部隊以外の兵達にはきつい状況になると考えられるため、それを補う兵も足しておかねばならない。
逆に、サイラスが苦戦を強いられていた場合や、万が一、彼が討たれたりなどした場合でも、予備部隊が必要である。もちろん、将軍がそのような状態なら、すぐに撤退だが、すでに、彼が苦戦や不在なうえ、先ほど抜けた兵士たち分も含めて、無事に撤退させるためにも余力が足りない可能性が高く、不測の事態が起こりやすいと考えた。
「あの人、相変わらず計画通りに動いてくれないな~。計画、大幅変更か……。
ついていった奴らも含めて無事だといいけど。無事ならあの人の思惑通り早くかたが付くな。
まあ、たぶん、もの凄い勢いで無双してそうだけどね~」とつぶやき、ため息をつくセドリック。
そして、セドリック率いる部隊はすぐにサイラスたちのいる崖下に向かった。
崖下では、サイラスはセドリックの期待通り、サイラスについていった体力自慢の兵士達と共に、圧倒的な力で敵を一方的に蹴散らしていた。
おまけに、敵の本隊にいると思われた強敵で、戦いを長引かせていた大物の司令官がサイラスによってすでに討たれていた後だった。
「へっ?もうあの司令官を?」
「ああ、斜面から降りたら、ちょうど近くにいたんで、一番に片付けておいたぞ!」
ええー?どうしてあんな無謀な奇襲が成功につながる!?しかも大成功?
もうこの戦い、終わるんじゃないかな?
セドリックは、サイラスの高度な武人としての才能が運の良さまで呼び寄せるのか、普通はありえないと思うが、自分たちに有利なことだからもういいかとも考え、それを受け入れるのであった。
「予備部隊もあと半刻もしないうちに合流いたします、将軍!」
「よし!でかした、セドリック!!
頭をつぶされた敵なんて、簡単に倒せるぞ!予備部隊が合流次第、一気に敵の本隊まで攻め込んで終わらせる!」
そういって、本当に勢いのまま敵の本隊をも潰し、長く続いた戦いを終結させた。
北の蛮族との戦いが終わって、平和になったマリロード王国でも、相変わらず、サイラスに副官として仕えているセドリック。
ある日、仕事のことで、セドリックは、休暇をとっているサイラスの屋敷を訪ねた。
サイラスには明日の朝一に必要で、事前にサイラスに目を通してもらわないといけない書類であったため、セドリックがわざわざ届けにきたのであった。
それは、屋敷のテラスにある広いベンチにて、スーザンに膝枕をサイラスがしてもらって、つい深く寝入っている時だった。
サイラスが深く寝入っているとは知らず、テラスにて夫婦二人でお茶をしているから、応接室でしばらく待つようにいわれたセドリックは、急ぎの仕事なのに奥さんと離れたくがないために言っているのかと思い、やや強引にテラスまで入っていった。
「あ、お邪魔して申し訳ございません、奥様。
って、サイラス将軍、本気で寝入っているみたいですね……」
「まあ、セドリック様、お久しぶりです。わざわざこちらにいらっしゃってくださいましたのね。こんな恰好で大変失礼いたします。
サイラス様はお疲れのところを寝入ったみたいで、もう少し寝かせてあげたいのですが、お急ぎのお仕事ですよね?サイラス様を起こしますか?」と言いながらもサイラスを起こさないような小声で、膝に乗せたサイラスの頭を優しくなでているスーザン。
そんな様子に、サイラスのことを奥さんから引きはがしてでも仕事をさせようと考えていたセドリックであったが、毒気を抜かれ、セドリックも小声で「急ぎですが、もう1~2時間は大丈夫ですから、どうぞそのままで」と言って、応接室に戻ろうとした。
「あ、セドリック様。よろしければ、ご一緒にお茶をいかがですか?お話は小声になりますが……」とスーザンがセドリックを引き留める。
「喜んで」とセドリックも小声で答え、スーザン達のお向かいに席とお茶の用意をしてもらい、セドリックはスーザンと楽しくお茶をすることになった。
もっぱら話題はサイラスについてである。
セドリックは、エドワルド達と同様にサイラスとスーザンの結婚に大賛成し、祝福している1人だった。セドリックは美肌のことを抜かしても、スーザンを選んだサイラスの女性の趣味は大変良いと思っている。スーザンとはこのように会話をしていても、セドリックにとって上司の奥様でも気負わず、とても楽しく過ごせる女性であることもポイントが高かった。
「……それでですね、あの式典の間中ずっと、将軍は奥様禁断症状がでたらしく『奥さんのところに戻って抱きしめたり、せめて手を握ったりしに行っていいか』と聞いてくるものですから、『おやめください』とこちらもずっと止めていました。
本当に、英雄がこんな奥様中毒なんて、我が王国で本気で英雄に憧れている子供たちに全力で謝って欲しいと常日頃から思っております」
「まあ、それは……。サイラス様が申し訳ございませんでした。大変でしたのね……」
「ええ。でもそれは奥様も普段からよくあることでは?奥様もお大変ですよね……」
「いえ、サイラス様程の方に私のようなものを娶っていただいた身なので、そのようには思っておりませんよ」
「奥様は将軍にはもったいないくらいですよ」
「いえ、そんなことは……」
「いやいや、本当に私も奥様のような妻をもらおうかと思うくらいですよ」
「ふふふ、相変わらず、お上手でいらっしゃるのね」と言って優しく穏やかに微笑むスーザンに、容姿自体は地味で平凡な部類なのに、何ともいえない癒される感じがあり、しばし、魅入ってしまったセドリック。
将軍は武運だけでなく、女運もいいな~。
俺もあんなおしとやかで聡明で癒してくれる奥さんが欲しいな。美人や美肌でなくてもいいから。
本心でそう思いながらセドリックは、サイラスの運の良さをうらやましいなと思っていると……。
ガバッとサイラスが突然、起きてきた。もちろん、サイラスの片手はスーザンの左手をぷにぷにと握りしめながらであるが。
「今、私のスーザンに邪な想いを抱いた奴が近くにいる!」
「あ、サイラス様、お目覚めになりましたか?」
「どうも、お邪魔しております、サイラス将軍」
「む!セドリック、何故ここに?しかも、いつの間に。
お前、スーザンに今、邪な想いを抱かなかったか?私の勘がそう言っているぞ!!」
「……抱いていません。もう起きたのなら早速、急ぎの仕事をお願いします。すぐにこの書類に目を通してください」
「スーザンは渡さない!もちろん、触れさせないぞ!!」
「……結構ですから、さっさと仕事してください」
「スーザンに邪なことを考える気持ちはわかるが、この私がいる限り……「サイラス様?私もお仕事に集中されている姿が見たいですわ」……わかった、スーザン。すぐ終わるからそこで待っていてくれ」と言って、サイラスは、セドリックが言ってもなかなか始めなかったが、スーザンの一言で今度は大人しく書類に目を通し始めた。
奥様、俺より将軍のコントロールがうまそうだな……。
セドリックはそう思いながら、サイラスが仕事を始めてくれるので、スーザンに感謝するのであった。
一方、セドリックが苦労しているのがよくわかったスーザンは、思わずセドリックに(大変ですね)と目線で伝え、セドリックも(お互い様ですね)とアイコンタクトをする。
すると、それにすぐ気がついたサイラスが書類から目を離し、また文句を言ってくる。
「おい!私のスーザンと何見つめあっているんだ、セドリック!」
「……いいから、仕事してください。その書類をすぐに目を通し終わらないと、本当に奥様の手を握っちゃいますよ」
「駄目だ!許さないぞ!!やっておくからもう帰ってくれセドリック」
「じゃあ、さっさと、仕事してください。将軍が目を通し終わったらその書類は王宮にすぐに持って帰らないといけないので、終わればすぐ王宮に戻りますから」
「む、わかった」
そういって、今度こそ、集中して仕事をするサイラスの姿に、セドリックとスーザンがそっとため息をついたのは、ほぼ同時であった。
英雄の奥様は、英雄のことで副官に共感をする!
そして、副官は英雄の奥様みたいな癒し系の奥さんが欲しい!!