英雄の奥様と英雄の悩み
マリロード王国の英雄サイラスは、奥様スーザンのことで悩んでいた。
つい先日、奥様スーザンの幼馴染みミハイルが来訪した。
どうやらミハイルは、スーザンが目当てで、サイラスと不仲ならスーザンを自国に連れていこうとしたが、予想外にサイラスとスーザンの仲が良かったおかげで、そのまま帰ってくれた。しかし、ミハイルはスーザンをあきらめたわけではなさそうだった。
しかも、スーザンとはいまだに文通を続けていて、さらにレオナールとも新たに文通を始め、交流を深めている。
サイラスは、ミハイルにもう2度とスーザンはもちろん、自分の家族とも交流して欲しくないと思っていた。
そんなサイラスの気持ちにも関わらず、ミハイルの話題が家族の間であがることもあり、スーザンにその気はなくても、ミハイルを肯定する言動に嫉妬してしまうサイラス。
アードナ国王の時のようにはいかないため、そのミハイル対策について、サイラスは有能な副官セドリックに相談してみた。
セドリックはサイラスに関しては、仕事以外のプライベートな相談にもいつものってあげている。
「そのスーザンの幼馴染みとやらは、一応、ラタナ王国の副宰相なのだが、どうやったら私がやったとわからずに消せる?」
「いきなり消しにかかりますか……」
サイラスの発言にちょっと引くセドリック。
「当たり前だろう!?
あんなにあからさまにスーザンを狙っている男を私が野放しにするわけがないだろう?」
「……サイラス将軍からしたら、そうなのですが、今回は簡単にいきませんよ。
その方は奥様の幼馴染みで、弟のように思っている相手ですから、もし万が一、彼に不幸が起きたら、奥様がひどく悲しみます」
「わかっている!
だから、私がやったとわからずに消すと言っておるのだ」
「将軍……。誰が殺ったとしても、その幼馴染みが亡くなれば奥様は悲しむと言っているのですよ。
それで、主犯がサイラス様なら確実に奥様ばかりか、家族にも捨てられますね」
「くっ、でもな……!!」
「もっと平和的な解決法がございます!」
「本当か!?さすが、セドリック!
どんな方法だ?」
「ミハイル殿に結婚相手が見つかればいいのです」
「……それができるなら、スーザンが私と結婚した時点であきらめるだろう。
わざわざ私達が不仲になる頃を狙ってくるなんて、そんな執念深い奴がスーザンを簡単にあきらめるわけないだろう?
まあ、それもしょうがないな。
何と言っても、スーザン以上の相手を見つけるのは至難の技だからな」と本気で言うサイラス。
「あのですね~。(執念深いってあなたが言いますか!?)
サイラス様のようにいつまでも奥様がそこまで大好きな方は、貴族で、しかも要職についている方では、とても珍しいのですよ?
とってもね!!」
セドリックは、心の声は隠して、やれやれといった感じで答える。
「そうか?
国王の伯父上は、いまだに伯母上が大好きだぞ?
私の父上も、いまだに母上が大切らしいぞ」
「ああ~、まあ、確かに国王も王妃様が大好きというか、制御されているというか……。
これ以上言うと不敬になりますので控えますが、それは王妃になられるほどの方だからですよ。
あと、あなたの両親も、結婚前からのパワーバランスが、王妹である母君カーラ様の手腕で維持されているだけですから。
まあその~、あの方達は珍しい例ですし、王族は貴族と違ってなかなか離婚できない等の諸事情から、王族に関しては例外として考えてください」と言いづらそうなセドリック。
「そうなのか?
他の貴族達はそんなに離婚しているのか?」
「ええ、そうですよ。
たとえば我が国の宰相のタリマ公爵は、今の奥様は三人目ですよ?
ちなみに、財務大臣は、四人目です。
まあ、捨てたり捨てられたり、他国の政治的な思惑があったりと様々な理由ですがね」
「でも、貴族だからといって、宰相達みたいに別な女性と結婚して、奴がスーザンをあきらめるとは思えんな。
もっと何か方法はないのか?」
「うーん、新しい恋のお相手を見つけるのが一番ですよ。
それこそ、彼が夢中になれるような」
「……肌かな?
奴がスーザンにこだわるのは、肌が魅惑的なのを知っているからかな?
それなら、奴の相手としてスーザンのような肌の女性を探して紹介するといけるかもな」
「いやー、どうですかね。
肌もその一つなのかも知れませんが、お話をお聞きした限り、どちらかというと、奥様の性格がお好きなタイプかと思われますよ」
「何?そうなのか?
まあ、私もスーザンの性格も、大変好ましいと思っているけどな!」
「そうでしょうね。
奥様の性格は、多くの男性が好ましく思っていますから」と言いつつ、(あれだけ穏やかで忍耐強い性格してなければ、この方の奥様なんてやってられないだろうな~)としみじみ思うセドリックであった。
セドリックは、サイラスの依頼があったことから、ミハイルのことを詳しく調べた。
すると、ミハイルは次期宰相になるためにも、政治的に有利な縁談をラタナ国王からもちかけられていたことがわかった。
どうやら、それを断るためにも、スーザンをマリロード王国から連れていこうとしたらしい。
そこで、セドリックは、そのミハイルのお相手についても詳しく調査してみた。
ミハイルの結婚相手にあがったのは、現在、ラタナ王国で勢力を拡大しつつあるナハド侯爵家の娘であった。ナハド侯爵家には息子がおらず、ミハイルを是非、婿にと考えているようであった。
問題はそのナハド侯爵家の娘である。
国王の薦めもあって、ミハイルは嫌々ながらも、そのナハド侯爵の娘セリエンナとお見合いをしたが、セリエンナは、男性が好ましいと思う女性らしさ、可憐さも全くなく、またスーザンのようなしとやかさもあまりない女性のようであった。
いや、女性かと疑うばかりの男勝りな令嬢であった。
たとえ人妻になったスーザンでも、妻にしたがるミハイルの気持ちもわかるなと調査書を読みながら、セドリックは、ミハイルに同情した。
しかし、このままでは、サイラス自身が乗り出してミハイルを暗殺する可能性があり、下手をするとラタナ王国とマリロード王国のトラブルに発展する危険性もあるため、セドリックは、問題のナハド侯爵家の令嬢をどうにかミハイル好みに仕立てて、ミハイルにはスーザンのことを忘れて幸せになってもらう計画をたてた。
その名も「ナハド侯爵令嬢改良計画」
その計画は、初めはセドリックが苦手であった、今や婚約者にまでなったエリザベスの変貌を参考にして立てられた。
しかも、セドリックは計画の確実性をあげるため、自身が状況を確認しに、わざわざラタナ王国まで行くことにした。
もちろん、抜かりないセドリックは、表向きの理由もきちんと用意していた。
ラタナ王国は、布の染料技術が大陸一、優れている国ということで、染料技術を学ばせるという名目で、染料技術を学びたい若者をマリロード王国からラタナ王国へ留学させるための短期に事前視察を企画した。
セドリックは、マリロード王国の経済活性化の業務を国王から依頼されており、その一つとして企画したら、サイラスの差し金なのか、すぐに案が通り、事前視察を短期間であるが、行うことになった。
もちろん、その視察団の一員としてセドリックも国王の許可の元に潜り込み、ちゃっかりとラタナ王国まで行くことができた。
さらに、その視察団の対応相手に、ナハド侯爵を指名していた。
ラタナ王国で、まずナハド侯爵家を訪れるセドリック達。
「ようこそ、ラタナ王国へ」とセドリックをはじめとするマリロード王国の事前視察団を歓迎し、そつなく対応するナハド侯爵。
おまけに、目的であったナハド侯爵の娘セリエンナまで、その日のうちに紹介された。
紹介されたセリエンナは、高位の貴族令嬢にもかかわらず女性騎士であるため、正装のドレスも着ずに、騎士の恰好をしたまま、淑女のかけらもない挨拶をしてきた。
視察団のメンバー達は、「え?娘?息子じゃなくて?」とみんなして首を傾げる程の凛々しい姿であった。
ラタナ王国は、もともと女性騎士も多く、この国の副将軍は女性であるくらい、女性でも武力に優れている国であるが、それにしても、調査以上にセリエンナの男勝りな姿に、セドリックも驚いていた。
何故、この野心家で賢い父親の娘がこうなったのだ?
セドリックもそれを不思議に思っていたが、すぐにその疑問は解決した。
ナハド侯爵邸で、視察団のメンバーとラタナ王国の要人との交流を兼ねた宴が開かれた。
その宴に、この国の女性でありながら、軍事の実質トップになったレジーヌ副将軍が現れた時であった。
セリエンナは、レジーヌ副将軍を見つけると、忠犬のように「レジーヌ副将軍!!」と嬉しそうに一番に駆け寄って行った。
実は、セリエンナは、レジーヌ副将軍に憧れて、騎士を目指すことになり、あんな男勝りになってしまったのであった。
そんなセリエンナがまとわりついているレジーヌ副将軍は、着くとすぐにセドリックへ挨拶してきた。
「セドリック・ウェンゲード殿!
初めまして、私、この国で副将軍をやらせていただいているレジーナ・バスキントです。
英雄の副官であるウェンゲード殿の偉業は、かねがね聞いており、是非、お会いしたかったのです」
いきなり会うなり、セドリックに対してかなり好意的なレジーヌ副将軍。
「初めまして、セドリック・ウェンゲードです。
私の偉業なんてございませんよ。すべて英雄の偉業です。
あと、私こそ、バスキント副将軍の英名はよくお聞きしておりました。
おまけに、こんなにお美しい方とは、お会いできて嬉しい限りです」
セドリックはお世辞ではなく、本当にそう思って褒めた。
レジーヌ副将軍は、女性にしては背も高く、体格もほっそりしているのに、しなやかな動作からも、かなりしっかりした筋肉がついていそうな体格をしていた。
おまけに、豊かな金髪に空色の瞳で、女性としてもとても美しい顔立ちであるが、金の獅子を思わせるような威厳があり、下手をするとサイラスよりも将軍らしく見える出で立ちであった。
凛々しさのあまり、レジーヌ副総軍に比べれば、息子かと思われたナハド侯爵の娘セリエンナは、ただの男性っぽくしただけの女性騎士にしか見えない位であった。
「いやいや、ご謙遜を!
しかも、あなたこそ、こんなに素敵な殿方とは思わなかった。
直接、お会いできて、私の意思は決まりました。
会って早々、申し訳ないが、あなたにお願いがあって本日、こちらに参りました」
思いっきり素敵な笑顔をするレジーヌ副将軍。
そのレジーヌ将軍の勢いにやや押されているセドリック。
「……私にお願いですか?」
「ええ。 ウェンゲード殿、単刀直入に言わせていただきます。
どうか私の副官になってください!
もしくは、私の夫になって欲しい。
できれば、両方が希望で、公私ともに私を支えていただきたいと願っております」
いきなりセドリックにスカウト&プロポーズをするレジーヌ副将軍。
これには、セドリックだけではなく、周りにいた皆もひどく驚いた。
「その、信じられないかもしれませんが、あなたに一目ぼれしました。
いえ、本当は、ウェンゲード殿みたいな方に副官になっていただければと思って、本日はただお会いできればいいと思って参りました。
けれども、一目見て、あなたを私のものにしたいと思ってしまいました。
どうか、お願いいたします!」
そこらの男性よりも男前にプロポーズしてくる姿は、ただの肉食系を超えた肉食猛獣系のレジーヌ副将軍であった。
彼女に一瞬、気圧されるセドリックであったが、何とか返事をした。
「私には、愛する婚約者がおりますので、お断りいたします。
副官も、私はマリロード王国でサイラス将軍の副官をしていたいので、お断りいたします。
せっかくのお誘いですが、本当に申し訳ございません」
きっぱり断るセドリック。
「ははは、そう言われると思っておりました。
しかし、私はあきらめが悪いので、こちらに滞在中は度々、勧誘と結婚の申し入れをさせていただきますね」
そう言って、レジーヌ副将軍は宴からさっさと引き上げていった。
本当に、セドリックに会うためだけにこちらに来たようであった。
残されたセドリック達は、何とも言えない微妙な雰囲気になったが、視察団の誰かが「さすがマリロード王国一、モテる男だ!」と言ってくれたおかげで場が和み、また楽しい宴が再開された。
そんな中、レジーヌ副将軍に負けない位の勢いで、セドリックに絡んでくる人物がいた。
レジーヌ副将軍に憧れるセリエンナであった。
副官にスカウトされたセドリックが羨ましくてしょうがなかった。
「私は、レジーヌ副将軍に憧れております!
できれば、レジーヌ副将軍のおそばについて、ゆくゆくは副官になりたいと思っておりました」
「……そうですか」
「お願いです!
どうしたら、あなたみたいに、レジーヌ将軍から副官になるようにスカウトされるか教えてください!!」
「教えるにしても、私はこちらには、短期間しか滞在いたしませんが……」
「その間だけでもいいので、少しでもご教授くださいませ!」と必死に頼み込むセリエンナ。
「……わかりました、いいでしょう。
あなたのために、滞在中は時間を作ります。
そのかわり、教えるのならば、徹底して教えますので、きちんと私についてきていただきますよ?
いいですね?」
「はい!是非、よろしくお願いいたします!!」
セドリックが承諾してくれたことを喜ぶセリエンナ。
二人は次に会う約束を決め、セリエンナはセドリックから色々と教わることになった。
色々と……。
その後、視察団のメンバーの一人とセリエンナのことで打ち合わせをするセドリック。
「……あのご令嬢を、英雄の奥様に負けない位に美女に仕立てられるかい?」
「ふふっ。あれなら楽勝ですわ!
私にお任せください!!」
そう言って、微笑むのは王妃付きの侍女ベリーナ。
かつて、スーザンを平凡顔から美女に仕立て上げた、高度な化粧技術をもつベリーナである。
実は、セドリックは王妃様に事情を話し、王妃様の許可の元、ベリーナにもこのナハド侯爵令嬢改造計画の協力をしてもらうことになった。
セドリック自身も、こんなにうまくいくとは思わず、どうやってセリエンナに取り入り、改造していくか、いくつか方法を考えていたが、レジーヌ副将軍の思わぬスカウトのおかげで、簡単にセリエンナを取りこめて、うまく改造することができそうであった。
こうして、「ナハド侯爵令嬢改良計画」はセドリックの指示で、サイラスの物騒なことになりそうな悩みを平和的に解決するため、順調な滑り出しで、開始することになった。
英雄の奥様に関する英雄の悩みは、副官のおかげで平和的解決を目指す!




