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英雄の奥様と幼馴染

 マリロード王国の英雄の奥様スーザンには、男性の幼馴染みが1人だけいる。


 スーザンは、子供の頃から姉のエミリーや従兄のハリーなどの親戚と遊ぶことが多く、他の子供と遊ぶことが少なかった。

 それは、スーザンが子供の頃から地味で平凡な容姿と控えめな性格のため、貴族の子供達が集まる交流会に行っても、居たことすら認識されない位、存在感が薄く、あまり交流が広がらなかったせいもあった。

 もちろん女友達は何人かいたが、それほど多くはなかった。


 そんなスーザンでも、幼馴染みと呼べる男の子の友達が1人だけできた。


 名前をミハイル・アウェルといい、マリロード王国から離れたラタナ王国出身であったが、事情があって、子供の頃はマリロード王国で過ごしており、その時にスーザンと知り合った。

 ミハイルは、スーザンと知り合って、数年後、自国のラタナ王国に帰国してしまったが、ずっとスーザンとは手紙のやり取りをしていた。


 その彼が何年かぶりにマリロード王国へスーザンに会いにきた。

 ミハイルは、マリロード王国に着くとすぐに、スーザンのいるアバート公爵家の屋敷までわざわざ訪れた。


「スーザン!久しぶりだね!!

 昔より綺麗になったね~。

 元気そうでよかった」


 スーザンを懐かしむミハイル。


「お久しぶりね、ミハイル!

 まあ、本当にミハイルなの!?

 立派になって!

 別れた時は私より小さかったのに、随分、背が高くなったのね」

「そうだよ!体や容姿ばかりか、ラタナ王国で地位もしっかり築いたよ」

「まあ、それはいただいた手紙でよく知っているわ!

 さすがミハイルよね~。

 さあ、どうぞ、おはいりにをなって!

 ゆっくりしていってね!」


 そう言って、ミハイルを屋敷に喜んで招き入れるスーザン。

 実は、ミハイルはラタネ王国のアウェル公爵家出身で、若くして有能なため、宰相の次の地位である副宰相の役職に就き、艶やかな黒髪に、鋭く切れ長の瞳をもつ、逞しく輝かんばかりの美青年であった。

 また、ミハイルは『ラタネ王国の黒い刀剣』と呼ばれるくらい文武両道の切れ者で、マリロード王国でも彼は有名であった。

 しかも、まだ未婚で男性の結婚適齢期内の年齢ということもあり、彼がマリロード王国にこの時期に来たのは、マリロード王国でわざわざ花嫁を探しにきたのではないかと噂がたち、ミハイルの来訪に、是非、自分が彼の花嫁にと夢見る貴族令嬢も多くいた。


 スーザンは、幼馴染みのミハイルのマリロード王国来訪について、事前にサイラスへ伝えてあり、もちろんサイラスは、自分もその再会の場に立ち会うとただをこねた。

 しかし、その訪問予定日は、どうしてもサイラスが抜けられない仕事があり、サイラスはセドリックに強制的に引きずられて王宮へ連れて行かれた。

 さらに、タチアナやレオナールもその日はたまたま、貴族の子供同士の交流会のため、不在であった。


 こうして、ミハイルは、謀ったようにスーザンと二人っきりの水入らずの再会を果たした。


 ミハイルとスーザンの出会いは、スーザンがまだ10歳にもならない子供の頃、貴族の子供達同士の交流会がマリノア伯爵家で行われた時のことであった。

 その交流会で、皆が各自で庭や広間に散って遊んだり、おしゃべりしたりしている中、その日は仲良しの女友達が1人も来ていないせいもあって、退屈していたスーザン。

 広間の端で他の子供の邪魔にならないように大人しくしているスーザンに気を使った主催者のマリノア伯爵夫人は、お屋敷の書斎で、本を読んでも良いと言ってくれて、スーザンを書斎に案内してくれた。


 すると、書斎には先客の男の子が1人いた。

 マリノア伯爵夫人は、「あら、ミハイル、こちらにいたのね!

 この子は、ムスファ伯爵家のスーザンよ。大人しい子だから、この子も一緒にご本を読んでもいいかしら?」とその男の子にスーザンを紹介した。

 その子は、無言でマリノア伯爵夫人に頷き、スーザンには一瞥もくれず、読んでいた本の続きを読みだした。


 そのミハイルと呼ばれた男の子は、スーザンより小さく、ボサボサの黒髪に鋭い目付きをした、その頃はガリガリに細くて冴えない容姿の子供であった。


「スーザン、あの子は、私の甥のミハイルよ。大人しい子だから、静かにご本が読めるわよ」


 ミハイルを紹介すると、マリノア伯爵夫人は書斎にスーザンを置いて、広間へ戻って行った。

 マリノア伯爵家の書斎は、書斎と呼ぶには規模が大きく、子供向けの本だけではなく、植物の図鑑や学術的な本もたくさんあり、小さな図書館のような所であった。

 読むための席もいくつかあり、落ち着いて本が読める環境で、スーザンは、その立ち並ぶ本棚を嬉しそうに眺めた。


「……こちらに座っても?」


 一応、書斎の席に座る際に、同室にいる男の子ミハイルに声をかけた。

 今度は、スーザンをジロッと睨んだミハイルは、しばらく無言の後、「勝手にすれば……」と言ってきた。

 それに安心したスーザンは、興味がある本を数冊持ち、彼がいる所からやや離れた席に座り、静かに本を読んでいた。

 やっと交流会も終わりそうな時間になったので、会の主催であるマリノア伯爵夫人に挨拶したら、もう帰っても失礼ではないかとスーザンは思い、本を元の場所に戻して、皆が集まる広間に戻ろうとした。

 その際、スーザンは 一緒に書斎にいたミハイルに一応、会釈して退室した。

 そして、退室するスーザンの姿をじっと見つめるミハイルがいた。


 その後も、マリノア伯爵家で貴族の子供達との交流会が開かれた際は、退屈するとその書斎で、終わり時間が近づくまで過ごすスーザン。

 スーザンは、マリノア伯爵家の書斎がとても気に入っていた。

 その書斎に行くといつもミハイルがいたが、一応、軽く挨拶する位で、お互いに干渉もせずに過ごしていた。

 そんなやりとりが何度かあって、ミハイルの方から、スーザンに話しかけてきた。


「ねぇ、名前はスーザンといったかな。

 君はやけに静かだけど、本当に生きている人間なの?」

「?え?」

「いや、君が今まで出会った女の子とは違って、静か過ぎるというか、存在感が薄すぎるから、実は人間のふりした幽霊かと疑ってしまったよ。

 まあ、一応、叔母様に確かムスファ伯爵家の子と紹介されたから、人間だと初めは思っていたけどね。

 世の中に大人しい子はたくさんいるけど、君は何というか、大人しいとはまた違った感じで、希薄な存在というか、その幻のようで……」

「……えっと、幻ではなく、ちゃんと生きていますよ」


 戸惑いながらもミハイルに答えるスーザン。


「そうだね。話してみると生きているってわかるね。

 ところで、何の本を読んでいるの?」


 スーザンに興味を持った様子のミハイル。

 スーザンは、控えめな性格であるが、話しかけられれば、普通に明るく対応できて、ミハイルとは本の話などで自然に仲良くなっていった。

 ミハイルは、マリノア伯爵夫人の姉が、マリロード王国から離れたラタナ王国のアウェル公爵家に嫁いで生まれた子供で、その次男であった。

 その頃のラタナ王国は内部で貴族達の派閥争いが激化しており、ミハイルの家はその争い真っ只中にあり、後継ぎであるミハイルの兄がまず殺されかけた。

 ミハイルの兄は何とか命はとりとめたものの、次はミハイルまでも命を狙われそうになったため、兄を守るだけで精一杯なミハイルの母親が、ミハイルをマリロード王国にいる妹の嫁いだマリノア伯爵家へ一時的に避難させた。

 それもあって、ミハイルはマリロード王国に来てからも警戒心が強く、人見知りをしながら、マリノア伯爵家の居候をしていた。

 マリノア伯爵家には子供が何人かいたが、どの子もミハイルとは仲良くなれず、ミハイルは一人で書斎にこもることが多かった。

 また、ミハイルは知識が豊富で、発想力があり、賢かった。

 スーザンより年下のミハイルであったが、彼は下手な大人より博識で、スーザンに色々なことを教えてくれた。

 そのせいか、ミハイルはマリノア伯爵家の子供達はもちろん、スーザン以外のマリロード王国の貴族の子供達にもあまり興味を示さず、仲良くしなかった。

 ただ、スーザンだけには興味を持って心を開き、スーザンの屋敷に遊びに来ることもあった。

 やがて、スーザンだけしか仲良くなるつもりはなかったが、ハリーやエミリーとスーザンを通して知り合い、彼らの個性が気に入り、またスーザンの親戚ということもあり、彼らとも仲良くなった。

 ちなみに、ハリーを守るためにエミリーに男装をさせてハリーのいる男子寮に潜り込ませる方法を巧妙に考えたのは、ミハイルであった。


 数年間もの間、スーザン達と仲良く過ごしたミハイルであったが、母国ラタナ王国の派閥争いがミハイルの実家であるアウェル公爵家の全面的勝利で終息し、ミハイルは家族と過ごしても安全になり、帰国することになった。


「元気でね、ミハイル!手紙を書いてね」


 仲良しのミハイルとの別れは寂しいが、ミハイルがやっと家族の元に帰れるので、寂しさを我慢して送り出すスーザン。

 そんなスーザンに、もっと泣いて悲しむことを期待していたミハイルは、むっとした。

 しかし、ミハイル自身も家族に会えるのは嬉しかったので、スーザンとの別れはとても寂しかったが、ミハイルも寂しさを見せずに別れることにした。


「……手紙、書くよ」

 

 そう言って、スーザンに聞こえないくらい小声で、「……君をお嫁にするために大きくなったら迎えにくるよ」とも密かに呟いていた。


 そう、ミハイルの初恋はスーザンであった。


 ミハイルにとって、女の子とは煩くて邪魔な存在であったが、スーザンと出会ってからは、女の子でも聡明で素敵な女の子がいることを知ったのだった。

 もちろん、スーザンの魅惑肌のこともよく知っていた。

 ミハイルは、子供であることをいいことに、何かとスーザンと手を繋ぎたがった確信犯でもあり、サイラスほど酷くはないが、ミハイルも同類である。

 しかも、スーザンの魅惑肌は、ハリーを除く他の人には持ち得ないものであることもよく理解しており、魅惑肌の元祖であるスーザンの祖母とも面識があった。

 さらに、ミハイルは、自分が年下かつ他国出身で、いつか帰国することも考えて、スーザンに他の男友達ができないように色々と策略を練り、スーザン自身の容姿コンプレックスもうまく利用して、スーザンに悪い虫がつかないように『ミハイルガード』を密かに築くような腹黒い面もあった。

 そして、スーザンが年頃になったら、結婚を申し込む旨をスーザンには内緒で、既にミハイルの父親であるアウェル公爵を通して正式にスーザンの父親ムスファ伯爵へ伝えていた。

 スーザンの父親であるムスファ伯爵は、スーザンと唯一、仲良しの男友達であるミハイルの結婚の申し出に対して、一応、了承していた。

 その頃から、ムスファ伯爵は、スーザンの地味で平凡な容姿や控えめな性格から、なかなかお嫁にいけないのではないかと心配していた。

 だから、たとえマリロード王国から遠く離れたラタナ王国への嫁入りでも、公爵家の次男で優秀なミハイルの将来性もふまえて、他に良い縁談がなければという条件付きで、結婚の許可をしていた。


 サイラスさえいなければ、スーザンはラタナ王国のミハイルの元へ嫁ぐところであった。


 ただ、スーザンが結婚適齢期になった頃、年下のミハイルは、まだ結婚適齢期に達しておらず、しかも優秀すぎて、若いのにラタナ王国の宰相補佐官になってしまい、毎日、寝る間もないくらい働かせられ、忙しすぎてスーザンを迎えに行くどころではなかった。

 そんな過労働なミハイルにとって、スーザンからの手紙が唯一、心のオアシスであったが、残酷なことにサイラスとスーザンの結婚をそのスーザンからの手紙で突然、知ることになった。


「いや~、スーザンから、サイラス将軍との結婚が決まったという手紙を読んだ時は、ムスファ伯爵をはじめとする関係者に、ひどく腹を立てたよ」


 サイラスとスーザンが結婚した時のことを今でも苦く思い出すミハイル。

 ミハイルは、今頃になって、スーザンにラタナ王国へ帰る前からムスファ伯爵にスーザンとの結婚を申し込んでいたことを告白した。


「……それは初めて聞いたわ。

 ミハイルはそんなに前から私に結婚を申し込んでいたの?

 そもそも、子供の頃から私のことを好きだったなんて、知らなかったわ」


 そのことに驚くスーザン。

 ミハイルとは、ミハイルが帰国後ずっと文通しているが、そんな気があるとは思えるような内容は手紙に一切なく、お互い仲良しの友人と思っていたスーザンであった。


「うん。そうなんだ。

 子供の頃から、スーザンが好きだよ。

 正直、この国ではスーザンや君に関連のある人達にしか興味がわかなかったもの。

 でも、スーザンは、ここから遠いラタナ王国までお嫁にくるのを嫌がるだろうから、売れ残ってやむを得ないと思うまで内緒にしようと思っていたんだ。

 私はスーザンより年下だから、君が結婚適齢期になった頃は、私自身の年齢がまだラタナ王国で結婚できる年齢ではなかったしね。

 まさか、スーザンの適齢期内に、英雄にスーザンが見つかるとは思わなかった……。

 あ~あ、こんなことなら、さっさとマリロード王国にいるうちに婚約しておけばよかった!」


 自分の築いたスーザン虫よけ『ミハイルガード』の甘さも後悔したミハイル。


「……スーザンは、私が帰国する前に結婚を申し込んでいたら、受け入れてくれた?

 それか、少なくとも、サイラス将軍に見つかる前に申し込んでいたらどうかな?」

「……え、えっと、正直に言うわね。

 もしあの頃、ミハイルから結婚を申し込まれていたとしても、家族と離れてラタナ王国に行くのは辛いし、婚約はせずにお断りしたと思うわ。

 申し訳ないけど、今もあなたのことは友達というか、実の弟のように思っているもの。

 あと、確かに、サイラス様に『出会う』のではなく、『見つかる』という表現の方が、私とサイラス様には的確な表現ね。ふふふっ」


 サイラスとの出会いを懐かしく思うスーザン。


「何で、サイラス将軍みたいな厄介な人種と関わったのかな?」

「夜会で転んだところを助けていただいて、それから親しくなってプロポーズされたの」

「ああ、だからか~。

 その時にスーザンの肌に偶然、触れてしまってサイラス将軍もはまったのか。

 もっとも、あの英雄がそんな趣味とはね~」

「……そういえば、初めてサイラス様から私を妻に選んだ理由が『肌』と聞いた時は、かなり引いて……いえ、驚いたわ」

「へ~、正直にスーザンを選んだ理由を話したんだ。

 英雄って馬鹿正直だね。

 でも、それなら、何で断らなかったの?」

「一度、断ってはみたのだけど、サイラス様ったらプロポーズの時点で国王陛下やお父様からの結婚許可を既にもらっていて、根回し済みだったの。

 だから、無駄な抵抗と思われたので……」

「ああ、そうだったのか……」

 

 スーザンとミハイルはお互いにため息をついた。


「そもそも、スーザンが夜会で転ぶなんて、君のドジさを計算に入れてなかったんだよね~。

 あと、たとえ転んでも普通、恋仲でもない男が伯爵令嬢の肌に直接、触れることは滅多にないことだけどね~」

「ああ、あの時は転んで靴が脱げてしまって、サイラス様がその怪我をした裸足の足をみてくださって……」

「なるほど……って、靴が脱げる程、派手に転んだわけ?」

「ええ、まあ」


 それを聞いて、はあと呆れてため息をついたミハイル。


 このドジっ子め!

 普段はしっかりしているのに、時たま、ひどいドジをふむのだから。

 くそっ、相変わらず、そんなところも可愛いな!


 スーザンに対してそう考えるミハイル。 

 他の男と結婚してしまったスーザンでも、いまだに大好きであった。


「まあ、もう過ぎたことはいいや。

 それで、英雄とは今はどうなの?」

「どうって?

 夫婦として、うまくいっているかということ?」

「そうそう。

 英雄なうえに、あれだけの身分と美丈夫だし、たとえ結婚していようと、さぞ女性にモテるだろう?」

「……一般的に見て、サイラス様はモテるはずなのだけど、結婚してから一度も女性関係で問題が起きたことはないわ。

 サイラス様を狙って女性が突撃してくることも覚悟していたけど、本当に一度もなかったわ」(エリザベスの突撃はサイラス様でなく、セドリック様目当てだったしね)とこれも懐かしく思い出すスーザン。

「えぇ!そうなの!?

 本当に一度も?」

「ええ。サイラス様はいまだに私を大切にしてくださっているわ」

「ふーん。でも、スーザンが気づいていないだけでは?」

「いいえ。日常でも、サイラス様と離れている時間が1日のうち数時間しかないので、多忙なサイラス様が他の女性と関係をもつのは、時間的にも厳しいから、それはないと思うの」

「は?どういうこと?

 英雄は家で仕事してんの?」

「違うわ。サイラス様は主に王宮で仕事をしているけど、ほぼ毎日、私が王宮まで昼食を届けて、よく一緒に食べているのよ。

 夜も早くに帰ってくるので、サイラス様と会わないのは午前と午後の執務時間の数時間位しかないの」


 サイラスの1日は、朝は出勤ぎりぎりまでスーザンにひっつき、昼は昼食を一緒に食べながらスーザンにひっつき、夜は仕事が終わるやいなや屋敷に帰ってきてスーザンにひっついている、いまだにほぼ1日中スーザンにべったりであった。

 他にスーザンにひっついていない時は、タチアナにひっついているか、レオナールと遊んでいるかである。

 どこにも他の女性の影が見られないことは、確かであった。

 また、マリロード王国の者なら、サイラスがいまだに奥様中毒と言われるくらい奥様を大好きなことは誰でも知っているため、あえてその間に割り込もうという無駄に勇気のある女性は1人もいなかった。


「ええ~。そんな1日中、妻にべったりの夫って、妻にとっては、すごい迷惑だな~。

 これはまた予想外な話だな……。

『英雄、色を好む』とよくいうから、そろそろ他の女に手を出して、君をないがしろにしているんじゃないかと思ったのにな……」

「それは大丈夫。

 サイラス様は私を一番、大切にしてくださっているのよ」

「あーあ。スーザンならきっと英雄に浮気されて、この時期には修羅場に疲れている頃だと思って、わざわざ来たのにな~。

 いまだに仲睦まじく、しかも、旦那にそっくりな子供が二人もいるのか……」


 ミハイルは、客間に飾ってあるサイラス、スーザン、タチアナ、レオナールの家族4人の肖像画をしみじみ眺めた。


「でも、話を聞く限り、そんなべったりつきまとう夫に迷惑して、嫌気がさしてないかい?

それから、解放されたくならない?それなら私が自由にしてあげるよ」


 美形なことを生かして、妖艶に微笑みながら、スーザンに本音を聞き出そうとするミハイル。


「いいえ、そんなことは不要よ!

 お仕事はきちんとしているし、私に甘えてくるサイラス様のそういうところは、可愛いと思っているから」

「そうなんだ~。

 これまた意外だな。

 スーザンはもっとクールで、そういうのはタイプじゃないと思っていたよ。

 う~ん、私の国に妻としてスーザンを連れていくのはまだ難しいか~。

 しかも、よりによって、スーザンの子は、王族の血を引く英雄の子供だから、国外に連れ出すのはできなさそうだなぁ~。

 子供は置いていくしかないか……」


 もしサイラスが聞いていたら国外追放されるレベルの不穏なことを言い出すミハイル。


「……何故、私があなたの妻になってラタナ王国に行くの!?

 そんなことしないわ。

 ミハイルのことは、弟のようにしか見ていないのだから、変なこと言わないの!」とミハイルを叱るスーザン。

「ふーん。こんなに立派に成長した男のことを本当に弟って思えるの?」


 そう言って向かいに座っていたソファーから立ち上がって、スーザンの前に立ち、ミハイルはスーザンの顎をクイッと持ち上げて、口づけせんばかりに顔を近づけた。


 ペチンッ

 バーン!!


 スーザンが顔におかれたミハイルの手を払いのけるのと同時に、王宮にいるはずのサイラスが二人のいる部屋に飛び込んできた。


 どうやらサイラスのスーザン危機察知能力の警報が激しく鳴ったために、セドリックの包囲網を破って、抜け出して、わざわざ王宮から飛んできたのであった。


「おい、貴様!!今、私の妻に気安く触れたな!?」と怒り狂うサイラス。

「……おやおや。

 いきなりの英雄のご登場ですか。

 どうも初めまして。

 スーザンの幼馴染みのミハイル・アウェルで、ラタナ王国の副宰相をしております。

 以後、お見知りおきを。

 あと、今確かにスーザンに触れていましたが、それが何か?」


 飄々と挨拶をするミハイルにサイラスは本気で切れた。


「貴様、許さんぞ!

 たとえスーザンの幼馴染みだろうと、ラタナ王国の副宰相だろうと、私の妻に気安く触れるなどと絶対許さん!

 この国から出ていけ!!」

「へえ、英雄は奥様にちょっと触れただけで、他国の地位ある貴族を国外追放にできるの?

 すごいな~」

「ああ、可能だが?」


 不敵に笑うサイラスは、とある国の王ですら入国禁止にさせた実績があった。


「ふーん。なるほど……。

 でも、それで奥様に嫌われても?」

「ふん!貴様みたいに明らかにスーザンを狙っているような奴を追い出したからって、スーザンが私を嫌う訳がない」

「さあ、それはどうかな?

 スーザンと私の間には、子供の頃から仲良しで、いまだに文通するほど、長い年月をかけて築き上げた人間関係が成立している。

 しかも、スーザンは、私のことを弟のように思っているらしいから、家族のように思っている私にひどいことをする夫に、いい感情は持たないのでは?」

「な、なんだと!?」

「サイラス様、落ち着いてください。

 ミハイルは、昔からむきになる人に意地悪を言うのが好きなので、のせられては駄目ですよ」


 スーザンが間に入り、怒りで頭に血がのぼっているサイラスを落ち着かせた。


「ミハイルも、サイラス様をそんな風にからかっては駄目よ!」とミハイルを叱るスーザン。

「ははは、なるほど。

 これがかの有名な英雄の実態か。

 面白くなってきたね~、スーザン!

 ……まあ、今日のところは引くとしようかな。

 この後、叔母様にも会いにいかないといけないからね。

 でも、まだしばらくはマリロード王国に滞在しているから、またね来るね、スーザン!」


 あっさり引いて、爽やかに笑いながら去っていくミハイル。


 「二度と来るな!!」とサイラスが怒っても、笑いながら聞き流すミハイルのせいで、その後、スーザンはいつもよりもサイラスにべったりされた上に、ぎゅうぎゅう抱きしめられるのであった。

 そんなサイラスをみて、スーザンは、やきもちを焼かれるのはちょっと嬉しかったが、それ以上に、自分の幼馴染に敵意と殺意を飛ばしているサイラスに対して、ミハイルの身が大丈夫かと心配になってきた。


 英雄の奥様は、今頃になって幼馴染の滞在に、嵐の予感がする!

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