英雄の奥様と王宮の侍女
マリロード王国の王宮で働く侍女ベリーナは、英雄の奥様スーザンのことで悩んでいた。
ベリーナはその高い化粧技術の腕を買われ、とうとうマリロード王国の王妃付きの侍女にまで大出世した。そのおかげで、ベリーナは、先日の夜会の際に、英雄の奥様に化粧を施す機会があり、英雄の奥様を化粧した感動が忘れられなかった。
英雄の奥様スーザンの地味で平凡な顔を、美女レベルになれるように化粧を施したベリーナは、実はスーザンの顔に見覚えがあった。
それは……。
スーザンの顔は、ベリーナが化粧技術の向上のために、練習用に特別に作った石膏の顔型にひどく似ていた。
ベリーナは、顔立ちがくっきりした方には薄目の自然な化粧を、顔立ちの凹凸が少ない方にはくっきりするような立体的な化粧を施している。
そして、鼻が大きい、顔が大きいなどの目立つ欠点がある方にはそれを目立たなくするために隠したり、その目立つ印象を薄くする化粧をするなど、相手に合わせた化粧をする技術を、ベリーナは多種多様に持っていて、それらを駆使して、どんな女性も美女と呼ばせるほどの化粧顔をいつも作り上げている。
そして、実はベリーナにとって一番、化粧技術を施すのが難しいのは、欠点は何もないが、特徴もないといういわゆる地味で平凡な顔立ちであった。
その平凡顔とは、顔立ちの凹凸が少ないわけもなく、特徴をつけるために普通に派手目の化粧を施せば、美女になるかといえば、そう簡単にはいかなかった。
逆に、派手な化粧を一部でもしてしまうと、バランスが崩れ、そこばかりやたら目立って、美しいという印象がなかなか与えられなくなってしまうのである。
つまり、平凡顔というのは、すべてのバランスを同時に平等に与えることで、美女に仕上げないといけない一番、全体のバランスをとるのが難しく、最も高度な技術が問われる対象であった。
そのため、ベリーナはその平凡顔を基準にして、日々の化粧技術の向上を目指していた。
そう、スーザンの顔はベリーナにとって、理想的とも言える平凡顔であった。
石膏型で練習するより、実際の人の顔で練習してこそ、さらに技術向上が望めるし、他の人にその技術を教える際にも、とても有用とベリーナは考えた。そのためにも、ベリーナは、スーザンに化粧モデルとして協力してもらいたかった。
しかし、スーザンはサイラス将軍の妻であり、王族に続く身分の高さであるため、気軽にお願いできる立場ではない。でも、あきらめたくないベリーナは、どうするべきか悩んでいたが、そんなベリーナを助けてくれるのに、うってつけの人物がいた。
王妃のクリスティーナであった。
ベリーナは、運良く、王妃にその悩みを相談できる機会があり、「まあ、何て面白そう!!私からスーザンにお願いしてあげるわ」と王妃も快く、スーザンへの依頼を了承してくれた。
実は、王妃として先日の夜会で、サイラスが化粧したスーザンへの態度が悪かったことで、嫉妬だとわかっていても素直に褒めないサイラスがちょっと気に入らなかった。
それで、ベリーナの頼みを受けて、サイラスが素直になるように仕向けようとしていた。
ベリーナは、仕事が休みの日に、スーザンへアポイントを取って、王妃クリスティーナの依頼書と共に、スーザンの元を訪れた。
すると、何故かスーザン以外に、サイラス将軍までも待ち構えていた。
「私は許可しないからな!
スーザンの頬は、全体的に真っ白なのに頬の上部だけ薄っすら桃色に色づいていて、化粧の必要がないくらい完璧な頬なんだぞ!!
しかも、スベスベなのに弾力はもっちりとしていて、この頬の感触が大好きだから、あんな厚い化粧をしてスーザンの肌が傷んだら、どうしてくれる!?
私の生き甲斐のひとつを奪う気か!?」とすごい剣幕で怒るサイラスに、ベリーナばかりか、当事者のスーザンまで驚いた。
ええ!そんなに!?
私の頬に触れるのはサイラス様の生き甲斐のひとつなの?
頬をさわるのがお好きなのは存じておりましたが、そこまでとは……。
と驚くスーザン。あらためて、自分の頬にそんな価値あるとは思っていなかったスーザンであった。
しかも、そのことをベリーナのような他の人達の前で恥ずかし気もなく宣言されて、ひどく恥ずかしくなるスーザン。
スーザンが赤面している横で、ベリーナは何とかサイラスを説得しようと躍起になっていた。
ベリーナにとって化粧技術の向上こそ、人生の最大のテーマであった。
英雄の事情も何のその!
それを邪魔する輩は、たとえ英雄でも遠慮しない気持ちでいっぱいのベリーナであった。
そして、サイラスとベリーナが言い争うこと1時間。
「私のスーザンは、化粧なんかしなくても十分に綺麗なんだからな!」
「確かに素顔の肌は大変お美しいのですが、一般的な顔立ちとしたら、化粧をした方がずっと高い評価ですよ!」
「何だと!?私のスーザンを貶す気か!?」
「違います!奥様ほど化粧が活かせる方はいないと言っているのですよ!!」
「余計なお世話だ!」
「いいえ。これは王妃クリスティーナ様の依頼でもありますよ!!」
などと、言い争っている間、サイラスの発するスーザンへのコメントをスーザン自身が聞かされて、とうとうスーザンの羞恥心もピークに達し、我慢するのが辛くなってきた。
スーザンは二人の争いを止めるために、動いた。
まず、屋敷で働くマリア・サーデンという侍女を呼んだ。
ちなみに、マリアは、現在、アバート公爵家の護衛の仕事をしているカイル・サーデンの妻である。カイルは、かつてスーザンが転んだところを助けたせいで、サイラスに目をつけられた王宮の門番をしていた衛兵で、今やアバート公爵家の護衛長まで出世していた。
スーザンに呼ばれたマリアは、何の用だろうと不思議に思いながら、ある意味、サイラスとベリーナの修羅場に来てみると、近くにいるスーザンが困っているようであった。
「奥様、どうされました?」と聞くマリア。
「ああ、マリア。ちょっとお願いがあるの」
「何でしょう?」
「あそこでサイラス様と言い争っている方は、王妃様付きの侍女のベリーナさんというの。
彼女は化粧がとても上手な方で、王妃様の依頼で、私をモデルに化粧の練習をしたいらしいのだけど、サイラス様が大反対をされていて……。
王妃様の依頼なので断るのも難しいのだけど、サイラス様の大反対があるから受けるのも難しい状況で困っているの。だから、マリアに私の代わりになってもらえないかしら?」
「え?私が奥様の代わりに?」
「ええ。もし嫌じゃなかったら、ベリーナさんの化粧の練習モデルになってくれるかしら?」
「えぇ!?何故、私が?」
「うーん。ベリーナさんのお話から、私みたいなタイプが良いみたいなの。
それで、マリアが私の周囲にいる人達の中で一番、私に似たタイプかと思って。
しかも、マリアなら私より若くて可愛いうえに、肌も綺麗だし、マリアならベリーナさんもきっとモデルに良いと思ってくださるわ。
でも、私に似たタイプなんて私が勝手に思っているだけだから、気を悪くしたらごめんなさいね」
「いえ、そんな!奥様にそうおっしゃっていただけるなんて、大変光栄です!!
私なんかで奥様の代わりが務まるのなら、是非、やらせていただけます。
おまけに、ベリーナさんって確か今、王宮で一番話題の方で、高度な技術で綺麗になれる化粧をしてくださるのですよね?
一度でいいからやっていただきたかったので、とても嬉しいです!」とマリアは喜んで奥様の代わりになると言ってくれた。
マリアの顔は、スーザンの顔にハリーやリンディのように似ているわけではないが、顔のタイプ別に分類した場合、スーザンと同じ地味で平凡な顔タイプであった。
「ありがとう、マリア。じゃあ、こちらに来てね」と言って、スーザンはサイラスとベリーナが争っているところに連れて行った。
「ベリーナさん。せっかくの王妃様の依頼ですが、サイラス様もこうおっしゃっているので、大変申し訳ないのですが、お受けするのは難しいと思われます。
代わりに、ベリーナさんの要望に近いこのマリアをモデルにするのはいかがですか?マリア本人も是非、ベリーナさんのお化粧をしていただきたいと希望しておりますの」と言って、マリアを紹介するスーザン。
ベリーナとしては、できれば理想的な平凡顔のスーザンを練習台にしたかったが、サイラスがいる限り難しいなと感じていたので、紹介されたマリアの顔を、あらためて見てみた。
おお!
奥様とは違った顔立ちなのに、あの石膏の練習台並みに平凡顔!!
この方も練習台としてお願いしたいかも!
いや、でも、理想に近いのは、やはり英雄の奥様なのですが……。
ここで妥協してしては、せっかく王妃様が支援してくださったのに悪いし、王妃様の意図もあるだろうから、どうしましょう?
しかし、奥様は、この英雄というガードがやっかいだし……。
やはり妥協するべきでしょうか?
ベリーナは、しばらく葛藤し、悩んでいたが、とうとう、サイラスという難関を突破しないといけないスーザンよりも、マリアに化粧の練習モデルをお願いすることに決めた。
しかも、マリアをモデルとした化粧の練習は、スーザンがアバート公爵家で開く美肌教室の会の際にもやらせてもらえて、サイラスがいない時ならば、その時にスーザンにもこっそり化粧の練習をさせてもらえることになった。
もっとも、マリアが化粧で綺麗になると、マリアの夫カイルも、サイラスのような激しい嫉妬はしないが、妻が綺麗すぎると他の男性もよってこないかとちょっと心配になった。
そのため、マリアも普段は美女になるような化粧はせずに、女性達がいるところでだけで化粧顔美女になるようになった。
これで、ベリーナの化粧の技術は、また更に向上したのであった。
英雄の奥様は、化粧をする際の理想的な練習顔をしていた!




