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英雄の奥様と副官2

 マリロード王国の英雄の副官セドリックは、今でもまだ、とてもモテる男性である。


 そんなセドリックには、恋人がいる。

 かつて社交界一の美女と言われたエリザベス・ハリエット公爵令嬢である。

 スーザンのサポートのおかげもあり、エリザベスはセドリックと無事におつきあいを始め、順調に交際は進み、今はセドリックのプロポーズ待ちの状態である。


 セドリックもすぐにエリザベスに結婚を申し込むつもりであったが、問題が生じた。


 それは、現在の社交界一の美女と呼ばれるリスト侯爵の娘であるアリエッタ・リスト嬢の存在であった。 

 実は、アリエッタ嬢の父親であるリスト侯爵が、非合法の商売に関わっている疑いで捜査をされていた。しかし、なかなか証拠が見つからず、リスト侯爵家に潜入捜査をすることになった。

 はじめは、リスト侯爵家の使用人になりすました潜入捜査なども試みたが、相手は非常に用心深く、上手くいかなかった。

 そこで、娘のアリエッタ嬢の婚約者になり、リスト侯爵家に深く潜入して証拠を探すことに作戦変更になった。

 ところが、この第一関門のアリエッタ嬢が現在の社交界一の美女だけあって、なかなか落とすのが難しかった。

 アリエッタ嬢の婚約者になろうと、多くの捜査人員がアリエッタ嬢を口説くことに挑戦したが、全員がふられてしまった。その理由はアリエッタ嬢の想い人がセドリックであるためとわかり、彼女は、恋人ができたセドリックにいまだに恋文を送るほど、セドリックを慕い、あきらめていなかった。

 そのため、サイラスを通じて、その潜入捜査の協力をセドリックへ依頼してきた。


「サイラス将軍、その依頼はお断りいたしますよ。

 私にはエリザベスがおりますので、その潜入捜査員には他の者にあたってください」

「そうしたいところだがな。

 アリエッタ嬢がセドリックにしかなびかないのだから、しょうがないだろう?

 これは、お前にしかできない仕事だ。

 アリエッタ嬢と仮で良いので婚約して、潜入捜査をしてきてくれ」

「それだと、もしリスト侯爵がシロだった場合、私は責任をとってアリエッタ嬢と結婚しないといけなくなりますよね?エリザベスを捨てて……。

 たとえクロでも、一時的にでもアリエッタ嬢の婚約者になったことがエリザベスに知られたら、どんなに彼女を傷つけることになるか……」

「……やむを得ないな。エリザベス嬢にも事情を説明して協力してもらうか?」

「いや、それは止めた方がいいですよ。私を仮にでもアリエッタ嬢の婚約者にするくらいなら、自分がリスト侯爵の愛人になって潜入捜査をするとか言い出しますよ。きっと暴走しますよ」

「……確かに言い出しそうだな。しかも、突っ走った結果、かなりいい線まで捜査をしてきそうだから、我々はどちらでもいいぞ。だが、セドリックが潜入捜査した方が危険が少ないがな」

「そりゃそうでしょうが、どちらもお断りいたします」

「仕事だから断れないぞ。もしどうしても断りたいならば、代わりの案を出せ!」

「……そのリスト侯爵の商売について、わかっていることは何ですか?」

「まず、確かなもので、大量の薬品らしきものが何種類もリスト侯爵の屋敷に運び込まれたという情報がある。さらに、リスト侯爵家に住み込みで勤める使用人の子供の1人が全身火傷のような症状で、町医者に運び込まれた。その子はいまだに原因不明の症状とされているため、詳細はまだ不明だが、恐らく何かしらの薬品を頭からかぶったせいと言われている」

「……その大量の薬品を使って何かを作り上げ、それで何かしらの人体実験をしているということですか?」

「最悪の場合は、恐らく非合法で人体実験をしているのだろうと予想されている……。

 現時点でわかっていることは、商売のため何かしらの研究を屋敷で秘密裏にしているようだ。

 単に化粧品や病気のための薬品など独占したい合法の商品の開発をしているなら問題なく、使用人の子はただの事故でそうなったと考えられ、リスト侯爵はシロだ。

 しかし、クロだった場合、その使用人の子が浴びた何かで戦に使う武器の開発をしている可能性もあり、マリロード王国の危機管理として放置ができない。

 これはリスト侯爵だけでなく、もしかするとリスト侯爵夫人や娘のアリエッタ嬢も関わっている可能性もある。だから、セドリックのような抜かりのない人間が捜査をした方がいい。

 私の勘もこの件は追求した方がいいと告げている……」


 それを聞いたセドリックは、はぁ~と深いため息を吐いた。


「思っていたより、事態は深刻そうですね。しかも、サイラス将軍の勘がそう告げているなら、クロの可能性が高いということなのでしょうね。まあ、その勘が当たっている率は、サイラス将軍の奥様が関わっていないと高くないという難点がありますが……」と言って、しばらく悩むセドリック。


 そして、とうとう「わかりました。やります」とセドリックはあきらめたように受け入れた。

 長年、サイラス将軍の副官をしていて、必要時にサイラスの勘は、神の予言のごとく当たりを引くため、基本、逆らわないようにしているセドリックであった。


「おお、そうか!では、早速、作戦会議を……」

「ただし!実行するにあたり、条件がございます」

「何だ?」

「エリザベスには国外へ3週間行ってもらいます。そのエリザベスが国外に行っている間にこの件にけりをつけましょう」

「ああ、セドリックが3週間で解決できるのなら、別にそれでも構わないぞ」

「……そして、エリザベスを国外に一人で行かせるのは不安なので、サイラス将軍の奥様スーザン様をエリザベスのストッパーとして同行していただきます」

「はあ?そこで何故スーザンが出てくる?

 絶対に駄目に決まっているだろう!

 エリザベス嬢のストッパーには彼女の母親のハリエット公爵夫人でも連れていけ!!」

「それがですね、ちょうどタイミング良く、ハリエット公爵夫人が体調不良で、夫人の母国である隣国のツェルード王国に療養に行っておりまして、エリザベスもお見舞いに行く予定になっております。

 そこで、エリザベスの方からスーザン様へ一緒にツェルード王国へ遊びに行こうとお誘いをかけていたのですが、サイラス将軍が許してくれないだろうと断られていました。だから、エリザベスから私にサイラス将軍を説得するようにお願いされていましたので、今回の条件として挙げさせていただきます。よろしいですよね?」

「スーザンを3週間も国外になんて行かせられないね。あと、子供達のこともあるし、無理だ。

 第一、私が3週間もスーザンのいない生活に耐えられない」

「……そうでしょうね。それはわかっておりますよ。

 あ、お子様達には了承をすでに得ていまして、タチアナ様はスーザン様と一緒にエリザベスと同行し、レオナール様はムスファ伯爵家で婚約者と過ごすことで話がついております。あとは、サイラス将軍の許可だけなんですがね~」

「ふざけるな!スーザンも、タチアナも国外に行かせるなんて駄目だ!レオナールのムスファ伯爵家滞在は許可しても、それ以外は許可できない!!」

「そうでしょうね。ですから、サイラス様もご一緒にツェルード王国へ行かれたらいかがでしょうか?」

「何っ!?私を国外に3週間も行かせる気か!

 これでも将軍だぞ!?

 そんなに長い間、遠征でもないのに将軍職が国を離れられるわけがないだろう?」とぷんぷん怒るサイラス。

「ふふふ、それが行けるかもしれませんよ?

 先日、国王陛下から相談されたのですが、この度、将軍の代理として、サイラス将軍のお従弟様であられるダリアン将軍補佐を副将軍に昇進させることを検討したいそうです。その試練として、サイラス将軍が隣国ツェルード王国に行かれている間の将軍代理をしていただき、その力量をはかりたいと陛下はお考えのようです」


 ダリアン将軍補佐とは、王族の血を引く、サイラスとは年の離れた従弟であり、若くしてオルセ公爵家の跡を継いでいた。

 ダリアンの父親である前オルセ公爵は、現国王陛下の弟(サイラスの母親の弟でもある)で、ダリアンが生まれてすぐに亡くなった。もし王弟であるダリアンの父親が生きていたら、サイラスではなく、彼が将軍になるはずだった。

 ダリアンの母親は外国の姫君であったので、夫の亡くなった国にいるより、母国にダリアンを連れて帰りたがった。そのため、ダリアンが成人するまでという条件で、母親と共にダリアンは母親の母国に行き、そこで育つことになった。

 王弟の領地であったオルセ公爵領はダリアンが成人するまで代理の者が管理していた。

 そして、ダリアンが成人したため、北の蛮族討伐後で平和なマリロード王国に帰国して正式にオルセ公爵となり、ダリアンはサイラスの元で将軍補佐として一緒に仕事をし始め、もう数年はたっていた。


 ちなみに、将軍補佐は副将軍になる前職のようなもので、副将軍は将軍の代理職でもある。一方、将軍の副官は将軍が辞めるまで将軍を補佐する役職で、間違っても将軍の代わりになる職ではない。


「……おい、ちょっと待て。

 何故、将軍の私より先に副官のお前に伯父上はそんな重要なことを相談しているのだ?

 伯父上の中では将軍の私より、お前の方が優先なのか!?」

「いえいえ、とんでもございません。私はあなたの副官で、陛下にとって当然、サイラス将軍が優先ですよ。

 私の主な仕事はサイラス将軍の補佐ですが、私は他の仕事として、マリロード王国の経済発展のための国王陛下つき特別相談役を兼任しておりますので、そちらの仕事のついでに陛下から相談されまして、サイラス将軍よりもわずか先にお話をお聞きしただけですよ」

「くっ、国王陛下の相談役として相変わらず有能みたいだな。

 セドリックの有能さは、私が先に見つけたのに、伯父上はちゃっかり利用して!

 ふん。まあ、事情はわかった」

「では、よろしいですね?」

「そうだな。伯父上の許可があるなら、ダリアンに私の仕事をまかせて、私は国外に行くスーザン、タチアナに付き添って守ってやらないと!しかも、タチアナに群がる虫(シャーロ王子)のいる国なら、奴をタチアナに近づけさせないように気をつけなければいけないしな!」

「そうですよ。それにダリアン将軍補佐にとっても初めての試練として、ご活躍する場がなかなかなかったので、良い機会となりましょう」

「そうだな。まだダリアンは若いからな。

 まあ、私がダリアンの年齢には既に将軍の地位についていたから、ダリアンもやれるだろう。おまけに、今はあの頃と違って北の蛮族の脅威もなく、平和だからなおさら簡単だろう」

「……そうですね。あの頃からサイラス将軍は素晴らしい武功をあげておりましたから、それと比較するのは酷ですが、ダリアン様も副将軍になるべく実績を少しずつでも積まれないといけませんからね」

「まあ、私が不在の間も、セドリックがいるから心配いらないな。潜入捜査の仕事をしながらで大変だが、ダリアンのサポートを頼むぞ」

「ええ。お任せください」


 こうして、サイラスはスーザンやタチアナ、エリザベスと一緒に隣国のツェルード王国に行くことが順調に決まり、3週間分の将軍の仕事もダリアン将軍補佐に引き継ぎをして、問題なく旅立てることになった。決まり次第、スーザンに一緒に旅行に行けることを報告するサイラス。


「スーザン!私も一緒にツェルード王国に行けることになったぞ!」

「ええ!本当ですか!?でも、お仕事が……」

「ああ。その間の仕事はダリアンとセドリックに仕事を任せることにして、3週間だけだが、一緒に行けるようにもう陛下の許可もあるのだよ」

「まあ、そうなのですね!一緒に行けて、とっても嬉しいです、サイラス様!!」


 スーザンも初めての国外への旅行になるため、とても嬉しくなって、ついサイラスに抱き着いて笑顔を浮かべた。

 その笑顔に当然、悶えるサイラス。

 しかも、今回はスーザンから抱き着いてくれるというご褒美まであるため、サイラスが喜びのあまり、床に転がることはなかったが、そのままぎゅうっとスーザンを抱きしめる。


 か、可愛い!

 史上最高に、スーザンの笑顔は可愛い!!

 こんな可愛い笑顔が見れて、おまけに抱き着いてもらえて本当に良かった!

 セドリック、いい仕事したな~!


 そして、そのままスーザンを抱き上げて、寝室に連れ込もうとするサイラスであったが、「タチアナにも知らせなきゃ!タチアナの喜ぶ顔がみられますわよ?」とスーザンに言われ、サイラスもタチアナの喜ぶ顔が見たくなって、タチアナのところに行く二人。


「ええ!本当に行けるの!?しかもお父様も一緒に?とっても嬉しいわ、お父様!!」


 満面の笑みでタチアナも喜び、サイラスに抱き着いてきてくれた。

 もうサイラスの顔は、あの美形の顔はどこに行った!というくらい、デレデレに緩んだ顔になってしまった。

 そんなサイラスの横で、スーザンとタチアナは、早速、旅行のため準備をしようといそいそと始めてしまった。


「あれ?スーザン。この後、私と……」

「タチアナと一緒に旅行の準備をしますわ!」

「お父様も一緒に準備しましょう!はい、これはお父様の分です。この紙に書いてあるもの以外で、さらに旅行に必要なものを書き加えてね!!」とタチアナに持ち物リスト表を渡されたサイラス。

「いや、そういうのは使用人にやらせれば……」

「もちろん、主な準備は手伝ってもらいますが、初めての国外なので、時間があるなら、ある程度は自分でも把握できるように一緒に準備をしようと思いまして。ねえ、タチアナ?」

「ええ!私は3週間もの長い旅行が初めてなので、旅行の準備がどういうものかやってみたくて!」と無邪気なタチアナ達の言い分に負けるサイラス。

「そ、そっか……。じゃあ、私は仕事の引継ぎに不足がないか確認しようかな……」


 スーザンにふられて、がっかりしながら、屋敷内の仕事部屋に向かうサイラス。


「あら、お父様はご一緒に準備しないのかしら?」

「……お父様は、大事なお仕事の引継ぎがあるから、それが優先なのよ」

「そっか~。お父様もお大変ね。

 ああ、ついにツェルード王国に行けるのね!シャーロ殿下から色々聞いていて、是非、行きたかったのよね~」


 タチアナは、実はツェルード王国のシャーロ王子と文通友達になっている。


「ええ。エリザベスからのお願いで、セドリック様があのお父様を説得してくれたおかげね。今度、二人に会ったらお礼を言いましょうね、タチアナ!」

「わかったわ、お母様!エリザベス様とセドリック様のお二人にお礼を言うわね。

 でも、あのお父様を説得できるなんてセドリック様ったら、凄いのね!!」

「ええ、そうよ。お父様も凄い方だけど、セドリック様も凄い方なのよ!」


 たとえ公務でも国外に行くことをなかなか承諾しないサイラスなのに、そのサイラスから自分達まで国外に行かせる承諾を得られるなんて本当に凄い!と心から思うスーザンであった。


 英雄の奥様は、副官にとても、感謝している!

 そして、初めての国外を公務や仕事ではなく、旅行として遊びでいけることが本当に嬉しい!

長くなったので2話に分けました。

「英雄の奥様と副官3」へ続きます。

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