英雄の奥様と従兄
マリロード王国の英雄の奥様スーザンには、姉の夫でもある母方の従兄がいる。
スーザンの義兄(従兄)であるハリーは、アードナ国王の結婚式に夫婦で招待され、その帰り道、ひどく悩んでいた。
あのアードナ王国の国王アンセルムは本当に厄介だ……。
ハリーは、アードナ王国での出来事を思い返していた。
アンセルムが王子だった頃から、アンセルムがエミリーに恋しているのをハリーは知っていた。
初めはただ、アンセルムもハリーの肌の触り心地の良さに魅せられた男性のうちの1人であった。
しかし、男装をしたエミリーがハリーに近づいたアンセルムを投げ飛ばし、その投げ飛ばした相手が女性でハリーの婚約者と知ったアンセルムは、エミリーに大いに興味を持ち、少しずつ想いを募らせていった。
ただ、幸いにもアンセルム自身はその恋心にまだ気づいていなかったが、そのアンセルムの恋心をアンセルムの妻で王妃になったビクトリアに知られたのは、ハリーとしてはまずいと思った。
もし、ビクトリア王妃がエミリーへの気持ちをアンセルムに気づかせてしまったならば、アンセルムが国力を使ってでもエミリーを側妃にするなどと言い出すだろうから、奴をどうしてくれようか……。
そんなネガティブなことを考え、ハリーは一人で悶々と悩んでいた。
そして、ハリーとエミリーは、アードナ王国から帰国後すぐに、リンディのお迎えのためにアバート公爵家までやってきた。
「リンディ!会いたかったよ!!」
サイラスやスーザンとの挨拶もそこそこに、ハリーはスーザンからリンディを受け取ると抱きしめ、スリスリと頬ずりをした。
「ハリーお義兄様、エミリーお姉様、お帰りなさい!
無事に帰ってこられてよかったですわ!アードナ王国では大丈夫でしたか?」と、実はハリーが国王に引き留められてアードナ王国からなかなか帰らせてもらえないのではないかと心配していたスーザン。
「それがね~。アードナ国に着く早々、あの馬鹿王ったら、ハリーに愛妾になれとか言ってきて、やっぱりハリーが目的だったみたいよ。だけど、王妃のビクトリアが止めてくれてね。
何とか無事に帰って来られたわ~」と疲れたように愚痴るエミリー。
「あ、あの、それで、リンディのことなのですけど……」とやや言い辛そうに、スーザンはレオナールがつけたリンディの腕輪のことを話そうとした。
マリロード王国では、小動物をペットにする場合、その所有を示すために、飼い主の名前入りで、飼い主の髪色と同じ色の腕輪をするのが貴族の間では通例になっている。
そのペット用の腕輪を、レオナールがリンディは自分のものだとサイラスなどに知らしめるために、レオナールの名前を大きく刺繍された腕輪をリンディにつけてしまった。
もちろん、スーザンはレオナールにハリー達が帰ってくる前に外すように言い聞かせ、サイラスに至っては強引に外したが、外した途端、レオナールが大泣きをした。
「リンディの腕輪を外しちゃだめー!!
リンディは『僕のもの』なの!
だから、それを外したら絶対ダメ―!!」
いくら説得しても聞かないレオナールにスーザンとサイラスは折れて、とりあえず泣き止むようにリンディに腕輪をつけ直してあげて、再びレオナールを説得しているところへ、ハリー達がリンディを迎えにきてしまった。
「あの、リンディがつけている腕輪なのですけど、レオがリンディに指輪はまだ早いからって……」とスーザンがうまく説明する前に、リンディを抱きしめていたハリーが、レオナールの名前入りの腕輪に気づいてしまった。
「……ねえ、レオ。この腕輪は何かな?」と背後に真っ黒なオーラを放つハリーが、リンディにつけられたペット用の腕輪について、レオナールに怒って問い詰めてきた。
「あ、それはね、リンディが『僕のもの』っていう証なの!だから、ハリー伯父様も父様みたいにとっちゃだめだよ!」とハリーの怒りにも気づかず、無邪気に答えるレオナール。
「……へえ、レオ。これはペット用の腕輪だよね?
なに?うちの子をペット扱いする気?まだ仮の婚約者のくせに……」
「え?あの、リンディのことペットなんて思っていないよ。
僕の大事な婚約者だもん。
でもね、リンディがまだ赤ちゃんだから、婚約者や奥さんにあげるような指輪はまだあげられないの。だから、今はこれにしたの。
リンディが大きくなったら、ちゃんと宝石の付いたキラキラした指輪を送るよ?」
ふうっとため息をつくハリーは「そういうことじゃなくてね、レオ……」と言って、次にサイラスの方を睨む。
「一体、息子さんにどういう教育をされているのですか、サイラス将軍?」
「ハ、ハリーお義兄様、申し訳ございません。その、レオには悪気はないのですが、私からもよく言って聞かせますので!」とスーザンが必死に謝るが、ハリーの標的はサイラスに向いたままである。
「いや、スーザン。君はあまり悪くないよ。正直、3歳児のレオナールも、まだ物事の善悪がついていないのも、しょうがない。
でも、レオがこんなことをするのは、悪いお手本が身近にあるせいだと思うんだよね。
ねえ、サイラス将軍?」
「う、腕輪の件は私ではなく、私の母の入れ知恵のようですよ。私はむしろ、その腕輪を外しましたよ!ただ、外したら、レオに大泣きされて、またつけ直しましたが……。
全く、レオナールは、独占欲が強くて困るな~!ははは……」
「ほぉ、情報源は、サイラス将軍の母君ですか……。
そもそも、レオがこんなことをするのは、奥様への独占欲の塊であるあなたという最も悪いお手本のせいではないですか?」
「い、いや~、妻を大切にするのは当然では?」
「妻を大切にしているという意味で言っておりませんよ。妻への醜い独占欲を幼い子供の前でもむき出しにするのは、今回のようなことが起こり、教育上も良くないと言っているのです。
現にレオは、まだ幼いのに独占欲をだして、こんなことをしましたよ?」
「うっ……」と詰まるサイラスは、実は、自覚ありの奥様独占欲の塊であった。
「ちょっと、サイラス将軍とは男同士のお話合いが必要のようですね~」と冷たく微笑み、ハリーはサイラスを別室へ連れていった。
普段のサイラスなら、相手に強くでる性格であるが、ハリーはスーザンに似ているせいで、ハリーにもスーザン同様に嫌われたくないと思って、従ってしまうサイラスであった。
ハリーに別室へ連れていかれたサイラスは、リンディの腕輪事件で、ハリーにひどく叱られるのを覚悟していた。
ところが、ハリーは、サイラスと二人きりになると、真剣な表情になり、「サイラス将軍。実は内密のお願いがございます」と言ってきた。
「私にできることなら、お力になりますよ!」
「アードナ王国の国王アンセルムを消すことはできますか?」
「え?いや、それは少々、難しいです。
……アードナ王国で何かありましたか?」
「……リンディを未来の王妃にと言われました。しかし、あなたの息子と婚約していると言ったら、英雄の息子を消すのは厄介だから、次の子を狙うと言われました。
あの馬鹿王と縁続きになるつもりは全くないのですが、奴は執念深いので、きっと後々、トラブルになるのが予想されます。今なら、新王妃のお披露目を兼ねて諸外国へ外交中ですから、警備が国内にいるよりも手薄です。どうか今のうちに奴を打ち取ってください!」と本気で依頼をするハリー。
「いやいや、落ち着いてください。国王暗殺は国際問題になりますし、アードナ王国は我が国と友好国ですので、敵に回すのは今はまずいです。しかも、アードナ王国の現王は国民の支持も高いので、暗殺されるとアードナ国中に影響がでる危険がありますよ」と必死にハリーを止めるサイラス。
「やはり、駄目ですか……。
もし私達の子がリンディだけならば、奴はリンディを自分の息子と結婚させるためにレオナールを暗殺しに来るかもしれませんよ?それか、レオナールとリンディとの婚約破棄をさせるようにハニートラップなどの策略を仕掛けてくるかも知れません。トラブルの芽を摘むなら奴が他国にいる今がチャンスです!」とサイラスをけしかけるハリー。
ハリーは、マリロード王国にアンセルムがやって来た時にリンディを見て、きっとリンディを息子の嫁に欲しがる可能性が高いと考えていた。また、アンセルムがビクトリア王妃がばらすなどの何かのきっかけでエミリーへの気持ちに気づいてしまうかも知れないとも危惧していた。
「……そうですね。本当にそうならば、私の家族までも害する事態になるかも知れませんね。
安心してください!私には策略の天才と思われる副官がおりますので、彼にその件を依頼してみましょう」とセドリックに頼むと心強いことを言ってくれるサイラス。
早速、セドリックへその件を相談したサイラスであったが、セドリックからは、今、アンセルムの暗殺などが起きるとアードナ国内の情勢が危険になる可能性があり、下手をすると友好国のマリロード王国にも影響するかも知れないから、しばらくはこちらから仕掛けるのは様子を見た方がいいと断られてしまった。
ハリーはそれを聞いてがっかりして、自分で何とかしようと、国王レベルを暗殺できる手練れの者を探していた。
数日後、サイラスからその件で連絡がきた。
新婚早々の外交で隣国ツェルード王国まできたアンセルムが、マリロード王国へ密入国をしてまで、リンディに会いに来たとサイラスから聞き、嫌な予感がした通りだとぞっとするハリー。
ところが、愚かなアンセルム王は、そこでサイラスを怒らせたため、マリロード王国の国王の承諾のもと、マリロード王国に立ち入り禁止にされた。おかげで、しばらくはアンセルムがハリー達に関われないだろうから大丈夫だとサイラスから連絡を受け、今度は急展開な事態に驚くハリー。
今回の事件で、アンセルムの妻であるビクトリア王妃がわざわざ隣国のツェルード王国からマリロード王国までアンセルムを引き取りに来てくれた。
その際、ビクトリアは、アンセルムが二度とマリロード王国に行かないという約束をすることで、サイラスの怒りをおさめてもらい、密入国などの件も許してもらい、今後はサイラスの家族はもちろん、ハリーの家族とも関わらせないように尽力するとも約束してくれた。それを聞き、ひとまず安心して、様子を見ようとハリーは考え直した。
このまま、ビクトリア王妃が頑張ってアンセルムの手綱を握り、アンセルムを虜にしたら、トラブルも減るのではないか?
ハリーは、ビクトリアの高スペックさからも、それが可能ではないかと考えて、多いにビクトリア王妃に期待をした。
そして、スーザンにお願いして、美肌になる化粧水などを譲ってもらい、それらをビクトリア王妃宛に送り、ビクトリア王妃自身がハリーよりも美肌になることで、アンセルムとの仲が良好になるように遠くから応援することにした。
英雄の奥様の義兄(従兄)であるハリーは、妻子を守るために英雄にも負けない位、必死で頑張る!
ただ、スーザンに美肌化粧水を譲ってもらう際に、ハリーは用途をあまり詳しくスーザンに説明しなかったため、スーザンにある誤解を招いた。
ハリーお義兄様ったら、お姉様用でなく、まさかご自分用に美肌化粧水を所望されているのですか?
だって、お姉様には直接、私からこれらをお渡ししているもの。
まさかカーラ様にそそのかされて、美肌帝国の帝王でも目指している訳ではないですよね……?
え?定期的に美肌化粧水をご所望ですか??
そうですか……。
だ、男性が美肌でもいいと思いますわ!
え?他の美肌方法もご所望ですか?
それなら、いくつかございますよ~。
まあ、ハリー義兄様ったら、凄いくいつきよう……。
英雄の奥様は、義兄(従兄)が美肌方法を知りたがるのを、快く協力してあげる!
スーザンは、まさかそれらをアードナ国王対策にビクトリア王妃に送っているとは知らず、ハリーから詳しい事情を聞くまで、ハリーが知りたがる美肌方法について、しばらく、ハリー自身の美肌のためにしていると誤解していた。




