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番外編 アードナ国王の悲恋

 アードナ王国の王様であるアンセルム・アードナは、まだ若いながらも、国民のために様々な有用な政策を行って国を豊かにして、誰からも慕われる賢王と呼ばれる人物であった。


 そんなアンセルムは幼馴染のビクトリア・リュージュ公爵令嬢と婚約していていた。

 ビクトリア公爵令嬢は、アードナ王国で一番、美しく、さらに心根も優しく、上にたつ者としても冷静で聡明なため、将来の王妃にふさわしいと皆に思われていた。

 しかし、アンセルムにはビクトリアではない別の密かに想う人がいるため、結婚はずっと延期されていた。

 それが、やっと理想的な婚約者であるビクトリアと結婚することになり、国民は国王の結婚式に向けて国中で祝い、喜びで盛り上がっていた。


 アンセルムの側近とビクトリア以外は、その王の想い人が誰かは知らず、今回の結婚式の決定に、アンセルムはとうとうその恋をあきらめたと皆は思っていたが……。


 結婚式まであと数日となったある日のこと。


「……ビクトリア、私との結婚はやめて、結婚式直前にウィリアムと駆け落ちをしてもらいたい」と、アンセルムはビクトリアと二人きりになった際に、いきなりビクトリアに結婚をやめるようにお願いをしてきた。


「は?いきなり、何なのですか?」と驚くビクトリア。


「君が子供の頃から私の従兄であるウィリアムを愛しているのを知っている。

 そして、今も、お互いに想い合っているのに、君は周囲の思惑のせいで私と無理やり婚約させられたことはわかっている。

 だから、二人で結婚式前に駆け落ちをしてくれないか?

 不名誉なことだが、私は駆け落ちしても二人が無事に幸せになるように全力で取り計らおう!」


「……」


「もちろん、ウィリアムにはもう承諾済みだから、心配するな。

 二人にとって駆け落ちは、地位や家族、友人などを捨てないといけなくて、辛いことかもしれない。

 しかし、色々と政略の絡むこの国では、君たちの結婚はこの国では難しい状況なのだから……。

 だが、駆け落ちすれば、君はこんな他の者を想う男と一緒にならずにすみ、さらに愛し合う男と一緒になれる上に、一生、生活に困らず裕福に暮らせるように私が生活を保障するぞ!

 幼馴染として私は君にも幸せになって欲しいからな。」


「……あの、まず言いたいことがございます」


「ああ。何だい?」


「誤解があるようです。私は子供の頃からアンセルム様、あなたが好きなのですが……」


「は?何を言っている?

 君は子供頃からウィリアムを愛していて、プロポーズまでされていただろう?

 それで両想いなのだろう?」


「私が好きなのはあなたで、ウィリアム様ではございません。

 確かにウィリアム様からは何度も求婚されていましたが、応えたことは一度もありません。   ウィリアム様の片想いです。

 だから、駆け落ちはいたしませんよ」と言って、ため息をつくビクトリア。


「ええ!!何だって!?」


「……もしかして、今回、私と結婚式をすると決めて動いていたのは、想い人のハリー様を油断させてアードナ王国へおびき寄せるためでしたか?」


「くっ、その通りだが……。君は小さい頃からウィリアムが好きだったのではないか?」


「いえ、普通に幼馴染として仲良しなだけです。正直、彼のことは兄のように思っているだけです」


「私よりウィリアムの方が顔も頭もいいと子供の頃、言っていたではないか!」


「まあ、そんな失礼なことを言いましたか?幼い頃の話なので忘れてください……。

 あと、単に顔や頭がいいからと言って、好きになる訳ではないので」


「なっ、それなら、私のどこがいいのだ!?地位か?王妃になりたいからか?」


「何故あなたがいいのか、自分でも謎なのですが……。

 あなたが気になりだしたのは、いつもしっかりしているにもかかわらず、今回のように、うっかり詰めが甘いところがたまにあり、将来、心配だと思ったことがきっかけでした。

 それから、あなたのことを意識するようになり、今ではあなたの伴侶になって支えたいとまで思うようになりました。

 王妃になって責務を果たそうとは思っておりますが、王妃になることが目当てなわけではございませんし、あなたの地位に魅力を感じている訳でもないです」


「くっ、やっとハリーがこの国まで来てくれることになったのに、これでは、私の計画がおじゃんだ!!」


「一体、どんな計画を立てたのですか?

 どうせしょうもない計画でしょうがね……」


「ひ、ひどいぞ!ビクトリア!!」


「あなたほど、ひどいことはしておりませんが?」


「うぅ、どうするべきか……」


「もちろん、どうするべきか明らかですよ。

 ハリー様をあきらめて、私と結婚なさいませ」


「ハリーのことが忘れられない……」


「……彼には最愛の妻子もいるのですから、無理矢理、手出しするべきではないですよ。

 それに、そもそも彼はノーマルな男性なのですからあなたとの恋愛は無理でしょう?」


「……王妃は無理だが、我が国は愛妾なら男性でも認めているから大丈夫だ」


「そういう意味ではありません。

 そもそも向こうがあなたを受け入れず、拒絶すると言っているのです」


「いつか、私の気持ちに答え、私の魅力にも気づいてくれるはずだ。

 私は王として立派に国を治めているし、私は心が広いから、妻子付きでも構わない!」


「……いや、無理でしょう。

 普段は素晴らしく冴えているのに、どうしてハリー様が絡むと愚かでおかしな言動するのでしょうね」と深いため息をつくビクトリア。


「それが恋というものだ!」


「……そうですか」


「む、ビクトリア。君は本気の恋をしたことがないだろう?だから、私の気持ちがわからないのだな」


「いえ、さっきからあなたが好きだと言っているでしょう?

 だから、なかなか想い人が手に入らないもどかしい気持ちはよくわかりますよ。

 それこそ、私も心が広いので、あなたが夫になってくれるのならば、男の愛妾がいてもいいかと思うくらいに……。

 全く、もう……。

 アードナ王国の行く末が非常に心配なだけでなく、こんなあなたがほっとけなくて、何が何でも自分が王妃にならなくてはと思うほどに、私自身も恋心のせいで愚かですよ」


「なに!?ハリーを愛妾にしても、王妃にもなってくれるのか?」とちょっと喜ぶアンセルム。


「……不本意ですが、ハリー様が万が一、承諾した場合、受け入れるだけの心の準備をしておきます。

 ただし、ハリー様の承諾もなく、権力にものをいわせて無理になさるのならば、全力で止めますし、絶対許しません。

 ハリー様は、現在、マリロード王国の伯爵で、あの英雄であるサイラス様とも縁続きになられたこともありますので、下手な手出しは国際問題まで発展することになりますよ。

 無理強いは駄目です!」


「わかった!ハリーの承諾さえあればいいのだな?」


「あと、もちろんハリー様の奥様であるエミリー様の承諾も必要です」


「なんだと!そもそも、なぜビクトリアがあの女のことを知っているのだ!?」


「まあ、その、彼女とは友人になりまして……」


「あの女が承諾する日は永遠にこないだろう!?」


「じゃあ、無理ですね。あきらめてください。それか別な愛妾を探してください」


「うぅ。他の者ではそう気持ちがうまくはいかないのだ。」


「……うまくいくか既に試してみたことがあるのですか?」


「いや、試すまでもなく、考えただけで鳥肌がたち、正直、ハリー以外は生理的に全く無理だった。

 ハリーさえいなければ、私は一生、自分をノーマルと思い込んで過ごしていた。

 それこそ、君に歩み寄って、立派な王国を築くべく……」


「……あの、ハリー様のどこにそんな魅かれたのですか?」


「え?ええっと、肌だ」


「……肌ですか?」


「そう、彼の肌だ。

 彼の肌は一度触れると、手を離すのが困難なほどの吸いつくような魔性の肌をしていて、彼にずっと触れていたいと思ったのだ。

 こんな気持ちは初めてで、恋だと思うのだ」


「……あの、きっかけは肌としても、それ以外でハリー様に魅かれた所はございますか?」


「いや?そういえばないな……。

 第一、男だし、見た目も地味だし、中身は私に対して嫌悪もあらわで、失礼な態度しかとられたことがないので、気にくわない奴だな。

 そ、そういえば肌以外、良い所ないな、あいつ……」


「彼の肌に触っていたいだけですか?」


「そうかも。

 彼に会うと触れたいという要求が止まらないから、これが恋だとずっと思い込んでいたし、周りからも恋だと言われたが、あらためて考えると……」


「それは、恋ではなく、違う種類の想いでは?」


「……そうなのか?

 いや、でも、男色家でもないのに男に対して、肌に触れたいと、ときめくのは、恋以外ありえんだろう?」


「いえ、恋ではない可能性もありますよ。

 確かに、成人男性に対しては珍しいことですが、ぷにぷにの赤ちゃんや、肌触りの良い布や見事な毛皮の動物などに対しては、あまりの触り心地の良さに、ずっと触れていたいと思うことがありますよ」


「赤ちゃん、肌触りの良い布、毛皮……。

 うーん、そう言われると、それらに触れたいと思う気持ちに近いような気が……」


「そうですよ。ハリー様に人間として魅かれているわけではないのでは?」


「ふむ、確かにそう言われてみれば、どちらかといえば、ハリーは人間として魅かれるどころか、気にくわない部類の人間だしな……」と言って、アンセルムが悩みだした時であった。


 二人がいる部屋の扉をノックされて、アンセルムの側近が入ってきた。


「陛下、失礼いたします。

 お邪魔して申し訳ございませんが、至急のご報告をいたします。

 先程、ムスファ伯爵夫婦がマリロード王国から到着されました。

 現在、貴賓室でお待ちいただいております」と側近が報告すると、それを聞いた途端、アンセルムは喜びを全面にだした顔で、話途中のビクトリアを置いて、急いで迎えに向かった。


 その様子を見たビクトリアはがっかりした。


 ちょうど、このタイミングで来るとは……。

 あと、ちょっとで彼の勘違いに気づかせられたかもしれないのに!


 おまけに、アンセルムはハリーの肌以外は興味がないと言っていたが、今の嬉しそうな様子から、本当はやはりハリーに惚れているのでは?とビクトリアは思ってしまった。

 とりあえず、アンセルムを追いかけて、ビクトリアも貴賓室に向かった。


 貴賓室に急ぎ着いたアンセルムは、嬉しそうに入室した。


「ハリー、よく来てくれた!久しぶりだな!!」


 ハリーと久しぶり会えたアンセルムは再会のハグをしようとハリーに駆け寄った。

 しかし、ハリーに辿り着く前に、エミリーによって体ごとガードされるアンセルム。


「あらあら、お久しぶりですね、アンセルム王子。いえ、今はもう王におなりで?」と華麗にアンセルムをハリーに近づけさせないようにガードし、指一本、触れさせないエミリー。

 ハリーはアンセルムが近づいただけで、鳥肌を立てて、エミリーの後ろに逃げ込んだ。


「くっ、でたな!この男装女め!!よくも私のハリーと子供までつくりおって!」とエミリーに食ってかかるアンセルム。


 ちなみに、アンセルムがエミリーを男装女と呼ぶのは、ハリーが男子学生寮にいた際、ハリーの魅惑肌の虜になった男どもを蹴散らすため、エミリーは男装して、高位貴族の従者のふりをして寮に潜り込み、ハリーを守っていたからであった。

 アンセルムは男装のエミリーに何度か投げ飛ばされたり、気絶させられたりしていた。

 エミリーは元伯爵令嬢でありながら、愛のためなら男装もするし、そこらの男にも負けない位の腕もあり、ちょっと破天荒で、お転婆であった。


「はあ?ハリーが一度たりともあなたのものになったことがございませんが、『私の』などと不適切な言葉は誤解を招きますのでやめてください。

 彼は私の夫で『私のもの』ですよ」と冷たく答えるエミリー。


「くっ、王に向かってその口の聞き方はなんだ!貴様、不敬罪で捕まえるぞ!!」


「ふっ、こちらこそ、名誉棄損で訴えますよ。

 あなたは、ビクトリア様と結婚するのですから、何を未練がましく私の夫にまとわりつこうとしているのですか?」


「ビクトリアとは結婚するが、ハリーには愛妾になってもらおうかと……」


「はあ?ハリーはマリロード王国の領地持ちの伯爵ですよ?いくら王様だからって、そんなことが許されるわけがないでしょう?

 もうあなたが結婚しようがしまいがどうでもよいのですが、夫には近づかないでくださいな」と怒るエミリー。


「もう帰りましょうか、ハリー。

 この男はあなたを愛妾にすることをあきらめていなかったみたいですよ。

 あきらめて結婚すると手紙に書いてありましたが、嘘みたいですから」


「ふーん。そんなことだと思った。

 我が国の国王の依頼じゃなかったら、こんな国、来たくもなかったからね。

 さあ、もうお祝いと挨拶といった最低限の義理も果たしたし、さっさと帰ろうかエミリー」とハリーもエミリーに賛成し、帰り支度をしだす始末。


「まあ、お待ちになってくださいな」とそこへ丁度、追いついたビクトリアが現れた。


「あら、ビクトリア!!お久しぶりね!!」と久しぶりに会えた友人のビクトリアに喜ぶエミリー。


「エミリー!久しぶりにお会いできてうれしいわ!!」と女性二人は久しぶりの再会にきゃっきゃっと喜び合う。


 そんな仲良しな二人の様子を見ながらも、アンセルムは、その隙にハリーに近づき、触れないまでも話しかける。


「おい、お前達の子供はどうした?もちろん、連れてきただろうな?」とハリーにリンディのことを聞くアンセルム。


「は?連れてくるわけないだろう?まだ赤ちゃんなんだから、ここまでの道のりは無理だよ」


「そうか。お前達の子供を見てみたかったのに。じゃあ、大きくなったら連れて来くるのだぞ!それか、私がマリロード王国まで会いにいくか……。

 確か女の子だったな。お前に似ているのか?それともあの男装女に似ているのか?」


「……どちらに似ていても関係ないだろう?」


「いや、関係あるぞ。将来、私に王子ができたら、その子を嫁にもらおうかと思っているからな」


「はあ?こんな国へ娘を絶対に嫁になんかやらないし!あと、お前と親戚になってたまるか!!」


「ハリー、そこは喜ぶところだぞ!娘が将来、王妃になれるのだからな」


「断る!私達の子はもう英雄の息子と婚約したしね。お生憎さま~」


「ちっ、英雄の息子か……。消すのはやっかいだな。

 だが、それなら下の子が生まれたら、婚約させよう。考えておいてくれたまえ」と約束を取り付けようとするアンセルム。


「ふざけんな!絶対だめだ!!」とハリーが怒り、二人が言い争いをしていると、エミリーがそれに参戦し、最後はアンセルムとエミリーの争いになっていった。


 その様子を呆れて眺めていたビクトリアであったが、ふと、エミリーと対峙しているアンセルムの様子がいつものアンセルムと違うことに気づいた。


 昔、アンセルムがまだ子供の頃、ビクトリアに構って欲しくて、意地悪をしてきたことがあったが、その様子に似ていることに気づいた。


 アンセルムのことが好きなビクトリアだからこそわかる。


 いや、待ってと思い、エミリーの背後にいるハリーの顔を見ると、ハリーもそのことに気づいていることがわかったビクトリア。

 ビクトリアと目の合ったハリーは、ビクトリアが何を言いたいか気づき、ビクトリアに向かってしーっと人差指を唇にあてて、内緒にするようにジェスチャーをした。


 そう、本当にアンセルムが恋している相手はハリーではなく、エミリーであった。


 しかし、アンセルムはハリーの魅惑肌に惑わされたせいで、そのエミリーへの恋心にいまだに気づけずにいた。

 また、ハリーが大好きなエミリーも、アンセルムが自分達にちょっかいを出すのはハリーの魅惑肌のせいと思い込んでいたため、アンセルムの気持ちに気づいていなかった。


 ビクトリアにとっては、アンセルムがハリーよりも本当はエミリーに恋しているということの方が納得できた。

 エミリーは美しいだけでなく、貴族令嬢らしからぬ男前なところがあり、女性から見ても非常に魅力的であった。

 アンセルムが初めてエミリーに会った時、エミリーが男装をしていたこともあり、また、生まれて初めてアンセルムは女性に投げ飛ばされるという衝撃的な目にあったことで、その恋心はおかしな方向に向かってしまったのだろう。

 おまけに、ハリーの魅惑肌に惑わされたことだけでなく、ハリー自身もエミリーをアンセルムに奪われないために、エミリーへの恋心にアンセルムが気づかないようにあえて意図的に色々と隠していたのかも知れない。


 可哀想な、アンセルム様。

 自分の恋心にも気づかず、しかも、相手にも気づかれず、その恋心はきっと叶うことなく終わるとしか思えない状況なんて……。


 ビクトリアは、自覚なくエミリーに恋心を抱くアンセルムに同情し、ますますアンセルムを放っておけないという気持ちになった。


 結局、アンセルムとビクトリアは、予定通り、盛大な結婚式を無事にあげることができた。

 ハリーとエミリーもその結婚式にきちんと参列して、国中が二人の結婚を祝福した。

 その式が終わり次第、さっさとマリロード王国に帰ろうとするハリー達を、アンセルムはうまく引き留めることのできなかったので、「近いうちにマリロード王国に遊びにいくから!」と別れ際に言うと、ハリー達に「二度と来るな!来ても私達と関わるな!!」と怒られた。


 ビクトリアは、そんなアンセルム達のやりとりにため息をつきながら、今後のアードナ王国とビクトリアの恋心のためにも、アンセルムには自分に惚れてもらうように努力しようと決意するのであった。

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