英雄の奥様と姪っ子
マリロード王国の英雄であるサイラスの奥様スーザン・アバードには姪っ子が1人いる。
姪っ子のリンディ・ムスファは、スーザンの姉であるエミリー・ムスファと従兄のハリーの間の子で、スーザンの息子レオナールと仮婚約中である。
リンディは、両親とも美肌の元祖と思われるスーザンの祖母の血を引くため、魅惑肌のサラブレッドとして、魅惑肌に生まれついていた。
そして、リンディはスーザンの美人な姉エミリーには似ずに、父親のハリーや叔母のスーザンと同じ地味で平凡顔であった。だから、リンディはエミリーの娘というよりも、スーザンの娘に間違えられるくらいスーザンに似ていた。
そのリンディの両親であるスーザンの姉夫婦は、アードナ王国に招待された。
スーザンの義兄かつ従兄でもあるハリー・ムスファが、アードナ国王に片思いされていたことがあり、その王が、ついにハリーをあきらめて結婚することになった。
その結婚式にスーザンの姉夫婦は、国王夫婦に次ぐ国賓扱いで招待されてしまったため、マリロード王国として、政治的にも無下に断ることができなかった。
スーザンの姉夫婦は、娘のリンディがまだ赤ちゃんなうえ、ハリーやスーザンと同じ魅惑肌とわかったら、監禁などされる危険もあるため、アードナ王国へ連れていくわけにいかず、スーザンに預けていくことにした。
リンディがアバート家に預けられると、リンディの仮婚約者であるレオナールだけでなく、英雄サイラスまで、歓喜していた。リンディは地味で平凡な容姿でも、スーザンによく似ているため、スーザンが大好きなアバート家の皆に大歓迎された。
「おぉ!スーザンが赤ちゃんの頃は、こんな感じだったのだろうな~。赤ちゃんのスーザンに会えたみたいでとっても嬉しい!あぁ、本当に可愛い~!!」とタチアナが赤ちゃんの頃以上にデレデレするサイラス。
そして、リンディを手離さないサイラスに、この隙にスーザンにたくさん抱っこなどしてもらい、思いっきり甘えていたレオナールであったが、あまりにもリンディに引っ付いているサイラスに嫉妬したレオナールは、結局、リンディをサイラスと取り合いになるのであった。
「ちょっと、父様!いつまでも、気安く僕のリンディに触らないで!!」と怒るレオナール。
「ふん!お前がスーザンに二度と抱っこされないと誓うなら、考えてもやらんこともない」と相変わらず、3歳児に大人気ない父親サイラス。
「母様の抱っこと、僕のリンディに父様がベタベタと触るのは別のお話でしょう?しかも、僕は父様と違って、二度とするなとは言ってないよ?
いつまでもやってないで、いい加減にしなさいって言っているの!!
あんまりしつこいと、リンディが泣いちゃうでしょう!?」と正論で返し、父親よりも心広いアピールをするレオナール。
そうやってサイラスとレオナールが言い争っていると、リンディは二人の大きい声にびっくりしたのか、とうとう泣き出した。
「ふぇ、ふええ、うー、うわゎあーん」と泣き出すリンディに、慌てる二人。
「ほ、ほらっ!父様のせいだよ!!全くもうっ!」とぷんぷん怒るレオナール。
「うう、リンディ、泣かないでくれ!何故だろう、タチアナが泣く以上にダメージがくるぞ……」と泣き出したリンディに何故か珍しく、オロオロとするサイラス。
リンディがスーザンに似ているだけあって、まるで誰よりも愛するスーザンを泣かせているような錯覚におちいるサイラスであった。
「あらあら」といって、スーザンがリンディを引き受け、あやすとすぐに泣き止むリンディ。
ちなみに、一緒の部屋にいたタチアナは、リンディを可愛がりたかったが、男二人の攻防に引いていたため、傍観していた。
リンディがスーザンのもとにいったので、やっとタチアナもリンディをかまうことができると喜び、可愛がり始めた。
「うわー!やっぱり可愛いな~、リンディ!妹が欲しかったから、本当に嬉しい!!
ねえ、お母様、私の髪飾りやリボンをリンディにあげてもいい?あの小さなドレスも着せてあげたいわ!」と言って、タチアナはスーザンと一緒にリンディに髪飾りや、リボンなどを付けて可愛がり、だんだん着せ替え人形状態になってくるリンディ。
それでも、穏やかなスーザンとタチアナとのふれあいは、リンディもお気に召したようで、きゃっきゃっと笑い、とてもご機嫌であった。
その様子に、口も手も出させてもらえなくなったサイラスとレオナールは、指をくわえて見つめていた。
もっとも、その光景は男二人にとっても眼福であった。
「なあ、レオ」
「何ですか、父様?」
「女神と天使たちが戯れる様子ってこんな感じだろうな」
「ええ。きっとそうですね」
「……まるで楽園のようだな」
「そうですね。僕もそう思います」
サイラスとレオナールは、スーザンら三人が仲良く戯れている様子を見るだけでも幸せで、男二人して親子そっくりのデレデレとした顔で眺めていた。
そうしているうちに、リンディが疲れたようで眠りにつき、一旦、お開きになった。
リンディを寝室のベッドに寝かせて、スーザンが付き添っていると、しばらくしてから、そこへレオナールが「リンディ、まだ寝ている?」と小声で言って、入ってきた。
お互いリンディを起こさないように、小声で話すスーザンとレオナール。
「しーっ!レオ、まだリンディは寝ているわよ?」
「わかったよ、母様。でも、リンディが眠っているうちにこれをつけてもらおうと思って」と言って、レオナールが持ってきたものは、小さな腕輪であった。
淡い茶色の柔らかい布で作られたそれは、よくペットが小動物の場合に、その所有者がわかるようにする、サイズも調整できる腕輪であった。
「……レオ、それは?」
「うん、これはリンディが『僕のもの』って示すものだよ。
ほら、色も僕の髪の色にしてあるの。
本当は、リンディを父様にも触らせたくないけど、そういうわけにもいかないから、せめて見てすぐに僕のものだってわかるようにしようと思って」と言って、眠るリンディの腕へ上手にサイズ合わせをして腕輪を着けるレオナール。
腕輪には「レオナール」の文字がはっきり、目立つように刺繍されている。
い、いつの間に!?
いつの間に、そんな物を用意したのかしら?
それだと、ハリー義兄様が見たら、怒りそうだけど……。
そもそも誰の入れ知恵かしら?やっぱり王妃様あたりかしら?
まだ幼いと思っていたレオナールの行動にちょっと驚く、スーザンであった。
「レ、レオ?それだとペットの飼い主みたいよ?」
「うーん、そうなのだけど、まだリンディには母様みたいに指輪とかは早いって言われて、これにしたの。でも可愛いでしょう?しかも、これなら『僕のもの』って一目ですぐにわかるし!」と言って満足気にするレオナール。
幼いながらも、既に愛するものへの独占欲をあからさまに見せる息子に対して、ちょっと将来が心配になったスーザン。
ああ、この姪っ子は、将来、自分と同様に、あの英雄の息子から誰よりも愛されるだろう。
英雄の奥様は、もし姪っ子が将来、夫となる息子から愛され過ぎて困っていたら、対処法などを含めて全力で支援してあげようと決心する!




