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英雄の奥様と恋する乙女2

 マリロード王国の英雄サイラスの副官、セドリックは、現在、とてもモテる男になった。


 サイラスに続き、エドワルド王子にも結婚相手が決まり、有能で将来性が一番ありそうな結婚適齢期の男性で、見た目も良くて独身なのはセドリックが条件的にも一番になっていたからである。


 ちなみに、セドリックは侯爵家の三男なので貴族であったが、昔は爵位もなかった。

 サイラスの副官になってからは、北の蛮族壊滅の功労者として子爵位を賜った。そして、現在、セドリックは、サイラスの副官の仕事も継続しながら、それ以外の仕事で秘密裏に国の危機を救ったり、多大な国の利益になることをやってのけたりして、高スペックぶりを発揮して手柄をあげて、国王陛下にちゃっかり伯爵位と、没落した貴族の領地をもらって領土付き伯爵となっていた。名前もセドリック・マートイ子爵からセドリック・ウェンゲード伯爵に変わっていた。


 そんな出世株のセドリックを恋に落とそうと、多くの肉食系貴族令嬢達はしのぎを削っていた。


 そう、あの恋する乙女エリザベス・ハリエット公爵令嬢は、スーザンやサイラスの応援の元、他の肉食系貴族令嬢よりも一歩進んではいたが、いまだにセドリックにアタックし続けている日々を過ごしていた。

 セドリックとしても気になってきたエリザベス嬢に、何とか近づきたいと思う一方で、なかなかタイミングが合わず、セドリック自身が仕事で多忙なのと急激にモテだしたこともあって、進展は芳しくなかった。

 そして、エリザベスにとってライバル貴族令嬢は増える一方で、ますます二人の仲が進展するのを邪魔されるばかりであった。


 ところが、ある日のこと。


 エリザベスがセドリックにアタックしようと彼の元に訪れた際、本日は雨のためかライバル令嬢達も少なかったこともあり、セドリックからエリザベスが来ているのを見つけると、彼女に話しかけてきた。


「ああ、会えてよかった、エリザベス嬢。ちょっといいかな?」


 え?

 今、セドリック様、私に『会えてよかった』とかおっしゃらなかった?

 そ、空耳?

 希望的幻聴??


「は、はい!な、な、なんでしょう?」とワタワタと挙動不審になりそうになりながらも、セドリックに話しかけられてとっても嬉しいエリザベス。


「実は私に妹がいるのだが、あなたのファンらしいのだ。それで、もうすぐ妹の誕生日なのだが、あなたに妹の誕生日プレゼントを選んで欲しいのだが、お願いできるかな?」


「い、妹さんへの誕生日プレゼントですか?」


「ああ。駄目かな?」


「ももも、もちろん、喜んでご用意いたします!」


「ありがとう。それで、妹の誕生日プレゼントだから、一緒に街へ買いにいきたいのだけど、今度の休みが5日後の……。って、おい!どうしたんだ?大丈夫か!?」


 エリザベスは喜びと興奮のあまり、泣き出しそうになっていた。


 今、セドリック様は『一緒に街へ』とおっしゃいましたか!?

 二人っきりでおでかけのお誘いですよね、それって!!

 やりましたわ、スーザンお姉さま!!

 ついに、セドリック様に誘われました~!!


「だ、大丈夫です!あ、あの、それで……」とぐっと涙をこらえるエリザベス。


「ああ、それで、5日後に都合が良いようなら、一緒に街へ行こう。都合は大丈夫かな?それでもしよければ当日は迎えにいく……って、エリザベス嬢?聞いているのかな?」


 涙は堪えられたエリザベスであったが、もちろん、もう話をこれ以上聞く余裕なんかないエリザベス。


 も、もうだめ~。

 緊張と歓喜のせいか、頭の中がぐるぐるする。頭いたーい。

 お腹も何だか痛くなってきた……。


 エリザベスは精神的、肉体的にも許容量の限界に達してしまった。そして……。


「う、うぅ、うっく、ご、ごめんなさーーーーい!!」と言って、エリザベスは話途中のセドリックの前から走り去っていった。


「は?え?待って、エリザベーース!?

 あれ?えぇっ……」とエリザベスに急に立ち去られて、驚きでぽかんとしてしまうセドリック。



 そんな逃げ出したエリザベスの向かった先は、英雄の奥様のお屋敷で、姉のように慕うスーザンの元であっった。


「ス、スーザンお姉さま!!せ、せかっく、せっかく、セドリック様が私をわざわざおでかけに誘ってくださったのに、き、緊張してお返事できませんでした~!!うわあーーーーーーん!!どうしましょう~。きっと嫌われた~」と大泣きのエリザベス。


「落ち着いて、エリザベス。大丈夫よ。

 予定は5日後なのよね?それなら、お返事はお手紙ですれば、緊張せずにできるでしょう?すぐに書きましょう!お手伝いするわ」と冷静に対処方法を教えてくれるスーザン。


 えぐえぐと泣きながら、エリザベスは何とかセドリックへの手紙を書きあげ、そのまま泣き寝入ってしまった。

 その手紙は、すぐにスーザン自身が雨の中、わざわざセドリックへ直接届けて、エリザベスが嬉しさと緊張のあまり、あの態度に至った旨も伝え、エリザベスのフォローもするスーザン。しかも、セドリックから、当日、エリザベスの住む屋敷まで迎えに行く時間等の手紙の返事も受け取り、エリザベスに届けてあげた。


 こうして、やっと無事にセドリックと二人でおでかけができることになったエリザベス。

 おでかけの恰好はセドリック好みと思われるスーザンコーディネートで、もう緊張しないように心構えやシミュレーションをして、エリザベスは当日を迎えた。


「先日と違い、本日は良い天気で本当によかったです。さあ、街まで参りましょう」


「は、はい。セドリック様」とエリザベスもやや緊張しながらも、軽く微笑み、スーザン指導のシミュレーションのおかげか、先日ほどは緊張しないようであった。


 セドリックも街までの馬車の中で、エリザベスをリラックスさせようと色々と楽しい話題をふって、エリザベスの笑顔をひきだし、目的の宝飾店や他の雑貨屋などを二人で巡り、セドリックの妹へのプレゼントを無事に購入できた。


「歩き疲れていませんか?この近くに妹がおすすめのお菓子がおいてあるお店があるので、そこでお茶でもしませんか?」と言って、セドリックはエリザベスを気遣いつつも、スマートに自然な流れで、美味しいお菓子やお茶できるお店へエリザベスを誘導した。


 そこは多くの若い貴族令嬢達が通うお店で、男性もちらほらおり、若者の新しい社交場にもなっている場所であった。


 二人で入ったそのお店では、美男美女ということもあり、目立つ窓際の席に案内されるセドリックとエリザベス。


 華やかな容姿にも無駄な派手さがなくなり、洗練されたエリザベスの美しさのおかげもあって、周囲の人間には、まさに見た目にも二人はお似合いで、羨望の眼差しで見られていた。


 セドリックは妹から聞いたおすすめのケーキなどをエリザベスにすすめた。メニューを選ぶことでお互いの好みなどを新たに知ることができ、意外にもお互いの食の好みが合うことが判明し、穏やかで平和な時間が流れている時であった。


「これは、これは!エリザベス嬢ではないですか!!

 こんなところでお会いできるとは、嬉しいですね。

 相変わらずお美しい。その美貌は街中の薔薇を集めても、超えられない美しさですよ。

 ……おや、『社交界一の美女』と謳われる公爵令嬢がなぜ、しがない侯爵家の三男なんかと一緒にいるのかな?」と自分の容姿に無駄に自信がありそうな男性が、セドリックとの幸せな時間を過ごしていたエリザベスに、わざと一緒にいるセドリックを貶めて、図々しくも話しかけてきた。


 だ、誰よ!?

 せっかくのセドリック様との貴重な時間を邪魔するなんて!

 あれ?どっかで見たことあるような……。

 ああ、以前に挨拶したことがある、確かニール公爵家の……。

 それより、今、この男、セドリック様のことを何て言った?

 随分、失礼な物言いをしたわよね!?

 無視するべきかしら?

 言い返すべきかしら?

 でも、これでも一応、公爵家の次男だから、やっかいだわ……。


 身分の立場からエリザベスは、眉間に皺を寄せて、その話しかけてきた公爵家子息に返答をどうするべきか悩んでいると。


「……まあ、侯爵家の三男であることは事実ですが、あなたに『しがない』と貶められる言われはありませんよ。ニール・子・爵」と意外にも、こういうことはスルーしそうなセドリックが言い返した。


「ふん!英雄のおまけで子爵位をもらっただけの領地無しの癖に、社交界一の美女と一緒でいい気になっているのかね?」


 思わず、ふーとため息をつくセドリック。

「親のすねかじりで子爵位をもらって、枯れた狭い土地の赤字経営をされているあなたよりは実力で得ていて、マシなのですがね……」


「な、なんだと!?しかも、何故、うちが赤字って知っているんだ?」


「ああ、仕事上、色々とね……。

 ちなみに、私はもうとっくに子爵ではなく、今は伯爵ですよ。領地も結構広いのを持っていますよ。私が管理してから黒字転換した豊かな領地ですけどね」


「は?」


「ふっ、情報が遅いな。そんなのでは、出世も望み薄いですね。

 あと、今、『社交界一の美女』と言われているのはリスト侯爵家のアリエッタ嬢なのをご存じないのですね」


「……何だと?『社交界一の美女』といえば、このエリザベス嬢だろう?」


「本当に情報が遅いな。最近、彼女はあまり夜会等にでなくなったおかげで、今は頻繁に夜会にでているアリエッタ嬢が、『社交界一の美女』と謳われていますよ。その名称は夜会参加率と比例して移り変わりが早い情報なのですよ。だから、本当に美しい人を、ただ『社交界一の美女』と称するのは、ある意味、失礼なのがわからないのでしょうね~」と呆れたように言うセドリック。


「……ふん、君こそ相変わらず失礼な男だな。

 エリザベス嬢。こんな失礼な男ではなく、私と共にお茶をしませんか?」


「申し訳ございませんが、私はセドリック様と一緒にいたいので……」ときっぱり断るエリザベス。


「あなたほどの方にこの男はふさわしくないですよ!」


「まあ、英雄自らスカウトするほど有能で、国王陛下のおぼえもめでたく、黒字経営の領地持ちである伯爵位の方は、私にふさわしくないですか?」と冷たく突き放すように言うエリザベス。


「……ふん!エリザベス嬢もこんな男の悪影響のせいで、随分、生意気になったな。そういえば、もう社交界一の美女でもなくなったそうですしね」と今度は悔し紛れにエリザベスを貶めようとする。


 エリザベスは思わずかっとなって、頭に血が上ったが、それに対しては、クールに対応しだすセドリック。


「それでも、彼女の美しさは損なわれないことがわからない男は、もうそろそろ去っていただきましょうか?」と言っているところに、セドリックの送った合図に気づいたセドリックの護衛がちょうど店内に入って来て、ニール子爵を店からつまみ出してくれた。


 セドリックは王宮でサイラスの副官以外にも重要な地位についているため、下手をするとサイラス以上に厳戒に護衛をされている身分であった。また、その護衛達は国王陛下から派遣された国王直属の者達であるため、たとえ公爵子息であっても、ニール子爵程度の貴族では、その護衛達にすら、逆らうことができない立場であった。


 邪魔者が去った後、やや雰囲気が悪くなってしまったが、エリザベスは気を取り直して何か楽しい話題をしようと考えているところに、やや渋い顔をしたセドリックから話しだした。


「……以前から、あの男はあなたにしつこい位に誘いをかけていたかと思いますが、あの男はあなた自身が好きだったのではなく、自分の虚栄心のために『社交界一の美女』の名称がついた女性を目当てに誘っていたのは、わかっていますか?」と忌々し気に言うセドリック。


「え?は、はい。そうかも知れませんね」とそんな態度のセドリックを不思議に思うエリザベス。


「たぶん、今度はアリエッタ嬢に標的を変えると思いますよ」


「ああ、それは助かりますね」


「……まあ、そのアリエッタ嬢からも先日、私宛に恋文をいただいたので、相手にされないかも知れませんけどね」


「ええっ!?そんな……」とエリザベスは驚き、アリエッタ嬢までセドリック狙いなのにショックを受けた。そのライバルとなるアリエッタ嬢はなかなかの強者のため、(ま、負けるもんか)と決意するエリザベス。


「……もしかして、嫉妬しています?アリエッタ嬢に」


「うっ、はい。そうですね。アリエッタ様は確かにとてもお美しい方だから……。セドリック様も『社交界一の美女』が良いですか?」と恐る恐る聞くエリザベス。


 それに、ふっと微笑むセドリック。


「……ねえ、あなたは『社交界一の美女』でいたい?」


「え、いえ、それほど……」


「では、『社交界一の美女』でいるのと、私の中での『一番の女性』になるのとどちらがいい?」


「もちろん!セドリック様の一番です!!」と迷わず勢い込んで答えるエリザベス。


「……そう、よかった。じゃあ、近いうちにそうなってもらおうかな」と微笑むセドリックにときめくエリザベス。


「は、はい!是非!!」と返事をしてから、今さらながら気づいたエリザベス。


 あれ?

 それってプロポーズ?

 いえ、近いうちにプロポーズするという意味?

 もしかしなくても、仮のプロポーズってことかしら!?

 す、スーザンお姉さま~!

 とうとうセドリック様から!!


 と心の中で打ち震えているエリザベスは、この後のセドリックとの時間は、まるで夢の中にいるようなふわふわした感覚で過ごすのであった。

 セドリック自身もエリザベスの周りにたかる輩に嫉妬を感じはじめ、あのニール子爵にすら苛立ってしまった。そのため、らしくもなく挑発に乗り、早くエリザベスを自分のものにしようと決めたのであった。


 この日をきっかけに、セドリックとエリザベスの仲は、目覚ましく進展するのであった。



 一方、そんな素敵な雰囲気の二人を物陰から見守る影二つ。


「なあ、スーザン。もういいだろう?あっちはあっちでうまくやっているだろうから、せっかくの二人だけのおでかけなのだから、私達もどこかでゆっくりお茶でもしよう?ね?」とずっとスーザンに言い続けるサイラス。


「しっ!お静かになさって、サイラス様。私に構わず、お一人でどこかお好きなところにでもいってらっしゃって!!」とクールに返すスーザン。


 スーザンは、妹分であるエリザベスのセドリックとのおでかけがうまくいっているか、心配のあまり、一応、変装して、護衛付きで二人を追って様子をうかがっていた。またエリザベスが泣き出したり、逃げ出したりするようなら、すぐにでもサポートしようと思ってスタンバイしていた。

 そんなスーザンに、サイラスはスーザンについてくるのを嫌がられながらも、スーザンとお出かけできるチャンスだと強引についてきた。もちろん、スーザンと二人っきりになるため、サイラスはずっとスーザンの後について行きながら、二人になろうと説得を試みているが、相手にされていなかった。


「君がいないと意味がないだろう?あの二人ならもう大丈夫だよ。

 あのセドリックだぞ?きっと緊張して頓珍漢なことをするエリザベス嬢とでもうまくやるよ。彼の処理能力は王宮一だぞ!」といい加減、スーザンにほっとかれて寂しそうなサイラスの表情にちょっと心動かされ始めたスーザン。


「……そうですね。そろそろエリザベスも落ち着いてきているみたいですね。もうパニックにもならなさそうですわ」とスーザンもエリザベス達のいい感じの雰囲気にそろそろ引き際かと思い始めた。


「そうだよ!もう後は二人だけにして、私達は私達で、彼らに負けないぐらい仲良くおでかけしよう!!」


「……ふふふ。いいですよ」とついに根負けしたスーザン。


「さっ、私の愛する奥様。こちらへどうぞ!」と言って、ずっと握っていた手ではなく、スーザンの腰に手をそっと支えて、優雅にエスコートするサイラス。


「ありがとうございます。私の愛する旦那様」とさらっと答えてエスコートを受け入れるスーザン。


 それに対して、普段、あまり言ってもらえない不意打ちなセリフがあったため、サイラスは衝撃を受けた。


 ぐあっぐががあああぁぁぁ

『愛する』って!

 確かに聞こえた!!

 え?ええ?

 今の幻聴じゃないな!?

『私の愛する旦那様』ってスーザンが言ったよな!?

 う、嬉しい!!めちゃくちゃ嬉しいぞ~!

 家だったら嬉しさのあまり転がっていたな!!


 サイラスは心の中でローリングサイラスになりながら、でも外向きのポーカーフェイスを保とうと努力していた。

 そんな嬉しさを出すのを我慢するサイラスに気づいたスーザンは微笑みをうかべ、エリザベスの恋の成就を祈りながらも、サイラスとのおでかけを楽しむのであった。


 英雄の奥様は、根気強く、恋のキューピッドを続けていた!


 ちなみに、スーザンが普段はあまりサイラスに愛の言葉を言わない主な理由は、言うとサイラスが喜びと興奮のあまり、ローリングしたり、昼夜問わずにスーザンをすぐ寝室に連れ込もうとしたりするためであった。

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