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英雄の奥様と貴賓

 マリロード王国の英雄であるサイラス将軍の奥様、スーザン・アバードは、今日も、定期的に開かれる王妃達とのお茶会に娘のタチアナと一緒に参加している。


 英雄の娘としてタチアナは王宮中から愛され、王女的立場で、もう5歳になった。


 今日は隣国ツェルードのシェリーナ王妃と7歳になるシャーロ王子も貴賓として、裏外交も兼ねて参加するお茶会であった。


 タチアナとシャーロ王子の初めての出会いであった。


「初めまして、タチアナです」

「よろしく。私のことはシャーロと呼んでくれ、タチアナ」と言って、大人のようにタチアナの手にキスをする挨拶をしてしまったシャーロ王子。


「!!」(な、何という!)


 シャーロ王子は、タチアナの魔性の肌に、スーザンに出会った時のサイラスのような呪縛にかかった。

 その後、彼は子供特権の我が儘を言って、ずっとお茶会の間中、タチアナの手を握り続け、離さなかった。

 スーザンはハラハラして心配していたが、クリスティーナ王妃やカーラ、シャーロ王子の母親であるシェリーナ王妃までも、その様子を面白がっていた。

 一方、タチアナはこのお茶会では、いつも誰かと手を繋いだり、抱っこされたりしているので、当たり前のこととして、ケロッとしている。


 そして、和やかな雰囲気の中、順調にお茶会は進められる。


「まあ!何て素敵な肌触り!すごいわ!!化粧水は何をお使いですの?」とスーザンの手をぷにぷにと握る隣国のシェリーナ王妃。

「よろしければ、本日、お試し用のものをご用意いたしました。どうぞ」とすかさず、王妃に言われて用意していた美肌化粧水のサンプルを渡すスーザン。

「まあぁ!!いいですの!?嬉しいわ!少しでもこの肌に近づきたいわ~」

「そうでしょう~。私達も使っているのよ!」と王妃クリスティーナ。

「素敵!だから、皆さまも驚くほど綺麗なのね!でもこの肌は……」


 そう言いながら、シェリーナ王妃は、スーザンの手を更にニギニギと楽しむ。


「いいわね~。この化粧水もよさそうだわ。是非、続けたいわ!」

「じゃあ、定期的に送るように手配しますわ!」とクリスティーナ王妃が快く言う。


「まあ!よろしいのですか?

 それでは、お返しと言ってはなんですが、我が国の南レンディア地方の果物の件に、よかったら口添えさせていただきますわ。担当者が私の親戚で、説得しやすいのできっとそちらの希望通りになると思いますわ」と隣国シェリーナ王妃が答える。


 そう、各国の王族同士の交流、特に女性同士での交流は、ただの交流ではなく、裏の政治を握る要となることがあり、外交や輸入・輸出にまで影響する場合もある。

 そして、スーザンの肌は外交手段のひとつとしてもかなり使えるレベルであることを王族の方々は見抜いていた。

 英雄サイラスの奥様として、スーザンは、そのような政治的な利用価値を全く期待されていなかったにも関わらず、この国にとって、十二分にも役立っていた。


 英雄の奥様は、外交価値のある、来賓接待にも有効な魅惑肌!


 そんな風に大人たちが外交の話に入ったことから、これをいい機会と思ったシャーロ王子は、席をローテンションしようとするタチアナを独り占めして、二人っきりで話がしたくなったので、席を離れようとした。


「母上、皆さま、タチアナと中庭のお花を見に行っても良いですか?」

「ええ、いいわよ!」と王妃クリスティーナ。

「今は、ラカレンの花が見ごろよ!」とカーラ。

「あまり目の届かない遠くに行っては駄目よ~」とやや心配気なシェリーナ王妃。

「タチアナ、シャーロ殿下に失礼のないようにね!」と心配するスーザン。

「大丈夫よ、お母様。行きましょう、シャーロ殿下」と笑顔のタチアナ。


 それぞれの許可をとり、中庭でのお茶をしているところから、やや離れた花壇の近くまで、タチアナとシャーロ王子は仲良く手を繋いだまま歩いて行った。

 タチアナは歩くときは、ほぼ誰かと手を繋いでいるためか、ずっと手を離さないシャーロ王子に何の違和感もなく、シャーロ王子もタチアナが素直に手を繋いでくれることに、とても嬉しく感じていた。


 二人が仲良く花壇の前まで来たその時であった。


「動くな!わめくな!大人しくしろ!!」と黒装束の2人組の賊が花壇のある木陰から飛び出し、シャーロ王子とタチアナをすぐに拘束しようとしてきた。


 ちょうどそこはお茶会の席から死角にあり、お茶会のための衛兵にもすぐに気付かれない位置であった。


「ぐっ、貴様ら、何者だ!!私がツェルード王国の王太子と知っての狼藉か!?」と果敢にも自分を拘束しようとする賊に立ち向かおうと、抵抗するシャーロ王子。


 一方、タチアナは驚きで固まってしまい、拘束されるがままであったが……。

「うお~!何この子の肌触り!?やばい位に気持ちいい!」とタチアナを捕らえた賊の1人が思わず感嘆の声をあげてしまった。もちろん、タチアナの手を拘束しようとしながらもぷにぷに揉んでみる賊。


 初めは驚き固まっていたタチアナは、その賊によるタチアナの手の揉み方が父親のサイラスより優しくて、つい、どうぞっと反射的に手を差し出してしまった。

 一人の賊は抵抗する王子を拘束しようと奮闘し、もう1人はタチアナの魅惑肌にやられて、差し出されたタチアナの手のぷにぷに感を味わってしまい、二人の拘束がなかなかうまくできなかった。


 英雄の娘は、隣国王子を魅了するどころか、賊さえも惑わすほどの魔性の肌を持つ!


 いまだに大人達に気づかれず、賊が2人の拘束に手間取っている時であった。


 そこへ、とんでもない勢いで、大きな黒い影が現れた。

 もちろん、この国の英雄、サイラスの登場である。


「き~さ~ま~!何、私の宝物である娘に触れているのだ!!」と怒鳴り、鬼の形相のサイラスは、まずタチアナを捕まえていた賊を瞬時にふっ飛ばした。

タチアナを無事に奪還すると、ついでにシャーロ王子を拘束していた賊も、サイラスはタチアナを抱っこしていたため、手を使わず蹴り飛ばした。


「ふん。胸騒ぎがして来てみれば、娘の危機であったか。全く、ここの衛兵は何をしとる!!」と怒り、サイラスが倒した賊達はすぐに衛兵に取り押さえられた。


 シャーロ王子も無事に救われたが、「タチアナ、怪我はない?大丈夫?」とタチアナを心配するシャーロ王子のことも、サイラスはギロリと睨んで、「大丈夫だ」と言って抱っこしたタチアナにシャーロ王子が近づけないようにしていた。相変わらず、大人気ないサイラス。

 サイラスにとって、外交よりも娘の方が大事であった。

 サイラスはたとえ隣国の王子だろうと、タチアナにまとわりつく悪い虫としか見ていなかった。


 しかし、そんなサイラスを見て、シャーロ王子は、サイラスを超えるほど強くて立派な男になろうと、そして、タチアナを十分に守られるくらい強くなったら、迎えに来ようと決意するのであった。


 ちなみに、入りこんだ賊はツェルード王国の反乱分子で、マリロード王国の王宮内の一部の者が手引きしており、今回の事件に至ったことがわかった。その後、その手引きしたものや、その黒幕も含めて倒し、ついでに辿り着いた反乱分子達までも力技で一網打尽にするサイラス。


 サイラスは自分の娘まで被害にあいそうになったことが心底、許せなかった。


 おかげで、マリロード王国のみならずツェルード王国までいっきに反乱分子がいなくなったことで平和になり、ツェルード王国にまで英雄扱いされるサイラス。

 そして、タチアナを隣国のツェルード王国へお嫁に!という打診がされて、英雄の娘ということで、ツェルード王国中が歓迎しそうな勢いであったが、サイラスはもちろん、スーザンとしてもまだ5歳の娘のことなので、拒否の姿勢で対応し、その心労は絶えることはなかった……。


 英雄の奥様は、やっぱり娘の将来がとても心配である!

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